ラジオディレクターって?
一言で言えばラジオ番組を作る仕事。
どうやって作るかというと…、まず番組の企画書を作ります。
で、タレントさんをブッキングします。まあこんな企画を考えているんですが、
あなたの名前で書いて提出してもいいですか?っていう了解を取るんですね。
で、出来上がったものを放送局にプレゼンします。それが通ればいよいよ番組を
立ち上げます。
----番組が立ち上がって、その後はどんな作業があるんですか?
タレント、出演者、スタッフと打ち合わせ&会議をして全体の流れを作ります。
で、番組の進行台本を作ります。これは構成作家さんにお願いする部分もあります。
番組内で曲がかかる場合は、選曲して放送される番組を作ります。録音する番組なら
編集作業もあります。
なぜこの仕事に??
う〜〜ん、小さい頃から音楽が好きだったのが大きいですね。
80年代に洋楽ブームがあって、ベストヒットUSAとか見てて、その頃初めて
音楽のプロモーションビデオを見たりして、カッコいいなと思ってましたね。
----初めて買ったCDは?
当時はCDなんてまだないから、LPになっちゃうけど、小一の時に親に
リチャード・クレイダーマンのベストを買ってもらいました。実は当時ピアノを
習ってたもんで。
リチャード・クレイダーマン
ご存知、『ピアノの貴公子』
1953年にフランスで生まれ、パリ音楽院ピアノ科を卒業した後、プロの音楽家としてのキャリアをスタート。しばらくはスタジオ・ミュージシャンとして生計を立てていたが、名プロデューサー、オリビエ・トゥッサンに発掘され、77年に『Ballade Pour Adeline(渚のアデリーヌ)』でデビューを果たした。これがいきなり200万枚以上のセールスを記録。以降、次々にヒットを飛ばし、世界規模での人気を獲得した。
貴公子然としたルックスと繊細な指使いから奏でられるロマンチックな旋律が世の女性のハートを掴んだ。
自分のお金で初めて買ったのはビートルズのベスト。
邦楽で初めて買ったのはゴダイゴのマジック・カプセルというアルバム。
あ、あと一緒に松山千春の起承転結も買いました。
----音楽好きな子供だったんですね〜
そうですねー。よく録音機能がついたラジカセでテレビの音楽番組録音してました。
そうすると台所の方で何かモノを落とす音がして、で、「お母さん静かにしてよ!」
っていう自分の声がそんまんま録音されちゃったり。

高校時代にはコピーバンドを組んでたこともありました。あるバンドではヴォーカル
やったり、パンクバンドでドラム叩いたり。実はパンクのドラムって滅茶苦茶大変
というか重労働なんですよね、そうとは知らずに自分で手を上げてやってましたけど。

大晦日にお寺でベスト100!
----そのまま音楽の道に進もうとは??
不思議とそうはならなかったですね。それより自分が見つけた曲を人に聴いてもらいたいという欲求の方が大きくて。これ多分ボクらだけだと思いますけど、洋楽好きの友達4人ぐらいで大晦日、お寺に集まって、メンバーの1人に寺の息子がいたので。
で、一人一人がその年のベスト100を発表しあうという壮絶なイベントをやってました。ベスト20ぐらいまではみんな自分で編集してきて、のこり20曲はフルで聴きあうと。4人だと400曲発表することになるんで、終わる頃は朝になってました。

あと、彼女とのデート用にオリジナルカセットテープを作ったりしていたんですが、それを友達に売ってました。1本500円ぐらい、テープ代は別で。
これは結構好評でしたよ、「この曲辺りで告白しろ!」とか「キスしろ!」とか、
デートが成功するための処方箋?もつけてましたから。結構いいお金になりました。

そんな音楽大好きな田中さんですが、現在はAMラジオで朝の情報番組とお昼の情報バラエティ番組を作っている。トークなどには全く興味がなかった人が現在、こうした番組に関わるようになった理由とは?
AMラジオはほとんど聴いてなかったです。トークとか興味なかったし。
でもね、やってみたら楽しかったんですよこれが。逆に興味がなかったことが
良かったのかもしれないですね、変な先入観とかなかったし。

今の会社には92年頃入ったんですけど、当時はホントなまいきな若造でしたね。
入って2ヶ月で、番組会議中にTBSのエラいプロデューサーさんに
「今のラジオ界は間違っている!」とか詰め寄ったり。
まあすぐに先輩ディレクターに呼び出されて、怒られましたけど。

----天狗だった田中青年の鼻はどうやってへし折られていったんですか?
やっぱりスゴイ人と出会うとね。もうポキポキと折れていきました。
例えば…元TBSアナウンサーの宮内さん。
宮内 鎮雄(みやうち しずお)さん
重量感のある安定した語り口で長年TBSの名物アナウンサーであり続けた人物。
現在はフリー。Tシャツに長髪に髭という奇抜な格好でも有名。
もう音楽の知識がハンパじゃないんですよ。CDのライナーノートとか書いちゃったりするぐらいだから。ボクなんてまだまだ甘いなと。
宮内さんがすごいのは、それを今でも継続していること、今の音楽シーンとかもちゃんとチェックしてるからスゴイですね。もうかなわないって感じです。
あとやっぱり榎さん。
榎本勝起(えのもと かつおき)さん
元TBSアナウンサー。78年10月から98年3月までTBSラジオ朝の情報番組『榎さんのおはようさん!』のメインパーソナリティとして活躍した。

一緒に朝の番組をやらせてもらっていた時は、毎日のように日本語を叩き込まれましたね。普段喋っている言葉でも台本の言葉でも。勉強になりました。

あと、人から言われた言葉で今でも覚えてることって榎さんの言葉が多いんですよね。
『思い出せなかった日はなかったに等しい』
『プロとは素人に言われるようなミスをしないこと』
この2つはよく覚えています。
ラジオの魅力って?
なんでしょうねー。今の世の中、これだけ色々楽しいことがあって、ネットで映像も見られて、情報も手に入って、買い物も出来ちゃう。
そんな中、音声しかないメディアなんですよね。でもね楽しいんですよ。
例えば、タレントさんがラジオのスタジオに入ってくる表情。これはねテレビとかとは違うんですよ。うまく言えないですけど、生き生きとしていたり、ホントに素顔だったり…、そういう顔を見られるのはラジオに関わっている人の特権ですよね。
     
以前、アリtoキリギリスの2人とよく一緒に仕事をしてたんですけど、
当時は2人とも若手でフリートークとか全然出来なくて、たった15分のトーク部分を録音するのに何時間もかかったりして。でもそんな2人が売れてきてテレビやドラマに出るようになって…。
そういうタレントさんが成長してく姿を一番近くで見られるっていうのもイイですね。

あと、ラジオって喋り手の人としてのクオリティが分かるメディアでもあるんですよ。
声だけの世界、そこでしか勝負できないから。テレビとかだと衣装とか周りの賑やかしとかで誤魔化せちゃう部分もあるけど、ラジオはそういう意味では丸腰ですよね。
頼りになるのは自分だけ、自分の内から出てくる言葉がそのまま電波に乗って沢山のリスナーへ伝わってしまう。そういう、その人本来が持つクオリティとか力が浮き彫りになる、そういうメディアですね。

最後に…、これからやってみたいこと
ウェディングのトータルプランニング。
人の結婚式に出るじゃないですか、見てるとね、なんかイライラするんですよ。
「この曲はこのタイミングじゃねーだろ」とか
「この紹介原稿は面白くない」とか、
だからね、ウチの会社には幸いなことにミキサーと呼ばれる音のプロもいるんで、
そういうスタッフを動員して、ホントに素晴らしい結婚式をやりたいなって
思うんですよ。
……金にもなりそうだしね(笑)

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