Dec.31(Thu.)【台北年末紀行最終日】
■ゆっくりと荷造りをし、お土産センターのような場所に立ち寄り、家人(大)が欲しいといっていた石鹸を大量に購入。他にもいろいろ購入。後から思えば、お茶だけは事前に専門店で買っておけばよかった。

■空港に行くと、僕たちの乗る1本前のJALは、風の影響で出発が5時間遅れになっていた。しかし僕たちの便は予定どおり。助かった。帰りは3時間弱で成田についた。行きと帰りで1時間違う。風の関係か。すごいよ、風の力は。

■帰国すれば、大晦日だ。だが、まったくそんな気分ではない。やけに空いている電車や静かな街が不思議だ。

■帰還して、少しだけ荷物をほどき、年越しそばを食べに1人知人の店へ。
Dec.30(Wed.)【台北年末紀行3日目】
■朝から小雨だ。ホテルで傘を借りて、永康街へ。今日の昼間は買い物モード。家人(大)の服を買い、さらに中国茶の店で急須を買う。店の壁には渡辺満里奈の写真があった。そういえば、一時期、台湾に凝っていたなあ、渡辺満里奈。今はどうなのだろうか。そしてピラティスは今でもやっているのか。

■朝食は『永康牛肉麺』で、牛肉麺を食べる。ここも大小2種類あるが、普通に頼むと、伝票に「小」と書いていた。そうか、台湾では「小」が基本なのか。

■買い物した荷物をホテルに置き、ここからは別行動。家人たちは占いへ。僕はマッサージへ。普通ならタクシーで移動する距離だったが、あえて歩く。今回の旅ではここまでほとんど歩いていない。海外に行くと、地図を見ながら歩く時間を必ず作る。そうすることで街がわかってくる。台北の街は道が碁盤の目のようになっているので、とても歩きやすい。建国北路〜長春路と歩いて、『温莎堡』へ。店の場所がわからず、近くをウロウロしていたら、呼び込みの男に「かわいいコいるよ」と声をかけられ、そんなあやしい店に入るものかと思って通り過ぎたが、やはり見つからず、戻ってよく見たら、先ほど呼び込まれた店こそ目的の店だった。店内に入り、施術を受ける個室に向かう間、パンチのきいたおばさんから「ウチはエッチなしよ」と言われる。あんな呼び込みをするから、そういう店だと思う客も多いんだろう。大量の蒸しタオルを使って120分間、もまれまくり。

■再び歩く。長春路を戻って、吉林路を曲がり、民権東路を歩いて、行天宮まで。家人たちと合流。ちょうど本屋があったので入ると、翻訳された日本の作家の本がズラリ。土産代わりに村上春樹の『もし僕らの言葉がウィスキーであったなら』の台湾版を買う。

■今日の夕食は台湾料理の『AoBa』。老舗の「青葉」という店が作った店だそうだ。「AoBa(アオバ)」と日本語の店名は、日本でいうと「青葉」という店が「グリーン・リーフ」という新たな店を作ったような感じか。行ってみると、まるで青山あたりにありそうな内装の店。値段も日本並み。ただし、ここでもポーションはやや多め。食べたのは以下の料理。
  ○海鮮サラダ(台湾料理に非ず。生野菜を体が欲していたので)
  ○鶏肉のロースト(これも台湾料理には非ず)
  ○菜脯蛋(台湾風オムレツ)
  ○香腸(台湾ソーセージ)
  ○茹でイカ
  ○カラスミ入り炒飯(「青葉」時代からの名物料理だそうだ)
  ○佛跳牆(思い描いていたものとはまったく違った。筑前煮のよう。
         あれはスープだけ飲むべきなのか、具も食べるのか)

■ホテルに戻って、館内のサウナに併設された風呂へ。広くて清潔。しまった。なぜ初日から来なかったのかと激しく後悔する。
Dec.29(Tue.)【台北年末紀行2日目】
■ホテルでの朝食を済ませて、近所を散歩。道すがらにあった巨大なスーパーに入る。海外に行くと必ずスーパーに入る。生活の違い、物価の違いがよくわかるからだ。店内の一角にセルフ式のデリがあったが、すべての料理がとにかく大きい。牛ハチノスの煮物なんて、ひとつが週刊文春ぐらいの大きさだ。とても食欲のわかないビジュアルだが、現地の人はあれを見て食欲をそそられるのだろうか。

■市民大道〜復興北路〜八徳路と散歩。途中、龍江路の角にあるスイーツの店に寄る。食べたのは以下の2つ。
 ○八宝冰(豆やタロイモなど8種のトッピングがのったかき氷)
 ○マンゴーのかき氷
どちらも大盛り。とても一人で食べきれる量ではない。3人で食べたが、それでも残してしまった。現地の人はあれを一人で平らげるのか。なにを食べるにしても頼み方を間違えると大変なことになる。昨夜そう痛感したのに、早くも失敗した。

■早くも腹がもたれてしまったので、腹ごなしがてら知人に薦められたパイナップルケーキの店『台北犁記餅店』へ。土産用にパイナップルケーキをいくつか購入。

■午後から家人(大)はエステに行くというので、家人(小)とMRTに乗って西門へ。家人(小)がかわいい雑貨を見たいというので行ったのだが、残念ながら気に入るような品がなかなかない。ようやく腹が減ってきたので、『亜宗麺線』蚵仔麺線を食べる。大小2種類あり、2人なので大を頼んだら、やはり多すぎた。まったく学習をしていない。ちょっと味見をする程度なら、2人で小を頼めば十分だと思う。路上で立ち食いなので、丼を持つ手が熱い。箸はなく、レンゲのみで食べる。慣れるまでちょっと食べづらい。

■さらに買い物を続け、さすがに疲れたので、古びた喫茶店に入る。テーブルの上にはコインを入れると占いができる灰皿が。あったなあ、昔、日本にも。今でもあるのだろうか。家人(小)はイチゴシロップを緑茶で割ったもの、僕はレモンシロップを緑茶で割った飲み物を飲む。ちなみに飲み物もやはり大きい。日本の1.5倍はある。

■夕方になると路上に屋台が出始めた。烏蛋(ウズラの卵焼き)を買って食べる。さらに家人(大)も合流し、葱抓餅(ネギ入りの中国風クレープ)を食べる。どちらも安い。60円と80円ぐらいだったはずだ。


■ 日も暮れてきたので、「士林夜市」へ行く。とりあえず家人たちは、念願のタピオカ
ミルクと愛玉のジュースにありつく。長蛇の行列ができている「鶏排」(鶏のから揚げ)の店があったので、買って食べてみる。でかい。ものすごいでかさだ。鶏肉をどのように開いてあるのかわからないが、力士の手のひらぐらいの大きさがある。3人でひとつ食べればおなかいっぱいだ。まわりを見ると、地元の人たちは若い女性でも、1人でひとつ食べている。どんな胃袋なんだ。

■本当は今日の夕食は夜市の中の屋台で済ませるつもりだった。だが、あまりの混雑と臭豆腐の匂いに軟弱な我々はすぐさま音をあげ、これを断念。しばらく界隈をさまよった後、林森公園近くの『吉星港式飲茶』へ。小腹が空いている程度だったので食べたのは以下のものぐらい。
  ○レタスの炒め物
  ○XO醤の焼きそば
  ○春巻
  ○海老の蒸し餃子
昨日も今日も酒がビールしかないのが困る。中国の酒もあるが、すべてボトル。さすがに2人で1本を飲むのは不可能。今日も満腹で帰還した。
Dec.28(Mon.)【台北年末紀行初日】
■今日という日。昼少し前に成田空港到着。こんなに閑散としている成田は初めて。時間の関係か、それとも日付の関係か。おかげですべての手続きがあっという間に終わる。

■17時過ぎに台北着。宿泊は市民大道と建国北路の角にある『ミラマー・ガーデンホテル・タイペイ』。このホテルにした深い意味はない。なんとなくだ。新しいホテルなので館内も部屋も明るく清潔感が漂う。

■夕食は雙城街の『欣葉台菜創始店』。台湾家庭料理の有名な店。旅行代理店の人にコースの方がいろいろ食べられてよいと薦められたので、そのとおりにしてみる。3人だったが、一人は小学生なので2人分のコースを頼む。
食べた料理は以下の通り。
 ○蔭鼓蚵(カキと豆鼓の炒め物)
 ○炒青菜
 ○花枝丸(イカのすり身の揚げ団子)
 ○金銭蝦餅(台湾コロッケ。海老入り)
 ○醎酥蝦(海老の塩コショウ炒め)
 ○揚げ白身魚のあんかけ
 ○春巻風と生春巻を足して割ったような巻物
 ○担仔麺
 ○フルーツ(芝生で転んだ時のような味のする緑の果物があったので、
         正体を尋ねたらグアバだった。グアバってあんな青臭い味か?)
2人分にしてよかった。いや、2人分でも多いぐらいだった。どうやら台湾はポーションが大きいようだ。明日から気をつけなければと心に記して初日が終わった。
Dec.27(Sun.)
■今日という日。

そんなに飲んだわけではないのに、猛烈な二日酔い。しまった。昼過ぎまで起き上がれず。

夕方から年内最後のVTR台本をこつこつ書く。

今年は初めて年末に休暇をとる。家人(小)の塾の関係で、この先、長い旅行はしばらくできないと思うので、無理してここで休みをとらせてもらった。申し訳ない。で、明日から海外逃亡だ。といっても、日本から見えるところだけど。
Dec.26(Sat.)
■今日という日。

午前中に本年最後のスタジオ台本を書いて送信。

午後、実家へ。屋根の上に積もった落ち葉を掃除する。

夕方、赤坂見附で、これまた家庭の用事。

夜、赤坂RED/THEATERでクロムモリブデン公演『不躾なQ友』を観劇。終演後、初日乾杯にお邪魔。さらに偶然会った知人たちと別の店へ。酩酊。
Dec.25(Fri.)
■今日という日。

午前中、1月2日の夕方にやる『浜ちゃんが!』のスペシャルのナレーションを書いていたら、作家仲間の村上さんが出ていた。しかも説明テロップ入りで。コメントフォローまで入っている。そんな村上さんの姿を見たい方は、1月2日の『浜ちゃんが!』をどうぞよろしく。

午後、気になる特番の収録があったのでお台場へ。パンクブーブーが出ていた。がんばってはいたが、やはりまだ場慣れしていないので、ちょっと空回り。仕方ないといえば仕方ないが、使い方をうまく考え、コミュニケーションをちゃんととっておかないと、作り手も演者も損する感じ。う〜ん。

17時半、宮益坂で打ち合わせ。なんか会話が噛み合っていない気がするが・・・。とりあえず台本を書き逃げする。

帰還。今日は自宅でクリスマス。チキンとケーキ。オノ・ヨーコがゲストの『金スマ』を観る。感想は略。「金スマ」をじっくり観るのは久しぶりだったが、後ろの赤い服の女、明らかに話に関心なさそうな表情の女や頷き方があまりにわざとらしい女などいて、おもしろい。いや、そんなところを気にしていてはいけないのだろうが、気になるものは仕方ない。

そういえば、今日、『小説新潮』なんてものを買った。高平哲郎さんの書いている『今夜は最高!』の裏話を読むために。
Dec.24(Thu.)
■今日という日。

13時、外苑前で会議。半ば予想していたが、やはり地雷が爆発。まあ、仕方あるまい。

いつもは4時間以上かかる会議が2時間で終わった。時間が空いたので、修理を終えた眼鏡を受け取りに原宿へ。さらにクリスマスの空気に影響され、家人たちへのプレゼントを買う。家人(大)にはワンピース、家人(小)には腕時計。

17時から吉祥寺で打ち合わせ。着地したとしても再来年の話。気が遠くなる。

帰還して家人たちと夕食。クリスマスイブだというのに、なぜか魚が豊富な居酒屋。こういう日は和食の店が空いているという家人(大)の発案。たしかにガラガラ。
Dec.23(Wed.)
■今日という日。

台本に苦戦。夕方に書き終え送信。

16時半、外苑前で打ち合わせが2つ。
この番組の打ち合わせをしていていつも不思議なのは、「現象」に対して「分析」すると「分析だけで目線がない」と言われることだ。そもそも「分析」なんてものは「目線」がなくてはできない。だから正確には「分析がおもしろくない」「もっと独自な分析はできないのか」と指摘すべきだと思う。あるいは「分析結果をもとにさらなる考察をしろ」ということなのか。「分析」にしろ「考察」にしろ、あくまで言葉なので画にならない。つまりそれだけではテレビにはなりにくい。どうしたものか。毎回悩む。

一時帰還。本棚に本を並べ始める。愉しい時間だ。

夜更け、打ち合わせすべく再び下北沢へ。街は年末のにぎわいだ。
Dec.22(Tue.)
■今日という日。

朝から我が家に工事が入る。本棚を作るのだ。楽しみ。

12時、汐留で会議。収録まで1ケ月を切った特番。

14時、恵比寿で打ち合わせ。今週末収録の特番。ゲストにパンクブーブーが入っていた。キャスティングしたのは、もちろんM−1優勝前だ。よかった優勝してくれて。でも、フリートークはどうなのだろう。未知数な分、役割をちゃんと作ってあげなくては。

2時間かかると思っていた打ち合わせが45分で終わり拍子抜け。近くの安カフェでぼんやりする。

16時半、同じ恵比寿で会議。これまたうまくいけばおもしろくなりそうなプロジェクト。原点回帰のような仕事になる。とりあえず年明け早々、いろいろと作業をしなくては。

19時、代々木で会議。これまた来年1月半ば収録の特番。ロケを前に台本の最終確認。うまく成長してほしいなあ。

早めに経堂に戻ったので、ひさしぶりに『さばの湯』へ。26歳の彼女がいるという66歳男性に最初は楽しく、次第に説教されながら飲む。気を使いながら飲んだから、まったく酔わず。妙な夜。
Dec.21(Mon.)
■今日という日。

日中は亀の歩みで台本を書く。

冬休みの旅の手配をする。もう後には引き戻せない。というほど大げさなものでもないけど。

16時、表参道のロイヤルホストで、3月刊行予定の新書の初稿ゲラをもらう。思えば今まで何冊か本を出させてもらっているが、こんなふうにちゃんと校正者の手が入ったゲラを手にするのは初めてではないか。ちょっと感動する。

18時、外苑前で会議。何度も書くが、この会議は本当に自分の立ち位置が難しい。あるいは発言のタイミングが。エンジンの問題だ。

20時、宮益坂で会議。足踏みが続く。

23時半帰還。
Dec.20(Sun.)
■今日という日。

快晴。しかしなにもやる気が起きぬ午前中。とりあえずジムに行ってみる。戻ってやはりなにもできず。

夜、恵比寿で事務所の忘年会。1年に一度、ここでしか会わない方も多数いる。二次会は、少人数でカラオケへ。

26時ぐらいに帰還。少々飲みすぎた。
Dec.19(Sat.)
■今日という日。

午前中、新宿でインフルエンザの注射。

午後、芝小学校で学研の作文教室講師。故あって家人(小)も同行。子連れで仕事場とは、俺はアグネスかそれとも拝一刀か。

終わって、六本木ヒルズの映画館に行くも満員。仕方なく、雑貨屋などをめぐって時間をつぶして渋谷へ。『カールじいさんの空飛ぶ家』を観る。

経堂に戻って、家人(小)を連れて、いつもの店へ。
Dec.18(Fri.)
■今日という日。

11時、渋谷で会議。

14時、汐留で会議。眺めのいい会議室だ。

17時、虎ノ門で打ち合わせ。営業特番に向けての準備。悪くない内容なのだから年に1回などといわずに、1シーズンに1回ぐらいやればいいのに。がんばれ、営業。

18時半、外苑前で打ち合わせ。番組の内容ではなく、作り方や体制について話し合う。本来ならば作家がいる席ではないと思うが、まあ、そういうこともある。

21時、赤坂見附の編集所でPV。ロビーにいると知り合いの作家やDと多数会う。年末な感じだ。PV自体は修正点が多くて、思いのほか時間がかかる。複数のDでVTRを作っているが、その統一がとれていない。

25時半帰還。

そういえばある仕事の参考にと『流星の絆/東野圭吾』を読んだ。高視聴率をとったドラマは見ていないので、今回初めて内容を知った。そしてあまり参考にならなかった。
Dec.17(Thu.)
■今日という日。

朝、ある番組の構成表を書いていたのだが、情報番組なのに手元にほとんど情報が来ていない。なにを書けばいいというのだ。

12時、南青山で打ち合わせ。本当にスタートできるのか。

14時、外苑前で会議。企画打ち、PVなどがぎっしり詰まった幕の内弁当のような会議。

早めの夜、渋谷で打ち合わせがひとつ。

20時帰還。年内最後の連載原稿、週末の作文教室のレジメなど細かい仕事を粛々とこなしていく。仕事の合間についったーで呟きながら。
Dec.16(Wed.)
■今日という日。

昨夜来るといっていた急発注のVTRも届かず、連絡もなく、放っておいたら会議へ向かう移動中に、「今できました」と電話。さすがに無理。

12時から汐留で会議が2つ。

14時半、渋谷で打ち合わせ。進捗思わしくなく。

時間が空いた。移動中の安カフェで仕事&読書。

18時、外苑前で会議。最後、なぜかそれぞれのゲロ体験を告白しあうという展開に。ゲロ話に爆笑する大人たち。いいのか、それで。もちろん、いい。

すぐさま帰還して、手間のかかる台本。途中まで書いたところで、いろいろあって保存ミスしていたおかげで2時間分の作業が無と化す。嗚呼。
Dec.15(Tue.)
■今日という日。

朝届くといわれていたVTRが夜になるという。おかげで時間が空いた。細かい宿題を先に片付け、今日もジムに行く。一度行くとクセになる。自分のペースでできるし、広い風呂は気持ちいい。

帰還するとむちゃぶりなスケジュールのナレ書き依頼。今夜VTRが届くという。とりあえず引き受ける。

16時、汐留で会議。

17時、虎ノ門で種まき用の種づくり。

夜になるといわれたVTRが、さらに直しが入り、明日の昼過ぎになるという。さすがにそれは対応できず。申し訳ないけど。

19時、高輪で打ち合わせ。着地したとしても来年後半の話だ。

23時帰還。
Dec.14(Mon.)
■今日という日。

午前中、正月の3時間SPの台本を書いて送信。

この時期になると定例が休止となるので、時間が空く時は空く。なので、ジムに行き、それから世田谷通りまで遠征してカレーを食べる。

帰還して、3分アニメのプロットを数本書いて(ジムであれこれやっている間に思いついた。運動もできるし考え事もできるし、悪くない)、送信。

18時、外苑前で会議。この会議、発言の立ち位置が難しい。今日はちょっと失敗した。今度から気をつけよう。

その後、急遽呼ばれた仕事。え、1月からの1クール限定の深夜番組?内容的には好きな内容だけど、いくらなんでも時間がないじゃないですか。とりあえず3分程度のドラマのようなものを数本書かねばならぬ。

とりあえず頭をクールダウンさせるため、いつもの店に寄って夕食。
Dec.13(Sun.)
■今日という日。

神谷町のテレビ東京に行くときは、乃木坂からタクシーか、もしくは赤坂から歩いていたが、今日になって千代田線で霞ヶ関まで行き、そこから日比谷線に乗るのが早いことに気づいた。なぜ今まで気づかなかったのかと自分のおろかさを悔やむが、こういう発見は実にうれしい。

ということで、17時から神谷町で打ち合わせ。

夜、二子玉川のいつもの寿司屋で家族飯。
Dec.12(Sat.)
■今日という日。

昨日収録した特番のサブ出しVTRが送られてきて、気になる点を教えてほしいと言われた。これは意外と難しい作業だ。一緒にVTRを見ながら口頭で言うのならば簡単だが、メモにするとなると微妙なニュアンスを伝えるのはなかなか難しいし、長々したメモになるので面倒だ。メモを書いているうちに、これならば最初から自分で台本を書いた方が早かったとも思うが、分業制なので、そうもいかないのがこれまた厄介。

夜、梅屋敷までお通夜に行く。何度か一緒に仕事をした、僕より年下の作家のお通夜だ。鮫肌さんが供花を出していたが、「鮫肌文殊」の名前は異様に目立つ。食事を用意された部屋に立ち寄ると、故人の写真がスライドショーで流れていた。本人だけの写真ならまだしも、家族と一緒の写真、あるいは闘病中の写真はきつい。年配の弔問客たちはそれを見て泣いていたが、まあなんというか、とても居た堪れない気持ちになる。しかも通された僕の席がモニターのまん前。とんだアリーナ。弔問客の視線がすべて僕のほうを向いているので、料理に手をのばすのもはばかられる。困った。本当に困った。それにしてもあのスライドショーは誰の発案なのだろうか。

帰還してぐったりする。
Dec.11(Fri.)
■今日という日。

冷たい雨。

11時、宮益坂で会議。

13時、神谷町で会議。この会議、遅れると作家のネタを若手Dにプレゼンされてしまう。そしてこいつが極度のプレゼン下手。なので、ネタを殺されたくなかったら遅刻厳禁なのだ。

その後、品川のスタジオへ。特番の収録立会い。内容的に1回だけしかできない、ある意味、潔い特番。収録を受けて、完パケに向けての修正点について打ち合わせる。

一時帰還。

夜更け、飯を食べながら打ち合わせ、ということで雨の中、新宿へ。あまりの寒さに、なぜこんな約束をしてしまったのかと後悔。
Dec.10(Thu.)
■今日という日。

13時から外苑前で会議。いいペースで進むが、問題点も浮上する。「理屈」だけで構築する番組はどこか窮屈だ。同時にかつて、翻訳家の野田昌宏さんが言った「SFは絵だねえ」という言葉を思い出す。テレビもまた「画」なのだ。

気分が沈む連絡が入る。かつて何度か一緒に仕事をした作家の訃報。闘病中だとは聞いていたが。連絡をくれたP曰く「こういうのってへこみますねえ」。たしかにへこむ。

早めに会議が終わり、予定ならば夜まで時間をつぶして原宿で行われるCLUBKINGのイベントに行くはずだったが、どうにもこうにも疲れて、というか見知らぬ人が大勢いる場所に行く気力がなく、かといってこのまま帰るのもなんなので、TMCに行き『ダウンタウンDX』の収録を見る。相変わらずおもしろいなあ。編集に頼らない「生」のおもしろさだ。

23時帰還。
Dec.9(Wed.)
■今日という日。

10時から事務所で会議。

11時半、汐留で会議。

13時、お台場で会議。「あと一人、キャスティングにはいくらぐらいかけられます?」「○万ぐらいですね」。そんな局Pと制作会社Pの会話を聞きながら、出演者案を考える。なんとも世知辛い話だが、ここまでくると逆におもしろい。

15時、新橋で会議。オンエア日は確定しないので、どうもふわふわしている。

18時、汐留で作業。

本日は以上。渋谷に出て、数冊本を購入。自分で買って意外だったのは『談志 最後の落語論』。明らかにキウイさんの本を読んだ影響。

経堂のいつも早く閉まる中華で夕食をとり、早めの帰還。年末進行で締め切りの早まった台本を書いて送信。
Dec.8(Tue.)
■今日という日。

朝から大量のナレ書き。VTRが届く。ナレーションを書く。すぐさま次のVTRが届くという自転車操業。ん?「自転車操業」ってこういう意味か。ちょっと違う気もするが、そんなこと気にしている余裕もない。

しかし昼過ぎ、次の仕事の資料が遅れてくることが判明。時間が空いた。どうする?ということで、ジムに行くことにした。一緒に行った家人に誘われて、タイのヨガみたいなものをやる。30人ほど参加者がいたが、男性は僕の他にもう一人のみ。非常に気まずい。

そういえば先日WOWOWでやった松たか子の特番に関して、Pのもとに幸四郎さんの奥様から、つまり松さんのお母さんからお礼のハガキが来たと連絡があった。番組を作っていて、こんな経験をしたのは初めて。なんともありがたい話である。

帰還して、届いた資料を使って台本書き。長めの台本を黙々と書く。
Dec.7(Mon.)
■今日という日。

昼前に打ち合わせがひとつ。

午後、思うところあって京都経由で宇治へ。平等院を観光。10円玉でおなじみの鳳凰堂を拝観。
紅葉の盛りは過ぎていたが、橋の上から眺める宇治川は非常によかった。

市内に戻って錦で買い物をして、帰還。
今回、往復ともに新横浜から新幹線に乗ったのだが、こっちのほうがいいことに気づいた。時間もさることながら、混雑した都心を通らないのがいい。

Dec.6(Sun.)
■今日という日。

早めの新幹線で大阪へ。まっすぐ伊丹へ。伊丹AI・HALLで『107/スイス銀行』公演を観劇。前回は旗揚げだったので、わざわざ行ったのだが、まさか今回も行くとは思わなかった。というのも主催者である友人から直前に再度連絡をもらい、ちょうど他にも大阪での用事があったので合わせて行くことにしたのだ。

マチネを観るという無茶なスケジュールだったので、観劇後、梅田に戻ってたこ焼きを食べて、宿にチェックインし気絶。夜に備える。

夜、梅田の朝8時までやっているというホルモン焼き屋でホルモン乱れ食い。どんな肉よりも一番安いホルモンが一番美味い。さらにもう一軒飲みに行って、フラフラになって宿に戻り、気絶するように就寝。

Dec.5(Sat.)
■ 今日という日。

昨日放課後、校庭で転んだ家人(小)を病院に連れていったところ、手首あたりの骨が折れていた。2週間ほどで治るそうだが。

14時から新橋でスタジオ台本打ち。次々と海外から戻ってくるロケ隊。VTR中心の番組にもかかわらず、スタジオに豪華ゲストが揃った。

帰り道、渋谷に立ち寄り、『万年前座/立川キウイ』(書籍)、『リッピング・ヤーン ザ・コンプリートシーズン』(DVD)を購入。

夜。家人(小)と一緒に『小公女セイラ』を観る。あれ、けっこうおもしろいじゃん。妙に現代性をテーマにしたドラマより、ここまで振り切ったドラマのほうが見る価値がある。

夜更け、今夜代官山でやっていた口ロロのライブがすでにネットで配信されていたので、それを観る。すでにいろいろな人が触れているが、たしかにこういうものが一般化するとライブと放送、ライブとDVDという関係性は今と変わるかもしれないと思うが、よく考えたらライブはやはりライブで観るのが一番であることに変わりないということに気づく。

Dec.4(Fri.)
■今日という日。

毎朝起きていくと、リビングでいつも家人(大)が『スッキリ!』を見ている。そして必ずといっていいほど夫婦ネタ、それもたいていが妻の鬱憤を晴らすようなネタだ。メインターゲットは主婦であり、普通の夫はもう仕事に出ているのでかまわないのだろうが、僕のように家にいる身としては非常に按配が悪い。番組を見ている家人(大)が「あーわかるわかる」「全部当てはまる」と言い出したら危険な兆候で、やがてこちらに火の粉が飛んでくる。だから、僕にとってはあの番組は、まったくスッキリしないのだった。

11時半、神谷町でPV。

14時、汐留で会議。

17時、お台場で会議。いよいよロケに出る。元日深夜の特番。

その後、幡ヶ谷の住宅街の真ん中にある中華で食事会。『嗚呼!花の料理人』という番組をやっていたチームで久しぶりに顔を合わせたのだが、番組が終わって1年以上経つが、あの番組に出てくれた料理人たちの今は悲喜こもごもだそうだ。相変わらず繁盛して海外進出している人もいれば、店がつぶれた、行方不明になっているという人もけっこういる。その中の一人は「え、あの人が」という人だった。

22時半帰還。
Dec.3(Thu.)
■今日という日。

13時からの定例会議が今日だけ16時半スタートになったと連絡が。そんなに時間がずれてしまったらもちろん行けない。そこまで時間をずらさないといけない場合は会議を休止にするのが普通だが、そうできないお家事情。

なので、家で静かに台本を書く。

18時、汐留で会議。来年2月の特番。

20時半、代々木で会議。来年1月の特番。そろそろ紙の上の作業から実際の撮影に入らねばならぬ。

23時帰還。
Dec.2(Wed.)
■今日という日。

午前中から川崎市内の大学病院へ。変化あり。しかし想定内の出来事なので、驚くこともなく。ロールプレイングゲームのように事態に立ち向かっていかねばならぬ。

一時帰還。30分気絶。

17時、外苑前で打ち合わせ。
18時半、虎ノ門で取材。『毎日新聞』の連載のために。
19時半、再び外苑前で会議。
21時、六本木で打ち合わせ。あさってからインドロケだが、同行する女性ADはこれが初海外だという。初めての海外がインドの田舎。よくも悪くもトラウマにならぬことを祈る。祈る前に台本を書けという話かもしれないが。

23時半帰還。
Dec.1(Tue.)
■今日という日。

もう12月か。と思うが、よく考えると毎月そう思っている気がする。「もう5月か」「もう8月か」「もう10月か」

午前中、ジムに行く。いろいろちゃんとやってみる。ひさしぶりに気温以外で汗をかいた気がする。

16時、汐留で会議。

17時半、汐留で会議。年末特番。まだロケ隊はすべて海外。それなのに来週末収録って。

20時、某代理店で打ち合わせ。内容も知らされずに呼ばれた。なるほど。代理店の人は広告主体で番組を考えるから、テレビ業界の僕から見ると無謀かと思う企画を考える。でもそれはそれで新鮮。いい塩梅の着地点を見つけるのが僕の仕事となる。

25時帰還。