Jan.31(Sat.)
■今日という日。

14時からお台場で台本打ち。3時間を想定していたが、1時間半で終わる。幸い、次に予定していた打ち合わせが、先方が体調を崩したため中止となり、自由の身となる。

汐留まで出て、安カフェで読書。『着想の技術/筒井康隆』。この本、今までに何十回読み返したことか。そして、読むたびに刺激を受ける。

夕食の材料を買い込んで帰還。今夜はカレー鍋。家人(小)が「鍋はいやだ!」と反抗するので、ちょっと工夫する。まあ、工夫といってもソーセージをベーコンで巻いたものを入れるぐらいだが、その程度のことでも子どもの気分は変わる。

土曜の夜、家にいるときは『エンタの神様』をみんなでつっこみながら見るのが習慣だが、今日は早めにテレビを点けてしまい、思わず『アルマゲドン』を見てしまった。おかげで2つの番組を激しくザッピングしながら見る事態に。つっこみどころは「アルマゲドン」の方が多かった。随所にモスク前のシーンがあるのが、印象的だった。
Jan.30(Fri.)
■今日という日。

13時、外苑前で会議。新番組なのだが、今のところ特殊な関わり方なので、なんとも落ち着かない。本日、メインのキャスティングが決まったことを教えられる。この組み合わせは、かなりおもしろいのではないか。楽しみだ。

15時半、汐留で会議。マカオをテーマにした企画を募集されたのだが、実は別の番組でもマカオ企画を募集されている。この春はマカオなのか。便乗して行けぬものかと考えるが、この世界的な不況で飛行機のタイアップも困難と聞いている。だから無理だろうなあ。残念。

夜。神谷町で、1年前に亡くなった友人を偲ぶ会。仕事関係者が50名近く集まった。奥様と2歳になった娘さんもやってきて、みんなで故人を偲んだ。こういう席があったおかげで、ご無沙汰していた方々とも再会でき、楽しい時間だった。全員がひと言ずつスピーチをすることになっていたのだが、みんなが故人にまつわるちょっといい話をする中、あえてくだらない思い出話のみを披露する。それにしても思い出話の数々を聞くうちに、なんとも稀有な人だったんだなと、あらためて思った。いい時間だった。
Jan.29(Thu.)
■今日という日。

近くにできた看板の店名すら読めない店に行く。パキスタン料理だった。思いのほか美味。今度、夜に行ってみよう。

14時、お台場で打ち合わせ。種まき的な打ち合わせ。さすがにそろそろ着地してほしい。

15時半、同じくお台場で打ち合わせ。こちらもトライアル企画の詰め。あまり進まず。

次の打ち合わせまで時間が空いたので、映画でも見ようと思っていたら、急遽、延期の連絡。脱力し、気がついたら下北沢まで戻っていた。なので、『花泥棒』で宿題。

そういえば、今日は『slow comedy bar』で東野ひろあきさんが喋ることを思い出し、行ってみる。緩い集い。いろいろな方と会えて楽しい時間だった。すると、突然「ヤマナさんですか」と声をかけられた。「お会いしたかったんです」。なんでも以前、彼の劇団の芝居を見た感想を僕がここに書いたのを読んだことがあるという。だが、しばらくは「本当に僕なのか」という気分だった。劇団名にも覚えがなかったし、そもそもここに観劇の感想は書かないようにしている。しかし、芝居の内容を聞いて記憶が蘇った。たしかに見た。結婚前、家人(大)の友人がその劇団の誰かと知り合いで、連れて行かれたのだ。彼曰く、僕が書いた感想はかなり手厳しいものであり、ショックを受けたが、それで刺激される部分もあり、一念発起して、今では商業演劇などを手がけることで、芝居で食べていけるようになったという。なんかとても感謝された。なんかとても気恥ずかしかった。僕の知らない場所で、ここに書いた感想がもとでそんなことが起きていたとは。それが今回はプラスに影響したからいいけど、マイナスに影響することもあるだろう。だから、安易に感想を書くのはよくない。あらためてそう思ったのだ。
Jan.28(Wed.)
■今日という日。

12時から汐留で会議が2つ。粛々と進む。

会議中から、なぜか頭の中がお茶漬けでいっぱいになり、近くのお茶漬け専門店に行く。いつも思うのだが、この店、おかずの味が濃すぎる。

16時、東新橋でPV。初見の僕がある指摘をすると、それまで繰り返しPVをしてきたスタッフたちが「あ!」と驚く。繰り返し見るからこそ見えなくなるものがある。

18時、赤坂で会議。理想と現実が複雑に交錯している。

夜、恵比寿で某番組の演出氏と食事。一緒にやっている番組の話をするのかと思ったら一切せず。不思議な酒だった。
Jan.27(Tue.)
■今日という日。

12時、赤坂で会議。この会議には危険な女性作家がいる。その女芸人のような振る舞いをみんなでいじっているうちに、会議の時間を無駄に費やしてしまう危険な女だ。

赤坂SAKASのスケート場は思いのほか、賑わっている。スケート人口って意外と多いんだなあ。

移動中、再発になった『NEO GEO/坂本龍一』『源氏物語/細野晴臣』を購入。この後、高橋幸宏の再発も出る。さすがにリマスタリングだけでは、買い直すのはためらわれるなあ。だから、細野晴臣の再発モノも持っていなかったものしか買っていない。1曲でもボーナストラックがあれば買ってしまうのだが。

汐留に移動し、スタッフルームを借りて宿題を片付ける。
その後、同じ局内で会議が2つ。

諸事情あり、夜の会議をひとつ休ませてもらって、緊急帰還。
Jan.26(Mon.)
■今日という日。

13時、恵比寿で打ち合わせ。新しいことを考えなくてはと思うが、しかし、闇雲に新しいだけでは相手を説得できない。なので、激しく行き詰まる。

15時半、西麻布で会議。つつがなく終了。

17時、汐留で会議。1時間コース。

時間空いたので、近所のカフェで宿題。

20時、築地で会議。明日、人間ドックだという局P、ずっと「不安だ」と口にしている。そのストレスで胃潰瘍になってしまうのではないか。胃潰瘍なんて、ほんとすぐなるみたいだし。かつて、1回だけ内視鏡で潰瘍が見つかったことがあるが、あれはかなり気味悪いものだった。

夜中、麻布十番で旧知の演出氏と打ち合わせをかねて飯。この店来るの、1年ぶりだなあ。一時期はよく来たものだが、最近はまったく来ていなかった。そもそも麻布十番に来ること自体、久しぶりだし。
Jan.25(Sun.)
■今日という日。

家人(小)が遊びに連れていけとうるさいので、そういえば夕方からお台場で打ち合わせであることを思い出し、少し早めに家を出て、3人でお台場へ。人工海岸を散歩したり、「メディアージュ」の中のソニーの科学館みたいなところで遊んだり。科学館では、客を集めての○×クイズがあり、うっかり全問正解してしまった。まあ、全問正解は7、8人いたんだけど。最後は前に出されて、いやいや困った。

16時からお台場で打ち合わせ。

打ち合わせを終えて、再び家人たちと合流。なんとも妙な感じだ。

19時、虎の門で会議。3時間半の長丁場。できることなら会議は2時間にしてほしいなあ。後半、集中力が急速に低下していくのがわかる。

経堂に帰還して、夕食がてらいつもの店へ。今、経堂はサバ缶ブーム。いつもの店でも新作が。オニオン&チーズ。前回行ったとき、僕も家で作ってみようかなともらしたところ、今夜、「使っていないのを見つけたので」と魚焼き用の網をもらってしまった。
Jan.24(Sat.)
■今日という日。

さすがに明け方に帰ったので、だるい。

13時から世田谷パブリックシアターで『冬の絵空』を観劇。まさか、3時間近い芝居だとは思わなかった。会議の時間が迫ってしまい、松尾さん・八十田さんなど知り合いが何人か出演していたが、残念ながら楽屋にあいさつに行くこともなく劇場を後にする。

16時過ぎ、外苑前で会議。途中参戦することになった新しい仕事。まだブレスト段階。こういう招かれ方をしたときこそ脳をフル回転しなければならない。

経堂に戻って、家人たちと落ち合い、夕食。豚しゃぶ。

帰還して、家人たちと一緒に『エンタの神様』を見る。この番組は、みんなでツッコミながら見るのが楽しいと痛感。そういう意味では、昔ながらの番組なのかもしれない。
Jan.23(Fri.)
■今日という日。

12時から神谷町で会議。土壌改良のような会議だった。

有楽町へパスポートを受け取りに行く。申請側を見ると、先週より明らかに空いている。失敗した。

『悼む人』を読了。感想は略。続いて『猫を抱いて象と泳ぐ/小川洋子』を読み始める。

16時半、汐留で打ち合わせ。3月にオンエアする小さな深夜特番。営業先行の企画。

17時半、築地で会議。ロケ先が海外なので、リサーチが予定より遅れている。大丈夫なのか。

一時帰還。『サイゾー』の連載を書いて送信。

夜中、事務所一部メンバーで新年会。久々に六本木に行くと、給料日の週末とあって、すごい人。そして、路上には驚くほどの黒人。黒人。黒人。おかげで歩きにくいことこのうえない。みなさん、どこ産の黒人様なのか。
Jan.22(Thu.)
■今日という日。

『大人の宿題』の韓国版が届く。当然だが、全編ハングル語。おかげで自分の名前すら読めない。レイアウト的にたぶん、これが名前だと推測する。そうか、ハングルだと僕の名前はこう書くのか。

15時、お台場で会議。正月にやった特番を発展させるための打ち合わせだったが、どうも伸ばしていく方向が間違っている気がする。なんでも足せばよいというものではない。

一時帰還。ソファに寝転んでいたら、一瞬、おちる。昨夜の疲れだ。

20時半、TMCに。『DX』の新年会。毎年、収録後のスタジオで開かれるのだ。ここ数年、スケジュールの都合で行けなかったが、今回は大丈夫だった。

帰り道、ちょっとだけいつもの店に寄り、帰還。
Jan.21(Wed.)
■今日という日。

12時、汐留で会議。1時間コース。

15時、同じく汐留で分科会。すぐさま終わる。

16時半、表参道で打ち合わせ。「ある芸人のDVDを作りたいのだが・・・」という相談。とりあえず2月のライブを見に行くことにする。

その後、汐留に舞い戻り、作業もろもろ。

夜、六本木でアングルのイベント。今回のゲストはそーたにさんと大根仁さん。興味深い話をいろいろと聞けたが、観客のみなさまはどうだっただろうか。これで幹事は一巡した。この先も同じことを繰り返しても意味がない。次の展開を考える必要がある。

打ち上げをして、未明に帰還。
Jan.20(Tue.)
■今日という日。

早起きして宿題いろいろ。

12時、赤坂で会議。『感謝祭』。前回の演出氏がPになって出戻り。おかげで3人いるPが全員『感謝祭』演出経験者。今の演出氏はさぞややりにくいだろう。

14時、同じく赤坂で打ち合わせ。この相手が、また『感謝祭』演出経験者(上記の3人とは別人)。今日は『感謝祭』まみれ。

17時、汐留で会議。すぐ終わる。

18時半、お台場で打ち合わせ。大人の事情で2時間SPが増える。求められるのは嬉しいが、あまり立て続けだとそれはそれで大変。

20時、同じくお台場で会議。この会議、いつも途中で頭が朦朧として、後で反省することしきり。喫煙者が多いせいか。

本日はおとなしく帰還。
Jan.19(Mon.)
■今日という日。

新年初失敗。11時からの打ち合わせをすっかり失念。何度も電話があって、忘れていたことに気づく。しかし、打ち合わせ場所はお台場。今からではどうにもならない。本当に申し訳ございませんでした。

13時、お台場で打ち合わせ。新規の特番。微妙な立場での参戦。

その後、再びお台場で台本打ち。1時間コース。

17時、汐留で会議。1時間コース。

19時、渋谷で会議。事前にメールで資料を送っていると言われていたが、届いておらず、送ってないのだろうと思っていたら、送信していたが届いていないかったという事態。なのに、その場で資料を読んで意見を言わねばならず、ちょっと焦る。

22時、鮫肌さんと2人、J-WAVEの『PLATOn』に出演する。『だから直接聞いてみた』の宣伝。アンジャッシュの渡部さんとは初対面。実は『そこんトコロ』という番組でご一緒しているのだが、現場に行くことがないので、今まで会うことはなかった。番組自体はつつがなく終了。と本人たちは思っているが、どうだったんだろうか。それにしてもラジオの生放送の現場は久しぶり。初仕事だった『夜マゲドンの奇蹟』を思い出しなつかしかった。

帰り道、下北沢『風呂四季』で、遅い夕食。
Jan.18(Sun.)
■今日という日。

昼間、少しだけ新書の原稿を書く。またしても2ページ分。このペースで行くと、いつになったら終わるのか。

夕方から大手町で開かれる作家仲間の天野慎也君の結婚パーティへ。会場では、よく会う人、久しぶりな人、初めてちゃんと紹介された方など、いろいろな人と会う。新郎と意外な知人が知り合いであったり。だが、立食だと1時間もすると腰が大変なことになってくる。なので、後半、意識朦朧。
Jan.17(Sat.)
■今日という日。

内臓疲労困憊。珍しく二度寝。
起きて、新書の原稿の第二章に着手。2ページ分だけだが。

午後、家人たちと下北沢へ。食器を探す。結局、いつも行く雑貨の店で無難な器を二つ。貯蔵用のガラス瓶を二つ。

17時、虎の門で打ち合わせ。月曜の夜、鮫肌さんと一緒にラジオに出るので、その事前取材を受ける。

18時、同じく虎ノ門で特番会議。ようやく収録日が決まる。番組のアウトラインも決まってきた。あとはどう緻密に積み上げていくかだ。

22時、目黒で打ち合わせをかねて食事。春にスタートする新しいメディアである企画をやるのだが、思っていたよりも機動性が悪く、企画の方向性を変更せざるをえない事態に。まあ、いいけど。その他、テレビ業界の雑談いろいろ。

25時帰還。
Jan.16(Fri.)
■今日という日。

13時、汐留で会議。時間変更になったため、参加者が少ない。

有楽町までパスポートを更新に行く。気がついたら失効していたのだ。別に仕事でもプライベートでも近々海外に行く予定はないが、いつそうなるとも限らない。なので、時間があるときに準備。それにしてもすごい混雑。手続きを終えるのに2時間以上かかった。1時間50分は待ち時間。

17時半、築地で会議。アフリカロケがあるのだが、アフリカは移動だけで片道二日半はかかる。だからなにをするのも大変だ。

夜、某局の演出氏と食事をしながら打ち合わせ。健全な環境作りについて考える。

帰還途中、渋谷界隈で飲んでいる知人から電話。明日はゆっくりということもあり、途中下車。軽く飲んで深夜帰還。
Jan.15(Thu.)
■今日という日。

午前中から、伯母の一周忌。

精進落としで昼酒を飲んでしまったので、帰還して、1時間だけ仮眠。

17時、虎の門で会議。3月に大阪で開催する久本雅美さんのイベント。

その後の打ち合わせが先方の都合で延期。おとなしく帰還。

夜、ホイチョイの馬場さんから薦められた『レミーのおいしいレストラン』を見る。確かにあのラストの意味は深い。“批評”ということについて考えさせられる。主な客層である子どもたちにはわからないかもしれないが。そして、僕も批評家じゃないけど。
Jan.14(Wed.)
■今日という日。

12時から汐留で会議が二つ。

時間が空くので、一時帰還。新書の原稿を書く。ようやく1章分、書きあがった。まだ40ページ分程度。先は長い。

18時、赤坂で会議。
その後、番組新年会。今年は中華。二次会は目についた英国風のパブ。入って驚いた。シングルモルトが充実。アイラの酒であれば、ほぼすべて揃っていた。しかも安い。ほとんどはショットで500円〜700円。嬉しくて飲みすぎる。

酩酊して真夜中に帰還。
Jan.13(Tue.)
■今日という日。

7時に起きる。明け方に到着しているVTRにナレーションをつける予定だったが・・・ポストの中は空。携帯にもPCにも連絡なし。どうしたものかと思って、お茶を入れてから再びメールをチェックすると、「編集が押したのでこちらで書きます」。なんじゃ、そりゃ。しなくていい早起きをしてしまった。

11時半から汐留でPVなので、新橋に11時過ぎに着くと、「予定が早まってもう始まっています」とメールが。なんじゃ、そりゃ。

おかげで予定より早くPVが終わり、大幅に時間が空いた。家人(大)を呼び出して、渋谷でランチ。ついでに食器を探すが、適当なものがない。

16時、汐留で会議。

17時半、溜池で会議。かなりリサーチが面倒な特番の打ち合わせが今日からスタート。言い出したのは、僕なのだが。間に合うのか。

20時、お台場で会議。マスクで登場したD、Pや演出氏が「今日は帰っていい」と言っているにもかかわらず、「大丈夫です」と言い張る。お前が大丈夫でも、まわりが大丈夫じゃないのだ。そのがんばりは誰も褒めてくれないがんばりだぞ。

寒風の中、帰還。寒いと疲れる。移動中、『中原昌也作業日誌2004→2007』を読んでいるが、これがおもしろくも、読むうちに気が滅入ってくる。
Jan.12(Mon.)
■今日という日。

13時、築地で会議。2月オンエアの深夜特番。あと1回シミュレーションすれば、もう本番。なんとも気持ちのよいスピードだ。ちなみに内容はロンブー淳の料理番組。

15時半、西麻布で会議。いろいろあって、1ケ月半ぶりの会議。そして次の会議は2週間後。

17時、汐留で会議。淡々と終了。

19時、お台場で打ち合わせ。演出氏とスペシャルの大枠を詰めていく。考えていてちょっと楽しくなるコーナー案が生まれてきた。

早めに帰還したので、久しぶりに『大田尻家』へ。店主自ら、正月に店内を改装したという。そのバイタリティがうらやましい。見習いたいものである。
Jan.11(Sun.)
■今日という日。

13時から神谷町で打ち合わせ。またしても赤坂から神谷町を徒歩で往復。打ち合わせ自体は20分で終わる。

経堂に戻って、家人たちと合流し、食材を買い込んで帰還。夕食の仕込みをしつつ、キッチンで『永遠の仔』を読了。なるほど。

少しだけ新書の原稿を書く。

夕食を食べた後、家人たちと『あんみつ姫2』の後半をオンタイム見る。いいなあ、こういうドラマ。僕も一度書いてみたいものだ。
Jan.10(Sat.)
■今日という日。

7時に目が覚めてしまった。仕方なくそのまま起きて、『毎日新聞』『朝日中学生新聞』の連載原稿を書いてしまって送信。どちらも締め切りより早く送った。相手もびっくりしたに違いない。

12時、築地で打ち合わせ。正月の特番を受けて、次に駒を進めるための算段。しかし、これがなかなか難しい。いろいろな思惑が渦巻いているからだ。

本日の打ち合わせは以上。帰りがけ、HMVで『ムー一族』のDVD−BOX、その後半を買ってしまう。まだ前半も半分しか見ていないのに。思わぬ散財。あ、『ムー』も出てる。と、新着の棚を見れば、あれ、『GO!GO!アッキーナ』のBOXも出ている。まだ手元には送られてきていないのに。送ってこないなあ。でも、番組内容的に送ってきてくれてもいいはずなのになあ。こういうものは発売前に見本盤をもらうのが関係者の役得なのだが。どうなっているんだろうなあ。

帰還して、新書の原稿を1項目だけ書く。スタートして1年。どんな大河新書だ。今年はちゃんと書きます。

夜、下北沢の『slow comedy bar』へ。しばらく一人で飲んでいると、稽古終わりの松尾さん登場。話の途中で、松尾さんが「俺は南米の国名をすべて言える」と言い出し、そらんじ始めた。さすが元祖うんちく王と思って聞いているうちに思い出した。あ、それ、僕の書いたセリフじゃないか。今を遡ること10年以上前。AGAPE Storeの初回公演『超老伝』の戯曲化を手伝った際、僕が新たに書いたセリフだった。書いた本人は忘れているのに、いまだにあの長ゼリフを覚えているなんて。うんちく王は同時に記憶王でもあった。それにしても、松尾さんにはまた中島らも作品を舞台でやってほしいなあ。

23時半帰還。
Jan.9(Fri.)
■今日という日。

冷たい雨が降る。
頭がぼんやりするので、朝から近所のハンバーガー屋に行き、考え事。
戻って、細かい宿題を片付けていく。

15時、汐留で会議。粛々と。

時間が空いたので、雨を見ながら読書。

18時、築地で特番会議。海外モノなので、時間があるようでない。

帰りがけ築地市場の駅構内、ホームからの階段をあがり改札へ向かう途中の場所で、立ち止まってキスしているカップルがいた。しかも、その後、2人で改札を出ていった。ん?たとえば、改札付近で、別れ際にキスをするというのは理解できるが、なぜあの場所で、あのタイミング。酔った勢いでもないだろうし。わからない。どんな衝動が2人の中で立ち上がったのか。

帰還後、録りためていた年末年始の番組を消化していく。いやあ、見た見た。
Jan.8(Thu.)
■今日という日。

11時から虎ノ門で会議。3月収録予定の特番。まだ不安要素が多い。

15時、お台場で打ち合わせ。台本チェック。演出氏行方不明。

本当はこの後、新年会があったのだが、肉料理ということなので、胃腸が万全ではないためやむなく欠席。おとなしく帰還。

年始の読書は大作を読もうと思い、都築浩さんがブログで激賞していた『悼む人』を読もうと思ったのだが、よく考えたら天童荒太ってまったく読んだことがなかったので、まず代表作の『永遠の仔』から読むことにした。全5冊。読みでがある。

早めに帰還したので、家人(小)と『バカ殿』を見る。小学生にはウンコはテッパンだ。しかし、よく考えたら大人向けのコントにもウンコネタは多い。たしか松本人志のコントにもウンコネタはあったし、「スネークマンショー」にもウンコを食べるネタはある。ウンコを食べるといえば、小説だが筒井康隆の「最高級有機質肥料」という作品もある。ついでに書くと、中野(俊成)さんの舞台にもウンコネタはあったはずだ。こうなったら、いい歳した大人が集まってウンコをテーマにしたコント特番はどうだ?タイトルは「ウンコント」。新年早々、なにを書いているんだ、俺は。

夜更け、正月に見た稲垣版の『悪魔の手毬唄』が納得できず、改めて石坂版を見る。見て思ったのは、記憶とはなんと曖昧なものかということだ。犯人の動機部分の核はどちらも違わない。ただ、動機のある部分の強調の違いや演技の質の違い、あるいは犯人を巡る人々の感情の描き方、その違いが読後感に大きな違いを与えていたのだ。いや、いい勉強になった。そして、やはり映画版を未見の方には、ぜひ見てほしいと思ったのだ。
Jan.7(Wed.)
■今日という日。

明け方、目を覚ますと、熱は下がっていた。再び眠って起きると、体調はほぼ回復。

昼前の新幹線で帰京。
自宅に戻って、仕事の支度をして、17時から赤坂で打ち合わせ。特番の企画書作り。果たして着地するかどうか。

19時、某代理店で打ち合わせ。そろそろ本腰を入れなければいけないキャンペーンの仕事。頼もしいブレーンも本日より参加。ようやく実働が始まる。

打ち合わせが終わってすぐさま帰還。この二日ほとんど何も食べていないので、空腹なはずだが、食欲がない。仕方なく、野菜スープを作って飲む。
Jan.6(Tue.)
■今日という日。

明け方、腹部にやけに不快感を覚えた。だが、食べ過ぎだと思った。早めに起きて、なぜか部屋に備え付けられていた胃薬を飲んで、しばらく経つと猛烈な吐き気。そして、嘔吐。やばい。発熱してきた。風邪か。いや、違う。今度は下痢だ。嘔吐下痢症じゃないか、これは。朝食をパスして、時間ギリギリまで寝込む。宿の方がいろいろと親身になって気にかけてくれる。感謝。だが、治る様子はない。

このまま東京に戻るのは不可能と判断。家人(大)の実家に舞い戻る。すぐさまかかりつけの医者へ。薬をもらって、母屋で寝込ませてもらう。なんとか夕方には帰京したいのだが。しかし、無理だった。吐き気と下痢はおさまったが、熱が下がらない。頭痛。今日中に送らねばいけない原稿があったのだが、無理を言って代わりの方にお願いする。おそらく今日帰るのは無理。すると明日の早めの会議も参加不可能。なので、各所に連絡。それで力尽きる。あとは昏々と眠りつづける。熱で腰が痛い。

誤解ないように書いておくが、僕が上記の病になったのは、家人の実家で食べた食事や宿の食事が原因ではない。なぜなら、まったく同じ食事をした家人たちは元気だからだ。なのに、どうして僕だけというのは謎だが、年末年始の暴飲暴食で体が弱っていたに違いない。そこをウイルスにつけこまれた。やられた。
Jan.5(Mon.)【新潟帰省観光2日目】
■今日という日。

あれだけ飲んだのに二日酔いになっていない。不思議。

午前中、家人たちと散歩。よく地方都市ではシャッター商店街が話題になり、僕も米沢市や萩市などそれを目撃したが、さらに小さな町であるここでは、町はそれ以上の荒廃ぶり。もちろん、商店街の多くは店を閉めており、さらに町のいたるところに空家が目立つ。借り手がない空家ではない。打ち捨てられた廃屋だ。聞けば、町の中心から離れた場所に新しい団地ができ、世代が変わるときにそちらに移ってしまうらしい。では、あの廃屋の立つ地は自分の土地ではないのか。ならば、地主はそこを更地にして、有効活用しないのか。あるいは自分の土地だけど、そこに住みつづけるのが嫌な理由でもあるのか。たしかに空家が密集するあたりはなんとも「いやあな」雰囲気が漂っていたが。土地のもつ呪いのようなものかもしれない。

最初は無目的だった散歩が、いつしか家人(大)の幼少期の思い出を辿る散歩となった。町に対する子ども時分の思い出というのは、実はかなり曖昧だ。そして、二十数年たてば、町もかなり変貌する。しかも、子どもの頃は遠いと思っていた場所が、大人になって歩くと驚くほど近く、位置関係もあやふやになってくる。実際、歩いていて「あ、こんな近くだったんだ」という言葉を家人(大)の口から何度聞いたことか。それでも、当時から続いている友人宅の店を見つけ、買い物に行かされた商店を見つけ、通学路を見つけ、思い出の中の地図が少しずつ完成されていく。テレビの企画で、タレントに同じようなことをさせたことはあるが、目の前でそれをやられるのは新鮮だ。最後に家人(大)が辿りついたのは、かつて自分が住んでいた家だった。それはまだそこにあった。家人(大)がそこに住んでいたのは、一緒に行った家人(小)の今の年齢の頃。「ママがあなたと同じ頃に住んでいた家」、とそんな言い方はしていないが、でも、そういうものを見せられたのは、まあ、おもしろい出来事だった。

今日の夜は近所の岩室温泉に泊まる。
そこで早めにタクシーを呼んでもらって、移動がてら観光。
まずは弥彦山へ。ロープウェイを使って山頂にのぼる。新潟に雪を期待してきた家人(小)だったが、市街には雪のかけらもなくがっかりしていたのだが、弥彦山には大量の雪が残っていてお喜び。よかった。山頂から眺める360度の風景は壮観。内陸を見れば、広がる越後平野。日本一の穀倉地帯は、パッチワークのように広がる田んぼのところどころに町が浮かんでいるように見える。燕市や三条市のような大きな町でも、島に過ぎない。ということはどれだけ巨大な田んぼの海なのだ。海側を見れば、想像よりはるかに大きく見える佐渡島。しかし、いざ行くとなれば高速艇でも1時間。それだけ島が大きいということだ。ここから見ると、島影がふたつ見えるが、それは佐渡島の手前と奥が重なって見えるため。そうか、新潟から見る佐渡島はこんなふうに見えるのか。

続いて、寺泊へ。有名スポットは、一応、一回は足を運んでおこう主義なのだが・・・なんじゃ、ここは。小さなアメ横。買出しバスツアーなどが盛んに出ているようだが、別にアメ横で十分じゃん。一般人が巨大なブリやタラを丸ごと1本買うわけでもなかろうし。しかも半分以上は地の魚ではなく、遠方からきた魚。そりゃそうだろう。このあたりではタラバガニなどとれないはずだからな。

この界隈は良寛が有名と聞かされ、運転手に勧められるまま良寛ゆかりの国上寺へ。こういうところは家族連れでくるところじゃないですね。それにしても、今、新潟の『天地人』過熱ぶりはすごい。このドラマがらみで、新潟には200億円の金が落ちるといわれているそうだが。今後、日曜の夜は『天地人』のせいで、飲食店は閑古鳥が鳴くのではないか、と家人(大)の父も心配していたそうだ。なるほど。それにしても前夜、『天地人』の話をしていた間、家人(大)はずっと「県知事」だと思っていたらしい。「どうして新潟県知事がそんなに話題になるのか」と不思議に思っていたそうだ。

日が沈む頃、岩室温泉へ。『ゆめや』という宿。今回の宿は家人(大)が手配したのだが、引くほどいい宿。離れをとったのだが、寝室が二つ。しかも一つの寝室は二階。つまりメゾネット。庭も専用、風呂は別棟にありもちろん専用。一切他人の目に触れることなく行けるため、お忍び旅行に行くにはぴったり。これはおそろしい料金に違いないと思ったが、東京近郊のこのレベルの温泉宿と比べたら半額強。しかも宿泊料金と食事代は別立てなので、素泊まりにすればさらに安く泊まれる。まあ、東京から行くにはかなり不便な場所ではあるけれど。

夕食は温泉宿にはありがちだが、僕にはやや多い。でも残すのもどうかと思い、貪り食って腹が苦しくなる。その後、稲垣版の『悪魔の手毬唄』を見て憤慨する。あれを見て、映画版を未見の方はぜひ映画を見てください。
Jan.4(Sun.)【新潟帰省観光初日】
■今日という日。

午前中、横浜の弟のもとに犬を預け、そのまま東京駅へ。

午後から家人(大)の実家である新潟・燕三条へと向かう。
夕方到着。
今まで会う機会がなく、おそらく今年のどこかで初めて会う心積もりでいた、家人(大)の兄もたまたま帰省しており、いきなり初遭遇。こういう会い方は心臓によくない。

家人(大)の実家は寿司屋を営んでおり、夕食は店でしこたま海の幸を頂く。家人(大)やその兄たちは自分の実父に寿司を出してもらうので平然としているが、僕の立場としては恐縮することしきり。とはいうものの、美味い日本酒を、勧められるまましこたま飲んでしまい、恐縮しているのかどうかわからぬ状態になってはいたが。

母屋に戻って、店を終えた、家人(大)の家族とさらに飲むうちに夜更け。
Jan.3(Sat.)
■今日という日。

午前中、少しだけ仕事。
その後、ここ数日の食べ過ぎを反省して、自転車で小1時間ほど散走。
午後、家人たちと渋谷に出て、年賀の品など買い物三昧。
早めの夕食。お好み焼きを食べる。注文の組み立てに失敗する。
下北沢で家人たちと別れて、一人『slow comedy bar』へ。店を閉めようとしていたところを無理やり入れてもらって、店主の須田さんと一杯。経堂界隈の情報交換。
経堂に戻って、年始のあいさつ代わりにいつもの店へ。棋士、噺家ご夫婦など知り合いに遭遇しまくって、22時半、ふらふらと帰還。
Jan.2(Fri.)
■今日という日。

午後から実家に行き、恒例の新年会の支度。早めの夜から宴。ある友人が、土産にもらったというアクアビットのミニボトルを大量に持参。飲み比べる。そのままでも美味いものあり、これは何かで割った方が美味いと思われるものあり。楽しいなあ、こういう酒の飲み方も。

深夜帰還。
Jan.1(Thu.)
■今日という日。
思えば、元日は常に実家に帰っていたので、今年が初めて実家以外ですごす元日である。
朝、起きて、雑煮の準備。タイミングよく家人(大)の実家からおせちが届く。寿司屋なのだ。

午後、近所の世田谷八幡宮へ初詣。いつもは閑散とした神社であり、さほど混んでいないだろうと高をくくって出かけたら、長蛇の参拝客。結局、1時間ぐらい並んでのではないか。

夜は、『かくし芸』を見ながら夕食。それにしてもマチャアキは、いつまでミスターかくし芸でい続けるのだろうか。永遠に続けることは不可能だろうし、引き際が難しい。スゴイと言われているうちに引くのが美しいと思うが、最後に何をするかが問題だ。と、2009年はマチャアキへの心配で始まった。

その後、なにかDVDでも見ようという話になったが、我が家に邦画がほとんどない。かといって字幕だと家人(小)が退屈するので、仕方なく『病院坂の首縊りの家』を見る。この映画に出てくる桜田淳子はほんとうにいい。しかし、見終えて家人(大)曰く「どうして正月早々、こんな暗い映画を見なくちゃいけないの」。ごもっとも。