| Apr.30(Wed.) |
■今日という日。
朝、癇癪を起した家人(小)の声で目覚める。おかげで、その後、眠れず。仕方なく、早起きをして、宿題各種。すべてが終わっても、まだ朝10時。そこで家人(大)と自転車で散歩。一時間ほどうろついて、近所の蕎麦屋『水埜』で蕎麦。あまりにも喉が渇いたので、平日の昼間からビール。至福。帰宅して30分ほどウトウトして、仕事へ。
14時、六本木で打ち合わせ。80年代半ばに出たビデオを、DVDで再発するに際しての相談。いくつかのプランを提案する。
15時、同じく六本木で会議。粛々。
16時、またしても六本木で会議。めまいがするような会議。その様子をお伝えして「サラリーマンNEO」のコントにして欲しいほどだ。いや、あまりにあまりで共感を呼べないか。なんといっても上座にいるのは、グルーチョなのだから。
18時半、外苑前で会議。打って変わって楽しく気持ちのいい会議。
夜、代官山の『李南河』で会食。おいしい韓国料理を食べる。
さらに、六本木に流れる。その手の店に来るのは、ほぼ1年に一度。今夜がその日。
27時半帰還。遊びすぎ。
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| Apr.29(Tue.) |
■今日という日。
午前中、またしても「月経」という言葉が飛び交う台本を書いて送信。
午後、実家へ。ちょっと憂鬱な事態となる。
17時、汐留で会議。
夜の会議が飛んだので、急遽、王子小劇場へ。『飛ぶ痛み/キリンバズウガ』を観劇。知人の知人が出ていると聞いていたのだが、いとうせいこうさんがブログで激賞しているのを見て、急に行きたくなったのだ。こんな観劇は、久しぶり。いやいや、なかなか。作・演出の登米裕一君を紹介してもらったが、なんと彼は以前、ウチの事務所の面接を受けたことがあるそうだ。世界は狭い。
劇場であった知人と飲んで、25時帰還。
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| Apr.28(Mon.) |
■今日という日。
12時から虎ノ門で会議。
その後、まあ、なんというかストレスがたまる事態が連発。困ったものである。
17時、汐留で会議。楽しいなあ、この会議は。
その後、表参道の制作会社で打ち合わせ。今週は何回、「月経」という言葉を口にしているのか。
20時、赤坂で会議。
21時半、六本木で会議。堂々巡り。
帰り道、鮫肌さんと下北沢で、鬱々としながら飲む。
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| Apr.27(Sun.) |
■今日という日。
旅の余波。朝から連載の原稿書きやナレ書きなど。
午後、正月に亡くなった友人の家に、お線香をあげに行く。で、奥さんと話す。いろいろな話を聞く。無責任に一般論を振りかざす人々の言葉を聞き、頭にくる。いや、さすがにその場ではそんなそぶりは見せなかったが、後で思い返して、やはり頭に来た。さらに、あらためてある「約束」の実現を提案されて、嬉しくなる。それにしても、初めて体験する、不思議な時間だった。
そのままTMCへ。特番の収録に立ち会う。スケジュール的にあまり会議に参加できなかったので、せめてもの罪滅ぼしだ。
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| Apr.26(Sat.) |
■今日という日。
10時にチェックアウト。飛行機まで、かなり時間があるので、松陰神社まで散歩。松下村塾を見る。ほう、これが松下村塾か。しかし、この手のものを見ていつも思うのは、どこが当時の部分で、どこに後に修復されたのか、ということだ。たとえば、奈良の飛鳥寺にある日本最古の大仏は、「最古」の部分は確か指の先だか目の一部分だか、それだけであって、残りはすべて後世に作られたもの。そう聞くと、「最古」と言われながら、なんだかなあという気分になる。では、松下村塾はどうなのだ。吉田松陰の時代の部分はどこなのだ。そんなことを考えながら見学した。
空港までは、再び乗合タクシー。ただし、客は僕しかいない。でも、料金は一律3500円。
夕方、東京に戻って、すぐさまお台場へ。打ち合わせ。2時間のつもりが4時間コース。
さらに、表参道で打ち合わせ。『家庭の医学』。女性に月経に関する話題なのだが、残念なことに今まで一度も月経になったことがないので、その時の気分がわからない。
23時半、ヘトヘトになって帰還。
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| Apr.25(Fri.)【萩お仕事紀行2日目】 |
■今日は単身、秋吉台に取材に行く。バスまでの時間、朝食をとろうと、東萩の駅前に出る。・・・なにもない。あるのはビジネスホテルだけ。あと、24時間営業のカラオケ。駅舎の時刻表を見て、この有様を納得。というのも、東萩駅には1日に10本程度しか列車が来ない。そんな駅なのだ。さらに時刻表を熟読してわかったのは、萩も東萩も、益田と長門市の間にあって、山陰本線的にはエアポケットのような区間なのだ。
■仕方なく、駅前の広場で缶コーヒーを飲みながら、バスを待つ。
■東萩から秋吉台までは、バスで70分。バスには、僕を含めて客は3人しかいない。山間をバスは行く。途中のガードレールは、萩名物の夏みかんにあわせてみかん色。それは何かの資料で読んで知っていたが、最近、みかん色を元に戻そうという動きがあるそうだ。理由は景観にあわないから。なんのために、みかん色に塗ったのか。脇の甘い地方行政である。
■もうひとつ山間を走っていて印象的なのは、赤い瓦だ。どの家も赤い瓦なのだ。後で聞いて知ったのだが、赤瓦はすべりがよく、雪が降っても積もらず滑り落ちるから使っているとのこと。なるほど。何にでも理由はあるものだ。
■まずは秋芳洞へ。さすが観光名所。バスで乗り付ける団体客もいるが、それをやりすごせば、観光客はほとんどいない。おかげで、鍾乳洞を堪能。ベタな観光地ではあるが、やはり自然の造形は圧巻。
■秋芳洞内には、いくつかの名所があるが、中でも最大に見ものは「黄金柱」。巨大な石灰の柱だが、その前に団体客相手の写真屋がスタンバイしている。彼はこのうす暗がりの中に、終日いるのか。今日のように、団体客が少ない日でも終日そこにいるのか。それが気になって仕方なかったのだ。
■秋芳洞本洞の先にある、黒谷支洞も見る。もはや、周囲には誰もいない。洞内に僕の足音だけが響く。ここで照明が切れたら、という自分の想像に、少し背筋を寒くしながら、無人の洞内を行く。と、向うから人が来た。「いらっしゃいませ」。従業員だった。「いらっしゃいませ」。そう言うのはわかるが、神秘的な暗がりでは、あまりに違和感のある言葉だった。
■黒谷口から出て、秋吉台の展望台へ向かう。カルスト台地を一望する展望台。しかし、すぐさま団体客がやって来る。そこで、展望台を離れ、カルスト台地を貫く観察路を一人行く。団体客は時間の制限があるため、ここまでは来ない。15分ほど歩いて小高くなった若竹山でひと休み。視界には誰もいない。聞こえるのは、鳥の声と、時々、遠くから聞こえる車の走行音だけ。のどかだ。とてものどかだ。しばらくそこで読書。クラークの『太陽からの風』を読む。と「○○、○○、○○をよろしくお願いします」。選挙カーの声が聞こえてきた。今、萩は市会議員の選挙前なのだ。まさか、カルスト台地の真ん中で選挙カーの声を聞くとは。それにしてもあれは、誰へのアピールなのか。観光客しかいない場所でアピールして、どれだけの効果があるのか。
■再びバスで市の中心に戻り、夕食まで街中を散策。びっくりするほど人がいない。途中、アーケードを通るが、いわゆるシャッター商店街化している。観光地である城下町界隈にもまったく人影がない。左右が古い白壁の道を、傾いた陽射しの中、ぼんやりと歩いていると、何とも現実感が喪失していく。不思議な感覚。途中の店で、自分の土産として萩焼のぐい呑みを買う。
■と、これだけいろいろしても夕食にはまだ早く、菊ケ浜海水浴場に出て、夕日に染まる海を眺める。
■本日の夕食は『あじろ』という割烹。カウンターで一人飯。調理中の主人から、いろいろと有益な話も聞けたし、料理も美味かったが、他の客の出す魚の調理をしながら「これ、赤ムツ。葛でとじると抜群に美味いんだよ」と、僕が食べられない(料理はすべてコース。単品はないのだ)魚の美味さをアピールされてもちょっと困る。無理に頼めば、出してくれたのか。
■店を出ると、真っ暗闇。田舎の夜は暗い。街灯も少ないが、そもそも窓から洩れる明かりがほとんどない。みんな、奥の部屋で生活しているのか。
■20分ほど歩いて、ホテルに帰還。いつも言うことだが、やはり地図を見ながら自分の足で歩いて、位置関係がわかる。萩のいろいろな場所の位置関係は、ほぼ把握した。
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| Apr.24(Thu.)【萩お仕事紀行初日】 |
■今日という日。羽田発7時半の飛行機で、宇部山口空港へ。そこから乗り合いタクシーに1時間半揺られて、ようやく萩に到着。
■今回の旅の目的は、こちらの市民会館で開かれる公開収録の立会い。素材撮りのロケもあるので、まずそれに同行。木戸孝允旧宅など、土塀が残る町並みを散策。ちなみに街のいたるところに石垣があるが、隙間なく整然と積まれているのが江戸期のもの。ランダムに積まれているのが、明治期のものだそうだ。
■後は本番までスタッフ部屋で、ひたすら台本書き。
■本番を見て、終了後、MC、スタッフの一部と市内の割烹へ。海の幸をいろいろと食べる。どれも日本酒があいそうだったが、MC氏が酒を飲まないので、さすがに自分だけ日本酒というわけにもいかず、ビールに終始したのが残念。
■宿泊はプチホテルと名のついた、ちょっとどうかと思うビジネスホテル。ホテルなのだが、部屋に入る時は靴を脱ぐ。しかも、床がギシギシ軋む。寝酒を飲もうかと思い、酒を探すともちろん無く、見ると「コンビニでお求め下さい」とあったので、フロントで「コンビニはどこか」と尋ねると、「お車でないと」と半笑いで言われてカチンとくる。しかも23時には玄関を閉めるという。今や22時45分。学生寮か、ここは。まあ、文句を言っても仕方ないので、シャワーを浴びて、寝る体勢。しばらくベッドで資料を読もうと思うが、部屋の明かりを消すスイッチが入り口脇にしかない。一応、ベッドサイドの明かりはあるが、これがおそろしく暗くて、とても本など読めぬ。なんとも不便な話だが、素泊まり6000円というのだから仕方ない。明日は自費で泊まるのだが、もう少しマシな宿にすればよかったかと後悔する。まあ、宿も見ずして連泊の手続きをしたこちらも悪い。
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| Apr.23(Wed.) |
■今日という日。
9時半から表参道で打ち合わせ。早いが、明日から僕が旅仕事なので、仕方ない。
12時、六本木で打ち合わせ。いろいろあって、本来の目的と異なる内容の打ち合わせとなる。正直、今のタイミングで話す内容かとも思うのだが。
14時、同じく六本木で会議。大規模な番組にも関わらず、会議は15分で終わる。
16時、またしても六本木で会議。いくつかの言語が飛び交っている感じがする。
19時、汐留で作業。流れで打ち合わせ。最近、新企画の相談を受けるたびに、必ず同じことを言っている気がする。「次」を考えなくてはいけない。そう思うからだ。
22時半帰還。明日からの旅に備えて、夜更けまで書き物。明日は5時起きなのに。
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| Apr.22(Tue.) |
■今日という日。
朝から自宅で原稿書きをしていると、資料の到着が遅れる、編集が間に合わないので打ち合わせをバラしてほしいなど、予定が狂う連絡が何本も入る。
で、20時、お台場で会議。
いろいろあってスタートが遅れ、当然、終わり時刻も遅くなる。
24時過ぎ帰還。
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| Apr.21(Mon.) |
■今日という日。
朝から、なんだかなあという連絡。7月スタートの深夜ドラマの企画を立案、準備が進んでいるはずだったが、知らないうちに空中分解していた。なんじゃ、そりゃ。事情を聞くと、いろいろな人の思惑が交錯している。でも、今のままでは、当初の目的から逸脱してしまっている。いいのか、それで。
15時、西麻布で会議。畳を張り替えた会議室は、さわやかな香りが漂う。まあ、畳の会議室自体どうか、という話もあるが。
17時半、汐留で会議。粛々。
19時、虎の門で会議。あまりにぼんやりとしている。
夜、下北沢で打ち合わせ。軽く食事をしながら。新しく出版企画の話が来ているが、
どんな切り口があるのか。というか、誰か、もう少ししばりのゆるいコラムを連載させてくれないか。どうしても依頼されるテーマが似てくる。だから、煮詰まる。
23時半帰還。
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| Apr.20(Sun.) |
■今日という日。
午前中、ひたすらスタジオ台本書き。いくら書いても終わらない。まあ、コピペの連続ではあるが。
13時半、表参道で打ち合わせ。『家庭の医学』。男3人で、月経に関する資料を熟読。
16時から取材に行く予定だったが、取材相手が、持病の尿道結石が悪化したとのことで、急遽、取りやめに。仕方なく、一時帰還。
少しだけ仕事。
夜、テレ朝通り近くのイタリアンへ。一応、取材。酒の取材なので、飲まねばならず、もう今夜は仕事にならないのだった。
23時帰還。
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| Apr.19(Sat.) |
■今日という日。
二日酔い。死ぬ気で起き上がって、家人(小)の日舞の発表会を見に行く。今年は「藤娘」。
荷物を持って、僕だけ先に帰還。1時間ほど仮眠。
復活して、17時から六本木で会議。大型特番が着実に進みつつある。
21時半帰還。家庭内でちょっとした問題が勃発していた。
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| Apr.18(Fri.) |
■今日という日。
昨夜、とても視聴率が気がかりな番組が2つあったのだが、雨のおかげで、どちらも首の皮一枚
11時から虎ノ門で会議。
中座して、13時から、六本木で打ち合わせ。
15時、汐留で会議。
18時、恵比寿で会議。3月にやった特番のリベンジをすべく作戦会議。
20時半。築地で会議。3月にやった特番の反省会+明日に向けての作戦会議。
流れでお疲れ様会。番組に陰ながら尽力してくれた美人広報さんに、P&総合演出が嵐のようなエロトーク。恩を仇で返すとはこのことか。
真夜中、銀座で樋口さんと会って、飲みながらあれこれ話す。
27時半帰還。
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| Apr.17(Thu.) |
■今日という日。
午前中は、ラテ欄やクイズ案などの、細々とした宿題を。
14時、汐留で会議。
時間が空いたので、スタッフルームで台本書き。
16時半、再び汐留で会議。同時刻からJ−WAVEで、先日、バルセロナで取材してきた『BLUE PLANET』の収録があったが、残念ながら立ち会えず。ちなみに一緒にバルセロナに行ったのは、岡田准一君。収録も終え、情報解禁だと思うので、書いておく。
再び時間が空いた。なので、いつもの店でマッサージ。首から背中にかけてのつまりが、かなり楽になる。
20時半、赤坂で『感謝祭』の反省会。
帰り、同じ会議に出席していた作家仲間の一文無君の車で送ってもらい。途中、上町の『大吉』で夕食。上海家庭料理。黄ニラの炒め物が美味。
23時半、帰還。
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| Apr.16(Wed.) |
■今日という日。
12時から白金で『日経アソシエイツ』というビジネス誌の取材を受ける。以前『大人の宿題』の取材をしてくれた方なので、やりやすかったが、果たして、僕の話がどこまでビジネスマンの役に立つのか。
14時、六本木で会議。いよいよ準備段階も大詰め。
次の会議が急遽なくなったので、事務所に行き、明日締め切りの『乱調テレビ用語』の原稿を書いてしまう。幸いにも連載は継続するが、最近、ネタ探しにかなり苦労している。ここからが、がんばりどころ。
18時、外苑前で会議。某大手代理店氏が転勤になったのだが、その送別会で酔いつぶれ、座敷とトイレを間違え放尿したという事件を聞いて爆笑する。
20時、某出版社で新書打ち合わせ。とりあえず打ち合わせは本日で終了。9月出版を目指す。
夜、経堂でコメディ・ライターの須田さんと一献。ギネスの生があるという珍しい店へ。意外と軽いギネスの生。
24時半帰還。
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| Apr.15(Tue.) |
■今日という日。
朝8時から粛々と台本書き。送ってもらった前回の収録台本に上書きすればよいと思っていたら、これがなかなかうまくいかない。ずれたり、消えたり。それを調整しているうちにイライラしてきてかえって効率が悪くなるため、イチから自分で書き直す。台本をどうやって作っているかはそれぞれ異なるので、しばしばこういう事態に陥る。他の作家たちはどうしているのか。もっと巧みにPCを使いこなして、何とかしているのか。
14時、六本木で打ち合わせ。類似番組が続々オンエアされる中、チームの性質上、あえて「ど真ん中」を行こうという話になる。
16時半、汐留で会議が2連発。
で、驚いたことに18時にすべての会議が終わる。いや、いつもならばこの後にまだ2つ会議があるのだが、休止になったのだ。さあ、どうしよう。これからは自由な時間だ。そう胸が弾むも、おとなしく帰還。こんな機会はめったにないからだ。自宅で夕食を摂り、その後、仕事。
アルフレッド・ベスターの『虎よ、虎よ!』なんて懐かしいSFを読み始めた。新装版は活字が大きくて読みやすいせいもある。別に老眼とかではなく、ハヤカワの活字は、昔から読みづらかったのだ。
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| Apr.14(Mon.) |
■今日という日。舌先に口内炎が出来る。体の調子が悪いサイン。表面上は悪くないが、体の芯に熱のあるサイン。
朝から地道に台本直しを続ける。ホン打ちをしたものの、いざ直し始めると、時代背景なども織り込みたくなり、そうなるとしばしネタを探してネットを徘徊することなり、とにかく時間がかかる。
予定より大幅に遅れて、完成。すぐさま送信。続いて、某番組のスタジオ台本。
17時から汐留で会議。舌炎が痛くて、喋るのが苦痛。
19時、赤坂で会議。舌炎が痛くて、喋ることができない。
やはりこの頃から悪寒。来た。慌てて風邪薬を飲み、帰還。もはや仕事をする気力もないので、録画しておいた担当番組を見る夜更け。
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| Apr.13(Sun.) |
■今日という日。
7時起きで、『家庭の医学』&『浜ちゃんと!』とナレ書き。
昼過ぎに終わって、一時間ほど仮眠。
起きて、昨日打ち合わせたホンを直し、さらにその他の原稿を書く。
夜、世間のしがらみで、新宿で行われた小規模な新人芸人イベントの審査員をする。司会の若手芸人が、『アングル』の講義が受けていたと聞き驚く。2時間で約30組ほどのネタを見る。この手の仕事はほとんどないので新鮮。そして、こんな小さな席にまで、『エンタの神様』は芸人発掘に来ていた。
終わるなり、すぐさま帰還。経堂の中華で、青島ビールで喉を潤し、帰還。
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| Apr.12(Sat.) |
■今日という日。
11時、表参道で打ち合わせ。
12時半、赤坂で演出氏と2人でホン打ち。僕が書いたものをもとに、演出氏が改稿。それはさらに1ページずつ見直していく。
14時半、某出版社で新書打ち合わせの続き。さすがにそろそろ馬力を出さないと。今、何合目まで進んでいるのか。
17時、六本木で会議。類似番組が増える中、今回の大方針が固まる。
21時半、渋谷で韓国料理を食べながら、打ち合わせ。まだ漠然とした話。
24時半帰還。
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| Apr.11(Fri.) |
■今日という日。
午前中、本日午前中締め切りの作業に追われる。資料の受け渡しにトラブルがあり、作業が予定より遅れて慌てる。
15時、汐留で会議。
17時、お台場で演出氏と2人で台本打ち。
本当はその後、食事会だったのだが、急遽バラしになる。そのまま真っ直ぐ帰宅してもよいのだが、それもなんだかという気分。で、前々から一度飯でもと誘っていた事務所の超若手を呼び出して火鍋。
23時帰還。
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| Apr.10(Thu.) |
■今日という日。
11時から渋谷で打ち合わせ。2時間欲しいと言われたので、次の会議が14時からとうこともあり、この時間に打ち合わせの約束をした。相手先に着いたのが、ちょっと遅れて11時15分。会議室を出たのが、11時45分。・・・30分で終了って。
14時から、汐留にて会議。
次の会議まで時間が空いたので、マッサージ。腿の外側が張っているから、内腿の筋肉を鍛えた方がいいと言われる。なるほど。
17時半から、再び汐留で会議。
19時、シアターコクーンで『どん底』観劇。終演後、楽屋へ。知り合いと多数会う。山崎一さんとは3年ぶりぐらい。江口洋介さんとは8年ぶりぐらいか。かつて、彼のラジオの構成をやっていたのだ。今から思えば、あれは楽しい番組だった。
芝居の熱気に頭フラフラ。経堂に戻って、いつもの店でクールダウン。
25時帰還。
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| Apr.9(Wed.) |
■今日という日。
早朝に起き、長い台本の続きを書いて送信。すぐさま、その台本を検討する席に向かう。僕が着く前に、みんなに読んでおいてもらおうというつもりだったが、何と届いていない。おかしい。仕方なく、家人(大)に再送してもらう。さあ、後はプリントアウトして、と思ったら、今度はなぜかなかなかプリントアウトできない。1枚プリントアウトするのに1分近くかかる。Wordで書いた普通の台本なのに。結局、近くのコピーサービスに行ってプリントアウトしてもらうなどといった事態となり、なんとなく集中できないまま会議が終わる。長い台本は演出氏が手を入れて準備稿とし、再び僕が手を入れ、さらに演出氏が手を入れて決定稿にする。それが来週月曜まで。間に裏取りの取材もあるし。間に合うのか。
14時半、六本木で会議。世界を股にかける番組なので、夏オンエアだが、そろそろロケの準備に入る。
16時半、同じく六本木で会議。粛々と。
時間が空いたので、六本木から神谷町まで散歩。そして、会議。
夜、恵比寿の和食屋で局Pと制作会社Pと打ち合わせがてら食事会。おいしいが、空気の読めない店だった。店員の動きが、かなりコメディ。
思ったより早く解散になったので、一人、久々に『まはから』へ。カレーが美味そうなのだが、いつも飲んだ後に行くので、おそらく永遠に食べられないカレーだ。
24時帰還。
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| Apr.8(Tue.) |
■今日という日。
12時から汐留でPV。1時間の予定が1時間半かかってしまうが、楽しいPVなのでむしろ歓迎。その途中、PVにありがちなトラブルが発生したが、スタッフが初めて見る知恵でそれを乗り切っていた。どんな知恵か。それはブログの方に書いてみました。
14時半から虎ノ門で打ち合わせ。移動中、強風で傘が壊れる。
16時、再び汐留で会議。
会議終わり、スタッフルームで先ほど打ち合わせた構成表を書いてしまう。
さらに時間に余裕があったので、資料本を読む。工学系の本なので飲み込みづらい。恥ずかしい話だが、今日まで「半導体」という言葉も存在も知っていたが、それがどういうものなのかは知らなかった。へー。そうだったんだ。
20時、お台場で会議。移動中、2本目の傘が壊れる。
雨に濡れたせいか、体が重い。まだ電車のある時間だったが、タクシーで帰還。23時半帰還。風呂に入って、体を温め、宿題を片付ける。
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| Apr.7(Mon.) |
■今日という日。
会議が3つも休止になった。よかった。自宅カンヅメを決行。
2時間書き物をして、しばし犬と遊んで、書き物再開のペース。3分の2終わる。残りは明後日の朝、早起きしてやるしかない。
19時、赤坂で会議。1月から詰めていた企画だが、途中、諸事情あって打ち合わせが滞っているうちに、企画書上、似ているのではと指摘されてしまうような番組がオンエアされてしまい、どうしたものかと対策を練る。今のテレビ界は狭い鉱脈をこぞって掘っているので、しばしばこういう事態に陥る。
21時半、六本木で会議。2時間で終わると思った会議が、想定外の長丁場に。
25時帰還。細かい宿題を片付けるうちに夜更け。
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| Apr.6(Sun.) |
■今日という日。
午前中は、ひたすらナレ書き。諸事情あって、オンエア日がずれる番販用は別ナレをつけなければいけないので、面倒なことこの上ない。
午後は家人(小)と留守番。春秋数日だけ開放する近所の自然林を散策。一緒におやつを食べて、家人(小)は部屋掃除。僕は仕事。
17時、六本木で収録立会い。まあ、何から何をどうしたものか。
収録終わりで、鮫肌さんと下北沢で軽く飲む。
23時帰還。ある番組の資料として、日本の名作映画のシーン抜きが届いている。たとえば、『七人の侍』『東京物語』『山椒太夫』・・・などなど。実は、この手の映画はほとんど見てない。にもかかわらず、その名シーンだけを、まるで「今日のホームラン」のような手軽さで見ていいのか。でも、今から全部見る時間もないので、仕方ない。でも、バチがあたるかもしれない。
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| Apr.5(Sat.) |
■今日という日。
午前中は、ひたすら旅の記録をつける。臨場感を忘れないうちに。
15時半、赤坂で打ち合わせ。毎回、きめ細かいプロットを書くことで知られる演出氏。今回も綿密なプロットを書いてきた。え?俺、一人で一時間分の台本を書くのか?しかも普通のバラエティ台本じゃないから、かなり手間取りそう。締め切りは水曜日。間に合うのか。
17時半、六本木で打ち合わせ。バルセロナの取材を受けて。
夜、経堂の久々に行くイタリアンで家人たちと夕食。週末とあって満席。予約をしていたので入ることはできたが、店員がいっぱいいっぱいで明らかにサービスの質が落ちる。かといって、いつも満席になるとは限らないから、あまりたくさん従業員も雇えないだろうし。満席になった時でも、いかにスムーズに料理を提供し、あるいはサービスの質を変えずに済むか。ここは飲食店経営のポイントかもしれない。
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| Apr.4(Fri.) |
■今日という日。
11時から虎ノ門で会議。苦戦している番組の会議だが、会議も苦戦。番組の構成も大切だが、その前に会議の構成も大切なのではないか。
空いた時間を使って、本日夕方締め切りの台本を書いて送信。
遅めの昼食。汐留の寿司屋でランチ。メニューを見ると、イクラが入っていたので、「イクラはダメなので」と代えてもらうことにした。そう告げた、職人は目の前で力強く頷いてくれたのだが、数分後に出てきたランチセットには、イクラが。え?あの頷きはなんだったんだ?あまりの理不尽な事態に唖然とする。
15時、再び汐留で会議。さらに、事務所スタッフと打ち合わせ。
東京を横断して、TMCに。『浜田警察24時』という特番の収録に立ち会う。B級事件を芸能人で再現する、という内容だが、VTRを作っているのが、普段、ドラマを作っているチームなので、妙な部分に凝っている。
夕方から、体調が悪かったのだが、時間が経つにつれ、いよいよ悪くなる。発熱。夜更けの会議をひとつ休ませてもらって、大量の薬を摂取して、昏々と眠る。
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| Apr.3(Thu.) |
■今日という日。
14時から汐留で会議。
背中が鉄板状態。いつものマッサージ屋に行く時間がないので、手近な店に飛び込んで揉んでもらう。腕が今イチ。でも、少し楽になる。
16時半、再び汐留で会議。
その後、湾岸スタジオで行われている収録を覗く。
夜、新橋の魚介類が充実している「スナック」で某特番の打ち上げ。
中座して、『bar−closed』で開かれている「兵庫のおじさんの集い」に顔を出す。
またしてもライター、声優、ディレクターなど大勢と名刺交換。
25時半帰還。
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| Apr.2(Wed.) |
■今日という日。
体が重い。頭がぼんやり。旅の疲れだ。
11時、表参道で打ち合わせ。途中で時間切れとなる。
12時半、某所で、この道30年のベテラン技術さんにインタビュー。
14時、六本木で会議。意外とあっさり終わる。
16時、同じく六本木で会議。意外とあっさり終わる。
17時半、先ほど時間切れの打ち合わせの続きをしに、表参道で舞い戻る。
18時半、外苑前で会議。想定外の関係者の配置転換に唖然。う〜ん。困った。
20時半、赤坂で会議。旅の間に、事態は進んでおり・・・え、来週半ばには初稿だし?演出氏曰く「新機軸のドラマバラエティ」・・・思わぬ難問ができた。
23時半帰還。
明朝締め切りの台本を片付けるうちに夜更け。
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| Apr.1(Tue.) |
■今日という日。
■13時半、成田着。パリ〜成田が、帰りの方が1時間ほど早い。おまけに窓際の3人席に1人だけだったので、横になって寝られたので、楽々。ただし、途中、かなり揺れて、機内には、気分が悪くなっている人も多数いたが。
■おっと、そういえば、バルセロナの空港内のカフェテリアでひと悶着あった。レジで数人前の客のカードが使えず、店員が右往左往。おかげで、僕たちも含めて大量の客が待ちぼうけ。我々も含めて、搭乗までの時間に食事をしたわけだから、さほど時間に余裕があるわけじゃない。レジには二人の店員がおり、二人がかりでカードのトラブルに対応しているのだが、もちろん、二人がかりでやったところで意味はなく、ならば一人が現金で支払う客に対応すればよいと思うが、そんなことは微塵も考えていない様子。しかし、どの客も憮然とした表情のままじっと待っているので、とりあえず「急いでくれ」と英語で言ってみたら、スペイン語で大量に言い返されたので、おそらく「見ればわかるだろ。機械のトラブルなんだ」と言っていると推測。頭に来たので、「それはそっちの都合で、僕たちの知ったことじゃない。時間がないんだ。早くしてくれ」と日本語で言い返す。とりあえずかなり怒っていることだけは、伝わったに違いない。
■17時過ぎに帰還。家人たちに土産をばらまき、旅の間に来た郵便・FAX・メールを整理するうちに、夜。慌てて、21時から西麻布で開かれている会議に参加。やはり疲れているのか、資料が頭に入らない。会議後、何人かで食事。日本食が恋しかろうと鉄板焼きにご馳走になる。ごちそうさまでした。でも、日本食が恋しくなることはなかった。魚介類メインだったので、ここに醤油があればと思ったことは数回あったが、それでも、「あれば」という程度のこと。
■25時帰還。
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