| Mar.30(Sun.)【バルセロナ取材紀行4日目】 |
■ 今日は出演者氏が雑誌の撮影ということで、朝から別行動。午前中は、先に帰る
Pの買い物につきあう。
■しかし、日曜日なのでデパートの類はやっていない。仕方なく、港近くのショッピングモールへ。開店までの間、今回の取材の運転手をやってくれたナッチョの家に行く。普段はドキュメンタリー映画を撮っているというナッチョは、港に係留したヨットで暮している。彼のような人間は珍しくないようで、このヨットハーバーにも30人近くヨット生活をしているそうだ。
■買い物の後、昼食はピカソ美術館の老舗のバルへ。昼からシャンパンエット(?)という、通常のシャンパンと違い、炭酸を充填させた「シャンパンもどき」を飲む。これが、休日昼間のバルには似合うと言われたので。他の食べたものは・・・。
○カジキマグロのツナ
○ドライトマトのオリーブオイル漬け
○小ぶりの赤ピーマンにクリームチーズを詰めたもの
○干したマグロ
○干した牛肉
○カルキリョシュ(?)というビスコッティに似たお菓子。これをモスカテールという甘いブドウの酒(食後酒)につけて食べる。
当然のことだが、ほろ酔い。
■店主が来て言う。
「この店はコロンブスが出航する前に、最後にコーラを飲んだ店だよ」
スパニッシュ・ジョークである。
■ほろ酔いながら、ちゃんと仕事もする。バルセロナのビーチ、つまり地中海の音を収録し、サンツ駅の音を追加録音する。まあ、録音していたのはDであって、僕はフラフラしていただけだが。
■夕方から、オリンピックスタジアムへ。R.C.D ESPANYOLとREAL RACING CLUBの対戦を見る。普段、サッカーなんて見ないから、初めてのサッカー観戦。それがバルセロナ。多分、この後もサッカーを見に行くことなんてないと思うから、唯一サッカーを見たのがバルセロナ。なんかいいじゃないか。
■会場について印象的だったのは、老人客が多いこと。老人どおり連れ立って来ている客がいる。三世代で来ている客がいる。初老の息子に支えられ、おぼつかない足取りで会場を目指す老人がいる。「歴史」があるというのは、こういうことか。
■オリンピックスタジアムのあるモンジュイックの丘の途中に、バルセロナ五輪の高飛び込みで使われたプールがあった。これがすごい。バルセロナの街を見下ろす傾斜地にあるのだ。飛び込み台から飛んだ時、バルセロナの街を背景に飛ぶことになる。さぞやダイナミックな映像であったに違いない。
■夕食は雑誌社の方と合同で。
○ハモン・セラーノ
○アンコウのスープ
○エスカリバーダ(ナス、赤ピーマン、タマネギのマリネ。カタルーニャ料理)
○ムール貝のトマト煮
○ホワイトアスパラのソテー
○魚介類のソテー
○フィデア・ア・バンダ
■食事後、雑誌社の方の誘いで、今夜はもう少しまともなタブラオへ。観光客の店ではあるが、昨日の店よりは歌も踊りも素人目に見ても上質。でも、食事の際、ワインを飲みすぎたせいで半眼。
■24時過ぎにホテルに戻り、今日のメモをつけるうちに爆睡。
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| Mar.29(Sat.)【バルセロナ取材紀行3日目】 |
■ゴシック地区にある「ラ・ボケリア」という市場から取材開始。肉、野菜、果物、魚介類、なんでもある市場。今までの食事に野菜はあまり出ることがなかったが、種類は豊富。果物の豊富。しかも、日本で見るよりも色鮮やか。ただし、甘いとは限らない。大ぶりなイチゴはいかにも甘そうだったが、後に食べたら、かなり酸っぱかった。しかし、一番の特徴は魚介類の豊富さ。魚の種類も豊富、貝、エビ、イカなどの種類も豊富。こちらでは、アンコウもよく食べる。市場に行くと、アンコウは上半分・下半分に切り分けられているのだが、現地の日本人曰く「上半分を買うと、よくアンキモがついている」。スペイン人はアンキモなど食べないので、こういうことが起きる。だから、彼はアンコウを買う時は、値段は同じなので、必ずアンキモ狙いで、上半分を買うそうだ。値段が同じといえば、マグロもよく売っており、赤味とトロの区別もついているが、値段は同じだそうだ。地中海のマグロといえば、日本ではかなり高価。それがバルセロナでは、庶民価格で買うことができる。
■続いて、「ランブランス通り」を歩きながら取材。大道芸人が並ぶとおりだが、今の流行なのか、みんな、コスプレ&彫像系。手や顔まで色を塗り、一度像と化したら、そのままじっとしているタイプの見世物が多い。
■再びガウディ関連の取材で、「グエル公園」。資料によると、グエル公園の広場に降った雨や地下水は、広場を支える柱の中をつたわって地下の貯水槽に溜められ、この公園の象徴ともいえるサラマンダーの噴水から出ている、とあった。自然の水の有効活用である。だが、現在、噴水から出ているのは、水道水だそうだ。というのも、柱の中の水路がつまってしまっており、本当は修復しないといけないのだが、世界遺産に認定されたせいで、修復することが困難になってしまったのだそうだ。なので、残念ながら、ガウディの狙いは活かされていない。
■ちなみに、今でこそ緑豊かなグエル公園界隈であるが、建設当時は「ハゲ山」と呼ばれていたそうだ。住宅地として売り出したものの、ほとんど売れなかったが、そのおかげで、この地に緑が根付いた。
■この公園も含めて、ガウディの建築の保存や普及には、ダリがかなり力を貸しているそうだ。なるほど。
■移動中のバスの中で聞いた話。街の肉屋に行くと、どこでもハモン・セラーノがぶら下がっている。買って帰りたいものだが、検疫にひっかかるため、もちろん、無理なのだが。現地の日本人曰く、
「テニスラケットのケースに入れていけばいいんですよ」
かつて、コントラバスのケースに死体を入れて運ぶという小説があったが、ラケットケースにハムとは。でも、多分、これ、冗談だと思うし、そもそも違法なので、やってはいけません。
■昼食は港近くのレストラン。14時からとやや遅めのランチと思いきや、店が混みはじめるのは、この後。こちらでは、15時ぐらいからランチ、というのが普通だそうだ。
今回のメニューは、
○カラマレス
○エビのオーリブオイル炒め(現地名不明)
○アーティチョーク
○シラス入りのスペイン風オムレツ
○パン・コン・トマテ(この店では、パンと完熟トマトが運ばれてきて、自分たちでパン
にトマトを塗り、オリーブ・オイルと塩で味付けして食べた)
○魚介のパエーリャ
○イカスミのフィデオス(フィデオスとは2センチほどの細くて短いパスタ。パエーリャ
を米の代わりに、それで作ったような感じの料理。そばめしの
そばだけ食べているような食べ心地)
■食事の後は、今回の旅のクライマックス。「サグラダ・ファミリア」。しかも、普通の観光客では入れない部分を取材。実際、行ってみるとわかるが、聖堂の中は大部分が工事中で、足場が高くそびえており、入ることができない。天井のない部分まであり、雨が降ると、中に入ってきてしまうらしい。しかし、今回、特別に工事中の柵の中に入れてもらった。
■見学したのは、地上部分だけではない。工事用エレベーターで45メートル上空へ。さらにエレベーターを乗り換え85メートル上空へ。サグラダ・ファミリアの写真を見ると、4本の塔がそびえているが、その根元あたりまであがったことになる。なんといっても工事現場なので、落下防止用の柵はあるものの、かなり露骨に高所であることがわかるので、慣れるまで足がすくむ。
■頂上部分では、最終的に170メートルの高さに0なる「キリストの塔」の基礎工事が始まっていた。こんなことを書くとガウディの神秘性が失われてしまうかもしれないが、いざ、建設現場に足を踏み入れてわかるのは、もはやサグラダ・ファミリアは「現代建築である」ということだ。建設機材だけではなく、資材や工法など、現代の建築物を作っているのと変わりない。まあ、時代の流れとして当然のことだが、訪れる観光客の夢を壊さないためにも、こういうものは極力隠しておいた方がいいと思う。と言いながら、ここには記録してしまうのだが。
■続いて、工事中の内部を見学しながら降りていく。よく写真で見るのはガウディの時代に作られた「生誕のファサード」。実は世界遺産に認定されているのは、この部分と地下部分のみ。反対側の「受難のファサード」は、まだ作っている途中で、彫刻なども作りかけ。こちらが入場口なので、行ってみるとわかるが、イメージにあるサグラダ・ファミリアとまったく違うので、かなり驚く。ある意味、羊頭狗肉。決してガイドブックには出てこない話だけれど。
■後に鐘がつるされることになる、鐘楼部分や、現在、唯一ステンドグラスが入っている、後に聖器室になる部分を上から下から見学する。
■特別に見学させてもらって、こんなことを書くのもなんだが、サグラダ・ファミリアは今や完全なる「観光教会」。たとえば、回廊として建設された部分も、今では土産物屋と化している。かつては、教会の周辺に土産物の出店が並んでいたそうだが、今では教会自らが店を開いている。現地の人曰く「まわりで稼いでいるのを見て、悔しくなったんじゃないですか」。さらに見学用のエレベーターが作られたのも、観光地化が進んだ証拠。ただし、地元の建築家に言わせれば、大量の観光客が歩くことにより、石段が磨り減るのを防ぐことができるので、これはこれでよいとは言っていたが。ちなみに、「キリストの塔」が完成した暁には、そこにもエレベーターが設置されるそうだ。
■2時間ほどかけて、サグラダ・ファミリアを見てまわり、続いてはバルセロナ郊外にある水道博物館を取材。残念ながら、聞いていた話と現場の内容があまりに違い。無駄足。
■夜は、タブラオでフラメンコを見ながら食事。行ったのは、日本でいえば「はとバス」で観光客が行くような店。もっといい店はいっぱいあるのに、なんでわざわざこんな店に行ったかというと、こちらの望むある曲をリクエストしてやってもらえるのが、この店だけだったから。それがなければ、行くに値しないような店。料理もまずかったし。
■24時、ホテルに戻る。夜更けのバルに行くか、という話にもなったが、疲労困憊につき、断念。取材メモを書くうちに、撃沈。
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| Mar.28(Fri.)【バルセロナ仕事紀行2日目】 |
■朝9時、サグラダ・ファミリアへ。建設に携わる日本人建築家・外尾悦郎さんにインタビュー。
■インタビューを終えて、すぐさまサンツ駅へ。ここから、最近、マドリッドまで走るようになった「新幹線」に乗る。この新幹線のみ、乗る前に手荷物検査がある。
■電車はしばらく海沿いを走った後、内陸に入る。その途端、車窓は荒涼たる風景。まるで礫砂漠のような乾いた大地。わずかに短い草が生えるのみ。スペインって、こんな土地だったのか。
■約2時間で、スペイン第4だか第5だかの都市・サラゴサ到着。ここでは6月に水をテーマにした万博が開かれる。その取材。広報担当の方にインタビューをして、建設中の会場を見る。とても2ケ月後に開催できるとは思えない状態だが、案内してくれた広報の方曰く「絶対に間に合います」。
■その後、帰りの電車まで、サラゴサの旧市街を散策。ゴヤの天井画のある聖堂は圧巻。おりしもミサの時間。そこにはサグラダ・ファミリアにはない荘厳さがある。まあ、明日の欄に書くつもりだが、サグラダ・ファミリアは教会といいながら、今や完全に「観光教会」。そこに宗教的な荘厳さはない。それとは対称的。
■そういえば、こちらの駅はバリア・フリーなのか、エスカレーターではなく、傾斜している「動く歩道」が設置されている。これが、路面が濡れていると、かなり滑る。これはこれで危険ではないか。
■20時過ぎにバルセロナ市内に戻って、夕食。
今日のメニューは、
○小さな赤貝に似た貝のオリーブオイル炒め(現地名不明)
○ピミエントス・デ・パドロン(シシトウに似たピミエントをオリーブオイルで炒めたもの)
○マテ貝の(多分)オリーブオイル炒め(現地名不明)
○サラダ(レタスとキュウリとトマトとホワイトアスパラとゆで卵とオリーブ)
○ホタルイカと白インゲン豆のオリーブオイル炒め(現地名不明)
○パエーリャとリゾットの中間のような米料理(現地名不明。カタルーニャ料理)
○ステーキ(おそらくビーフ。すでに切り分けられていた)
飲み物としては、食前にカバを、食後にはグラッパに似た酒を飲む。これまた現地名を聞くのを失念。
■24時近くにホテルに戻って、取材メモをまとめているうちに撃沈。
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| Mar.27(Thu.)【バルセロナ仕事紀行初日】 |
■朝9時、成田集合ということなので、6時過ぎに自宅を出る。
■昨年のイスタンブールに続き、J−WAVEの『ブループラネット』という特番の取材。昨年と同じ某タレントさんと一緒に旅立つ。
■スペインまでの直行便がないため、パリのシャルル・ドゴール空港で乗り換え。ここでいきなり、一行とはぐれてしまう。仕方なく案内表示に従って進んでいくが、どんどん人影が少なくなる。いいのか、こっちで。目についた職員にチケットを示して尋ねると、バスに乗れという。え、バス?言われたとおりにバスに乗る。バスに乗っているのは、僕の他、2、3人。いいのか、本当に。かなり、長時間乗った後、運転手に言われた場所で降りる。しかし、そこもやけに人のいない場所。まあ、そこから3人ほどに道を尋ねて、ようやく乗り換え場所に出る。これは後でわかったことだが、どうやら乗り換え場所は、降りた場所のすぐ上だったようだ。要はバスに乗って、空港を一周回ったらしい。ならば、なぜ、バスに乗った俺?というか、なぜ、バスに乗れと言ったんだ、あの職員。フランス野郎にからかわれたのか。
■で、そこから2時間弱で、バルセロナに到着。
■ホテルは、バルセロナの表参道ともいえるパセッチ・ダ・グラシア通り近く。
■荷物を置くなり、近くのレストランとバルの中間のような店で夕食。
本日食べたのは・・・
○ハモン・セラーノ(生ハム)
○カラマレス(イカリングのフライ)
○プルポ・ア・ラ・ガジェーガ(茹でたタコにオリーブオイルやパプリカをかけたもの)
○チョピートス(ホタルイカのフライ)
○パン・コン・トマテ(パンの表面にトマトをなすりつけ、オリーブオイルをかけたもの)
○エスカルゴ(現地名不明。でも、やけに触角がリアル)
○マッシュルームのガーリックオイル煮(現地名不明)
そして、ビール&白ワイン。
もともとスペイン料理は好きなので、本場で食べられて初日から満足。
■明日の取材に備えて、夜のサグラダ・ファミリアを観に行く。
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| Mar.26(Wed.) |
■今日という日。
朝から仕事部屋にこもり、まず企画書を片付ける。とりあえず書いたが、う〜ん、もう一回煮詰めたいなあ。だが、時間がない。とりあえず書いて、この先は演出氏にパスする。細かい部分はお願いします。
さらに長めのVTR台本を書いて送信。
14時から、六本木にて会議。この春、クイズ番組が多いことが話題になっているが、実は環境がらみの番組もかなり多い。なので、かぶりを気にして「TBSもバイオエタノールをやるらしい」などと、普段では考えられないような会話が飛び交う。
16時から、同じく六本木で会議。粛々。
移動中、『細野晴臣と地球の仲間たち』というDVDを購入。
18時半、汐留で作業。
すぐさま帰還。旅に出ている間の各種仕事を片付け、ようやく荷造りの取りかかる。
よし、明日から旅だ。
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| Mar.25(Tue.) |
■今日という日。
午前中から、仕事部屋にこもり、長めのVTR台本書き。さらに企画書の断片を書いて送信。
そういえば、僕のもとにも「ねんきん特別便」が来た。これが確認しにくいことこのうえない。お年寄りには、かなり難しいのではないか。しかも、まだざっと見ただけだが、僕の年金記録に、欠落がある気がする。ひょっとして、僕も渦中の人になるのか。旅から帰ってから、細かくチェックしようと思う。
16時半、汐留にて会議。
18時、表参道で打ち合わせ。昼間送った台本に大幅変更が出る。やれやれ。
移動中、青山通りの古本屋で早川PB版の『ベトナム観光公社/筒井康隆』と『魔法つかいの夏/石川喬司』を発見。400円と安価だったので購入。しかし、その数十メートル先の古本屋をのぞいたら、『ベ観光』が300円で、しかも美本であったので、かなりがっかりする。
20時、お台場で会議。先日の収録を受けて、3時間半コース。次週も収録があるのだが、「スタジオ台本を」と言われて慌てる。そこも僕の担当だったか。うっかり週末いないことを告げるのを失念していた。申し訳ないと平身低頭で謝って、勘弁してもらう。いや、先方は勘弁してくれていないかもしれないが、もはやどうしようもない。
25時帰還。
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| Mar.24(Mon.) |
■今日という日。
朝から、仕事部屋にこもり書き仕事。バルセロナでの取材メモを作り、昨日の続きの面倒な構成表を完成させて送信し、留守中に締め切りのある連載を前倒しで書いて送る。
15時半、西麻布で会議。かつて、この制作会社のトイレには社長名義で「ウンコした奴は必ず流せ」とハリガミがされていた。なんともあきれたハリガミだが、そもそもそんなハリガミが貼られることになったのは、ある社員が、ウンコを流さぬまま放っておいたせいだった。その社員、ウンコを流さなかったことを指摘されると、最初は否定したが、どう考えてもそいつしか犯人はいないと詰め寄られると、心外そうにこう言ったそうだ。
「もし、それが本当の話なら、大変ショックです」
17時半、汐留で会議。粛々と終わる。
19時半、赤坂で会議。立ち上がっているんだか、立ち上がっていないんだか不明の特番。しかも、今日は別事情も重なって、身のある内容にならず。
経堂の帰還後、顔見知りのイタリアンで一人の夕餉。ここで日常の中のささやかなコメディに遭遇するが、これはブログの方に書きます。
22時半帰還。締め切り前倒しの台本を一つ書いて送った後、仕事の資料として清水宏監督の『按摩と女』という1938年に作られた映画を見る。タイトルもすごいが、中身もすごい。全編、按摩だらけ。たとえば、冒頭、山道を行く2人の按摩が、こんな会話をする。
「日のあるうちにつきたいね」
「日があろうがなかろうが、めくらには関係ないじゃないか。どうせ年がら年中、夜道ばかりだ」
どう見ても、これは「おもしろい」会話だ。笑わせようとしている。これ以外にも、目が見えないことによる、明らかにギャグと思われるシーンが続出する。今の人々が見たら、なんとも微妙な空気が漂うところだが、70年前の人々はどうだったのだろうか。笑ったのだろうか。当時の映画館の雰囲気が知りたくなった。
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| Mar.23(Sun.) |
■今日という日。
朝から黙々と書き物。『朝日中学生新聞』『毎日新聞』の連載を片付け、来週収録の『浜田警察24時』のスタジオ台本を書く。
息抜きに、家人(小)とともに、自転車で散歩。ようやく買った自転車はとても乗り心地がいい。
仕事再開。某番組の面倒な構成表を書く。しかし、途中で時間切れ。
夜は、結婚記念日リベンジ(当日、僕が倒れていたので)で、家人たちと『スーツァンレストラン陳』に行く。「花の料理人」という番組で、この店の料理長・菰田さんには何度も出演してもらっているのだが、実際に店に来るのは初めて。中華三昧。
帰還後、仕事を再開しようとするも、気がつくと熟睡。
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| Mar.22(Sat.) |
■今日という日。
土曜日だというのに、打ち合わせ三昧。そして、打ち合わせのたびに、宿題が増える過酷な土曜日。
13時、表参道で打ち合わせ。『家庭の医学』。旅前にVTR台本を書かなければいけない。
14時半、赤坂で打ち合わせ。種まき。なんとか種はできたが、旅前に企画書にせねばならない。
16時、赤羽橋で打ち合わせ。特番のスタジオ台本打ち。収録は再来週だが、旅から帰ってきてからでは間に合わないので、前倒しで打ち合わせをさせてもらって、旅前に台本を書かねばならない。
19時、某出版社で新書打ち合わせ。2時間、嵐のごとくしゃべりまくる。
21時半、赤坂で打ち合わせ。単発の仕事だが、これも今日話し合った構成案を、旅前にまとめなければならない。
真夜中、三茶で食事しながら打ち合わせ。
それにしても、まるで旅仕事に行かせまいとするような、この締め切り山脈。果たして、乗り切ることができるのか。
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| Mar.21(Fri.) |
■今日という日。
11時、虎の門で会議。
13時半、渋谷で打ち合わせ。
本日、夕方からの会議&打ち合わせが諸事情ですべて流れたので、早くも自由の身。来週の旅仕事のための準備。靴を買おうとするも、ことごとくサイズがなくて、挫折。
『アイスマン。ゆれる/梶尾真治』と、A・C・クラーク追悼の意を込めて高校時代に挫折した『海底牧場』もあわせて購入。先日の「ソラリス」といいその前の「幼年期の終わり」といい、中高生時代に挫折した早川青背表紙再チャレンジが続く昨今。
帰還して、今夜は夕食当番を買って出たので、買い物へ。
戻って30分だけ仮眠。頭がすっきりしたところで、企画書を怒涛の勢いで書いて送信。
張り切って、ラタトゥユ、スペイン風オムレツ、鶏肉料理などを作る。味見をしていると酒が欲しくなるので、ビールを飲みながら料理。楽しい時間である。
家人たちが寝た後、録画しておいた『ご起源さん』という特番を見る。内容の感想は略すが、デブと呼ばれた起源は誰かということで、デブ君ことロスコー・アーバックルが紹介されていた。その説明をしていたのも知人だったのだが、それはさておき、番組のナレーションをやっていた古田新太は、PARCO劇場でやった『スラップスティックス』という芝居で、ロスコー・アーバックル役をやっていた。なんという偶然。番組スタッフの何人が、この偶然に気づいただろうか。
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| Mar.20(Thu.) |
■今日という日。
11時からPVの予定が、急遽なくなって、余裕の午前中。
14時、汐留で会議。落ち着かない会議室である。
16時、同じく汐留で会議。粛々と終了。
その後、新番組の収録を覗きに、初めて湾岸スタジオに行く。ゆりかもめのテレコムセンター駅で降りたのだが、休日の夕方とあって、あたりは閑散としておrい、いい雰囲気。こういう近未来的な街が閑散としていると、まるで静かな終末のようで、それがなんとも好きなのだ。
夜中、何度か仕事をしたことのある制作会社のPから電話。詳細はあえて書かないが、なんでも急遽会社が倒産し、1月にやった番組のギャラが予定どおり払うのが難しくなったとのこと。今後、分割で払うので勘弁してほしいと言われたが・・・どうなることやら。まあ、そのPが経営者なわけではないので、ある意味、彼も被害者。そして、僕も債権者。しかし、去年から今年にかけてこういうことが続く。鮫肌さんが言うように厄年のせいか。やはり厄払いに行った方がいいのかと、本気で思う。
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| Mar.19(Wed.) |
■今日という日。
13時から六本木で打ち合わせ。来週のバルセロナ行きについて。週末の滞在となるため、取材相手の都合がなかなか合わず、早くも波乱の予感。
14時半、六本木別場所で会議。粛々と。
時間が空いたので、TUTAYAに行き、待ちに待ったW・アレンのDVDを大人買い。『ブロードウェイのダニーローズ』『スターダスト・メモリー』『ハンナとその姉妹』『アリス』。こんなに買い込んでいつ見ることができるのか。
16時、再び六本木で会議。
それはさておき、諸事情あって、某番組をひとつおりることになった。残念ではあるが、スケジュール的にかなり無理があり、なんとも中途半端な状態での参加だったので、いたしかたない。
18時半、外苑前で会議。
そして、その流れで、出演者・スタッフみんなで食事会。
23時半帰還。
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| Mar.18(Tue.) |
■今日という日。
11時半から赤坂で会議。赤坂Sacasのオープンを明後日に控えて、駅前が浮かれている。だが、Sacasには致命的な欠点が。周囲の道路事情がよろしくないのだ。赤坂通り、一ツ木通り、どちらも狭い。それが欠点。
夜まで時間が空いた。そこで家人(大)と落ち合い、珍しく買い物三昧。春物のシャツを買い、家人(大)のスカートを買い、CORNERIUSとサディスティック・ミカ・バンドのDVDを買い、山下達郎のCDを買い、W・アレンの『タロットカード殺人事件』のDVDを買い、旅行用のスーツケースを買い、手ごろな大きさの鍋を買う。
一時帰還。犬の散歩をして、再び出撃。
20時、お台場で会議。収録を明後日に控えて、あっさりと。
終了後、タクシーで高速を飛ばして西麻布の会議に合流。到着15分で終わる。もっと長引くと思ったのに・・・。
なんとなくがっかりして帰還。23時には経堂に着いたので、久々に『太田尻家』。経堂界隈の個人経営の飲食店についての情報をいろいろと聞く。
24時半帰還。
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| Mar.17(Mon.) |
■今日という日。
13時、お台場で打ち合わせ。演出氏と2人でスタジオ台本を詰める。
その後、高速をタクシーで飛ばして、西麻布での会議に合流。Pも演出氏も欠席で、こんなことなら今日の会議はバラしてもよかったのではないか、という状態。急いで来て、損した気分。
ちょっと時間が空いたので、渋谷に出て、普段できない買い物を。本とCDやDVD以外の買い物は面倒で嫌いなので、こういう気分の時に買わないと大変なことになる。
最後の会議が思いのほか長引く。さすがに空腹に耐えかねて、真夜中の韓国料理。
26時帰還。
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| Mar.16(Sun.) |
■今日という日。
午後から会議なので、出かける支度をしていると、打ち合わせ相手から別日にしてほしいとメール。よかった、このタイミングで。
おかげで、突然、体が空いた。こういう時に、普段できないことをやらねばならぬ。まず、なかなか手をつけることができなかった洗面所掃除を実行。ドコモショップに行って、機種を変更。さらに、ようやく自転車を購入。これで行動範囲が広がる。
17時、赤坂で特番収録。この特番は、なぜか必ず収録に立会い、弁当を食べることになっている。準備段階で、波乱が続いたが、とりあえずいい感じになっていた。
中座して、元麻布のAVANTIにて、コメディライターの須田さんとイギリスのコメディについて喋りまくる。
2軒目は、地元経堂。グルクンを肴にオリオンビール。
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| Mar.15(Sat.) |
■今日という日。
14時、某出版社で新書打ち合わせ。毎回、編集者から宿題を出され、それをもとに僕が事前に内容を考えてきて喋る、というスタイルで新書を作っているわけだが、今日の宿題はかなり難しく、難しいとどうしても雑談に走ってしまう。申し訳ない。
17時、六本木で会議。3月末にロケハンに同行しないかと誘われ、とても魅力的な場所だったのだが、残念ながら旅仕事中につき、断念。4月もしくは5月に、再度、ロケハンがあるので、それはぜひ同行したい。あ、4月にはNHKの派遣番組の収録で、山口県の萩に来ないかとも誘われているし、別仕事の取材で福岡にも行かねばならぬ。今年はフットワーク軽く、飛び回りたいものである。
時間が空いたので、渋谷へ。急にSFが読みたくなりレムの『ソラリスの陽のもとに』なんて、古典的なSFを購入。あと、『ぼくは散歩と雑学が好きだった/小西康陽』も購入。
23時、築地でPV。オンエアに向けて、泣く泣くVTRをカットしていく作業。3月28日放送の『仕事人バンク・マチャアキJAPAN!〜世界の子どもがSOS』という番組。少々地味ですが、なかなか肌触りのいい番組なので、お時間のある方はぜひ。
26時半帰還。
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| Mar.14(Fri.) |
■今日という日。
11時から虎ノ門で会議。ふわふわしている。
13時、六本木で打ち合わせ。月末に旅仕事について。行き先はバルセロナ。だが、肝心の中身がまだ固まらない。間に合うのか。
15時、汐留で会議。粛々と。
16時半、麻布十番で会議。こちらも粛々と。
19時、赤坂で打ち合わせ。某番組の1回だけ特別参加することに。しかし、これがかなりの難題。2時間考えて、何も出ず。次週に持ち越し。勉強のために、何本か映画を見なければならない。そういう番組である。
大幅に時間が空いたので、事務所へ。会議室で週末締め切りの各種原稿を書いて送信。
真夜中、六本木で事務所の作家陣が集まって、打ち合わせをかねて酒宴。26時半には帰ろうと思っていたのだが、気が付けば27時過ぎ。慌てて、先に出る。昔は、絶対に先に帰ることはできなかったのだが、今はまったく平気。
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| Mar.13(Thu.) |
■今日という日。
今日は伯母の四十九日なので、会議をいくつか休ませてもらう。
我が家の菩提寺は世田谷区内なので、手間はかからない。納骨までおよそ1時間強。もっとかかると思っていたので、思わぬ時間の余裕ができる。天気もよかったので、徒歩と世田谷線で一時帰宅。
読経を聞いていて思ったのだが、どうして日本には正座という座り方が根付いたのだろうか。慣れる・慣れない以前に、あの座り方は確実に足に負担がかかる。いつから日本人は正座をするようになったのか。少なくとも平安貴族は正座なんてしていなかっただろうし、鎌倉時代以降の武士はどうだったのだろうか。一般人はいつから正座するようになったのだろうか。
自宅で少し書き物。
夜、まあ、法事の後はやはり寿司だろうということで、二子玉川の寿司屋に再集合。
21時帰還。スタジオ台本書き。その他、各種宿題を片付ける。
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| Mar.12(Wed.) |
■今日という日。
昨夜は一度も目覚めることなく熟睡。ようやく回復傾向。
12時半、汐留で特番のスタジオ台本打ち。すぐ終わる。
その後、近くのカフェで若返った事務所スタッフと打ち合わせ。『大人の宿題』から派生しそうな話がいくつか。
14時半、六本木で会議。粛々と。時間があえば行きたいなあ、ロケハン。
16時、同じく六本木で会議。マーケティングの数字は諸刃の剣。今の状態では、皮を切って骨はおろか胴体を断たれる恐れがある気がする。
その後、汐留界隈で作業。そろそろ月末の旅に向けて、前フリを始める。
19時半、汐留の夜景にきれいな会議室で会議。構成や取材ポイントを詰めていく。テンポがよく、心地よい会議。でも、まあ、量があったので、2時間コース。
22時半、帰還。5日ぶりぐらいに普通の白飯を食べる。
週末の体調不良で滞って書き物を、片付けていく。
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| Mar.11(Tue.) |
■今日という日。
朝、泣く泣く人間ドックをキャンセル。こんな体調で行っても意味がない。また予約を入れなければ。
昨夜も30分ごとにトイレに起きるという事態に、さすがに体がもたないと思い、近所で評判の胃腸科へ。1時間半待たされ、点滴を打たれる。電解質が流れ出すぎているから点滴か、と思ったら、それもさることながら、今の状態では経口の薬を飲んでも、吸収せず、すべて流れ出てしまう、とのこと。なるほど。
帰還して、うどんを食べ、昨夜締切りだった、深夜ドラマ企画の企画書を書いて送信。
16時、汐留、頭が朦朧とする。
17時、某代理店で深夜ドラマ企画の打ち合わせ。なんてことはない、僕の企画書を待たずとも、先週の打ち合わせをまとめたもので、最初の関門は好評のうち通過したらしい。なんじゃ、そりゃ。この番組、おそらく僕は「企画」という、名前こそ堂々しているが、実は居心地の悪いポジションになりそう。ただ、単なるドラマではなく、そこにはいろいろな思惑があり、それをクリアするためには、バラエティ腕力が必要になってくるはず。そのとき、重宝がられるかもしれないが。
移動中、昨年パシフィコ横浜で見た『HASYMO』ライブのDVDを購入。あと、『新潮』も買う。
20時、急遽声をかけられて、そんなこと今言われても無理しても1時間しかいられない、と言ったにも関わらず、1時間だけで構いませんから言われた会議に出席。やはり1時間ジャストで抜けられるはずもなく、さあ、ここから玉突き事故。
22時、お台場の会議に1時間半遅れで到着。同時に終わる。演出氏に「体調が悪くて休みかと思いました」と言われる。申し訳ない。
すぐさま、これもスケジュール的に厳しい西麻布の会議に1時間半遅れで参加。いやー、面白いけど、なかなか制作席には難しい番組。果たして。
まだ腹具合が思わしくないので、タクシーで帰還。
帰還後、先週やった作文教室の作文を添削。意外と時間がかかる。しかも、コメント自体もなかなか難しい。なるべく褒める。そして、アドバイス。学校の先生は大変だと思う。
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| Mar.10(Mon.) |
■今日という日。
朝になっても腹具合が悪く。
「ひと晩中、シャーシャーいって大変だったよ」
と言うと、家人(大)に、
「勝俣みたい」
と言われる。
そう、今や俺は尻の穴だけ欽ちゃんファミリー。
それはさておき。
さすがにこの調子では会議参加は無理と思い、午前中から各所に連絡。そして、ネタのみ送る。
昼、ようやく固形物を摂り、これだけは今日話しておかないとマズい打ち合わせに赴く。一応、本決まりになったので書いておくが、3月の終わりから4月の頭にかけて、また仕事で海外に行くことになった。昨年、イスタンブールに行ったのと同じシリーズの仕事。「来年もやることになったらお願いします」と頼まれていたので、当然、行く。だが、今年は若手のDと一緒なので、去年ほど気楽ではない。
打ち合わせ終わりですぐさま帰還。2日ぶりの外出であるのと、ほとんど何も食べていないせいで、これだけで疲労困憊。
あ、そうそう、昨日のこの欄で「もう降りる」と書いたある連載、まあ、あれからいろいろあって、事態は落ち着くところに落ち着いた。なので、前言撤回。ならば、昨日の記述も削除するかとも思ったが、そんなうねりも日々の足跡。だから、残しておく。
夜は自宅で柔らかいうどんを食べる。で、少し仕事。
回復を祈って、早めに就寝。
しかし、夜半から尻が勝俣。このままでは脱水&寝不足は必至。嗚呼。
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| Mar.9(Sun.) |
■今日という日。
明け方、再び発熱。そして、下痢。音だけ聞いていると、小便をしているよう。木金に食べた固形物は、どこに消えたのか。人体の不思議。
午前中、小康状態につき、急ぎの原稿を書いて送信。まとめて何本かのゲラを直さねばならなかったが、その一つに何の連絡も編集者の手が入っており、大幅に変更されていたので、頭に来る。最初の1、2回は「こう修正してもらえませんか」と打診があったのだが、編集者が変わり、勝手に直しやがる。そこまでされるのを我慢する必要などない原稿だ。申し訳ないが、今月から降りることにする。どうせあと2回だったし。ちなみにこの原稿は、さらに数倍面白くして、別場所に載せる予定。
午後、再びベッドの中にいる。
夕方、少し仕事。
夕食に、金曜の夜中ぶりに固形物を食べる。
早めに就寝。
いくらでも眠れる。
夜中に断続的に腹痛。
そのたびトイレに駆け込む。回復までにはもう1日かかりそうだ。
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| Mar.8(Sat.) |
■今日という日。
それは明け方の話だった。苦しさに目が覚める。腹痛。慌ててトイレに駆け込むと、ひどい下痢。
最初、食中毒かと思ったが、昨夜一緒に食事をしたPに連絡すると、何ともないというので、原因不明。すぐさま病院に行き、薬をもらう。
だが、薬を飲んでもなお、腹痛は治まらず。今度は吐き気まで襲ってきた。本日は重要な打ち合わせばかりだが、とてもこんな状態で、家を出ることはできない。欠席させて欲しいとの連絡をするだけで精一杯。あとは、ひたすらベッドの中で唸る。
吐き気がするので、固形物は受け付けない。でも、水分を補給しないと脱水症状になるので、なんとかスポーツドリンクのみ飲む。夜中、30分起きに目が覚めて、トイレに駆け込む。肛門が尿道状態。
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| Mar.7(Fri.) |
■今日という日。
予定外の台本直しが入り、午前中いっぱいかけて直して送信。
13時、六本木で打ち合わせ。まだ五分五分の話なので、詳細は秘すが、昨年に引き続き、今年も遠方に行くことになりそう。思えば、この仕事に声をかけてくれたのは、今は亡き友人だ。もうあれから1年経ったのか。そして、1年前、こんな事態になっているとは、夢にも思わなかった。
某スタジオへ赴き、某番組最後の収録に立ち会う。
19時、赤坂で特番のスタジオ台本打ち。なぜか、この特番はいつもその場で台本を書いて帰ることになっている。鮫肌さんと机を並べて、台本を書き上げる。
夜、麻布十番で沖縄料理を食べながら、懇意のPと打ち合わせ。
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| Mar.6(Thu.) |
■今日という日。
11時から虎ノ門で特番会議。そのまま台本直しの打ち合わせに。う〜ん、作業の順番が逆だなあ。
14時から、汐留で会議。妙に声が通らぬ会議室。おかげで会議が盛り上がらず。会議には環境も大事だと痛感。
時間が空いたので、送られてきたロケ台本を怒涛の勢いで直して、送信。
16時、同じく汐留で会議。こちらは順調に終わる。
18時半から某出版社へ。新書企画の打ち合わせ。今日も2時間喋りまくるが、どうしても話が途中でそれる。どれだけ使える内容だったのか。
21時、恵比寿で特番PV。討論番組は難しい。苦労して設計図を作っても、現場で設計図どおりにはならない。もちろん、討論なんてものは破綻がないとおもしろくないのだが、破綻すればいいというものでもない。難しい。
終電で下北沢まで出て、最後のPVで一緒だった鮫肌さんと寿司を食べる。
26時半帰還。
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| Mar.5(Wed.) |
■今日という日。
残念ながら3月いっぱいで終了するJ−WAVEの『メトロポリス・アカデミー』用のスケッチを書いて送信。パイソンのスクリプト集を読んだ影響が、わかりやすく出ている台本。
12時半、グランドハイアットのラウンジで打ち合わせ。適当に種を撒き散らす。
14時、六本木で会議。まだ茫漠としている。でも、まだそういう時期。
16時、同じく六本木で会議。ようやくスタートラインに立った感じ。
18時半、外苑前で会議。正月に亡くなった友人の奥さんが、四十九日が済んだからと挨拶に来た。この番組のスタッフを、友人は「自分の家族のようなもの」、いつもそう言っており、奥さんも、ずっとそう聞かされていたそうだ。だから、わざわざ報告に来てくれたのだ。
亡くなった友人には、まだ幼い娘さんがいる。
「娘さんの物心がつくまで、絶対にこの番組は続けますよ。この番組は、君のお父さんが作ったものだって聞かせてあげるためにね」
そう、Pが言う。責任重大だ。そんなモチベーションで、番組を作り続けることは、後にも先にもないだろう。
「私より、皆さんの方が主人のことをよく知っていると思いますから、娘が大きくなった時、ぜひ主人のことを話してあげてください」
そう、奥さんに言われた。こちらも責任重大だ。だが、そんな責任を負うことも、今後二度とないだろう。
20時半、西麻布で打ち合わせ。台本の締め切りが明日だと聞いて、軽くキレる。なぜ、事前に言ってくれないのだ。予定が狂う。
22時、お台場で打ち合わせ。演出氏と二人で台本を詰める。
24時半帰還。
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| Mar.4(Tue.) |
■今日という日。
朝から『販促会議』の連載を書くも、苦戦。本当にこの連載は難しい。
13時半、某代理店で打ち合わせ。7月スタートの深夜ドラマ企画。最初は脚本を、という話だったが、どう見てもスケジュール的に無理なので、企画あるいは原案、という立場になりそう。
17時、汐留で会議。何か妙なことになっている。
18時、築地で会議。その途中、ちょっと心ときめく電話が入るが、詳細は未定。実現すると嬉しいなあ。
本当はこの後は長いPVがあり、そのため会議をひとつ休む予定であったが、編集が遅れまくっておりPV自体が延期。では、会議に行くかと思ったが、体調がすぐれず、申し訳ないが、そのまま休んで、帰還。
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| Mar.3(Mon.) |
■今日という日。
午前中、特番のスタジオ台本を書いて送信。スケールの大きい内容にしては、準備期間の短い特番。さて、どうなることやら。
14時、恵比寿で打ち合わせ。これも特番。こちらにいたっては、声をかけられてから、収録まで2週間しかない。なのに、2時間特番。まあ、僕はブレーン的な参加なので、実作業はほとんどしないが、それにしても本当に収録できるのかどうか心配。
17時、汐留で会議。
その後の会議は演出氏の体調不良で、急遽、なくなる。
すぐさま帰還し、締め切りを過ぎている仕事に取り掛かろうとするも、気が重くなる電話が続き、2時間ばかり棒に振る。その途中にも催促の電話があったので、慌てて台本を書いて送信。
もはや精根尽き果てて何もする気が起きない。怒る人の顔が何人か浮かぶが、今日はもう店じまい。
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| Mar.2(Sun.) |
■今日という日。
朝から某番組の台本を書く。前回、好き勝手に書いていいと言われたので、好き勝手に書いたら、好き勝手に直されてしまった。で、今回はどうしようかと思ったが、無駄な抵抗をしても無駄なだけと思い、おそらく先方の気に入るだろうスタイルで書く。
13時、築地で打ち合わせ。ピザを食べる。
16時、お台場で打ち合わせ。演出氏と詳細を詰めていく。
夜、作家仲間の村上さん宅で開かれている集いに行く。いろいろな人種が集まっている。
さらに夜中、渋谷で打ち合わせ。こんな時間からだから、飲みつつではあるが。漠然として案件について話す。
26時帰還。
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| Mar.1(Sat.) |
■今日という日。
しまった。軽く酒が残っている。
13時、赤坂で会議。2時間半の会議の間に、何回「おっぱい」という言葉が飛び交ったことか。何度も繰り返すうちに、「おっぱい」という言葉は意味を失い、単なる音になる。それにしても、どんな番組なんだ?
すぐさま帰還。今夜は僕が食事当番なので、食材を買い込んで帰宅。
夕食の支度をしながら、連載原稿を書いて送信。
早めの夕食は、常夜鍋。
夕食の後、家人たちに日本語吹き替え版のパイソンを見せたら、「???」という顔をされた。しまった。見せるエピソードを間違えた。
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