Sep.30(Sun.)
■今日という日。

朝から連載原稿、ナレ書き、台本直しなど。

午後、三軒茶屋のシアタートラムで遊園地再生事業団公演『ニュータウン入口』を観劇。感想はいつものごとく略。

終了後、すぐに劇場を飛び出して、目黒へ。これまた妙なスタンスの仕事の打ち合わせ。詳細はまだ書けぬが、某女優と各界のクリエイターが組んで作品を作る、としよう。しかし、それだけでは番組にならないので、その「側」が必要。そんな側を考える役目。本当は側だけではなく、中身も作りたいが、ラインナップされている名前を見ると、さすがに敷居が高すぎ。やはり「作品」がないとなあ。

打ち合わせを終えて、すぐさま帰還。経堂で家人たちと落ち合い、若い夫婦がやっているイタリアンへ。サンマのペンネ、栗のリゾットなど秋の味を堪能。
 
Sep.29(Sat.)
■今日という日。

7時起きで台本書き。波に乗れず難渋。
おかげで11時からの会議に30分遅刻。

13時、赤坂で会議。順調。

所用あって実家に戻る。滞在時間1時間。今後、こういう機会が増えそうである。

移動中に『小林賢太郎戯曲集』を読む。感想は略。

17時、南青山で打ち合わせ。時計を気にしながら、時間ギリギリでなんとか終る。

18時半、赤坂で『オールスター感謝祭』に立ち会う。実は今までほとんど立ち会ったことがないのだが、今回は、作家仲間の村上さんに託されて現場作業を担当することに。しかし、初めてのことゆえ、どこに待機していてもいいのかわからず、右往左往しながら、なんとか役目を果たす。テレビを通してではなく、現場にいると、見えてくることも多い。だが、逆に見えなくなることもあるだろう。たとえば、今日の放送のバタバタ感は現場にいると爆笑ものだが、お茶の間で見るとどうなのか。そんなことを考えながら、作業のある時以外は、なるべく客観的に見つめてみる。

24時半帰還。
 
Sep.28(Fri.)
■今日という日。

7時起きで台本書き。諸々宿題。

11時、表参道で会議。末端と中央の温度差に翻弄。同時刻、別場所で行われた会議でも同様の現象が起きていた模様。困ったものである。

15時、汐留で会議。

16時半、麻布十番で会議。

次の会議に大幅に遅れて参加。恵比寿。到着すると重苦しい空気。またしても空中分解。放送研究会の気分。

20時半、渋谷で食事をしながら打ち合わせ。まだ後があるのでアルコール抜きで。

23時、赤坂で打ち合わせ。ロケまで1ケ月を切った。そろそろ本腰を入れなくてはいけない。
 
Sep.27(Thu.)
■今日という日。

11時、南青山で会議。

13時半、渋谷で打ち合わせ。
移動中、『筋肉少女帯自伝』を購入。本文もさることながら、付録のCD目当て。YAMAHAの中高生バンド合戦の演奏まで残っているなんて。なんという物もちのよさ。

16時から築地で打ち合わせ。長引く。

中途半端に時間が空いたので、お茶を飲みながら読書&宿題。

21時、虎ノ門で会議。長引く。

25時半帰還。
 
Sep.26(Wed.)
■今日という日。

11時から神谷町で打ち合わせ。ロケ台本のチェック。15分で終る。

13時、表参道で映画企画のためのヒヤリング。2時間に渡り、貴重な話を聞く。

17時、汐留で作業。

19時、赤坂でPV。しかし、Dが素材の入ったハードディスクを家に忘れてくるというありえない大失態。1時間以上も待たされる。おかげでその間に『ゆれる』の小説版を読了。感想は略すが、映画にあった行間が埋められている分、絶対に映画を先に見た方がいい。行間を想像する余地がなくってしまうので。

夜、恵比寿の『園山』で、作家の村上さん生誕祝いのお食事会。何人かの作家仲間が集まり、楽しい夕餉。焼酎、ワイン、かなり飲んだ。食事を終えて、ふと見ると、本日主役の村上さん自身がお会計中。申し訳ない。そして、ごちそうさまでした。

26時帰還。
 
Sep.25(Tue.)
■今日という日。

朝から台本書き。
途中、諸々の支払いで銀行へ。
戻って、台本書きの続き。

16時、汐留で会議。
18時、六本木で会議。
21時、表参道で打ち合わせ。

ほろほろと帰還。
今日買った『FLYING SAUCER 1947/ HARRY HOSONO』を聞く。あの名曲『BODY SNATCHERS』をカントリーで、って。しばらくヘビーローテーションになりそう。
 
Sep.24(Mon.)
■今日という日。

午前中、『ホレスタ!』のプロットを書く。今回の担当は井上芳雄さん。テレビでの知名度は低いが、ミュージカルの世界ではプリンスと名高い有名人。こういう普段接することのない人と仕事をするのも、この番組の魅力。

さらに、10月だか11月だかから、『販促会議』という雑誌で、短期連載を始めるので、そのための企画案を作る。これはアングル主導の連載、となる予定。一時期ほど派手な動きはしていないが、地道に活動している。

仕事部屋を片付ける。先日、撮影が終った映画の途中段階の脚本が山のように出てきたので、印刷台本を残してすべて捨てる。結局、何回、書き直したのだろうか。

15時半、西麻布で会議。
その後、近所のカフェで打ち合わせ。

夜、家人たちと経堂で食事。

帰還して、テレビをつけると、日テレでエジプト、TBSでインカの歴史ドキュメンタリー対決。どちらも興味深いが、結局、録画しておいた『美を紡ぐ』という番組を見る。独立した知人の初作品。さらに、途中に入る撮りおろしの2分CMの音楽を担当したのが、これまた知人。知人まみれの番組。静謐で美しい番組。構成を見ると、小山薫堂さん。なるほど。
 
Sep.23(Sun.)
■今日という日。

比較的遅めに起きて、企画書作成。そして、ロケ台本。

まだやるべき仕事はあったが、たまには親孝行をと思い、家人たちと彼岸の墓参りに。現地で母と合流。墓参りをしてから、寺へ。なんだかんだあって、意外と時間がかかり、三軒茶屋の駅に着いたのが、16時。一度、帰還する予定だったが諦めて、赤坂へ。特番の収録立会い。今回で5回目になるこの特番は、なぜか毎回、収録に立ち会っている。収録を見ながら弁当を食べるのが恒例。

帰還して、変更が出たわずか500Wの写真小説という名の広告原稿を書く。もう1回、改訂のリクエストがくるだろうな。

夜中、先日、出版社の方に小説版がおもしろいと言われた『ゆれる』をDVDで見る。確かに映画は面白い。これで、小説版が読める。それにしても、最近、本や映画を薦められる機会が減ったので、こういう機会は貴重だ。新しい世界との出会いがある。
 
Sep.22(Sat.)
■今日という日。

11時から麻布十番で会議。ぼんやりとした会議である。
13時、赤坂で会議。粛々と進行。
14時半、南青山で打ち合わせ。

時間が妙に空いた。六本木までゆらゆらと歩く。

17時、ヒルズの中のカフェで事務所のスタッフと懸案事項を打ち合わせる。滞っている事項と新しく進めるべき事項を整理する。

夜、病み上がりの知人と打ち合わせを兼ねて『更科堀井』で一献。早い時間から飲める時は、蕎麦屋で飲むのも悪くない。深酒しようにもできないし。
 
Sep.21(Fri.)
■今日という日。

11時から虎ノ門で会議。
13時から汐留で会議。

その後の会議が休止となったため、一時帰還。
雑務と連載の短い原稿を書く。

19時、全日空ホテルのラウンジで打ち合わせ。種蒔き。1年ぐらい前に渡した企画案が、着地するかもしれない、という状態まで漕ぎつけた。さらにブラッシュアップする。

20時半、表参道で打ち合わせ。

早めに事務所について、真夜中の事務所会議に備える。議題がほとんどなく15分で終了。う〜む。まあ、こういう日もあるか。

帰還後、参考資料として借りてきた『フラガール』を見る。途中まで見て続きは明日にしようと思ったら、ついつい最後まで見てしまった。勉強になるなあ。
 
Sep.20(Thu.)
■今日という日。

朝からトラブル。ナレ書きをしていたら、スタートから3分のところでVTRが1分半飛んでいる。さらにその後も、突然、早送りになったり、最後は砂嵐。完全にダビングミスである。これでは書きようがない。先方に連絡をして、再送してもらう。

おかげでVTR到着まで時間が空いてしまった。
背中が張っていたので、駅前のマッサージへ。相変わらず太腿が痛いので、前からチェックしていたスポーツマッサージに行ってみる。指圧とはかなり違う揉み方。足の痛みとその原因について話すと、それをケアする手当てをしてくれた。おかげでかなり楽になる。

18時から、赤坂で会議。北極&東南アジアのロケハンVTRを見る。

夜、表参道のファミレスで打ち合わせ。随分前から、本を出しましょう、と声かけてくれている方が、この9月に出版社を移った。そこでも、僕の本の企画を出してくれるという。ありがたい話である。せめて企画の役に立つ話を、と思いながらほぼ雑談に終始。申し訳ない。

経堂に帰還後、『大田尻家』で夕食。トイレに店のための募金箱があるのだが、3年間で貯まった1万円弱を、この夏、レンジが壊れたので修理代に使ってしまいました、とあった。経堂の小さな店は、どこもギリギリの収支でやっているんだろうなあ。いい店が多いので、がんばってほしいものである。
 
Sep.19(Wed.)
■数日前の話だが、某テレビ局に人買いがいた。上下白のスーツに黒シャツ、光物を多数身につけ、真っ黒の日焼けしている。おまけに金髪。顔は安岡力也を少し痩せさせた感じ。そんな男の後ろに十代半ばと思しき女の子たちが7、8人。スケルトンのエレベーターから、外を見て女の子の一人が叫ぶ。
「こんな高いビル、はじめて」
それを聞いて、他の女の子が言う。
「久留米には10階以上のビルないもんねー」
久留米?九州か。
人買いは彼女たちを九州から連れてきたのだ。そうに違いない。

■今日という日。

11時から映画企画打ち合わせ。またしても道に迷う。というか、この先は取材しないと考えようがない。
14時、麻布十番でナレ打ち。
15時、六本木で会議。そのまま種蒔き打ち合わせ。来年も仕事で海外に行けるようになるためにも、気合を入れて考えなくては。さて、どこがいいかなあ。
18時、外苑前で会議。いろいろな思惑と損得が錯綜して混乱する。
21時、麹町で打ち合わせ。一度失った空気を取り戻すのは難しいなあ。
帰り道、夕飯がてら、鮫肌さんと下北沢。
 
Sep.18(Tue.)
■今日という日。

朝からナレ書き2連発。しかし、1本、VTRが途中から砂嵐になっている。これでは作業ができない。送り直してもらう。今日中の締め切りでなくてよかった。

13時、神谷町で会議。

14時半時、汐留でスコットランド取材を受けての打ち合わせ。諸事情あってオンエアが延び、台本を書くのも10月に入ってからになった。代理店氏はスポンサーの意向を押してくるが、番組全体にCM臭が漂うと逆効果。そのあたりを説得しながら、アウトラインを作る。我ながら成長したものである。

16時、同じく汐留で会議。
19時、築地で会議。
21時半、赤坂でPV。予想以上に面白い仕上がりになっていた。満足。
すぐさま帰還。
 
Sep.17(Mon.)
■今日という日。

朝、起きたら大腿部が筋肉痛。昨日、妙な体勢で20分ほど草むしりをやった影響。あまりに虚弱さに呆れる。

午前中、特番のスタジオ台本書き。うっかりしていたら、先週と今週が特番ウィークだった。

15時半、西麻布で会議。暑くてなにも考えられず。

18時、渋谷で打ち合わせ。打ち合わせを始めてから、「あれ、やる必要あったか」と思う。ま、いいけど。

20時半、同じく渋谷で食事をしながら漠然とした打ち合わせ。

そうそう、久々に渋谷に行ったら、BOOK1stが10月半ばで閉店するというお知らせが。なんでも、あのビル自体を建て直すらしい。移転先はかつて旭屋書店のあった場所。旭屋書店の後、パチスロになったがすぐにつぶれたその場所だ。スペース的には、現在のBOOK1stと比べて数段狭い。5フロアが2フロアに。しかもフロア自体の面積も狭いのではないか。いい本屋だったのになあ。空間にも余裕があって。ますます渋谷に行く必要がなくなる。

24時帰還。
 
Sep.16(Sun.)
■近隣トラブルが、昨日で一応の決着をみたので、ここまでの経緯を記録しておこう。ただし、まとめて書くと長くなるので、本日は前編。

9月10日(Mon.)
トラブルのはじまりは家人(大)の発見だった。我が家のリビングを裏窓から体を出して見ると、なんと壁に蔦が繁茂している。よく見ると、もう実までなっている(後にカラスウリであることが判明)。どうやら裏の家の敷地内に生えたカラスウリが、同じく裏の家の敷地内の木を伝って、我が家の2階の壁に伸びてきたようだ。丁度、繁茂している場所が、窓から顔を出さねば見えぬ場所であり、今日まで気づかなかった。迂闊だった。念のため、他の壁も見ると、側面の壁、これもベランダから身を乗り出して初めて見える場所に、カラスウリが繁茂していた。やはりこちらも裏の家から木をつたって伸びてきている。さて、どうしたものか。僕たちの力だけで取れる場所ではないし、そもそも裏の家から伸びてきた植物だ。ならば、裏の家の住人になんとかしてもらうのが筋だと思い、引越し以来、初めて裏の家を訪ねた。

出てきたのは老年の男性だった。カラスウリの話をしたところ、「申し訳ない」とはいうものの、具体的にどうしてくれるのかという話もなければ、そもそもこちらの連絡先を聞こうともしない。この時点で、「僕の方でも業者にあたって、どれぐらい費用がかかるものかきいてみます」と告げた。それに対して相手は、ただもごもご言うだけだった。

帰宅して、知り合いの業者に相談する。同時に、裏の住人の正体を探る。「演劇評論などもやっていて、昼間いないことも多くて」と今、それを言う必要があるのか、という不思議に発言をしていたので、会話の中のいくつかの言葉を手がかりにネットで探ってみたのだ。正体はすぐにわかった。演劇評論家にして、某大学の名誉教授。ある分野に関してはかなりの権威のようだ。

こうしてトラブル初日は終わった。

9月11日(Tue.)
昨日、お願いした業者が早速、外壁職人を連れて様子を見に来てくれる。今、除去すれば壁に根や蔓が残ることもないだろうと言われる。週末までに見積もりを出してもらう、ということになる。

■今日という日。

朝から午後までナレ書きの嵐。レギュラー番組のナレーションが、諸事情あって2パターン書かねばならず、いつも倍の手間がかかる。
その後、家人(小)と草むしり。20分ほど中腰で作業をして戻ったら、足が震える。我ながらあまりの虚弱さに病身かとうろたえる。
夕方、TMCに特番の収録の覗きに行く。『浜田警察24時』という特番。編集途中で見たVTRに不安を覚えていたが、手直しされてかなりいい按配になっていた。
そういえば、TMCに行くたびに寄る古本屋がある。僕の好きな傾向の本が充実しているのだ。思わず『火星で最後の・・・/豊田有恒』なんて懐かしい本を買ってしまう。早川のポケット版のSF。もう40年近く前の本だ。中学生時代、学校の図書室で読んでSFに目覚めさせられた1冊。
帰還して、経堂で家人たちと夕食。
夜中、資料で某特番のVTRを見る。なるほど。勉強になる。
 
Sep.15(Sat.)
■今日という日。

朝6時起きでナレ書き。しかも、自分が担当してもないない特番のPR番組の、だ。旧知のPから前日のSOSの電話があり、後から思えばその特番を担当した作家にやらせればいいのではないか、と言うべきだったのだが、ホルモンに胃腸が負けていたせいで思考力が落ちていた、ついつい仏心を出してしまった。作業量的には大丈夫だと思っていたのだが、いざ、VTRや資料が届いてみると、Dのメモはあってなきがごとし、VTRにタイムも入っていない。これでは通常のナレ書きよりもはるかに時間がかかる。さらに、なんといっても番組自体の出来が悪い。最近、夜の2時間特番のために、昼間30分のPR番組を流す、というケースが増えているが、あまり本編を使うわけにもいかないので、かなり苦しい仕上がりになってしまうことも多い。今回の番組はその典型例。出来のいい番組の場合、VTRを見れば、ナレーションの入れどころなど、ざっと見ればメモがなくてもわかる。でも、出来の悪い場合はさっぱりわからない。おそらく編集時にナレーションが想定されていないからだろう。というわけで、早朝からしなくていい苦労をする。その他、連絡ミスも重なり、結局、ラスト5分を残して時間切れ。そこだけ現場にお任せするとして、送信。送り終えて、こんな仕事は受けてはいけないと痛感。頼んだ方も頼まれた方も、なにかもやもやしたものが残ってしまうからである。

11時、築地で特番会議。12、3年ぶりに某演出氏と再会。その頃、僕は彼の担当する番組でクイズ問題を作っていた。ちょっと緊張する。でも、途中参戦で、どう立ち振る舞ったものか、と思っていた特番だけに、いい刺激となる。

13時、赤坂で会議。
15時、虎ノ門でややこしい打ち合わせ。
17時半、赤坂でPV。VTRをかなり切らないといけないので、情け容赦なく切っていく。

夜、下北沢・本多劇場で『先輩へのあこがれ/動物電気』を見る。名前だけはよく聞いている劇団だ。感想は略。ただ、周囲の観客の反応と比べて、僕の反応が鈍かったのは、もうこの手の表現は通り過ぎてしまったからなのか、それとも僕の感覚が鈍化してきたなのかがわからない。まあ、一番の理由は眠かったことであるが。最近、芝居を見る本数が極端に減り、演劇としての実験性や斬新性よりも、いかに自由であるか、ということに惹かれる。自由。他者の前での自由。今日の舞台を大阪で上演したらどんな反応があるのか。それがちょっと気になった。

その後、今回の芝居に誘ってくれた友人と下北沢で食事。混雑を予想して入ってイタリアンが、なんと客がゼロ。もう閉店かと思ったら、「今日は空調が壊れていまして」。しかし、気温も下がり、窓際の席に座れば耐えられない暑さではない。他の店に移るのも面倒なので、貸し切り状態で食事をする。

23時帰還。
 
Sep.14(Fri.)
■今日という日。

目覚めたら猛烈な腹痛。真夜中のホルモンに胃腸が負けたか。

13時から汐留で会議。

ようやく胃腸が回復して、おろし蕎麦。

16時半、麻布十番で会議。蒸し暑い。
18時半、恵比寿で会議。昨日、見えたはずの企画が到着したらひっくり返されていた。
20時半、赤坂で台本打ち合わせ&PV。

すぐさま帰還。経堂でタンメンを食べて、家に戻るなり書き物。諸事情あって大幅直しの出た台本があったので、急いで書く。
 
Sep.13(Thu.)
■今日という日。

午前中、長いスタジオ台本を書いて送信。

15時、某代理店へ。60秒のラジオドラマという名の広告用台本と、500Wの超短編小説という名の広告原稿をチェック。内容はほぼOKだが、ものすごく修正が入る。修正を入れてくるのは、もちろん、営業担当である。仕方ない、広告だから。でも、あと1回直せば、僕の作業は終わりになりそう。よかった。

時間が空いたので、一時帰還。『ホレスタ!』のシーズンUの台本を書く。今回のゲストは岩佐真悠子さん。

20時、赤坂で種蒔き打ち合わせ。
21時、恵比寿で混迷する特番企画を整理する集い。
なんとかいいアイデアが出て、鮫肌さんと2人、エレベーターに乗ると中野さんとバッタリ。「飯、食おう」と誘われて、近所のちりとり鍋の店へ。いろいろと語らう。
店を出て、タクシーに乗る直前に気がついた。恵比寿といえば、『bar−closed』にいた渡辺さんが、最近、自分の店を出したところではないか。挨拶がてら訪ねて、1杯。『まはから』という店である。
26時半、帰還。
 
Sep.12(Wed.)
■今日という日。

11時から映画企画会議。かなり進展したか。もう1、2回打ち合わせ&取材して、プロットを10月中に作り、12月頭までに脚本化の予定。取材は九州まで行かねばならぬ。

14時半、西麻布で種蒔き会議。

17時半、汐留で作業。
その途中、近隣問題に関する連絡が。なんだ、そりゃ。かなり混乱する。
そして、夜中にネットで調べると、なんでそんなことになるのか、少し判明。
詳しくは時間のある時にまとめて書きますが、いくら何かの時のためにやりとりした文章の写しを手元に取っておきたい、というのはわかるが、謝罪の手紙を感熱紙で渡してくるというのはいかがなものか。普通は写しを手元において、原本を相手に送るものだと思うのだが。やれやれ。

19時半、渋谷で会議。

21時半には帰宅するが、ついつい近隣問題について考えてしまうので、頭が回らぬ。「早く死ねばいいのに」と呟きながら、快適さをアピールする広告がらみの原稿を書く。
 
Sep.11(Tue.)
■今日という日。

朝から近隣問題対策と原稿書きを並行して行う。集中できないことこの上ない。

16時から汐留で会議。
17時半、恵比寿で打ち合わせ。

18時半、渋谷セルリアンのカフェで取材を受ける。マーケティング会社の資料作成のための取材で、テーマは「酒」。酒の飲み方、酒を飲む環境について、酒の効能・意義など、具体的なことから観念的なことまで幅広く聞かれる。酒は好きだが、さほどこだわりがあるわけではない。最初は答えに窮することも多かったが、答えていくうちに、今まで形をなしていなかった考えを言語化することによって、次第に形をなしていく。酒とは何か、酒を飲む環境とは何か、僕にとっての形だ。取材を受けながら、この取材を受けることになったある仕事に還元できる着想をいくつも得ることができた。

20時、赤坂でPV。困ったことになっている。

23時、赤羽橋で台本打ち。先週、留守にすることの影響を一番心配していた特番だが、やはりちょっと困った事態になっている。普段、住む世界が違う方々とのコラボは難しい。

打ち合わせは想定外の長引きを見せ、27時半帰還。
 
Sep.10(Mon.)
■今日という日。

午前中から近隣トラブルが発生。面倒なことになった。その詳細はもう少し進展があってから記録します。

15時半、西麻布で会議。
17時半、赤坂で打ち合わせ。

すぐさま戻って、台本書きを粛々と。

夜、『ガラムマサラ』で須田さんに借りていた装置類を返却。さらにもう1軒、新しい店を開拓。店名失念。すると、よく行くイタリアンのご夫婦もやって来た。まったく経堂の街は狭い。
 
Sep.9(Sun.)
■今日という日。
朝から旅の後処理もろもろ。旅の記録をつける。
13時、南青山で会議。
終って、すぐさま帰還。旅の記録の続き。
息抜きに家人たちとクレープを食べに行く。
戻って再び旅の記録。
夕食を食べて、またしても旅の記録。
まだ時差の影響があるのか夜中になっても眠れない。
だから、酒を飲むのだが、旅の間に鍛えられたのか、なかなか酔わない。
困ったものである。
そろそろ現実に帰らなくてはいけないのだけれど。
 
Sep.8(Sat.)
■今日という日。
夕方、関空着。
乗り換えて、夜の早い時間に羽田着。
すぐさま帰還。
家人たちに土産をばらまいた後、近所で食事。「和食が恋しくなかったか」と言われたが、別にそうでもなかった。
一週間分のメールをチェックして就寝。
 
Sep.7(Fri.)【スコットランド取材紀行最終日】
■いよいよ帰国日。
荷造りをして、余った時間を利用してグラスゴー美術学校へ。マッキントッシュがデザインしたこの学校の中のショップがオススメと言われたので。土産をいくつか買う。そのついでに校内を見学していたら、怒られる。ここは無料ではなかったのだ。しまった。

■グラスゴー発14時25分のBAでヒースローへ。乗り継ぎまで2時間半ほど時間がある。免税店に寄っても時間が余る。となれば、当然のごとくビールだ。ラガーでお疲れさまの乾杯。

■ヒースロー発19時45分のJALで帰国の途へ。

■かなり周囲に迷惑をかけての今回の取材旅行だったが、とても実りの多いものだった。無理してでも行ってよかった。じゃあ、その実りは何かといえば、まあ、色々あるのだが、一番の実りは今まで愛飲していた酒に、これからはもっと別の味わいが付け加えられることだ。個人的な感慨なので省略するが、出発前に資料として再読した村上春樹の『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』を帰国後、再々読したら、「あとがきにかえて」に書かれた文章が、とてもリアルに感じられた。つまり、そういうことだ。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。とても薄い本なので。
 
Sep.6(Thu.)【スコットランド取材紀行5日目】
■午前中、ボウモアなどの瓶詰めをしているモリソン・ボウモア社の工場を見学。まあ、普通の工場見学だったが、印象的だったのは、樽からウィスキーを出す時の話。床に埋め込まれた、むき出しの金属の溝にウィスキーを流す。残念ながら、その瞬間は見られなかったが、その場所で担当者が溝の底から妙な物を取り出して見せてくれた。炭だ。実はウィスキーの樽の中は焼かれている。だから、ウィスキーを樽から出した時、焦げた墨も一緒に出てくる。それが溝に取り付けられた網でろ過されているのだ。

■もう一つ印象的だったのは、貯蔵庫の樽の置き方だ。なんとパレットに樽を立てに置いて5段、6段と積み上げている。見ていて、いつ崩れてくるのではないか、と不安になるが、この地は地震がないため、こんな積み方でも大丈夫らしい。

■続いて、ケルビングルーヴ美術館へ。パイプオルガンの演奏を録音している間、館内をうろつく。有名なダリが描いた十字架に張り付けられたキリストの絵があった。間近で見ると、絵の下部に修復の跡がある。不思議に思って記憶していたら、後にその理由が判明した。なんでも、数年前、暴漢が「この絵はキリストの教えに反している」と絵を切り裂いたのだそうだ。修復はその時のものだった。

■昼食は美術館内のカフェテリア。日本の美術館と違って、こちらの美術館のカフェテリアはかなり充実している。ちなみにグラスゴーでは美術館も博物館も大抵は無料である。カフェでは、ムール貝のチャウダーを食べる。美味。

■以上で、取材はほぼ終わり。夕方から、街をさまよい土産物を購入。グラスゴーで一番の繁華街、ブキャナンSt.の中心をさまよい、色々と購入。自分用の土産として買ったのはE・アイドルの『The Greedy Bastard Diary』。まあ、英語だから読めないんだけど、いつか読める日が来る時のために。

■夜は、アイラから1日遅れで戻ってきた伊武さんの希望でスペイン料理。美味くもなく、まずくもなく。その後、再びPOT STILLへ。隣の席のカップルから「日本人か」と尋ねられる。「そうだ」と答えると、「私たちは中村俊介のファンだ」と言われる。今、グラスゴーではセルティックファンには日本人の受けがいいそうだ。中村俊介のおかげで、みんな、暖かく接してくれる。でも、セルティックのライバルチームのファンは、日本人に冷たい。憎んでいるといってもいい。だから、近寄らない方がいい。ましてや、サッカーの試合のある日には、夜は出歩かない方がいいと言われた。まあ、僕はサッカーのことはまったくわからないので、中村俊介と言われても、なにがなんだか、という感じなのだが。そもそもこの字であっているのか、「中村俊介」。「仲村俊介」だったら、どうしよう。あるいは「仲牟羅瞬輔」だったら。ま、いいか。

■ちなみに、現在、イギリス国内では店内の喫煙は全面禁止されている。酒を飲んでいて、タバコを吸いたい時は、店の外に出なければいけない。おかげでパブの外にはタバコを吸う人たちが群れている。特にグラスゴーは喫煙率が高いそうで、見ていると歩きタバコも多い。だから、なおさらパブの前にはタバコをくゆらせる人の影が絶えない。
 
Sep.5(Wed.)【スコットランド取材紀行4日目】
■ 実は昨日の夕方から予想されていたトラブルだった。
「飛行機が飛ばないかもしれない」
風や霧が出ると、すぐ飛行機が運休してしまうのだ。
だが、運休かどうかがわかるのは、出発時刻のギリギリ。
とりあえず空港に向かう。
しばらく待つが、なかなか結論が出ない。
というのも、もし運休になった場合は、ポート・エレンからフェリーに乗らねばならない。そして、フェリー出航まで、あまり時間の余裕がない。もしこれを逃すと、アイラを離れるのが夕方になってしまう。だが、メンバーの中に、今日、帰国する者がいるため、夕方までにはグラスゴーに到着していないとまずい。つまり、朝のフェリーを逃すわけにはいかないのだ。
飛行機の結論を待っていては、フェリーに間に合わないかもしれない。
結局、飛行機は諦めて、フェリーに変更する。

■フェリーではアイラ島から本土まで約2時間。飛行機が飛ばないのは風ではなく、霧のため、海は荒れておらず、快適な船の旅だ。急がない身としては、行きと帰りで違う交通手段が使えて、むしろ幸い。濃霧の中を行くので、昨日、特別に鳴らしてもらった汽笛が、普通に何度も鳴り渡る。

■2時間でケナグレイグ、という港につく。港ではあるが、港町ではない。というのも、そこには桟橋とフェリーのチケット売り場以外、なにもないのだ。普通、日本だと港があればそのまわりに街が出来るが、スコットランドでは、そうとは限らないらしい。港があっても街はできないことがある。駅があっても街ができないこともある。逆に駅から離れた不便な場所に集落があることもある。長年、スコットランドに住んでいるウドさんにも、この感覚はちょっと理解できないそうだ。

■ここからグラスゴーまでは、車で3時間。再びドライブだ。この計画外のドライブは、嬉しい結果となった。というのも、窓の外に見えるのは、イメージ通りのスコットランドの風景だ。なだらかに続く丘や山。短い草がそれを覆い、所々から岩が顔を覗かせ、白い染みのように羊たちが放牧されている。モンティ・パイソンの『ホーリ&グレイル』に出てきそうなロケーションだ。心行くまで車窓の風景を満喫する。こんな不便な場所、個人旅行ではなかなか来ないだろう。いいものを見た。

■途中、休憩でInveraray Castel近くに立ち寄る。この城に住んでいるアーガイル卿は、あのアーガイル模様を作った城主の子孫だそうだ。

■その後もグラスゴーまでつつがなくドライブ。本日の宿はMarks Hotelというデザイナーズホテル。

■地図をもらって、夕食まで近所を散策。途中でヴァージンメガストアを発見。店内に入ると、コメディの棚が充実。思わず『RIPPING YARNS』の完全版のDVDを買ってしまう。M・ペリンとT・ジョーンズが作ったこのTVシリーズ、日本では全9本中3本しかビデオ化されていないのだ。しかし、購入してから気づいた。イギリスはPALなので、日本のデッキでは再生できないはず。くー。どうしたものか。

■夕食はウドさんおすすめのMUSSEL INNというムール貝を食べさせる店へ。ラガーを飲みながら、バケツに入ったムール貝をむさぼり食う。モロッカンというカレーに似た味付けが美味。

■夕食後は、もちろんパブへ。POT STILLというグラスゴーでも有名なパブに行く。アイラの酒制覇の続きで、今夜は、ブルクラディ、間にひと口味見をさせてもらってアードベック、残るはカリラと思っていたら、「珍しいボトルがありますよ」とウドさん。インディペンドではあるが、カリラの25年というものがあるそうだ。しかし、値段を聞くとかなり高額。どうしようか迷っていると、今回の旅の主催者の代理店氏が「飲んで頂かないと原稿が書けませんから」と嬉しいことを言う。なので、容赦なく頼む。でも、本当にいいのか。カリラは代理店氏の担当の酒造メーカーの扱いではない。だから、いくら美味くても原稿には書けないのだが・・・。もちろん、そんなことを言うはずもなく、貴重な1杯を堪能。
 
Sep.4(Tue.)【スコットランド取材紀行3日目】
■ 昨日の青空とは打って変わって、雲が立ち込めた空。細かな雨が降っている。しかし、アイラでは今日の天気が普通。むしろ、昨日の青空が特別だったのだ。雨の中をバスはゆく。雨空の下のピートの大地は、限りなく陰鬱だ。でも、せっかくスコットランドに来たのだから、そんな陰鬱さがイメージ通りで楽しい。そう思うのは旅行者だからだろう。こんな天気の中、ずっと暮らせと言われたら、絶対に断る。

■朝食を終えて向かったのは、ポート・エレン。フェリーの音を録音するためである。港につくと、すでに大きな船が一隻、入港している。ウィスキーの原料である大麦を運んで来た船だ。この輸送船は、数日に1回しかやって来ないため、ウドさん曰く、こんな風に見ることができるのは「かなり運がいい」。さて、いよいよフェリーの音を収録することになったのだが、今回、普段はあまり鳴らさない汽笛を特別に鳴らしてもらえることになった。ウドさんの押しの強さもあるが、基本的にこの島の人たちは親切だ。昨日も、週に一度しか鳴らないラウンドチャーチの鐘を、特別に鳴らしてくれた。
フェリーが沖へと出ていく。汽笛が鳴る。
この時、僕たちはこの貴重な汽笛を、後に嫌というほど聞くことになろうとは、知るよしもなかった。

■続いて向かったのは、ラフロイグ蒸留所である。ラフロイグはアイラのウィスキーの中でも、ピート臭が強い方で、慣れない人には「正露丸の匂いがする」と称される酒だ。蒸留所に到着し、バスを降りると、早くもピートを焼いたヨードの匂いと発酵段階の味噌のような香りが鼻を突く。酒に弱い人ならば、この香りだけで酔ってしまいそうなほどだ。

■所長の案内で、製造工程を見学する。大麦を乾燥させるキルンでは、昨日は外から首を突っ込んで眺めただけだが、今日は中に入っていいと言う。というわけで早速入ってみる。ヨード臭の煙の中、目が痛い、息を吸えば気管支が痛い。でも、確かにこの香りはラフロイグの香りだ。後で咳き込んで大変だったが、これはこれで貴重な体験。ただし、髪や服に匂いが染み込み、特に上着は1着しかなかったので、翌々日まで、体からヨード臭を発散する羽目になってしまったが。

■かつて蒸留所には、大麦を食べに来るネズミを退治するための猫、ウィスキーキャットが飼われていた。しかし、ラフロイグでは、猫ではなく、イタチの親子が住み着きネズミ退治をしていたそうだ。

■見学途中、ウォッシュバックと呼ばれる発酵槽の中を見せてもらう。発酵開始から36時間が経過した桶の中から、味噌+酸味のような強烈な匂いが漂ってくる。驚いたのは、その匂いもさることながら、しばらくすると、突然、警報が鳴り始めたことだ。室内の二酸化炭素の量が増えすぎたことを知らせる警報だった。それだけ発酵槽の中で二酸化炭素が発生している、ということだ。その状態で、長時間いると危険である。慌てて、蓋を閉めて、部屋から出る。

■最後に樽詰めの様子を見せてもらう。樽には、ガソリンスタンドの給油ポンプのような装置で出来たばかりのスピリッツが詰められていく。使われている樽はバーボン樽。よく見ると、メーカーズマークの樽だ。メーカーズマークも、僕が愛飲している酒。愛飲している酒の樽で、愛飲しているウィスキーが作られている。なるほど。栓をする前、樽の中に直接指を突っ込んで、中身を舐めてもいい、と言われる。飲み残しを樽に戻す以上に、大雑把な話だが、昨日の今日で、もう慣れた。ラフロイグの、いわば赤ちゃんともいえる液体に指を浸し、舐めてみる。ヨード臭はきついが、味はボウモアより甘い。舐めるだけなら、こちらの方が悪くない。

■見学の後は、ビジターセンターで試飲。ラフロイグ・クォーター・カスクを飲む。クォーター・カスクとは熟成途中で、1/4サイズの樽に移し変え、急速に樽の影響を与えた酒である。いつも飲んでいる10年よりも、まろやかな味。日本でも入手できるので、帰国したら、買おうと思う。実は、今回の旅では、現地でウィスキーはほとんど購入しなかった。というのも、オフィシャルボトルは、ほとんど日本で手に入るし、なによりポンドが高いため、日本で買った方が安いのだ。もちろん、中には現地でしか手に入らないレアなウィスキーもあるが、それはそれでどれも値段が高く、買うのがためらわれる。結局、買ったのは、ボウモア村の酒屋で買ったラフロイグ17年のシングル・カスクを1本だけ。オフィシャルボトルではなく、別の業者が樽買いをして、詰めたもので、ちょっと高かったが、記念として買ってみた。

■昼食は、ラフロイグ蒸留所からほど近いアードベック蒸留所内のカフェテリア。ここもスープが美味いということで、マッシュルームのスープ、その他、海老やサーモンの乗ったオープンサンド、ステーキパイなど。そして、最近、造り始めたというアイラの地ビール。ラガーやエールなど、色々なタイプのビールを少しずつ味わう。

■午後はボウモア村を通り過ぎて、ポート・シャロットへ。雨の中のドライブだ。窓の外には延々と平原が続くが、ある時、突然、1軒だけ家が現れる。あの家の住人は、なんであんな寂しい場所に住んでいるのだろうか。そんな家が何軒もあり、不思議でならない。現在、アイラ島の人口は4000人。しかし、その程度の人口の島にしては子どもたちの数は多い。学校がボウモア村にしかないせいかもしれないが、昼時に村にいたら、通りにいたる所に中学生・高校生の姿があった。日本の離島では、ちょっと考えられない光景だった。

■ドライブの後、近所の海岸を散歩しようとしたが、雨足が強くなり断念。仕方なく、今日も宿の部屋で夕食まで仮眠をとる。

■夕食はBowmore Hotel内のレストラン。ここで、アイラ名物の生牡蠣を食べる。生牡蠣にウィスキーをかけて食べるのだ。出てきた生牡蠣はかなり小ぶり。食べてみると、日本で食べるものよりも塩味がきつい。しかし、その塩味のきつさが、振りかけられたボウモアとよく合う。僕は生牡蠣が苦手なのだが、ウィスキーをかけることで、口の中に残る生牡蠣独特の生臭さがなくなり、食べやすい。いや、美味い。

■食後は、またしてもロックサイドホテルのバーへ。せっかくなので、この旅の間にアイラの酒はひと通り飲もうと、今日はラガブーリンブナハーブンを一杯ずつ。気持ちよく酔って、宿に戻る。
 
Sep.3(Mon.)【スコットランド取材紀行2日目】
■6時起き。ホテル内で朝食。
今回、一緒に旅するのは伊武雅刀さん。かつて『Stand Up TOKYO』という番組でご一緒して以来、会うのは6年ぶりぐらいか。普段は芋焼酎派という伊武さん。今回の旅のために、何種類かアイラの酒を飲んで予習してきたそう。その感想は「正露丸臭いな」

■ヒースロー発8時30分の飛行機でアイラ島へ。33人乗りの小さなプロペラ機である。天候もよく、ほとんど揺れることもなく、およそ30分でアイラ空港に到着。

■空港はなにもない平原の真ん中にぽつんとあった。空港の小さな建物を出ると、目の前には延々と続く一本道。民家が数軒ある以外は、ひたすら短い草の生えた平原。空港の前だというのに、放し飼いの羊がうろうろしている。

■マイクロバスに乗って、ボウモア村を目指す。左右はひたすら平原。ピート(泥炭)の大地である。あちこちに淡い赤紫の花をつけた植物が生えている。
「あれが、ヒース、こちらではヘザーと呼んでいます」
ガイドのウドさんが、そう教えてくれた。ちなみにこのウドさんという女性は、ウィスキーに魅せられて、ついにはスコットランドに移住してしまった、という方。現地でモルトに関する本を出しているスコッチウィスキーの専門家。まあ、この時点ではそれほどまでの人とは知らなかったのだが。

■車がすれ違う時は、必ず運転手どうしが手を挙げてあいさつする。それが、アイラのマナーだそうである。

■およそ20分でボウモア村に到着。島内ではもっとも大きな村。とはいうものの、ラウンドチャーチから海へと続くメインストリートと、それを横切る大きな通りが数本。それが村のすべてである。村上春樹の『もしも僕らのことばがウィスキーだったら』にアイラの人間は暇な時は家のペンキ塗りをしている、という記述があったが、確かにどの建物もペンキ塗りたてのように真っ白。白い壁と原色の窓枠。珍しく青空が広がっているせいもあって、とてもスコットランドとは思えない。まるで南欧のよう。行ったことはないけれど。

■ここでボウモア蒸留所の方と合流して、まずはピート掘りの様子を見に行く。ボウモアのピート畑までは車で15分。到着して驚いた。別に柵も囲いもなにもない。単なる平原。どこを掘ってもピートが出てくるとはいえ、まさかここまでアバウトだとは思わなかった。

■長靴に履き替えてピート畑に入る。表面は草が生えて乾いているように見えるが、その下は湿地になっており、まるで水を含んだスポンジを踏んだような感触である。

■早速、ピート掘りを見せてもらう。現在、実際のピート掘りは機械を使って行われている。しかし、今日は昔ながらのやり方を再現してもらう。まずはシャベル型の道具で地表から20センチほどの深さまで切れ目を入れていく。まるで白菜を切るような音がする。まだ植物の繊維質が残っている証拠だ。すでにピートを切り出して段になっている部分と並行するように10メートルほど切れ目を入れ、今度は段に向かって切れ目を入れていく。そして、これを二分割するように、再び段と並行するように切れ目を入れていく。続いて長さ30センチほどのブロックに分割しながら、切り出していく。そして、切り出したピートは、捨ててしまう。そう、上の方は燃料としては使えないのだ。

■続いて登場するのは、先にL字型の金具がついたピートカッターという道具。これをむき出しになった、まるで羊羹のように見えるピートに刺し、縦横10センチ、長さ40センチぐらいの長細いブロックを切り出していく。職人は手軽な感じで切り出しているが、いざやらせてもらうと、これがなかなか難しい。最初にピートカッターを入れる位置を間違えると、重すぎて、うまく切り出せない。無理やり切り出そうとすると、途中で折れてしまい、きれいな長方形にはならない。しかも中腰の作業。かなり腰にくる。

■こうして切り出されたピートは、井型に組まれ、天日で4〜8週間干される。ちなみにこのピートは本島でもとれるが、アイラのものは本島に比べて繊維質が多く残っているのが特長。本島のピートは熱が出るため燃料むき、一方、アイラのピートは熱よりも煙が多く出るため、ウィスキー造りには向いているのだそうだ。

■ピート掘りの次は、ボウモアの仕込み水、いわゆるマザーウォーターを見に行く。これも平原の向こうにあった。ただし、こちらは緑の草の生えた牧草地風の平原。道路との境界線にある石垣に赤や黒のベリー類が自生している。それをつまみながら、草原を横切り、水源を目指す。ラガン川、それがボウモアのマザーウォーターである。幅5メートルほどの清流。ただし、流れる水は茶色い。別に汚れているわけではない。ピート層を通った水は茶色く色づくのだ。「そのまま飲んでも構わない」といわれたので、手ですくって飲んでみる。味はない。ほぼ無味無臭。微かに枯葉のような味がするが、それがピートによるものなのか、川に落ちた木の葉によるものなのかわからない。川の端に取水口がある。取水口には網がかけられている。
「あれは、鮭が入ってくるのを防ぐためなんですよ」
小さな川だが、9月の終わりになれば、ここにも鮭はあがってくるそうだ。体長90センチほどの大きな鮭が。

■午前中に見学は以上。ボウモア村に戻って、レストランで昼食。よくイギリスは飯がまずいというが、そんなことは全然ない。特にスープが美味い。この日はレンズ豆のスープとニンジンとコリアンダーのスープがあり、どちらもかなり美味しかった。ただ、問題は一人前の量が多いことだ。昼食ならばスープとパンで十分である。

■午後はラフロイグ蒸留所を見学。ひと通りウィスキーの製造工程を見せてもらう。まあ、製造工程自体は、その手の本を読めばわかるので、実際に行ってみて体感したことのみ記録しておこう。
ラフロイグ蒸留所は今でもフロアモルティングを行っている。発芽しかけた大麦を手で触ると、湿った感触だ。発芽時の熱がこもらないよう、数時間おきにすき返しをする。現在は機械でやっているそうだが、今日は昔ながらの手作業を見せてもらう。まずは木製のシャベルで大麦はすくっては高く放り投げを繰り返し、続いて鉄製の鋤を引きずって発芽した根が絡まないように梳いていく。どちらもかなり腰にくる重労働である。

■続いて、発芽を止めるため、大麦を乾燥させるための部屋・キルンを覗かせてもらう。室内にはピートを焚いた煙がもうもうと立ち込めている。キルンの壁には窓があり、煙越しに見る窓からの光は幻想的だ。ちなみにキルンの上にある煙突には、三角形の屋根がついている。これはパゴダと呼ばれている。なんでも仏塔(パゴダ)を見て発案されたそうで、屋根をつけることにより、煙が中にこもりやすくなるのだそうだ。

■ピートを焚く釜を見る。通常、ピートは塊のままくべるが、ボウモアだけ、粉砕して使っている。この方がピートの量を節約できるのだそうだ。この工夫が、ボウモアのクセのない仕上がりにつながっている。

■製造工程の見学を終え、いよいよ貯蔵庫へ。230年前に作られたというボウモアの第一貯蔵庫は海抜下にある。そのため、中に入ると湿度の高いひんやりとした空気が充満している。壁には一面、黒いカビ。後にいたるところで見かけるこの黒いカビは、アルコールを好むカビだそうで、貯蔵庫はもとより、蒸留所付近の木々にも生える。かつては、このカビが密造所を探すための手がかりにもなっていたそうだ。

■貯蔵庫といえば、当然、試飲だ。樽出しのウィスキーのことをカスクストレングスというが、樽から直接グラスに注いでもらう、まさに究極のカスクストレングスである。まずはバーボン樽で寝かせた7年ものを。続いてシェリー樽で寝かせた12年もの。どちらも加水前なので、アルコール度数は60%程度。シェリー樽に寝かせた12年ものは、オフィシャルボトルの12年と比べると、アルコール度数が高いにもかかわらず、味はまろやか。色もかなり濃い。一方、バーボン樽の7年ものは、色も淡く味わいも軽い。さらに、樽に詰めたばかりの無色透明なニューポッドも飲ませてもらう。こちらでは3年以上寝かせないと、ウィスキーと名乗ることができない。だから、これはウィスキー以前のスピリッツである。アルコール度数は約70度。その味は・・・まるで消毒薬を飲んでいるようなまずさだった。以前、山崎蒸留所で、ニューポッドを飲んだ時は、思っていたよりまろやかで、これはこれで飲めないこともない、と思ったが、今回、飲んだものはまるでダメ。ひと口で十分である。

■大盤振る舞いしてくれたので、かなり飲み残してしまった。もったいないな、と思っていると、なんと飲み残しを樽に戻し始めた。驚いていると、ウドさん曰く、
「捨てるなんてもったいないことするわけないでしょ」
別に軽く口をつけた程度の、しかもグラス一杯程度の酒を戻したところで、樽全体にはなんの影響もないそうだ。確かにそうかもしれないが、なかなかすんなりとは受け入れがたい感覚である。そういえば、フロアモルティングのすき返しを体験させてもらう時も、外から履いてきた靴で、普通に大麦の上を歩いてよかった。穀物を土足で踏む、というのは、ちょっと罪悪感に苛まれてしまう。でも、そんな小さいことは気にしないのが、この島のやり方だ。

■最後は通常の見学者用のビジターセンターに行き、またもや試飲。17年と18年を飲み比べ。1年違いでそんなに味が変わるかと思っていたら、全然、違っていて驚く。17年と比べると18年は数段まろやか。1年寝かせただけで、こんなに味が変わるものか。

■「ウィスキーは香りを楽しむお酒である」
そう主張するウドさんから、ウィスキーの香りの確かめ方を教わる。グラスに残った最後の一滴を手のひらに垂らし、こすり合わせる。そして、手のひらを嗅ぐ。すると、体温でいい按配に揮発し、ウィスキー本来の香りが楽しめるそうだ。僕もやってみたが、グラスの中で攪拌して嗅ぐ時とは、かなり違う。ぜひお試しあれ。

■取材とはいえ、昼間からかなり酒を飲んだ。昼の酒はよくまわる。海沿いのBowmore Houseという宿に荷物を置き、しばし仮眠。ちなみにこの宿は、かつて銀行として使われていた建物を改造したもの。後にわかったのだが、オーナーはあの茂木健一郎さんと友達だそうで、茂木さんも何度もこの宿に来たことがあるそうだ。なるほど。

■夕食はロックサイドホテルのレストラン。とりあえずラガーで乾杯し、その後はワイン。実はこちらでもワインはよく飲む。スーパーに行ったら、かなりの種類のワインが並んでいた。ただし、どれも輸入ものではあるが。
料理はハギスやスモークサーモンなど、スコットランドの味を堪能。メインはスコットランドビーフのステーキ。かなり歯ごたえのある肉。でも、決してまずいわけではない。噛んでいるうちに、肉の味がしてくる。ただ、塩コショーだけの味付けだと途中で飽きてくる、そう思っていると、
「これ、かけてみな」
向かいの席の伊武さんが取り出したのは、旅行用のシャンプーのような小さな容器に入った醤油。なんでも長期、海外に行く時は、自宅でお取り寄せしている特別な醤油とゆずを持ってくるのだそうだ。というわけで、醤油とゆずを少しわけてもらって、ステーキ後半戦。美味い。いや、醤油はすごい。

■食事の後は、ホテル内のバーに移って、食後のウィスキー。ロックサイドホテルのバーは、ウィスキーが充実していることで有名。確か、ウドさんオススメの2、3種類の異なる酒を飲んだ気がするが、かなり酔っていたので失念してしまった。

■アルコール漬けになって、宿まで夜道を歩いて帰る。アイラは夜の一人歩きもまったく平気。まあ、人通りがないせいもあるが、そもそも住民は家の鍵を閉めないほど、安全な島なのだ。何度もアイラに来ているウドさんも、警官の姿を見かけたのは一度だけ。もっと警官がいなくて大丈夫なのか、と尋ねると、警官はこう答えたそうだ。
「この島に、これ以上警官がいる必要が、どこにあるんだい?」
 
Sep.2(Sun.)【スコットランド取材紀行初日】
■羽田発8:55分のJALで関空へ。関空発11:45分のJALで約12時間、ヒースロー空港に到着。時差は8時間だか、9時間だか。現地時間の16時過ぎに到着。機内では『オーシャンズ13』『その時は彼によろしく』、そして、この旅の間に再読しようと携えた『海辺のカフカ』を熟読して過ごす。

■乗り換えまで時間があったので、空港内のパブへ。ここはやはりエールか、と思ったが、喉が乾いていたので、冷たいラガーを飲む。これは後に判明したことだが、イギリスのビールはぬるい、という話もあったが、最近はエールもギネスも頼めば冷たいものがあるらしい。その場合は「エクストラコールド」と頼む。

■ヒースローからさらに1時間20分、20時45分にグラスゴー空港に到着。わずか1時間半のフライトで機内食が出たのが誤算。でも、食べてしまう。

■本日は空港前のHoliday Inn Glasgow Airport Hotelに宿泊。荷物を置いた後、ホテル内のパブで飲む。明日からの取材に備えて、みんなでラフロイグ。日頃から愛飲している僕には美味い酒だが、多くのスタッフは今日飲むのがはじめて。みんな、「薬臭い」。さあ、この感想が旅の中でどう変化していくのか。
 
Sep.1(Sat.)
■今日という日。

12時から赤坂で会議。
14時半から東麻布で打ち合わせ。
16時半、虎ノ門で打ち合わせ。
すぐさま帰還。
明日から一週間の旅。その荷造りをする。