Dec.31(Sat.)
■制作者の意図せぬ「黒い笑い」こそが、真の「ブラックユーモア」ではないかと思う。

この年末、久々にそんな真の「ブラックユーモア」に出会った。
テレビ東京でオンエアしていた『世界を100円で変えちゃうゾ』という特番である。
最初、このタイトルを見た時、素直に興味深いコンセプトだと思った。
だから、わざわざ録画してまで見たのだ。
実際、番組を見てみると、確かに興味深い内容だった。
それは当初抱いたのはまったく違う興味深さだったけれど。

番組の内容をいたってシンプルである。日本人の誰かから100円を預かったリポーターが、世界に飛び、その100円で「いいこと」をするのである。
ちなみに行き先は、ラオス、コソボ、それとオラウンータンの保護地区。
中でも、制作者の意図せぬ「黒い笑い」が最もわかりやすかったコソボでその内容の詳細を紹介しよう。

リポーターの吉本多香美が100円を預かった(正確には無理やり預からせてもらった)のは、渋谷センター街でプリクラをしていた女子高生。
早くもこの時点で、「黒い笑い」の待ち受ける予感がする。

コソボに到着した吉本がまず訪ねたのは、激戦区だった地域に住むアルバニア人の酪農家夫婦。
手料理をご馳走になった後、吉本が訊く。
「今の生活は落ち着いていますか」
これに対する老いた妻の返事こそ、「ブラックユーモア」の始まりである。
老いた妻は答える。
「自分の息子たちが殺されたら平穏ではいられません」
その老いた妻は、侵攻してきたセルビア軍に4人の息子を、しかも目の前で殺されていたのだ。泣きながら、息子たちの最後の様子を語る老いた妻。話を聞きもらい泣きする吉本が、老いた妻の肩を抱いて言う。
「ごめんなさい」
なんでしょうか、この茶番劇は。
凄いブラックユーモアじゃないか。
だが、制作者より老いた妻の方が役者は一枚上手だった。
「ごめんなさい」と泣きながら謝る吉本に、老いた妻が言う。
「ごめんなさい。せっかく来て頂いたのに、台無しにしてしまって」

さあ、いよいよここからがメインイベントである。
吉本が向かったのは、敵軍に目の前で母親を殺され、自分も重傷を負った18歳の女性・エミネさん。
戦渦から5年。今なお心に深い傷を負うエミネさんだが、最近、車の免許を取りに行くなど、ようやく前向きに生きようとし始めていた。
そんなエミネさんが吉本に見せてくれた宝物、それは母の若き日の写真。彼女の手元に、母親の写真はそれ1枚しか残っていない。そして、エミネさん自身の写真も戦火に焼かれ、1枚も残っていないという。
エミネさんの話を聞き、さらにコソボの現状を見て回った吉本は、その思いを独白した後、こう呟く。
「100円で何かできるかもしれない」
そしてナレーションが続く。
「果たして、吉本さんが選んだ100円の使い道とは?」

吉本が選んだ100円の使い道。
勘のいい方ならもうお分かりだろう。エミネさんの写真を撮り、100円で現像してあげるのである。
確かに出来上がった写真を見たエミネさんは嬉しそうな顔をしていた。
だが、心のどこかでこう思ったのではないか。
「わざわざ日本から来て、これだけ?」
例えばボランティア団体の人が同じことをしてくれたら、そんな疑問を持たないだろう。
でも、やって来たのは日本のテレビだ。しかもタレントまで連れて。それなのに、してくれたことといえば、写真を1枚撮ってくれただけ。冷静に考えたら、何かがおかしいと思うのではないか。
エミネさんに写真を手渡す吉本の姿を見ながら思った。
「今夜の宿泊費で何枚の写真が撮れるのだろうか」

「100円」というのは番組が定めたルール。
そう言われたら、従わないわけにはいかない。
しかし、そのルールは自分たちの都合で安易に変更される。
吉本は自分が持ってきたカメラとフィルムで写真を撮った。100円というのは現像代のみである。いいのか、それで。それでいいならば、デジカメとカラープリンターを持ち込めば、写真なんて何枚でもタダじゃないか。コソボ篇の前のラオス篇では、100円で文房具の買えない子供にノートやペンを買ってやっていた。カメラとフィルムの持ち込みがOKならば、ノートやペンの持ち込みもありなのではないか。
もう、ルールがぐだぐだである。

このように「黒い笑い」(あるいは黒いナンセンスというべきか)に満ちたコソボ篇の中で、最も笑ったのは、吉本がエミネさんにあった直後。そのシーンにはこんなナレーションがつけられていた。
「18歳の誕生日。しかし、エミネさんの時計は5年前の事件の日で止まったままでした」
そして、テロップは「エミネさんの心の傷とは」
ここでCMに入る。次の瞬間、
「現地でグレードアップしたコテージ360ドル」
100円で世界を変えるゾと意気込んでいるのに、なに、360ドルも払ってグレードアップしてるんでしょうか。
「一緒に走ってきた25年間、プライスレス」
エミネさんの時計が止まったままの5年間もプライスレスか。
「お金で買えない価値がある。買える物はマスターカードで」
じゃあ、マスターカードで世界を変えてやれ。

■今日という日。午前中に、最後の書き仕事を片付けるつもりが、『女王の教室』の再放送を見ているうち午後。樋口さんが熱く薦めていた最終回をようやく見られてよかった。なるほど。感想は略。ただ、あのラストカットは女優としてやりがいがあっただろうなあ。あ、エンディングテーマで踊るところじゃなくてね。でも、あのラストカットだと続編とか作りづらいだろうな。あるいはどんなに好評でもパート2は作らないという決意表明か。まさか。
その前。夕方から家人たちと渋谷へ買い出し。でも、予想外に早く店が閉まり、買えたのは家人(小)のDVDのみ。仕方なく焼肉を食べて帰る。帰ってから酒を仕入れるのを忘れたのに気づく。嗚呼。
 
Dec.30(Fri.)
■毎日、雲霞のごとく押し寄せるスパムメール。でも、これは久々に笑った。長いが全文引用する。

某国立大医学部ニ年の秋山都子と申します。
あなたにお願いがあってメールしました。私は今、
「精嚢分泌液に内服されるセリンプロテアーゼ(主にPSA[Prostate-spefic antigen])
の空気接触に伴う状態変化について」
という課題についてレポートを書かされているのですが、
書物だけで調べてもなかなか進めることができないでいます。
私はこれまで20年間男性経験が一度も無かったため、
精嚢分泌液、つまり精液に関する実地的な知識に乏しいのです。
(地元の高校に居る間は父が厳しく、男性と交際する機会がありませんでした)

それに伴いまして是非一度、成人男性の本物の精液を採取し、
この目で確かめた上でレポートの参考にしたいのです。
もしも差し障り無ければ、あなたの精液を採取させてもらえないでしょうか。
決して肉欲的な意味でのお願いではありませんので
採取方法は主に手や口を使うのみとさせて頂きますがご了承くださいませ。
(とはいえあなたが私に対して女性的な魅力を感じて頂けなかった場合、
採取行為が不快に感じられてしまう恐れもございますので、
ご希望に応じて予め私の顔写真などを送付させて頂くことは可能です。
ちなみに私の身長は157cm、体重は44kgです)

場所はどこかホテルの一室を取ろうと考えております。
交通費、ホテル代、お礼としてのお食事代程度しかこちらでは負担できませんが、
(何分学生の身分なので申し訳ありません)
ご都合を付けて頂けないでしょうか。
お返事を頂ければ、今後のスケジュールなどを追ってご連絡差し上げます。
それではどうかご検討くださいませ。


■今日という日。16時から『D』打ち合わせ。迷走。色々な次元の話が同時に飛びかう。まあ、ショックだったのは3日に打ち合わせねばならぬことぐらいか。夜、旧知のPと恒例の忘年会。今年を振り返り、来年の展望を語り合う集い。美味い酒と飯。23時帰還。
 
Dec.29(Thu.)
■今日という日。14時半から赤坂で会議。16時から、虎ノ門で会議。意外と早く終わったので、一時帰還。夜、『bar−closed』に。芝居の稽古終わりの松尾さん・松永さんと飲む。25時半帰還。
 
Dec.28(Wed.)
■ある番組のスタッフがアキバ系の方を取材した時のこと。携帯電話のカメラを向け
て「写メ、撮ってもいいですか」と言うと、いきなりそのアキバ系の人に説教されたそうだ。
しかし、別に写真を撮ることで説教をされたわけではない。
「君の携帯はドコモだろ。写メールはボーダフォンの登録商標だ。ドコモならちゃんとアイショットっと言いなさい」
間違ったことは言っていないが、何かが間違っている。

■今日という日。
14時、赤坂で打ち合わせ。例の『D』問題の整理に向けて、制作Pと話す。ここは大人になって色々割り切ることにする。さすがに「1月1日の午後に打ち合わせがあるんですが」とスケジュール確認された時には、断ったが。
16時、キャピタル東急で打ち合わせ。半分世間話。
18時、恵比寿から何をトチ狂ったか九品仏に引っ越した制作会社で会議。元料理教室をやっていたという一戸建ては、籠もって作業をするにはいい環境だが、前後に仕事がある身で訪ねるには苦痛。
21時、恵比寿で某特番の打ち上げに参加。番組制作中は、時間に余裕がなく、ほとんどムダ話をすることがなかったスタッフたちと、初めて仕事以外の話をする。まあ、話題の中心はミクシィについてだったんだけど。二次会に若手スタッフたちと流れて、再びここでもミクシィ話。ちなみにミクシィでは、ここに書いていることとは別内容で、ほぼ毎日更新しています。興味のある方は、探し出してみて下さい。
26時帰還。
  
Dec.27(Tue.)
■今日という日。
朝からナレ書き多数。書き終わらず、VTRを持って外出。
13時、渋谷で打ち合わせ。在日外国人に日本語を教える番組。日本語が分からない人に日本語を教える番組であるにも関わらず、説明はすべて日本語というのは、俯瞰で見るとやはり妙。だからってスペイン語で台本は書けないが。
15時、虎ノ門で専門家取材。
17時、汐留で打ち合わせ。
合間を縫って、ナレ書きをして送信。
19時半、再び汐留で打ち合わせ。
20時半、赤坂で打ち合わせ。
22時、赤坂にある作家のすずきB君の弟さんがやっているタイ・ベトナム料理屋へ。作家の高須さん主催の放送作家座談会。放送作家が総勢11名。テレビについてあれこれ喋る。ある意味、忘年会。楽しい時間だった。座談会の模様は、2月に出る『クィック・ジャパン』に載るらしい。まあ、一番、面白かった部分は掲載できないと思うけど。それにしても、料理が美味。今度はちゃんと自腹で行こう。
28時帰還。
  
Dec.26(Mon.)
■今日という日。午前中、諸作業。昼から家人たちと渋谷へ。家人(大)にコート、家人(小)に靴を買い与え、ちょっとした慈善家気分を味わう。15時、赤坂で会議。まとまらず。結局31日に再集合することに。げ。大晦日も仕事かよ。ちょっと早めに原宿KDDIスタジオに入る。今日は本の出版記念を兼ねた出張アングル。スタート直前、例の『D』がらみで揉め、最悪の気分のまま客前へ。何とか2時間終了。その後、打ち上げがあるも、気分的に低空飛行のまま。帰還してなおも低空飛行。低空飛行なのは、『D』の件だけではない。燃料が切れ始めているのだ。墜落か。空中給油の機は来るのか。不明。
 
Dec.25(Sun.)
■アメリカにこんな名言があるそうだ。
「恋愛は戦争のようなものだ。始めるのは易しいが、止めるのは困難だ」
ならばこれでもいいはずだ。
「戦争とは恋愛のようなものだ。始めるのは易しいが、止めるのは困難だ」

■今日という日。14時から赤坂でPV。半分しか出来ておらず18時から、六本木で『報ステ』打ち合わせ。それにしても、六本木ヒルズ界隈は大渋滞。打ち合わせ終わりで鮫肌さんと下北沢へ。『都夏』。黒いタートルネックの美人が、一人でカウンターにおり、気になる気になる。23時半帰還。
 
Dec.24(Sat.)
■今日という日。午前中、ナレ書き。13時から赤坂でPV。30分予定のサブ出しVTRが、まだ60分強という状態。もう少し整理してからにしてくれよ!という気もするが、D曰く「見て頂いて、いい所を選んでもらおうと思いまして」。VTR尺を半分にするためには、大胆に切っていかなくてはいけないが、おそらくDにはどのシーンも思い入れがあると思われ、発言しにくい事この上ない。しかも切ることに精一杯で、構成上の細かいチェックまで気が回らないし。結局、3時間コース。予定が狂った。大急ぎで買い物をして帰還。残りの台本仕事。19時半、須田さん一家到着。今夜は我が家でクリスマス。食卓を見ると・・・お〜鶏が丸ごと焼けているではないか。というわけで、今年は家人(大)渾身の料理でクリスマス。しかし、鼻水を止めるための薬を飲んでいるので、意識朦朧。気がつけば24時。
  
Dec.23(Fri.)
■忘年会で入った居酒屋では、席の配置上、店員が奥の席の客に酒を渡そうとすると、どうしても手前の客の頭越しになってしまう。
頭越しに酒を渡しながら、申し訳なさそうに店員が言った。
「すいません、頭ごなしに渡して」

■今日という日。13時から汐留で会議。休日でごった返すカフェの片隅で『D』のストーリーメモ作り。途中、代理店側の担当者から番組中のインフォマーシャルも書いてくれと電話。CM扱いだから、チェックともか色々あるんだろうなあ。別ギャラなのかなあ。などと思いながら、引き受ける。16時、ホテル・オークラで打ち合わせ。もう書いても平気かな。『報道ステーション』の年末SP。どういう訳か今回だけ、僕や鮫肌さんも作家として呼ばれているのだ。我々が担当するパートは、とてもバラエティ的だけどバラエティ番組では絶対に出来ない内容。ぜひ番組を見て、どこか当てて下さい。19時、浮かれまくる六本木ヒルズのテレビ朝日でPV。3時間コース。PVは嫌いだが、いざやり始めると、意外と細かい俺。22時、西麻布の『権八』でまだオンエアもしていない、しかも単発深夜特番の打ち上げ。太っ腹なのか、ちょっとおかしいのか分からないぜ、ハウフルス。あ、会社の名前を書いちゃった。まあ、いいか。26時半帰還。
  
Dec.22(Thu.)
■今日という日。早起きして本日会議用の『D』のメモを作成して送信。11時から表参道で会議。14時からNHKへ。またしても身売りされて、ご相談にのる。初対面のその相手の手元には、何故か数年前に僕と鮫肌さんで出した『ニッポンの少数民族』が!なぜかNHKの中でよく流通しているのだ。16時半から、問題の『D』の会議。本日も会議は何が本題かわからない状態。結局、作っていたメモについてはほとんど触れられず、「では、土曜までにヤマナさんに直して頂いて」となる。不思議な会議だ。21時、虎ノ門で会議に赴くも、演出氏が家庭の事情で欠席につき、急遽中止に。人の不幸を喜んではいけないが、まあ、早く帰れるのは嬉しい。おとなしく帰って仕事をすればいいものを、帰還途中、最近、家の近所に出来たシシカバブ屋に入ってしまう。店員が全員ラテン系外国人。味はまあまあだが、女性客にばかり気を使い、男のひとり客はオーダーすら忘れられる始末。だから、もうしばらく行かないのさ。23時半帰還。
  
Dec.21(Wed.)
■将棋の駒にも種類は色々ある。一番安いのは、文字を印刷した物。文字の部分を
彫り、そこに漆で文字を書くと高くなるのだが、漆の使われ方によって値段が異なる。一番高いのは、漆の量がたっぷり、文字の部分が盛り上がっている物だそうだ。
そんな芸術品とも言える駒を作る職人は、今や数えるほどしかいない。しかし、それ以上に将棋の駒の需要など少なく、中には人間国宝級の腕前を持ちながら、生活保護を受けている職人もいるらしい。
しかし、そんな中、若くして腕の立つ駒職人も現れてきたそうだ。将来は数百万のプレミアがつくだろうその駒を、今のうちに買っておくという人もいる。
だが、この話を聞かせてくれたプロ棋士の方は、確かに名人が作る物に負けないいい駒だが、自分では使おうとは思わないそうだ。その理由は、
「文字の跳ねに勢いがありすぎて、ずっと見ていると疲れてくる」
そんな文字のちょっとした違いで、「疲れる」とは!
1日中、将棋の駒と対面している、プロ棋士ならではのアングルである。

■今日という日。VTRが届かず、資料が届かずで、バタバタしているうちに会議に行かれず。夕方、諸作業を終えて、経堂のカフェでコメディライターの須田さんと打ち合わせ。1月に原宿KDDIスタジオで行うイベントに、またしても力を貸してもらうため。今度は編集者&美人も呼ぼうという話に。まあ、美人の当てはないのだが。美人急募。18時から溜池で作業。21時、赤坂で会議。大急ぎで帰還。しかし、帰還した途端に脱力し、眠ってしまう。普段なら「これじゃダメだ!」と反省するところだが、『正直日記/江口寿史』を読んでいる今、「まあ、いいか」という気分になってくる。悪書だ。
  
Dec.20(Tue.)
■今日という日。昨夜酩酊したしっぺ返し。早朝6時に起きて、ナレ書き&台本書き。10時半から赤坂で会議。13時半、同じく赤坂で問題の『D』、打ち合わせ。数人でのブレストと思っていたら、代理店の連中が大挙して来る。しかも、今日の主旨とは違う話ばかり。お陰で本来の話がほとんど出来ず。とりあえず「ヤマナさんにお任せして」となる。やれやれ。まあ、でも、現場もかなり混乱している様子。本読み用の準備稿と、今日あがった撮影稿では、諸般の事情でかなり内容が異なっている。この番組の裏舞台の方がよっぽどドラマである。夕方、事務所に行ってナレ書き。19時から汐留で会議が2つ。22時帰還。疲労困憊で放心。
  
Dec.19(Mon.)
■今日という日。12時から神谷町で会議。13時半、汐留で会議。15時から東麻布でナレ打ち。16時から六本木で会議。年末の報ステをちょっとだけお手伝い。会話の半分ぐらいしかついていけないが、まあ、ついていける部分のために呼ばれたのだと理解して、会議を乗り切る。その後、同じく六本木のスタジオで収録中の特番をちょっと覗いて、帰還。経堂の居酒屋『太郎』で開かれている、経堂界隈の皆さんの忘年会に顔を出す。各種クリエイターから棋士、あるいは古書店の店員さんまで、色々な人種が集う。ちょいと一杯のつもりで飲んで・・・いつの間やら酩酊。24時帰還。
  
Dec.18(Sun.)
■今日という日。14時半、六本木、16時半、築地で打ち合わせ。タクシーで東京を大横断してTMC。正月特番の収録を覗く。すぐさま帰還。家人(小)をしりとりで打ち破った後、急遽締め切りの早まった台本書き。あ、そうそう、家人(大)があのオザケンが小説を書いている児童文学研究誌を発見。なんでもオザケンのお父さんが発行している雑誌らしい。ずっと沈黙を守っていると思っていたら、そんなことを。
  
Dec.17(Sat.)
■今日という日。
久しぶりに目覚まし時計をかけずに寝た。たっぷり眠った。目覚めると頭の中の靄が消えている。
昼から例の『D』のプロットを書く。よく眠ったせいか、面白いほどよく筆が進む。あくまで原案なので、そこまで細かく書く必要はないのだが、とりあえず思いついた小ネタも全部入れていく。自分で脚本めいた物を書く時は、この種の小ネタが重要となってくる。小ネタがキャラクターを作り、後々、それを広げることで、あたかも伏線を張っていたかのように見てもらえる。実は小ネタを書いた時点では何も考えてないんだけど。
16時半、東麻布の編集所に行く。特番のナレーション打ち。最近のナレ書きは、叩き台とVTRが送られてきて、打ち合わせもせずに書くことが多い中、演出氏とVTRを見ながらナレ打ちをするのは新鮮。久々のココリコ+藤井隆=フジリコの特番。ちょっと面白いことになっていた。
夜、有楽町で事務所の忘年会。恒例のクイズ大会。ヨネスケ師匠の通知表が出てきたり、マネージャーの母親のインタビューVTRが流れたりと年々凝ってくる。最後は経理の女性とそのお仲間が、フラダンスを披露。しかも、ココナツのブラって!二次会はカラオケ。珍しく古舘さんも参加。さらに鮫肌さんとともに若手を大量に引き連れて、下北沢へ。『トラブルピーチ』へ。鮫肌さんが座った目でいい話をし始めたので、後は酒平民・ハヤシに任せて帰る。若者たちよ、鮫肌さんの介護は我が事務所の試練。無事なことを祈る。
  
Dec.16(Fri.)
■前方から歩いて女は限りなく球体に近かった。頬も丸々と張り、あまりに張りすぎて、皮膚の毛細血管が透け、猿の尻のように赤くなっている。よく見ると、頬から血がひと筋流れていた。あれは膨張に耐えかねた表皮の一部が裂け、出血したに違いない。そうに決まっているのだ。

■今日という日。13時から汐留で会議が2つ。次の会議までの合間に台本書き。18時、目黒でスタジオ台本打ち。またしても時間が空いたので、赤坂のカフェで台本書き。22時半、赤坂で会議。相変わらずフワフワしている。本日、忘年会の最盛日ということでタクシーがなかなかつかまらない。ようやく捕まえたタクシーに相乗りして、天現寺〜中目黒経由。疲労困憊につき『bar−closed』に寄って、カレーを食べる。26時半帰還。
  
Dec.15(Thu.)
■今日という日。11時から表参道で会議。14時半、汐留で打ち合わせ。背中の張りに耐え切れずマッサージに。16時半、赤坂で会議。例の宙ぶらり番組(今後、『D』と記すことにします)会議。そういえば、昨日、届いた脚本で僕は「企画」とクレジットされていました。なるほど。まあ、今日は今日で色々な乖離が確認される。結局、当座は僕が原案を考え、それを脚本化してもらうという形に。って、それはそれで脚本家に心苦しいところがあるのだが、多忙でなかなか時間を割けない脚本家を招いたPの責任であると割り切ることにする。20時から築地でナレーションチェック。というか、集まったナレーションの修整作業。ちょっと特殊なナレーションなんで。トーン合わせ。他の作家の書いたナレーションを直すのは、これまた心苦しいが、今回だけは仕方ない。許して下さい、鮫肌さん。あ、実名を挙げてしまった。終わり次第、すぐさま帰還。今夜は戦争!まず某所に新型インフルエンザの人体実験に赴いている樋口さんのヘルプ+台本書き諸々。
 
Dec.14(Wed.)
■駅のトイレに入っていたら、周りを五十がらみのサラリーマンに囲まれた。
「お前んとこのカミさん、いくつだっけ」
薄毛の五十代が、薄毛の五十代に尋ねた。
「同い年。学年は1つ下だけど」
人はいつまで「学年」の呪縛に囚われるのか。

■今日という日。
午前中から電通に行く。例の足場のない仕事、諸事情で#1の大まかな流れを考えてくれと今さらながら言われ、ブレスト&取材を兼ねて赴く。まあ、本来はこんな風にちゃんと取材を重ねて、事実7割、虚構3割で作ってほしかったので、ある意味、本望。色々と面白い話を聞くことが出来た。
事務所に行って、すぐさま取材内容をまとめて、粗いプロットを書く。
17時、NHKに行く。何と外国人向けの日本語番組に知恵を貸して欲しいという依頼。事前に番組を見たのだが、初歩的な日本語を教えているにも関わらず、先生の解説の言葉がすべて日本語。それでちゃんと分かるのか疑問だった。正式にオファーが来たら受けるつもり。こんな妙な番組で仕事している作家仲間はいないし。
19時、恵比寿で会議。
その後、もう1つ会議があったが、さすがに尻に火がついたので、休ませてもらってすぐさま帰還。ナレ書きの予定が、家人(小)につかまる。何とか寝かしつけて仕事。
 
Dec.13(Tue.)
■文化放送の向かいにある某中華料理屋が閉店した。昔ながらの東京ラーメンが、地味ながらも人気を集めていた店である。閉店の理由は・・・
「冷蔵庫が壊れたから」
主な客だった文化放送が来年移転するため、今から新しい冷蔵庫を買っても減価償却しないと判断しての閉店だそうである。
店がつぶれるのにも色々な理由がある。

■今日という日。家人(小)の病がうつったか。朝から微熱&腹具合が悪い。パラグアイは遠い。14時半、六本木で特番収録立会い。16時半から汐留で会議。時間が空いたので事務所で作業。20時から再び汐留。22時から赤坂で会議。なんと演出氏がスタジオ台本を書いていた!ラッキー!それをベースに修整していく。27時帰還。
 
Dec.12(Mon.)
■今日という日。13時から汐留で会議。14時半から神谷町で打ち合わせの予定だったが、演出氏が時間を勘違いしており中止。なんだ、そりゃ。16時半、再び汐留。そのまま会議室を借りて台本書き。19時、六本木で出張アングル。『おしごとチャンネル』というイベントの最終回。今回のメイン講師は樋口さんで、僕は冒頭と最後の鼎談のみなので気楽。当然なのだが、仕事やテレビに対する考え方がかなり違う2人なので、同じ質問に対しても別アングルの答えが出るのが面白い。質問した側は混乱したかもしれないが。終わりでスタッフも含めて、近くの中華へ。さらに帰りがけ『bar−closed』に行くと、稽古終わりの松尾さん、八十田さん、坂田君らが愚連隊のようにカウンターを占拠中。
 
Dec.11(Sun.)
■今日という日。
真夜中から家人(小)が何度か嘔吐。まさか昨日打った予防接種の副作用が今頃出たかとヒヤヒヤするが、家人(大)は落ち着いたもの。幼稚園で嘔吐や下痢が流行っているらしい。ネットで調べるとどうやら「嘔吐下痢症」というそのまんまな名前の病のようだ。念のため、病院に連れて行くとやはりそう。大人にも感染する恐れがあるという。用心しなければ。
冬空の日曜日。幸い外出の予定なし。仕事部屋にこもって、粛々と台本書き。途中、眠くなったら仮眠と、マイペースな感じで仕事。長めのロケ台本、特番のスタジオ台本、1月から始まる『サイゾー』の連載の原稿などを片付ける。
仕事の合間に、息抜きがてら夕食の買出し。家人(小)はまだ真っ赤な顔をしている。
夜中、家人たちが寝静まった中、小さな音で音楽をかけながら、経理等の事務作業。
 
Dec.10(Sat.)
■家人(小)を病院に連れていく。予防接種を受けさせるためだ。だが、病院に着いてから書類を忘れたことに気づいた。そこで家人(大)が届けてくれるのを待つことにした。すると、
「それでは2階でお待ち下さい」
連れて行かれたのは、「処置室」と書かれた小部屋。そこに閉じ込められ、放っておかれた。ロビーの方が明らかに居心地よさそうなのに、なんでこんな小部屋に閉じ込められるんだ?何となくムカつく。
その理由は注射が終わった後、わかった。本当は予防注射の後、容態を見るために15分ほど病院にいた方がいいのだが、今日はすぐに帰っていいという話の流れで医師がこう言った。
「今の時期、風邪の患者さんが多いので、処置室にいてもらっても、風邪の菌を吸っちゃいますから」
あれは、我々に対する配慮だったのだ。2階に連れて行く時、ひと言、そのことを教えてくれたら、不安にもならずムカつくこともなかったのに・・・。
そんな「不安」や「ムカつき」を想像した先に、新たなサービスは誕生する。

■今日という日。
バナナマンについて短文を寄せた『dictionary』の最新号が送られてきたので読む。茂木健一郎さんと佐藤雅彦さんの対談に感銘。読んでいて、背筋に熱い物が走った。ぜひともお読み頂きたい。どこでどうすれば手に入るのかは分からないが。フリーペーパーなんで、どこかで配布している。
13時から、渋谷『アングル』担当回。今回は受講生のリクエストに答える形式。妙にテンション高く、例のごとく超高速で喋って疲労困憊。
その後、bunkamura内のカフェで事務所のスタッフと打ち合わせ。
17時、ごった返す六本木ヒルズを抜けて、打ち合わせに。すぐ終わる。
師走は購買意欲が高まる。ごった返す渋谷で縦走して洋服やらデザイン本などを購入。
夜、下北沢で家人たちと落ち合い夕食。21時半帰還。
 
Dec.9(Fri.)
■今日という日。家庭の事情で午前中からバタバタ。15時、汐留で会議。19時、六本木でPV。終了後、旧知のDと麻布十番で飯。ウツボを食べる。珍味のくせして、普通の味だった。26時帰還。
 
Dec.8(Thu.)
■今日という日。色々、押せ押せで午前中の会議を1つ欠席。14時、NHKで会議。16時半、赤坂で例の腸ねん転状態の番組会議。って、もう情報解禁になったから書くが、その番組は1月から始まる深夜ドラマ。いわゆる一社提供の番組で、僕は代理店とその企画段階から仕事をしていたのだが、故あって、脚本は別の方。いざ番組がスタートしたら、自分がスタッフロールにどうクレジットされるのかわからない立場。お陰で会議でもどのスタンスで発言していいのかわからない。上手くいけば面白くなる気配はするのだが・・・。
22時から目黒で会議。
何か疲れたので、ビールを一杯だけと思い、『bar−closed』に立ち寄ると、真夜中なのに超満員。なんでも春風亭昇太さんの誕生日パーティだとか。「ならば」と帰ろうとすると、「温水さんも来てますからどうぞ」。って、そんな温水さんと親しいわけじゃないんだけど、まあ、昇太師匠も知らない仲ではないので、厚かましくお邪魔。当然、松尾さんもいる。温水さんはパーティに来たわけではなく、忘れ物を取りに来たら、連れ込まれたらしい。「ヤマナ!」と馴れ馴れしく呼ばれた方を見れば、某正月特番のスタッフがズラリ。何でも昇太師匠の番組も担当しているのだとか。狭いよ、地球は。
26時帰還。
 
Dec.7(Wed.)
■今日、読んでいた本に出ていた一文。行動の原理の実社会への応用に大きな影響を与えたオージャン・リンズレーの定義。
「行動とは、死人にはできない活動のことである」
ここにコメディの入り口はある。

■今日という日。3時間睡眠。急ぎの台本を片付け、渋谷のタワーで『ナゴムコレクション・有頂天』と『ナゴムコレクション・木魚』を購入。特典としてCD−Rを貰う。2枚買うと貰えるこの特典、ショップによって異なる。すべて欲しいコレクターはどうしているのだろうか。意地悪だなあ。12時から西麻布で会議。13時半から汐留で会議。16時から西麻布で会議。隣に座っている鮫肌さんから奈良漬の匂いがする。生物兵器。その後、溜池で作業。20時から、新橋で開かれている某番組スタッフの送別会にちょこっとだけ顔を出す。21時から赤坂で会議。24時帰還。コツコツ台本書き。
 
Dec.6(Tue.)
■今日という日。早起きして旧知のDのご成婚記念スケッチを書く。オンエアもしちゃうんだけど。電波の私物化。まあ、リスナーには普通のスケッチにしか聞こえないが。11時、赤坂で会議。14時半、築地でPV。16時、汐留で会議。その後、電通下のカフェで台本書き。19時、目黒で会議。22時半、再び汐留。本日、担当した特番ロケが2つあり、1つは非常に上手く行き、もう1つはかなり問題が・・・という電話が。24時半、西麻布で打ち合わせ。まったく移動の多い1日。26時半帰還。わずか900文字の原稿に悪戦苦闘し、気がつけば29時半。つまり朝5時半。
  
Dec.5(Mon.)
■今日という日。昨夜の焼肉で腹具合が悪い。13時、神谷町で会議。15時、汐留で会議。予想外に長引き、次の会議を欠席。18時、西麻布で会議。タイトル決めだけで2時間って!20時半、麻布十番で会議。会議終わりで作家の村上さんと飯。業界よもやま話。24時半帰還。
  
Dec.4(Sun.)
■今日という日。疲労困憊で起きられず。昼から家庭の用事。14時半、赤坂で打ち合わせ。17時、某所で某氏と正月番組の打ち合わせ。事情があって名前も場所も書けない。今まではPDのみが打ち合わせに行っていたのだが、作家も連れて来るように言われたとのことで赴く。興味深い話が4時間近くにも及び、さらに近所の焼肉屋に場所を移して2時間。中座できる雰囲気ではなく、お陰で会議を1つ、飛ばしてしまう。申し訳ない。でも、さすがにあの場から帰ることはできなかったんです。
24時帰還。
  
Dec.3(Sat.)
■今日という日。
一週間ほど前から、今日は休めるのではないかという気がしていた。定例はない。急ぎの書き物もない。よし、休もう!そう誓って、申し訳ないが、打ち合わせのオファーもすべて断った。
早起きをして台本を片付け、午前中から家を出る。家人たちを従えて、向かうは東京ディズニーリゾート。
しかし、週末のディズニーランドを甘く見ていた。東京駅に着いた時点で「場内混雑のため当日券の販売は中止。販売再開は16時」というアナウンス。がっかり。仕方なく目的地をディズニーシーに変更。
入場できたものの、ディズニーシーも混んでいることには変わりない。人気のアトラクションはどれも90分から120分待ち。どうしたものかと悩んでいて、ふと、気づいた。大人に人気のアトラクションがすなわち家人(小)の喜ぶアトラクションではない!ということで、初めてディズニーシーに来た家人(小)6歳が楽しめるアトラクションを中心に回ることに。
ちなみに参加したアトクラションを列記すれば、「アクアトピア」「シンドバッド・セブンヴォヤッジ」「キャラバンカルーセル」「フランダーのフライングフィッシュコースター」「マーメイドラグーンシアター」「ワールプール」・・・どれも大人同士で行けば、優先順位は低いものばかり。お陰でどれも待ち時間は30分以内と短くて済んだ。
最後はメディテレーニアンハーバーを舞台にした火と水のスペクタクル「ブラヴィシーモ!」を見て満足。これは、素直に楽しかった。ただ一つ文句を言えば、終演後、余韻を味わう間もなく、オフィシャルスポンサーのdocomoの名前がアナウンスされるのが興ざめ。高い金を払っているか宣伝したいのがわかるが、もう1拍、間があってもいいのではないか。
21時半には経堂に帰還。夕食難民と化した後、ミクシィの経堂コミュニティで評判のイタリアンに落ち着く。美味。
22時半帰還。
 
Dec.2(Fri.)
■今日という日。半年前に試供品を置いていったダスキンが、回収&契約を勧めに来る。なんで半年も音沙汰なしだったのか尋ねると、「何度かお電話したり、直接、来たりしたんですが、ずっとお留守だったもので」。嘘である。おそらく年末になりノルマが達していなかったため、思い出したに違いない。もちろん、契約はせず、お引取り願う。13時から汐留で会議が2つ。17時、赤坂で会議。19時、六本木で打ち合わせ。21時、赤坂で打ち合わせ。23時半帰還。
  
Dec.1(Thu.)
■「カレシの元カノの元カレを知っていますか」
エイズ予防財団の車内吊りのコピーである。
最初、これを読んだ時、とても上手いコピーだと思った。
しかし、車内でこの広告を見た若い女性のひと言で、それがあくまで作り手のアングルの感想であると思い知らされた。
彼女は鼻で笑うように言った。
「知るわけないじゃん」

■今日という日。会議が軒並み中止となり、夕方まで在宅。途中、経堂で美味いと評判の寿司屋でランチ。確かに美味いが、僕にはちょっと上品すぎた。16時半、赤坂で会議。例の宙ぶらりな立場の番組。耐え切れず、放送作家になって初めて会議室から逃亡する。ヒューザーのような番組作り。21時から虎ノ門で会議。26時半帰還。