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Jan.31(Sat.) |
■今日という日。
朝10時から、全日空ホテルのラウンジで朝食を摂りながら打ち合わせ。と書くとなにやらカッコいい感じだが、実際は「絶対に遅刻しない」と豪語していたチーフPは、打ち合わせ開始時間に電話で起こされ、もう一人のPは腹痛、女性脚本家はアイスコーヒーのグラスに手帳を立てかけてグラスを倒し、向いに座っていたPの服やら資料やらをアイスコーヒーまみれにしながらも自分は無傷、そして僕はといえば眠くて頭がまったく動かずと、やはり慣れない時間の打ち合わせはよくない。ちなみにこの打ち合わせ、春からの新番組。まだぼんやりしているが、このまま進めば、かなり妙な番組になりそうである。
12時から築地でPV。爆笑問題出演の「ロード・オブ・ザ・リング〜王の帰還」の宣伝特番。通常のPVと違い、配給会社の方が立ち会う。仕事柄、チェックする場所が違っていて面白い。
16時から渋谷・NHKで浜田さんの特番『夢見るタマゴ』の収録立会い。この特番も4回目。今回の出演者は全員女性。廊下を歩いていたら「今日はよろしくお願いします」と声をかけられた。見ると、司会の久保淳子アナ。過去3回、収録前の打ち合わせでちょっと顔を合わせただけの構成作家の顔まで覚えているとは、驚いた。
19時から渋谷で打ち合わせ。「お厚いのがお好き?」 そろそろ店じまいのこの番組(最初からそういう予定)、おそらく担当回はこれで最後。ということで思い切り趣味に走り【虚人たち/筒井康隆】を取り上げることに。資料を読む手間は少ないが、好きな作家だけに別の苦労をしそうである。
21時から事務所で作家会議。終わりで元ウチの事務所にいた奴が働く麻布十番の鉄板焼き屋へみんなで押しかける。『かねいし』という店。閉店まで居座り、大いに飲み食いする。そろそろお勘定という段になって、大きな巨人・伊藤滋之が言った。
「男全員でじゃんけんして、負けた奴がここの勘定は一人で払うことにしよう」
また出た。以前、この提案にのって、じゃんけんに負け、餃子屋なのに4万円も払わされた(その時も大勢だった)。どうして毎回、同じような提案をするのか。巨人の国の慣わしなのか。もちろん、酔った勢いで全員がじゃんけんに参加。じゃん・けん・ぽん。よかった、今日は1回目で勝ち抜く。ここで勘定額が発表される。僕の時の餃子屋の2倍以上の金額。これだけに人数で飲み食いすれば、それもあたり前。
「これを払えば、新しい伝説になるぞ」
とすでに勝ち抜けた伊藤さん。勝負の結果は・・・負けたのは、作家というよりも音声さんといった風体の松本。一生懸命、笑って余裕を見せようとしているが、その顔は明らかに引きつっている。目も虚ろである。カードが使えないということで、みんなから金を借りて、松本が勘定を払った。ごちそうさま、松本。28時帰還。
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Jan.30(Fri.) |
■ある制作会社のスタッフAさんから、夕方、電話がかかってくると、受話器越しに「ジャリジャリ」という妙な音が聞こえてくる。音の正体はヒゲが擦れる音である。ヒゲが濃いAさん、夕方になるとヒゲが伸び、それが受話口に擦れてしまうのだ。そんなAさんのアダ名はもちろん「砂鉄」である。
■今日という日。早起きしてナレ書きを片付け、13時から麹町で会議。15時から赤坂で打ち合わせ。16時半から乃木坂で打ち合わせ。18時半、赤坂で会議。20時、渋谷で会議。怒涛の会議日。すべてが終わったのが23時半。さあ、夕飯でも食おうかと思っていると、知り合いの役者から電話が。「みんなで飲んでます」 丁度いい。どうせいつもの面子で飲んでるのだろうと思って行ったら驚いた。元アイドル系俳優(名前は知っていた)や最近写真集を出したという巨乳女優(名前は知らなかった)などいきなり華やかな感じの宴。しかも、酔った元アイドル系俳優の口から飛び出すのは「おっぱいパブに行った話」「横浜・黄金町に行った話」など「風俗刑事」を地で行くような話の連続。そんなキャラだったのか。27時半帰還。
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Jan.29(Thu.) |
■ある会議で、板書していたADが「駆ける」という字が分からなかった。
そこでみんなが、「ウマにクだ」だと教えると、真顔で「馬肉」と書いた。
ここまでくると笑えない。逆に怖いだけである。
■今日という日。12時から麹町で会議4連発。16時から麻布十番でテレビ以外の会議。共通の言語を持たない会議なので、難しい。ちょっと得意な分野なので夢中になって喋った後で、暴走気味?と反省。19時から赤坂でPV。あまりの質の低さに言葉を失う。技術ではなく意識の問題。最近、そういうことが多い。わずかな時間の隙をついて、本日の一食目を食べる。ベトナム料理のフォー。腹にもたれないので、気に入っており、赤坂に行くとよく食べる。20時半から赤坂で会議。その後、渋谷で行われていた某番組の親睦会に合流。普段、話す機会の少ない皆さんと色々話す。まだまだ話したりなくもあったが、明日が早いので途中で失礼。25時半帰還。
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Jan.28(Wed.) |
■今日という日。気がつけば台本仕事が溜まってしまった。しかもどれも急を要する物ばかり。15時から赤坂で打ち合わせ。春に向けての迷走。17時から溜池で会議。18時半から恵比寿で会議。不景気ならではの迷走。夜、経堂でライターの須田さんと久々に飲む。広島焼きの店。須田さんが立ち上げるちょっと不思議なコンテンツに参加させてもらうことになる。面白い仕事になりそうだ。あと一年半前に撮影した自主DVDもそろそろ編集が佳境。途中段階のVTRを貰う。2軒目は「リューゲ」 さらに話はディープに。人間関係は難しい。25時半帰還。
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Jan.27(Tue.) |
■『人体の不思議展』リベンジ。さすがに平日の夕方だけあって、当日券は5分も並ばずに買えた。しかし、それで安心するのは甘かった。場内はひどく混雑。混雑の原因は入場者の多さもさることながら、その展示方法にある。ガラスケースに入った標本が、会場内にまるで島のように点在している。会場整理係がアナウンスする。
「順路はありませんので、空いている所からご覧下さい」
お陰で人の流れは無秩序だ。だから余計に混乱する。壁際に並んだ標本の前には列ができているのだが、自由に見ていいと言われているため、途中から入り込む者も多く、列はまったく進まない。真面目に並んでいる者が馬鹿を見る。随所で、そんな混乱が起きている。どうしてこんな効率の悪い展示方法にしたのか。
展示物に関する感想は省略するが、興味深かったのは、展示物の内容によって客の興味の差が著しいことだ。人気があったのが、「表面・断面などの各種全身標本」「胎児の標本」など。逆に人気がなかったのが「心臓」「肝臓」などの臓器の単体。しかし同じ肝臓でも肝硬変のように病に冒された標本は人気が高い。
そして誰もがつい見てしまうのが、全身標本についている男性器だ。さすがにじっと見る者はほとんどいないが、多くの者がチラチラとその部分に目をやる。もちろん、僕はじっくりと見た。陰茎の左右に精巣がだらんと2つ垂れているのが気にかかる。つまりあれが睾丸、金玉か。睾丸というと陰嚢の中に独立してあるように思いがちだが、実は輸精管という細い管で膀胱付近に繋がっている。よく考えればあたり前のことなのだが、目の当たりにすると驚きがある。と、このように男性器をじっくり見る客はほとんどおらず、生殖器のみの標本もあったのだが、こちらも人だかりは少ない。
標本を見る客たちの反応で興味深かったのは「あ、睫毛がある」という言葉だった。この言葉は何回も耳にした。あ、睫毛がある。確かに頭部の標本を見ると、髪やその他の体毛は剃られているにも関わらず、睫毛だけ残っていることが多い。標本はどれもグロテスクではあるが、その色合いからどれもよく出来た模型のようであり、それがかつて生きていた人間という感じはない。そんな標本たちのかつての「生」を唯一思い起こさせるのが、実は残された睫毛なのではないか。だから、みんな呟くのかもしれない。あ、睫毛だ。毛は自分の身体の一部でありながら、切られても痛くない、まるで「生」と「死」の中間にあるような不思議な存在である。そんな毛に「生」の残像を見る。それもまた不思議な話である。あ、睫毛だ。
■今日という日。10時半から溜池でPV。13時から赤坂で会議。さらに打ち合わせが1つ。特番の企画をDと練る。着地してくれるとよいのだが。時間が空いたので、有楽町まで出て『人体の不思議展』を見る。見終えて、駅へ向かおうとすると、知り合いからメールが入った。見ると、「今、私とすれちがったの、わかりました?」
全然、分かりませんでした。彼氏と一緒におり、僕が気をつかって気付かぬフリをしてくれたと思ったそうだ。考えごとをしながら歩いていると、まわりのことが目に入らない。18時半から麹町で会議。20時半から渋谷で会議。22時半、西麻布の『こんぶや』で親しいDと食事しながら打ち合わせ。メインの話題は企画の相談ごとだったが、その他、色々とグチっぽい話になる。最近、独立して会社を興したDだけに色々大変そうだ。25時帰還。
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Jan.26(Mon.) |
■『ライ麦畑でつかまえて』の「て」はどういう意味合いの「て」なのだろうか。普通、考えるのは「〇〇して、〇〇する」の「て」である(正式にはこういう「て」のことを何と呼ぶのだろうか)。しかし、あえて誤読して「〇〇して(ほしい)」というお願いの「て」として読んでみると。『ライ麦畑でつかまえて』 なんだ、この馴れ馴れしさは。さあ、声に出して読んでみて下さい。「て」の後にハートが付く感じで。『ライ麦畑でつかまえて』 そこからイメージされるのはまったく違う小説である。
■今日という日。休日。かなり前から今日は休日にしようと決めていたのだ。というのも休み明けから突然忙しくなり、日々のバランスが崩れてしまった。それを立て直すためである。幸いレギュラーの会議などはなく、打ち合わせの依頼はすべて断った。そして、昼過ぎから街中をぶらつく。落ち着いて昼食を食べ、買い物をし、お茶を飲み、本を読む。調整されていく。夕方、どうしても今日やっておかねばならない打ち合わせを1つ渋谷で。夜、三茶で知人たちと飯。22時半帰還。
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Jan.25(Sun.) |
■今日という日。夕方から東京国際ファーラムへ『人体の不思議展』を見に行く。
1時間半待ちでした。行列はガラス棟内の通路に並ばされている。通路は直線で、しかも緩やかに傾斜しているため、列が延々と続いている様がよく分かる。まるで何かのパフォーマンスのワンシーンのようですらある。わざわざ有楽町まで出たものの、この行列に並ぶ気力なし。
とりあえず手近なカフェに入ると、隣の席のカップルのテーブルの上には『相田みつを美術館』の文字。確かに国際フォーラム内にある美術館ではあるが、そのカップルの風体はどう見て相田みつをといった感じではない。おそらく『人体の不思議展』を見に来て挫折し、相田みつをに走ったに違いない。転びみつをである。にんげんだもの。
このまま帰るのも悔しいので、一緒にいた友人と、『丸ビル』に行き、35階のしゃぶしゃぶ屋に行く。夜景がきれいな店だが、腹の減っている我々に夜景など必要ない。地下35階でもいいくらいだ。
21時半帰還。夜は長い。仕事の資料として『映像の世紀』のVTRを見る。
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Jan.24(Sat.) |
■今日という日。午前中に家を出て、遠路はるばる大宮の一歩手前の与野まで行く。
大学時代の友人の家に招かれたので。僕以外は全員が夫婦しかも子連れで参加、託児所状態になるから覚悟して来て下さいと言われていったのだが、いざ到着してみると、旦那は仕事、子供は風邪で来られなくなってしまった者も多く、結局、友人2人とその一方の子供2人、それに加えて招いてくれた友人とそのご主人、そして子供の2人、計9人となった。
よくスタッフロールで僕の名前を発見してくれるという友人の旦那さんに注がれるまま、昼間からビールにワイン。昼の酒はよく回る。
卒業後、しばし音信普通だったが、ここ数年で交流が再開した友人たち。その分、十数年前の学生時代の感覚がいまだに鮮度を保っており、一人前のお母さんとなったその姿を見ていると不思議でならない。
それにしても子供が4人もいると落ち着いて話すのは至難の技だ。こうなったら一緒に遊んだ方がいい。ということで、4人の子供に混じって遊ぶ。自分で言うのもなんだが、小さな子供にウケはいい。例えば2つに割れて中が空洞になっているおにぎりのオモチャがあったのだが、子供がよそを向いた隙に、その中に小さなトラックを入れて、子供に渡し、自分で割らせる。「あ〜トラック〜!」「当店の名物のトラックおにぎりです」これで爆笑である。チャラいもんだぜ、子供なんて。トランプもやったのだが、カードを切る時にわざと下手に切ってバラバラと落とす。これでまた子供は爆笑だ。ただこの場合は笑わせているというより笑われているのだが。しかし、最大の武器は何も見ずにドキンちゃんが描けることである。これをやると必ずウケるのだが、残念ながらドキンちゃんとアンパンマンしか描けない。「メロンパンダちゃん描いて」と言われても無理なのだ。
夜、新宿で日頃は舞台などの脚本を書いている知人と会う。相談があるということで会ったのだ。舞台の仕事では食えないので、放送の仕事もやって行きたいという相談だったのだが・・・正直、今の僕には彼を気に入りそうなスタッフを数人紹介してあげることしかできない。彼が思っている以上に、現実は厳しい。もちろん、優秀な脚本を書く方だけに何とかしてあげたいのだが・・・。そんなもどかしさから話すうちに次第に苛立ちが募り、相手はまだまだ話したさそうだったが、「とりあえず行きましょうか」と席を立ってしまった。
22時半帰還。憂鬱。
そういえば、今日から【ガニメデの優しい巨人/J.P.ホーガン】を読み始める。「星を継ぐもの」の続編。
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Jan.23(Fri.) |
■大量の肉を持って歩いてくる男がいた。焼き鳥屋の主人と思しきその男は、鶏の肉や内臓をそれぞれ小分けにし、さらにそれを大きな袋にまとめて入れて持ち歩いている。その袋が中も外もすべて透明なのだ。だから肉も内臓も丸見えである。そんな袋を携えた男が正面から勢いよく歩いてきたのだった。
■今日という日。13時から麹町で会議。その後、事務所でひたすら資料用のVTRを見る。18時から赤坂で会議。終わって、すぐさま帰還。身体が重い。風邪の予兆である。台本書きをしようにも、集中力の欠片もない。諦めて早々眠る。
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Jan.22(Thu.) |
■「最近、名前が変わったんで」
ある現場で、昔からよく知る女性マネージャーから名刺を貰った。確かに苗字が変わっている。結婚したのだろうか。そう尋ねると、
「いえ、その逆。離婚したんです」
知らなかった。結婚していたのか。僕が知っている苗字は、旦那の苗字だったのか。結婚後に今の仕事を始めたので、そうなったのだそうである。彼女が結婚していたということは近しい人しか知らないだろう。ということは、色々な現場で彼女は、僕がしたと同じような誤解をされ、その度に「離婚したんです」と弁明しなければいけないのだ。
面倒な話である。
■今日という日。11時から17時まで麹町で会議が3つ。夜、砧スタジオで収録立会い。たまたま2つの担当番組が隣のスタジオで収録していたので、行ったり来たりする。そのうちの1つ「DX」の新年会が収録後のスタジオであった。ダウンタウンのお二人も出席する賑やかな新年会だが、今回は恒例の抽選会で面白いことがあった。参加者は番号札を持ち、司会が箱の中から番号を引いて当選者が決まるシステムなのだが、今回、最後の賞品が当たったのが、スタジオ内の喫茶店のマスターだった。お世話になっている方ではあるが、何となく彼で最後というのはおさまりが悪い。そこでたまたまマスターはスタジオにいなかったのをいいことに、ADが呼びに行っている隙に浜田さんが言った。「これを賞品にしろや」 司会者に差し出したのは缶ジュース。そこで慌てて他の賞品の熨斗を強引に缶ジュースに貼り付けたところで、タイミングよくマスターが到着。事情を知らないマスターは、缶ジュース片手に恐縮しながら「ありがとうございます」と挨拶。知らぬは本人ばかり。これを見て会場にいた100人以上の参加者は全員爆笑。楽しい新年会だった。何も当たらなかったけど。新年会終わりで、スタッフと打ち合わせをして、大急ぎで帰還。ナレ書き。
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Jan.21(Wed.) |
■「この前ね、彼の脛毛よく見たら、枝毛になってんの」
渋谷で信号待ちしていた時、隣にいた女の子が言っていた言葉。
そうか、脛毛も枝毛になるんだ。
■今日という日。明け方、帰還するとメールで宿題の連絡が多数。仕方なく3時間睡眠の後、一つずつ宿題を片付け始める。しかし、途中で時間切れ。13時から麹町で会議。会議の合間はひたすら「星を継ぐ者」を読み継ぐ。16時から溜池で会議。その後、フロアを変わって、明日の「DX」の作業。20時から渋谷で会議。しかし、向かう途中、演出と連絡が取れないため本日の会議は中止と電話が入る。何とも宙ブラリな気分になり、先に来ていた脚本家の細川君やDと飲みに行く。フリーのD、予定していた仕事がなくなり、お陰で金もなくなったということで、ポケットにあるのは部屋中から集めた10円玉が200枚。それが全財産だとか。おまけに血液は献血を断られるほどドロドロだ。大丈夫か、上田君。明日、家にある何かを売りに行くという上田君に愛の手を!22時半帰還。朝、やり残した台本の続き。
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Jan.20(Tue.) |
■今日という日。10時半から溜池で会議。14時から赤坂で会議。むしょうにSFが読みたくなり【星を継ぐもの/J.P.ホーガン】を購入。赤坂見附のファーストキッチンで読み耽る。17時から麹町で会議。19時半から渋谷で打ち合わせ。【undercooled/坂本龍一】購入。表題曲、テロやアメリカの姿勢に対するかなりメッセージ性の強い歌詞であるが、韓国語で歌われているのは何故か。21時半から赤坂で会議。これが泥沼。6時間コース。28時半帰還。
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Jan.19(Mon.) |
■今日という日。日中は台本書き。15時から渋谷で会議。一時帰還して台本書き。20時半から、六本木・ロアビルの中華料理屋で月例の社長と作家の食事会。今回は、そろそろ新聞・週刊誌にも登場し始めた「報道ステーション」に関して、「事実」を教えてもらう。それにしてもこの中華料理屋、大丈夫か。かなり広い店なのだが、20時半に到着した時には、誰も客がおらず、我々が帰るまで誰も客が来ない。ここまで客が来ないと不安になる。二次会は作家だけで、樋口さんの別宅「カッシータ」。親しい作家仲間ならではのシビアな話。樋口さんの「最近、テクニックだけで仕事をしている」という話に共感。テクニックの呪縛から逃げ出すためには、新しい出会いしかないと思う。それがテレビの中にあるのか、それ以外の場所にあるのかは分からない。だが、今年は色々な表現のいい作品に積極的に触れていこうと思う。27時半帰還。
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Jan.18(Sun.) |
■今日も読売新聞朝刊の話題。一面にクウェート国内の米軍施設「キャンプ・バージニア」に到着した自衛隊員の写真が掲載されている。迷彩服の自衛隊員2人が、簡易ベッドを組み立てている写真である。隊員の向こうには、その姿を撮る複数のカメラマンの姿が写りこんでいる。冷静に考えると、これは妙な光景である。いくら先遣隊の最初の仕事とはいえ、たかがベッドを組み立てるだけの作業を大勢のカメラマンが取り囲んで撮影するなんて。きっとこの後も何かといえばカメラマンは隊員たちにカメラを向けたことだろう。毛布を畳む隊員。棚を組み立てる隊員。カレーを食べる隊員。その度にフラッシュが光る。隊員たちの表情はとても居心地悪そうだ。そして後から見れば、学生の頃の夏合宿の写真のように、なんでこんな物を撮ったのだろうと不思議に思う写真が山のようにあるに違いない。
■今日という日。昼過ぎから重い腰をあげて台本書き。本日はウィリアム・ジェイムズである。さほど難解でないにも関わらず、思うように書き進まず苦戦。早めの夜から三茶で知人と飯。軽く飲んで22時帰還。本当はそんな悠長なことをしている暇はないのだが、先週の過密スケジュールの余波で気力が低下している。休息も大事である。
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Jan.17(Sat.) |
■今日の読売新聞朝刊の一面に、陸自先遣隊員が防衛庁内の広場を行進する写真が載っていた。注目は行進の先頭を歩く隊員の顔だ。迷彩服とベレー帽姿で敬礼するその隊員の鼻の下にヒゲが生えている。イスラム社会では成人男性はヒゲを生やす習慣があるらしい。派遣先のイラクの人々に少しでも親近感を抱いてもらうために、ヒゲを生やしたのか。それとも単なる個人的なファッションか。もしそうならば、何故、あの隊員に先頭を歩かせたのか。隊長なのか。あのヒゲの隊員の詳しい情報を知りたいものである。
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今日という日。10時半から赤坂でPV。やや見切り発車の収録だっただけに、編集段階で修正しないといけないことが多い。お陰で4時間コース。15時から同じく赤坂で打ち合わせ。予定が狂った。慌てて帰還。今日明日中に片付けないといけない台本が多数あるのだ。しかし、いざ机に向かってもやる気ゼロ。どうにかある台本を書き始めていると、その番組のスタッフから2つ書かねばならないといけない台本のうちの1つは書かなくてもいいという電話。よかった、そっちを後回しにしていて。負担が減ったと思った途端、現金なもので、あっという間に台本が書きあがる。続いての台本に取り掛かったところで、近所に住む知人から夕食の誘い。時計を見ればいつの間か21時。仕事すべきか、飯を食いに行くべきか。【東山織田】に行く。寒い夜は日本酒が美味しい。軽く飲んで23時半帰還。
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Jan.16(Fri.) |
■今日という日。昨夜遅くから時間が二転三転したタレント取材の都合でやむなく会議を1つ欠席。しかも、今日になって再度時間が変更になってそのタレント取材にも行けなくなる。なんじゃそりゃ。空いた時間で書き物仕事。ロケ台本を書き、某芸人さん用の漫談脚本を書き、携帯サイト用のコラムを書く。すべて締め切りを過ぎている。どうにか全部書き終えて送信。15時から渋谷で会議。18時から赤坂で会議が2連発。死んだ子の歳を数えるような会議であり、同時にいつまでも引き取りのない毛並みの悪い子犬のような気分になる会議であった。会議終わりで作家仲間の村上さんと夕飯がてら麻布十番の焼き鳥屋へ。このところ最後の仕事が一緒になることが多く、やけに村上さんと飲んでいる。そしてやけにテレビの話をしている。ようやく自分が放送作家になった気分である。27時帰還。
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Jan.15(Thu.) |
■今日という日。多忙。11時から麹町で会議。13時から同じく麹町で会議。今年で10周年を迎えるという某特番に途中参加。初めての会議ということもあって、本日は自分のポジション探りに終始。17時から築地で会議。19時半から赤坂で打ち合わせ。20時半から同じく赤坂で会議。リニューアル収録後、初めての会議だけに予想外に長引く。
真夜中、麻布十番で親しいP・Dと新年会。毎年、忘年会をするのが恒例だったのだが、昨年末はスケジュールが合わず新年会となった。今年はフグ。Pが1匹買いしようと言い出し、盥に入れられて運ばれてきたフグは、ふてぶてしいまでに太っており、激安フグ店の店頭で泳いでいるフグとはまったく別物。この太り具合が天然物の証。刺身は薄造りではなく、ブツ切りで。大皿に乗ったブツ切りの身に薬味をかけて、豪快にかき混ぜて食べる。「こういう食べ方は一般的なのか」と尋ねると、店主曰く「昔、大阪のヤクザの親分に教えてもらいました」。ちなみに通常の薄造りにすると、14、5人前は取れる量だとか。自分の皿に取るのももどかしく、貪り食う。特にPは一気に2つ3つと口に放り込む。金と力はあるが育ちの悪さは隠せない。趣味はパンスト破りだし。フグちりの切り身にもたっぷり身が残っていて、骨をしゃぶって食べるような貧乏臭さがない。ごちそうさまでした。
春以降のテレビ事情について色々聞くが、半分以上忘れてしまった。26時半帰還。
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Jan.14(Wed.) |
■年末から今までになかった重い腰の痛みが続き、最近は右足の裏側が突っ張ると同時に、時折、電気が走るような痛みを感じるので、ひょっとしてこれはヘルニアの初期症状かと思い、朝の9時から、JR東京総合病院の整形外科に行った。わざわざ代々木の病院まで行ったのは、最近仕事で読んだ「患者が選ぶ病院ランキング」のベスト10に整形外科がランクインしていたからである。
病院に着いたのは9時半。しかし、もう待合室は座る場所がないほど混雑している。整形外科ということで圧倒的に年寄りが多い。退院後の経過を診てもらいに来る患者が多いのも整形外科の特徴のようだ。病室仲間と出会うことも多いらしく、そこここで「どうですか、足の具合は」「〇〇さんは、また腰が」「今日でリハビリ、卒業しました」といった会話が繰り広げられている。また杖をついている・びっこをひいているなど見た目の病状が重篤な者ほど、態度が大きい。お陰で僕のように単に腰が痛いだけで、歩行の困難を要さない36歳は肩身が狭い。
2時間待たされて、ようやく診察。触診を中心に、診察時間はわずか3分。腰部と背骨のレントゲンを撮る。レントゲンを終えて、再び待つこと20分。診断の結果は・・・
「単なる腰痛ですね」
ほっ。ヘルニアでもなければ、骨の異常でもなかった。
「痛みがひいたら、少し腹筋を鍛えてください」
最後に医者から僕でも言えるようなアドバイスをされた。それでも一応。薬が出るという。腰の痛みの薬?湿布薬か?
とりあえず会計をしに行くと90人待ち。待つこと30分。だが、一つだけよかったことをいえば、待っている間に、薬は出ていた。袋の中に入っていた薬は、湿布薬と飲み薬が2種類。「ロキソニン」と「セルベックス」 ロキソニンとは風邪の時によく出される炎症を抑える鎮痛解熱剤。おそらく我が家のどこかにも、前回、風邪で病院に行った時に貰ったロキソニンが残っているはずである。ちなみにセルベックスは胃薬。どこにも異常がないのが確認できただけで十分ではないかと思うものの、結局、こんなつまらない薬をもらうために3時間も費やしたのかと思わなくもない。患者とはかくも勝手なものである。
■今日という日。午前中は上記のごとく。13時から麹町で会議。16時から溜池で会議。18時から恵比寿で会議。その後、某番組の新年会。同じく恵比寿のベトナム料理店。ついつい飲みすぎる。24時帰還。
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Jan.13(Tue.) |
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今日という日。朝9時から渋谷で打ち合わせ。「お厚いのがお好き?」の次回分の本の内容を先生に解説してもらう。まだ頭が起きていないせいか、予想外に時間がかかり、終わったのは12時過ぎ。お陰で会議1つ行けず。14時から同じく渋谷で会議。夏の特番。まだ顔あわせ程度である。16時半から同じ局内で打ち合わせ。18時半、麹町で会議。20時から下北沢で打ち合わせ。22時から赤坂で会議。あまりにお粗末な内容に、腹立たしい思いをする。一緒に参加していた作家のMさんも思いは同様だったらしく、別方向に住んでいるにも関わらず、車で送ってくれる。車中で不満をぶちまけて、鬱憤を晴らすためである。26時半帰還。
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Jan.12(Mon.) |
■今日という日。本日も昼過ぎから台本書き。ある芸人さんから頼まれている漫談用のネタ台本。途中、調べ物をしながら書くので遅々として進まず。中断してスタジオ台本を一つ書いて送信。再びネタ台本。息抜きに【石神伝説/とり・みき】再読。奈良に行った後、「大和の章」を読むと面白さが倍増。連載されていた雑誌が休刊になり、3巻でストップしているが、早く続きを発表してもらいたいマンガである。19時から赤坂で打ち合わせ。20時から同じく赤坂で某番組のP・Dとともに飯を食いながら打ち合わせ。今後の方針の話。帰り道が一緒のご近所に住むDと中目黒で軽く飲むが、ここはほぼ雑談。25時帰還。
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Jan.11(Sun.) |
■今日という日。昼過ぎから台本書き。打ち合わせをしたのが、12月半ば。その時は内容が見えた気がしたのだが、いざ書き出すと遅々として進まず。こういう物は時間をおいたらダメなようだ。とりあえず区切りのよい所まで書いて、三茶まで買出し。今夜は我が家に友人が来て鍋を食うことになっている。水炊き用の食材を買って帰還。下ごしらえした後、台本書きの続き。夜、友人たちが来て鍋。夜更けまであれこれ話す。
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Jan.10(Sat.) |
■「ニッポンの少数民族」の中で、周囲の女性から最も反響があったのが、僕が「女の人を見るとヒゲが生えているかどうかチェックする」という箇所だった。ある女性と話していて「そんなに気になるのか」と尋ねられたので、「もし、自分の彼女にヒゲが生えていたら、俺が抜いてやりたいぐらいだ」と答えると、「例え彼氏にでもそんなことされるのは絶対に嫌だ」と呆れられた。ヒゲぐらいいいじゃないかと思っていると、
「でも、私、彼に腋毛なら抜いてもらったことある」
どういうことだ?ヒゲはダメなのに、腋毛ならばいいのか。腋毛の方が恥ずかしい感じじゃないか。
「だって抜きたいって言うだもん」
どうやら彼氏が「抜かせてくれ」と頼んだらしい。
「男の人って、腋毛抜く習慣がないから、抜きたいもんなんでしょ」
もんなんでしょと同意を求められても困る。僕は彼女の腋毛を抜きたくなんかないし、抜いている姿なんて見たくはない。その彼氏は特異な趣味の持ち主に違いない。そう思って、この話を某作家仲間に話すと、
「俺も妻の腋毛、抜いてやるよ」
新たにここに『彼(夫)に腋毛を抜いてもらう族』あるいは『彼女(妻)の腋毛を抜いてやる族』が発見されたのである。
■今日という日。焼肉の翌朝は胃が重たい。13時から渋谷で会議。総合演出、会議開始時刻に目覚めたとかで、結局、会議が始まったのが14時半。1時間で終わって、時間が空いたので、表参道までゆるゆると散歩がてら歩く。17時半から、赤坂で収録立会い。某番組のリニューアル1回目なので雰囲気を見に。まあ、初回なのでもたつくのは当然だが、スタジオに漂う妙ななごみ感が気にかかる。そういう番組ではないのだ。そこでDを捕まえ、その点を指摘すると、「大丈夫です。編集でちゃんとしますから」 そうじゃない。確かに編集すればテンポも出、一見スタジオに緊張感があるように見えるかもしれない。だが、いくら編集してもどうにもならない点もある。例えば、出演者の表情。出演者の表情に緊張感がなければ、テンポでごまかしてもニセモノの緊張感しか伝わらない。編集すれば何とかなるという考え方は、スタジオ重視型の番組では禁物。それは演出の放棄でもある。20時から溜池で会議。思ったより早く解放されたので、渋谷の街をうろつく。まだいるな、懐かしの「ヤマンバ」たち。同世代は彼女たちをどう見ているのだろうか。聞きたいものである。久々に知人のやっているBar『ディーマルゴ』で少しだけ飲んで、23時半帰還。
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Jan.9(Fri.) |
■今朝の朝刊に「革マル派出頭続々」という記事があった。指名手配されている過激派・革マル派の非公然活動家が相次いで出頭し、逮捕されているという内容である。何とも妙な出来事であるが、特に妙なのはこの部分。
「6人以外にも数人の同派活動家が警視庁に姿を見せたが、捜査員から指名手配されていないことを聞かされると、そのまま帰っていった」
そんな彼らに対する公安の見解は、
「『自分が指名手配されているかどうか確認しにきた』とみている」
どういうことだ?非公然活動家が警視庁にやって来て尋ねる。
「すいません、革マル派の〇〇ですが、私、指名手配されていますか」
なんてまぬけな質問だ。尋ねられた捜査員も一瞬何を訊かれたか分からないかもしれない。それでも資料を調べて、
「〇〇さんね・・・あ〜指名手配はされてないようですね」
「そうですか。ありがとうございました」
この時の捜査員の心持ちはいかばかりか。指名手配されていないかどうか確認しに来るということは、指名手配されるのではと思うような心当たりがあるのではないか。しかし、指名手配されていない以上、拘束することもできない。
この事件、まだ続報がある気がする。楽しみに待とう。
■今日という日。観光の余波か目覚めが早い。
13時から麹町で会議。
15時半から渋谷で会議。
18時から赤坂で会議。
【書きあぐねている人のための小説入門/保坂和志】購入。小説を書こうと思ったわけではない。ある番組の資料である。
21時半から渋谷の『清香苑』で『ニッポンの少数民族』(君はもう買ったか?本屋に行けばまだ売るほどあるぞ)の内輪打ち上げ。鮫肌さんと林の3人で。打ち上げといいつつも過去のことはどうでもよい。話は次なる本の企画へ。2軒目は下北沢の『トラブルピーチ』。ここで偶然、友人のバカボン鬼塚さんご一行と遭遇。鬼塚さん、しばしこちらのテーブルに来てディープYMOトーク。楽しかった。鮫肌さんは明日朝9時から仕事という林を拉致して夜に闇に消える。27時半帰還。
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Jan.8(Thu.) |
■ポストを見たら水着姿の女性が印刷されたチラシがよく入っていた。よくあるデリヘルのチラシかと思って見たら違った。水着姿の女性は釈由美子。エステの宣伝ハガキだった。知らなかった、釈由美子がエステのイメージガールをやっていたとは。しかし、この水着姿に目が行くのは女性客よりも男じゃないのか。どう見てもそういう写真だ。果たして宣伝効果があるのか。疑問。
■今日という日。13時半から麹町で会議2連チャン。事務所に行って届いていた年賀状の整理をして、17時から渋谷で打ち合わせ。ある特番の相談だったが、ちょっと厳しい意見を述べる。現実を把握しておいてもらわないと、いざ着地したとしても、それから不都合生じる。危機管理はしておきたい。時間が空いたので、一時帰還。年賀状の返事書きなど(ただしメールで失礼)。22時半から赤坂で会議。目指すべき富士山を見えているのに、その前に樹海は立ちはだかっている気分。とにかく木々を払い、道を切り開かなければいけないのだが、ある者は東から向かい、ある者は西から向かう。切り開き方も様々で、ある者は鉈をふるい、ある者は斧を振り回し、ある者は除草剤を撒く。富士山への道を近くて遠い。見えているのが富士山だけにもどかしい。あれが高尾山ならば、こうももどかしくないのだが。会議終わりで作家の村上さんに誘われて、寿司を食う。本年のテレビ話初め。「馬が稼いでくれた金が残っているから」と言われ、ご馳走になってしまう。ごちそうさまでした、馬。26時帰還。それにしても寒い。
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Jan.7(Wed.) |
■ある知人は若かりし頃、ロスアンゼルスに長期滞在するためにアパートを借りた。さすがに1階というのは物騒だと思い、2階の部屋を借りた。荷物を片付け、ようやくひと息ついて、窓を開けた時、驚いた。曇りガラスで気づかなかったのだが、丁度、目の高さに路面があった。ロスは傾斜の街である。そのため、玄関側から見ると2階に当たるその部屋は、逆から見ると半地下だったのである。その時、頭上から英語のわめき声が聞こえた。見上げると、黒人の中年女性が立小便をしていたそうである。以来、その窓が開くことは二度となかった。
■今日という日。予定より早めの新幹線で帰京。帰還後、届いていたメールの整理に追われる。それにしても足腰が痛い。ここ数日、かなり歩き回ったので腰と足の張り方が尋常ではない。渋谷のマッサージに行き、入念に揉み解してもらう。かなりよくなる。18時から麹町で打ち合わせ。本年の仕事初めである。帰り道、『群像』の最新号を買う。宮沢章夫さんの短編小説が載っているため。以前、「文学界」を買う放送作家は僕ぐらいしかいないだろうと書いたが、「群像」を買う放送作家もやはりいないだろう。おそらく「新潮」を買う者もいないだろうし、ましてや「海燕」なんて僕でも買わないと思ったが、よくよく考えたらすでに「海燕」は廃刊になっていた。夜、近所の知人と台湾料理を食う。23時帰還。
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Jan.6(Tue.) 【奈良観光第3日目】 |
■本日が最終日。一度ぐらいホテル内で食事をしようと思い、奈良にふさわしく「茶がゆ」を食べる。
■9時半にチェックアウト。近鉄奈良駅に荷物を預け、電車で尼ケ辻へ。ここからゆるゆる歩いて西ノ京へと向かう。途中、『垂仁天皇陵』がある。周囲に濠が巡らされた、巨大な前方後円墳である。実は僕は古墳好きなのだ。古墳なんて物は近くで見れば、単なる小山に過ぎないが、それでも何かいい。その上に大きな樹木が生えているのを見れば、それだけ歳月が過ぎていることを感じる。それにしてもそろそろ宮内庁管轄の古墳の学術的調査をしてみたらどうなんだ。問題もあるのだろうが、それ以上に発見があると思うのだが。
■続いて『唐招提寺』。教科書などでおなじみの金堂は現在、解体修理中のため見ることができない。門をくぐると、目の前には巨大な銀色の建物がそびえ立っている。この中で修理を行っているらしい。その様子を見ることができる。なんと今、中には何もない。解体された木材が、分類され並べられているだけである。木造建築の解体修理は大きな金堂も古民家も変わりない。そんな様子が見られただけでも貴重。
■さらに『唐招提寺』内の「新宝蔵」へ。ここには破損した仏像などが納められている。今回は特別に解体時に取り外された金堂の軒下隅に飾られていたという四体の鬼の像を見ることができた。鬼とはいうものの、正座して膝に手をついているその姿は非常に愛らしい。四体のうち三体は奈良時代に、残る一体は江戸時代に作られたものだが、奈良時代の物が圧倒的に可愛い。携帯ストラップにして売ってみたらどうだ、唐招提寺。
■続いて『薬師寺』へ。前回、奈良に来た時、丁度、西塔を再建した直後であり、非常に派手で違和感があったか、今回もその派手さに変わりなかった。20年やそこらでは古びるものではない。
■奈良駅に戻り、今度はJRで『法隆寺』へ。こんな寂れた駅だったか。『法隆寺』は「金堂」にしても「五重塔」にしても「夢殿」にしても、保存のためか、内部に照明が焚かれていない。そのため非常に見づらい。ただよく観察していると、地元のボランティアらしい案内人を連れ立っている観光客もおり、彼らに案内してもらえば、要所要所、懐中電灯で照らして見せてくれる。一人旅ならば難しいかもしれないが、数人のグループならば、彼らに頼むとよいかもしれない。ただ、どこでどう頼めばよいのか分からない。
■『法隆寺』で、今回の観光で初めて団体客とぶつかった。特に隣の『中宮寺』では学生の団体とぶつかり、彼らが出てくるまで本堂に入れない。混雑時はどうなっているのだろうか。しかし、『法隆寺』の「百済観音」といい、『中宮寺』の「弥勒菩薩」といい、斑鳩の仏像は美形が多い。特に「弥勒菩薩」は頬に指先をあて考えているその姿が有名だが、あれは「56億7000万年後に人々をどうやって救ったらいいだろう」と考えているのだそうだ。そんな考えている暇があったら早く救ってくれという気もするが、菩薩には菩薩の事情があるのだろう。
■以上で駆け足の奈良観光は終了である。「観光」の目的の1つは、自分なりのガイドブックを作ることにある。例えば、次回、奈良に来ることがあったら飛鳥には行くだろうし、秋篠寺も行くだろうが、東大寺はもういいだろう、という風に。もちろん、誰かに「あそこはどうだった?」と尋ねられれば、答えることもできる。
■今日の宿泊は大阪・梅田である。大阪の知人と会う。たまには演劇関係者御用達の店ではなく変わった物を食いたいとリクエスト。『たこ茶屋』というたこ料理の専門店に連れていってもらう。コースで食べたのだが、最初から最後までたこ・タコ・蛸。煮だこ、お造り、揚げだこ、たこしんじょう、卵、白子、たこ墨の入った胡麻豆腐、締めはたこ焼き&たこ茶漬け。
■さらにもう2軒ほどハシゴして、25時半ホテル帰還。
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Jan.5(Mon.) 【奈良観光第2日目】 |
■今日は飛鳥行である。
■9時半にホテルを出て、飛鳥へ。と、その前に、乗換駅の西大寺で下りて、『秋篠寺』へ。地図が今ひとつ分かりづらく、今回の観光で唯一タクシーを使う。
■秋篠寺といえば、伎芸天が有名な寺で、普段ならば観光客で混みあっているのだろうが、さすがに正月開けの平日の午前中は閑散としている。その後も、どこへ行っても同様な状態が続いた。これこそシーズンオフに観光する醍醐味である。
■西大寺から近鉄特急に乗り、飛鳥へ。飛鳥の里には遺跡や遺構の類が点在している。効率よく回るにはタクシーかレンタサイクルがよいのだろうが、あえて歩く。歩きながらあれこれ考え事をするのも年頭の一人観光の目的だからである。
■まずは『高松塚古墳』へ。有名な壁画は石室が封鎖されているため、見ることが出来るのは、隣接した壁画館の精巧なレプリカのみである。壁画もさることながら、興味深かったのは、石室の封鎖の仕方である。石室内の気密性を保つため、幾つも前室が作られている。しかし、そこまでしてなお発掘の影響は大きく、それまで千数百年生えなかったカビが、最近、石室内に発生したそうである。そこで現在の高松塚古墳の現物は、ガイドブックの写真のような竹に覆われた小山ではなく、銀色の防水布に覆われている。何かの秘密基地のようである。
■飛鳥には様々な石造物がある。続いてはその1つ『亀石』を見に行く。冬枯れの畑を縫って、目的地へと向かう。それにしても天気がいい。マフラーをしていると汗ばむほどの陽気である。そして道中、誰とすれ違うこともない。『亀石』は、畑の中を通る小道沿いにあった。『亀石』その物の造形は写真で何度も見ていたが、どういうシチュエーションにあるかまでは、ガイドブックには出てこない。そんな風にガイドブックや旅番組から取りこぼされる情報を得るのも「観光」の目的である。ちなみに『亀石』の隣には、たまたまそこにあった民家がやっているような売店があり、100メートルほど離れた所には、「亀石焼き」という安易なお菓子を売る屋台があった。
■さらに歩いて今度は『石舞台古墳』へ。遺跡施設内に入るのには入場料が必要だが、石舞台の外形だけならば、道路からも見ることができる。それでもあえて金を払って中に入るのは、あの石舞台の中を見ることができるからである。中から見上げると、使われている石の大きさが分かると同時に、今、大地震が起きてこの石が落ちてきたら・・・という恐怖に襲われる。まあ、千数百年、大丈夫だったわけではあるが。
■この時点で13時過ぎ。かなり腹も減ったが、落ち着いて食事をしている時間が惜しい。日が傾き始めると急に気温が下がるし、山の端沿いを歩くので、日が翳るのが早い。歩いて食べられるようにと古代米のおにぎりを買い、次なる目的地へと歩き出す。しかし、このおにぎりが失敗だった。柔らかいので箸でないと食べられない。仕方なく、どこか食べられる場所を見つけるまで持って行くことにする。古代米というのは香り米なのだろうか。ビニール袋の中のおにぎりが、不思議な香りが漂ってくる。
■続いて到着したのは、『酒船石』。子供の頃、「三つ目が通る」でその存在を知って以来、ある種の憧れを感じていた石造物ではあるが、実際の『酒船石』はごく普通の住宅地を抜けた先にある。その手前には巨大な天理教の寺があり、行く時間によっては遺跡を見ている間ずっと読経を聞かされることになるに違いない。『酒船石』自体は、住宅地の奥の小山の上にあった。遺跡を見ながら、おにぎりを食べる。
■『酒船石』のすぐ下には『酒船石遺跡』がある。ここには数年前に発見されて話題になった『亀形石造形物』がある。祭祀空間の跡ではないかといわれる遺跡である。ここも有料なのだが、『酒船石』からの近道を歩いてくると、遺跡の全景が見えてしまう。『亀形石造物』もよく見える。よほどの遺跡マニアでない限り、ここからの眺めで十分なのではないか。
■さらに飛鳥観光は続く。続いては日本最古の大仏がある『飛鳥寺』へ。最古の寺でもあるらしいが、現在の本堂は江戸時代に再建された物。遠目に見ても非常にチープな感じである。本尊の『飛鳥大仏』を見ていると、職員の方が丁寧に説明してくれる。
「右から見ると厳しいお顔、左から見ると優しいお顔をされています」
比べてみたが、よく分からなかった。
「どうぞご自由にお写真を撮って下さい」
写真を禁じる寺が多い中、薦める寺は珍しい。
今でこそ大仏本体しか残っていないが、完成当時は両脇に二体の仏像を従え、光背もあったらしい。発掘された光背の一部が展示されていた。わずか2センチ程度の黒い破片。よくこれで光背と、しかもその場所まで特定できたものである。
■この時点で、朝から12、3キロ歩いている。しかもアップダウンの激しい道。さすがに疲労が足にくる。そろそろ日も翳ってきたので、駅まで戻ろうとしたが、途中で思い直して『甘樫丘』の展望台へ行く。行って正解だった。ここからは飛鳥の里と『大和三山』が一望できる。1日歩き回って思ったのは、遺跡もさることながら、飛鳥のよさはその風景ではないか。寺や遺跡は一度来れば十分だが、風景は違う。春、夏、秋、一度ずつ来てみたいと思う。出来ることならば今日のように人がいない時がいい。そして夏は今日ほど歩くことはできない。脱水症状で死んでしまう。
■18時過ぎにホテルに戻り、筋肉痛にならないようにと祈りながら足腰を伸ばして、夕食へ。特にあてはないが、『奈良町』界隈にいい店が多いと聞き、足を向ける。しかし、この奈良町、いざ行ってみると非常に道が入り組んでおり、間口の狭い店が多いので、どこに入っていいのか見当がつかない。と、商店街で古本屋を発見。いつもの癖で入ってしまう。棚を眺めるうちに、胸が苦しくなってきた。なんて素晴らしい品揃えの店なんだ!ざっと見ただけでも欲しい本が十数冊ある。だが、そんなに買うことはできない。悩みに悩んで買ったのは以下の3冊。
【霊長類、南へ/筒井康隆】(もちろん既読。ただ単行本をコレクションとして)
【見知らぬ明日/小松左京】(文庫で既読。ただし単行本を見るのは初めて)
【日本を沈めた男 小松左京対談集】(この本の存在自体知らなかった)
これが僕への奈良土産である。
■結局、夕食は目についた炭火焼きの店に。ちょっと高めだったが、今日1日食べた物といえば古代米のおにぎりと、途中の駅で食べたイカ焼きが1枚。これぐらいの贅沢はいいだろう。店の名前は失念。
■ホテルに戻り、風呂に入った後、昨夜、行けなかった、ホテル内のBarへ行く。一応、ホテル内の施設もよく見ておかないと。
■24時就寝。
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Jan.4(Sun.) 【奈良観光第1日目】 |
■品川を10時少し前に出る「のぞみ」に乗り、京都経由で奈良へ。13時過ぎには奈良に到着してしまう。
■奈良に来るのは小学生以来。約24年ぶりの奈良である。
■ホテルに荷物を預けて、早速、東大寺へ。
■知人から「東大寺の参道で八嶋智人の母親が店を出しているので探してみなさい」と言われたので、一応探したが、見つけられなかった。
■それにしても大仏殿はでかい。大きいというだけで人は感動する。中門を抜けて、大仏殿を目の当たりにした時、誰もが感嘆の声をあげる。だが、その直後、おもむろに携帯を出して写真を撮るというのはどうだ?大仏殿のでかさと携帯で写真を撮るせせこましさが不釣合いだし、そもそも本人が映り込まない大仏殿だけの写真なら、わざわざ撮る必要などない。絵葉書で十分だし、日本史の教科書にも載っている。
■続いて三月堂(法華堂)へ。本尊の不空絹索観音立像(ケンという字、本当は「四」カンムリの下に「絹」)宝冠の見事さが有名で、普段は暗くてよく見えないが、たまたま係員が懐中電灯で照らして案内する現場に居合わせ、遠目ながら、ちゃんと見ることができた。しかし、説明の中で「この宝冠は世界三大宝冠の1つです」と言っていたのはいかがなものか。ちなみに残りの2つはツタンカーメンとルイ14世だか15世だか。世界三大美女に小野小町が入っているのと同じくらい手前味噌な「三大」である。
■お隣の二月堂では、昨年、身辺でよろしくないことが続いたので、珍しく護摩祈祷をしてもらうべく、護摩木に願いごとを書く。厄除祈願。そう記した護摩木を入れようと箱の中を見ると、こんな注意書きが。
「箱の中や回りに塩をまかないで下さい」
清めの塩か。播く奴がいるのである。
■ 鐘楼もまた、そこに据えられた梵鐘は大仏開眼の際に鳴らされたという物で、東大寺の見ものの一つである。しかし、鐘楼の中、つまり梵鐘の真下に売店があるのには驚いた。どの角度から鐘楼を眺めても、鐘の下にはディスプレイされた商品が目に入る。よくあんな場所での商売を許可したものである。
■時間に余裕があったので、奈良公園内にある奈良国立博物館へ。『七支刀と石上神宮の神宝』展をやっていたからである。古代を舞台にした伝奇物にはよく出てくる石上の七支刀。一度、実物を見てみたかったのだ。江戸時代までは実際に神事に使われていたそうである。
■17時、ホテルに戻る。奈良ホテル。皇室も利用するという奈良の老舗ホテルである。ただし、僕が泊まったのは新館。値段に割りには、非常に快適。
■夕飯は「暇だから」とわざわざ奈良まで出向いてくれた関西の友人とともに。ホテル近くの『菊水楼』で懐石料理。
■それにしても奈良の夜は暗い。特にホテルがあるのが奈良公園の外れというせいもあって、辺りは真っ暗で、人通りもほとんどない。夜道を歩いていると、目の前に大きな影が飛び出してきた。鹿である。鹿がゴミ箱を漁っている。公園の鹿は夜、塒に帰るのではなかったのか。野良鹿である。
21時ホテル帰還。気がつくと眠っていた。
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Jan.3(Sat.) |
■今日という日。実家にいるとひたすらマンガ三昧となる。この正月は弟が読んでいた【花の慶次/原哲夫】全18巻を読む。午後はこれまた恒例の散歩。とても正月とは思えない気温。マフラーをして歩くと暑いほど。散歩コースの途中の雑木林の中になぜかベンチがある。そこでひと休みしながら読書。本年最初の1冊は【旅のラゴス/筒井康隆】 もちろん再読である。夕食を食べてから、下馬へ帰還。明日からの観光の準備をしなければいけない。
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Jan.2(Fri.) |
■今日という日。昼過ぎから食料買出し。夜、高校時代の友人が我が家に集って恒例の新年会。今年の目立った話題は「友人Fが昨年夏にパプア・ニューギニアに登山に行ったこと」「高校時代親しかった同級生が未だに医師免許の国家試験に受からず浪人中であること」 今年の新年会はみんなが酒と珍味を持ち寄るという趣向。建設会社に勤めるYはイナゴの佃煮を持参。またSE兼ホラー小説家のTはカスピ海ヨーグルトと「棟上式・〇〇工務店」とわざわざ書かせた熨斗をつけた日本酒を持ってきた。二次会はカラオケ。珍しく歌う。
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Jan.1(Thu.) |
■謹賀新年。本年もご愛読よろしくお願いします。
■今日という日。朝から実家に戻る。午後、家族ぐるみの知人の元へ新年の挨拶。夜、実家に知人が来て、新年会。ひたすら食べ飲む元日。しかもその合間に昼寝。確実に太る生活である。
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