Nov.30(Sun.)
■大変なことになった。
明日、正月番組のロケハンに同行することになっていた。当初の予定は月曜・京都、火曜・金沢の予定で、僕は火曜の昼過ぎには東京に戻っていないといけないので、京都のみ同行し、月曜夜には金沢に向かうスタッフと別れ、一人、大阪に宿泊するつもりだった。大阪に用事があったのだ。今回のロケハン同行は、その用事と抱き合わせで行くことが僕の中の前提だった。
それが昨日の電話で予定が変わった。
「先方の都合で月曜が金沢になりました」
まず羽田から飛行機で金沢入りし、翌日、京都に移動することになったのだという。しかし、諸般の事情で大阪の用事はもはや動かせない。スタッフもその辺の事情は理解していてくれて、
「19時30分の特急に乗れば22時半には大阪に着きます」
とわざわざ僕の電車をとってくれていた。
金沢経由で大阪入り。何とも遠回りな話だが、これもまた貴重な体験と承諾。
ところが今朝、また予定が変わった。
「始発ののぞみでまず京都に行くことになりました」
元に戻ったわけではない。朝、京都をロケハンし、昼には金沢に移動するというのである。しかし、僕は明日の夜には大阪にいなくてはいけない。
結局、京都〜金沢〜大阪という何とも無意味な大移動を敢行することになってしまった。よほど大阪の用事を外そうと思ったのだが、ちょっと無理して時間を空けてもらった手前、今さらキャンセルことも出来ない。果たしてこの大移動に身体が耐えられるのか。と言いつつも、普通じゃありえないこの事態を、実は結構楽しんでいるのだ。

■今日という日。雨。目覚めると昼。ゆるゆると長めのラジオドラマの台本書き。大ファンの某タレントに出演してもらうホンだけに熱が入る。書き上げて、三茶で串揚げを食う。素早く帰還して、今度は再現VTR台本。これでどうにか旅立てる。明日は5時には家を出る。寒くなければよいのだが。
 
Nov.29(Sat.)
■今日という日。医者から貰った風邪薬はよく効くが、同時にものすごく眠くなる。お陰で寝たり起きたりするうちに夕方。予定の半分しか台本仕事が終わらず。18時から初台で打ち合わせ。藪の中。21時から市ヶ谷の事務所で久々の作家会議。白熱した議論。終わりでいつものごとく作家数人で市ヶ谷の居酒屋に。酒が入るに連れ、再び議論白熱。そういえば大学生の頃もこんな感じだった。話題の内容が変わっただけ。あれから十数年。きっとこの先もこんな風に行くのだろう。28時帰還。
 
Nov.28(Fri.)
■今日という日。起きると喉が腫れている。やばい。このままだと熱が出ることは必至。慌てて病院へ。最近、風邪の予感がするとすぐ病院に行くことにしている。病院の薬は市販薬よりよく効くし、安い。高い保険料を払っているのだ。活用しない手はない。だが、いつも混んでいるので時間に余裕がないと行けない。
会議が1つなくなったので、夕方までおとなしく台本書き。途中、薬のせいで睡魔に襲われ、1時間の仮眠を挟みつつ。
18時から赤坂で会議。藪の中。
その後、時間が空いたので渋谷に出て久々に指圧。肩こりは首から、腰は足から来ているという。首はともかく、足が疲れる理由が分からない。
今日は思わぬところで作家に出会う日だった。まず旭屋書店で関西の大御所作家・かわら長介さんに声をかけられる。続いてHMVでDVDを探していたら中野さんと遭遇。しかも2人とも同じDVDを探していた。【ワンダとダイヤと優しい奴ら】
22時から「トーキングブルース16th」の打ち上げ。渋谷のエスニック料理屋。今年は何故か某制作会社の社長が司会。楽しく飲み食いをし、26時散会。二次会があったようだが、体調のことを考え、こっそり帰る。
 
Nov.27(Thu.)
■ある会議で「白飯を食うのに一番安上がりなおかずは何か?」という話になった。結論は「自分の身体」 汗ばんだ自分の身体を舐めながら白飯を食う。もちろん、実際にやった奴がいるわけではない。あくまで想像の話だ。さらに話は膨らむ。貧しい夫婦。あるのは白飯だけ。そこで2人、軽い運動をして汗をかきお互いの身体を舐めながら、その塩味をおかずに白飯を食う・・・とここまで書いて気づいた。これ、どう見てもAVの企画ですね。

■今日という日。8時半に家を出て、池尻大橋駅前のクロワッサン屋でカフェラテ飲みながらネタ出し。家にいるとダラダラしてしまうので、時々、こうして自分を追い込まないと苦手な宿題はなかなか出来ない。11時から麹町で会議が2連発。終わって渋谷へ移動。この辺りから喉が重くなる。風邪の予感。慌てて風邪薬とユンケルをガブ飲み。17時から渋谷で会議。諸般の事情でまだADがいず、会議室にホワイトボードもないので、何となく調子が出ない。予想外に長引き、開演してしばらくたってからPARCO劇場へ到着。楽屋・ロビーなどのモニターで「トーキング」を見る。劇場の空気が悪いせいか、本格的に体調が悪くなり、終演後の「アフタートーキング」に参加するつもりだったが、断念。おとなしく帰る。身体が温まるようリゾットを作って食べて、薬漬けになって眠る。
                  
Nov.26(Wed.)
■今日という日。11時から渋谷で恒例の哲学のお勉強。今回はドゥルーズ=ガタリ。80年代初頭に流行った「パラノ」「スキゾ」という言葉の意味をようやく理解できた。
13時から麹町で会議。会議終わりで先輩作家のMさんと定食屋に入ったら、肉体労働者盛り。それでも無理して食べたら、結局、夜中まで腹具合が悪くなってしまった。16時から溜池で会議。同世代のスタッフが多いこの会議。よく共通体験で盛り上がる。今日は「人生ゲーム」の話。「貧乏農場」なんて名前、よくCMで連呼できたものである。その後、同じビルの階を移して、明日収録の「DXDX」のメモ作り&年末特番の打ち合わせ。
22時半から同じく溜池で会議。会議中、「最高にゼイタクして一食あたり幾らまで出せるか」という話に。一番年長の作家のTさんは20万円。作家のNさんは10万円。ちなみに僕は8万円。まあ、あくまで空想の話なので、いざ8万と言われたら出す勇気はないと思う。その後、「彼女にあげたプレゼントで一番高い物は?」という話に。一番はPの50万円。鞄か時計だそうです。ちなみに僕は・・・以下略。
会議終わりで、最年少の務めとして演出と個別で台本打ち。そのご褒美か新たな苦行かは現時点では不明だが、来週、京都のロケハンに同行することが決定。グルメ特番なので、美味い物が試食できるのではと、やや期待。27時帰還。
 
Nov.25(Tue.)
■次の4つのうち仲間はずれはどれ?
@だいこん Aにんじん Bごぼう Cはくさい
出典は某知能テストだが、私立小学校の入試などでも出ていそうな問題である。
正解はCの「はくさい」
@〜Bまでは根菜で、Cだけ葉菜である、というのが正解の理由だが・・・。
果たしてそうか?
Bの「ごぼう」が仲間はずれ。1つだけひらがな3文字だから。
これじゃいけないのか?
あるいはCの「はくさい」にしても、仲間はずれの理由が「1つだけ濁点がつかないから」ではいけないのか?
考えればもっと他の仲間はずれも見つかるかもしれない。
誤解ないように言っておくが、別にこの問題に難癖をつけているわけではない。でも、こんな風に色々な仲間はずれを見つけることができる、そんな柔軟な脳みそでいたいと思うだけである。

■ほぼ毎日のように本屋を覗くが、数冊まとめて買うのは週に1回程度。
今日は【号泣する準備はできていた/江国香織】(いいタイトルだ)【ピナ・バウシュ中毒/楠田枝里子】(この間の公演の時もロビーで見かけた)【小説新潮12月号】(高橋洋二さんのエッセイに名前を出してもらったので記念に)を購入した。
そして、店を出ようとした時、新刊の棚に見慣れた表紙が平積みになっているのに気づいた。
【ニッポンの少数民族/鮫肌文殊・山名宏和/宝島社】
である。たびたび出てきた企画本とはこの本のこと。あれ、27日発売と聞いていたのに、もう出てたんだ・・・。でも驚いたのはそのことではない。
【まだ俺のとこに本が届いてないぞ!!!!】
原稿が書きあがるまでは毎日のように連絡が来たのに、本が出来てしまえばこの扱い。これが出版界か。嗚呼!藪下さん・藤野さん、これを読んだら至急本を送って下さい。

■今日という日。激しい雨。でも緩やかな1日なのでそれもよし。午前中にロケ台本を1つ書き、午後にイベント台本を1つ書く。その間、昼飯代わりにケーキを食べながらマルクス兄弟の【ご冗談でショ】のDVDを見る。何度見てもラストのアメフトシーンの出鱈目さがたまらない。17時からお台場で会議。お台場は暴風雨。とても傘などさしてはおれず、びしょ濡れになる。そのせいか会議中から悪寒がし、慌てて風邪薬を買って飲む。22時から赤坂で会議。勢いで決まったように見えるが実は細部が決まっていない危険な状態。珍しく自分から個別打ちを申し出てみる。25時半帰還。
 
Nov.24(Mon.)
■今日という日。初冬。早起きして予定外のナレ書きをして送信。午後に一つ打ち合わせがあったが、先方の都合で延期。休日となる。企画本の宣伝用雑誌原稿を書いて送信。400文字ならひと息で書けるようになりました。まあ、400字じゃ小学生の作文並みだが。夜、本多劇場で【ハルディンホテル/ナイロン100℃】を観劇。感想は略。いつもなら芝居の後は出演者たちと飲みに行くのが常だが、今回は土日月と地獄の連続6ステージ後で、親しい役者がギブアップしたため、終演後は即座に劇場を出る。ということで一人の夕食。芝居の最中からどういう訳か中華が食べたくなり、何度か行ったことのある中華料理屋に行くと、知らぬうちにつぶれてカフェになっていた。仕方なく、通りがかりの中華料理屋へ。時間が遅いせいか客は僕とカップル1組しかおらず、しかもそのカップルの男がずっと翌檜の木の名前の由来について話しているのが気になって仕方ない。でも、注文した麻婆豆腐は、山椒がビリビリと効いた四川風なので満足。調子に乗って紹興酒も飲む。23時半帰還。
 
Nov.23(Sun.)
■確かに今まで出なかったのが不思議なフリッパーズ・ギターのトリビュートアルバム【フレンズ・アゲイン】を購入。聞きごたえのあるアレンジもあるが、大半はちょっとどうかと思う仕上がり。そもそも個性派とは名ばかりの、まだ一本立ちしていないアーティストたちによるカバーではこの程度が限界か。やっぱりトリビュート物は実力派がやらないと面白くない。 ■今日という日。ほぼ休日。午後、麹町へ【まさかのミステリー】の収録を覗きに行く。夜は渋谷で知人と会う。三連休の中日ということで渋谷は混雑。お目当てに焼肉屋に行くも行列が出来ており、仕方なく駅前のしょぼい店で焼肉。21時帰還。
 
Nov.22(Sat.)
■今日行った居酒屋のメニューを見た時、妙な違和感があった。よく見ると・・・「〇〇円」という所が【〇〇縁】と書かれている。気が利いているつもりか。あるいは熱心な仏教徒なのかもしれない。

■今日という日。15時から表参道で会議。担当Dとともに作った長い台本のチェックを受ける会議。ほぼそのままでOK。よかった。後はロケに出るだけ。これで年末年始の面倒な台本はとりあえず終わった。そして12月半ば、今度はナレ書き地獄が待っている。それまでのしばしの平穏。夜、PARCO劇場の「トーキングブルース」の初日へ行く。感想は略。ただ今年はいつもとやや趣きが違うので、観客の反応が気になるところだったが、開演5分でその不安も消えた。インタビューなどでも答えていたが、来春からの状況を考えると、このスタイルでの「トーキング」はおそらく今年で最後だろう。もちろん、止める気はないと古舘さんは明言しているが、同時に形は変わるだろうとも言っている。楽屋に行くと、1回目からのポスターが貼られているのだが、僕が事務所に入ったのが4回目。そして今年が16回目。ああ、随分時間が経ったんだなあと、「トーキング」を通して自分のことを思う。そう、あれから随分時間が経った。終演後は初日乾杯も兼ねて、みんなで近所の和食屋へ。例年のごとくアフター「トーキング」が炸裂。特に・・・あ、これはネタばれになるので書けない。中座して、恵比寿へ。「松玄」でDと合流して打ち合わせ。スケジュールがここしか合わなかったのだ。25時帰還。
 
Nov.21(Fri.)
■遅まきながら【別冊宝島・音楽誌が書かないJポップ批評・YMOアーリー80‘s大全】を読んでいる。このムックに収録されている「403ヴァージョン/ミックス完全解説」は読みやすく非常に便利。色々なアルバムに収録された各曲の全貌がひと目で分かる。では、YMOの曲の中で、「ACROBAT」のような明らかな繋ぎの曲・「THE CORE OF EDEN」のようにライブのみで演奏された曲(この曲自体は高橋ユキヒロのソロ・アルバム「音楽殺人」に所収)・再生後のアルバム「テクノドン」の曲以外で、もっともヴィリエーションの少ない曲は?
正解は【ラップ現象】 細野晴臣が書いたこの曲、初出の「BGM」に収録された以外、ライブ版、リミックス版などは一切無い。意外だった。実はこの曲、中期のYMOの曲でお気に入りの曲の1つ。なんでベストアルバムに収録されないのかと思っていたのだが、こうして俯瞰で見ると、随分と隅に追いやられた曲だったようだ。どうしてだろう。いい曲なのに。

■今日という日。13時から麹町で会議。さらに15時から同じく麹町で打ち合わせ。16時半から渋谷で打ち合わせ。またもやお厚い資料を渡される。19時からPARCO劇場で【トーキングブルース16th・恋してみました】のゲネプロに。今回はいつもと制作形態が違うため、作家の一人ではあるものの、完成形は初見。感想は略。いつもとはちょっと趣きの違ったステージに客はどんな反応を示すだろうか。22時半から、虎ノ門で会議。粛々。終わりで鮫肌さんと渋谷で飲む。2人とも「王様の耳はロバの耳」状態だったので、道中のタクシーの中から白熱トーク。26時半帰還。
 
Nov.20(Thu.)
■昨日の引き続き「悪食大全」からの引用。サバトに招かれた魔女たちにふるまわれた料理である。材料は「蟇蛙」「蛇」「バラバラにした子供」・・・ここまではいい。どれも魔女の食事には相応しい感じじゃないか。だが、これはどうだ?
【教会の鐘の削りかす】
かつお節感覚か。

■今日という日。何か急に松屋で飯が食いたくなり、昼食は松屋。この度、松屋・仙台店がオープン。東北で初めての松屋だそうである。そうか。なかったのか。14時半から麹町で会議。16時からお台場で会議。特番のキャスティング会議。この時期、キャスティング会議が続くが非常に苦手。大体、どこでも出る名前は決まってくるし。1回きりの特番だから斬新なキャスティングがなかなか出来ない。19時半、赤坂でちょっと打ち合わせ。その後、赤坂で別番組の会議。会議終了後、解禁日ということで、ボジョレーヌーボが振舞われる。紙コップだけど。そういう習慣のある班だったのか。今日はよく働いたので、帰りに渋谷の「ディーマルゴ」に寄る。ここでも解禁日ということで、ボジョレーが振舞われる。27時帰還。
 
Nov.19(Wed.)
■数日前から【悪食大全】という分厚い本を読んでいる。悪食といっても、ゲテ物食いの話ではなく、古今の桁外れな美食家たちのエピソードを集めた本。だから登場する料理も、どんな物なのか分かるぬ物も含めて、基本的には美味そうな物ばかりだが、時折、ちょっとどうかと思うメニューが登場する。
例えば、ローマ皇帝・ヘリオガバルスのこのメニュー。
彼が好んだのは「鶏冠のパテ」「孔雀の舌」「雉の脳味噌」とここまではまだいい。どれもややグロテスクな感じがするが、恐らく味よりも一羽から少ししか取れない希少性を重視したのだろう。だが、これはどうだ?
【蚕豆には琥珀を、米には彩りも鮮やかな宝石の類を混ぜて料理させた】
よく腹を壊さなかったものである。

■今日という日。昨夜は飲みすぎた。朝、ヘロヘロのままナレ書きして送信。二度寝。13時から麹町で会議。16時から溜池で会議。18時から恵比寿で会議。時間が空いたので、次の会議場所である溜池の制作会社のデスクを借りて台本書き。22時半より本日最後の会議。途中、奥さん、メールってホント怖いのねえという事件が起きるが、武士の情けで詳細は秘す。耐えられるかなあ、俺。会議、意外と長引き終了は26時。26時半帰還。
 
Nov.18(Tue.)
■駅貼りの東洋大学のポスターにはムーミンとスナフキン、そしてミーが描かれている。おいおいおい、これは誰に向けた広告なんだ?東洋大学はこのポスターを見て「わ〜い、ムーミンムーミン」という大学生を求めているのか。まあ、それでもいいんだろう。だって商売だから。

■昼時のオフィス街を歩くと、ランチ競争が目を引く。飲食店の前に並ぶランチメニューの中で、つい立ち止まってしまったのがこのメニュー。
【20品目定食】
食生活が乱れていると思っている人の心に刺さるネーミングである。よく見ればショボいおかずばかりの定食なのだが、20品目の名前に惹かれて、ついつい頼んでしまった。しかし、おかずの中に「ネギタコ納豆」と呼ぶような小鉢があり、納豆がダメな身には、残念ながら17品目定食であったが。

■今日という日。12時から新宿でインフルエンザの予防接種。今年は社長の大号令の下、事務所の人間はタダで注射が受けられることになったのだ。よくよく振り返れば、毎年2月に高熱を出すのは恐らくインフルエンザ。これ幸いと初めて予防接種をすることに。痛い痛い。14時からお台場で打ち合わせ。何度も打ち合わせているが、相変わらず着地点が見えない。かなり発想を変えないとダメなのだろうが、その糸口が見つからない。17時から表参道で打ち合わせ。こちらは順調。時間が空いたので、三茶でご近所さんと夕飯。せっかくなのでゆっくり飲みたかったが、21時過ぎから会議がある。後ろ髪を引かれながらも、大人なのでちゃんと麹町へ。え〜会議は明日でした。しまった。時間変更のメールが来ていたのだが、まさか曜日まで変わっていたとは。しばし呆然。とたまたま前々から飲みましょうと約束してはお互いの急用で何度もその約束をバラしていたDと遭遇。これも何かの縁。飲みに行く。約1年ぶりのお互いの近況報告。27時帰還。
 
Nov.17(Mon.)
■渋谷のラーメン屋の店頭に【肉弾麺】なるメニューが。ネーミングの意図は分かる。伝えたいニュアンスも、そして恐らくウケたかったというその気持ちも。だが、この名前はどうだ?少なくとも声に出して注文したいラーメンではない。

■今日という日。11時からNHKで打ち合わせ。予定より早めに終わって、局内を歩いていると、偶然、親しい役者に会う。普段は月に一度ぐらい顔を会わせる人だが、最近、お互い忙しく、3ヶ月ぶりの再会。しばし近所でお茶を飲みながら、近況報告。短い時間ながら、充実したひと時。13時半から1月より再開する【宝島の地図】の会議。3ケ月やって3ケ月やるという変則的な番組だが、今や民放BS界では長寿番組。制作陣の入れ替わりは激しく、最初からかかわっているのは演出の片岡Kさんと作家の細川君、そして僕のみ。16時から麹町で軽い打ち合わせ。事務所に移動して、クレオパトラの台本修正。20時から赤坂で会議。泥濘。22時半、同じく赤坂で会議。こちらは意外と気持ちよく色々決まる。25時半終了。激しい空腹。そういえば今日はまだ一食しか食べていない。しかしこの時間だと開いている店は限られる。仕方なく、今夜も三宿の「すし好」 27時帰還。
 
Nov.16(Sun.)
■新宿文化センターで【過去と現在と未来の子どもたちのために/ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団】を見る。感想は略。ユーモラスなシーンがあり、もちろん笑っていいのだが、それほど面白くないシーンでもこれ見よがしに笑う客がいて閉口。あとカーテンコールの長い拍手も、感極まってというよりも、高い金を払ったんだから、少しでも多く出演者を見ていたいという意地汚なさが感じられて仕方ない。ホント、あのダンス公演のしつこい拍手はいつまでたっても違和感がある。一緒に行った知人が、カーテンコールの途中からスタンディングオベーションするのは変だと指摘していたが、言われてみれば確かにその通り。あれは感極まったから立ち上がったのではなく、前の人が立って見えないから立ち上がったに過ぎない。

■今日という日。日曜日だというのに朝10時から表参道で会議。13時半から↑のごとく観劇。睡眠不足が祟り、2部の中ほどで10分ほど爆睡。終演後、一緒に行った知人たちと歌舞伎町の【バンタイ】でタイ料理。18時前から美味い飯を、しかも親しい知人たちと食えるとはなかなか幸せな日曜日である。
 
Nov.15(Sat.)
【ヘル/筒井康隆】を購入。初出の「文学界」で読了済みだったが、1回読んで解るような小説ではない。再読してその悪夢の世界を楽しむ。

■ 今日という日。目が覚めたら昼。重い腰を上げて、クレオパトラの続きを書き継ぐ。20時から溜池で打ち合わせ。新春特番を演出と個別打ち。久々に会う演出氏から、色々な業界情報を聞き驚嘆。23時に終わって、空腹に気づく。そういえば朝からお粥しか食べていない。タイミングよく酒平民・林がつかまり、渋谷で飯&酒。26時帰還。
 
Nov.14(Fri.)
■会議中の板書はADにとって避けることのできない試練の1つである。特にタレント名の板書は難しい。今日の会議でも、キャスティング案として叶姉妹の名が出た。板書していたADはまず、
「かのう」
とひらがなで書いた。まあ、「叶」と漢字で書けないのは、大騒ぎするほどのことではない。だが、その続きを書いた時、全員が彼にツッこんだ。そこにはこう書かれていた。
「姉娘」
【かのう姉娘】って。まず読み方がわからない。姉娘。そもそもどの位置から見た関係なんだ?第三者が見たのであれば、姉娘という関係はイコール母娘であり、普通そう表現する。考えられるのは妹から見たということであるが、その場合も、性格には「姉姪」である。
妹と娘。普通、間違えるか。

■今日という日。朝、目が覚めたのだ、体が持ち上がらない。年に何回かこういう日がある。疲労のサイン。どうにもこうにもならずネタだけ送って会議を1つ休ませてもらう。しかし、他にも今日昼締め切りの台本や構成案などの宿題が多数あるので、いつまでも寝てもいられない。いつもの50%程度の省電モードで仕事。16時から築地で会議。遠路はるばる出かけた割には、内容の薄い打ち合わせで疲労。18時から23時まで赤坂で会議2連発。同じ話を3回転ぐらいしたような感じで、これまた疲労。その後、遅刻して虎ノ門でやっていた会議に合流。これまただらだらと長引いてしまい疲労。帰りに三宿の「すし幸」で鮫肌さんと軽く飲む。色々な人の噂話。へえ〜あの人が・・・。28時帰還。
 
Nov.13(Thu.)
■年末の「行く年来る年」で、いつも数箇所の寺から除夜の鐘の中継をするが、いっそのことは一つの寺でひと撞きずつ、計108ケ所から中継してみるというのはどうだ?NHKならできるはずだ。頑張れ。

■今日という日。11時から15時まで麹町で会議3連発。渋谷の東急東横店デパ地下のお茶漬け屋で昼食。実はお気に入り。16時半から、恵比寿のウェスティンホテルで【浜ちゃんと】のタレント取材。この番組、ネタ出しなどが緩い分、担当回は取材同行が必須。今回は大阪弁の女性タレントS.Sさん。18時半からお台場で会議。正月の特番。本日から会議に参加。21時半、約1時間遅れで赤坂の会議に参加。泥濘。あまりのもどかしさに腸が捩れる。帰還途中、あまりに空腹に耐えかねて、三宿の「すし幸」でひとり寿司。夜中に一人で寿司を食べている女がいて、ついつい目が向いてしまう。27時帰還。
 
Nov.12(Wed.)
■今日という日。書き物仕事が爆裂都市。朝から夕方まで自宅の机に貼りつき、ナレ書きを1つ、スタジオ台本を2つ、やや長めのラジオドラマを1つ、短い企画書を1つ、カントの残りを仕上げて、あと細々したネタの宿題やら携帯サイトの100文字コラムなど書いて送信。お陰で肩と背中が張ってパンパン。会議も1つ行けずじまい。申し訳ない。19時から溜池の制作会社で「DX」の収録準備。時間が空いたので、そのままデスクを借りて、クレオパトラの台本を書き継ぐ。これも資料を読むのが大変な仕事。22時半から、同じく溜池で特番会議。ぬかるみにハマった。26時半終了。急いで帰還して、残っていた本日締め切りの宿題を遅まきながら片付けて送信。完全に電池切れ。
 
Nov.11(Tue.)
■今日という日。企画本、昨日で校了したかと思ったら、また明け方に校正紙が届いていた。嗚呼、本を作るって大変なのね。赤を入れて返送。カント、少しだけ書き進む。もう締め切りは2日も過ぎている。14時半から赤坂で打ち合わせ。雲をつかむような話でした。17時から麹町で会議。ここで再び企画本の編集者から電話。「表紙の色校をお願いしたいんですが」 げ、まだあるのか。バイク便で事務所に届けてもらってチェック。これで本当に校了。ところでこの本、一体いつ出るのだろうか。20時から24時にかけて赤坂で打ち合わせ&会議が3つ。最後はいつも長丁場の「ディスカバ99」の会議だったが、本日は素早く終了。細かい用事が多くて、妙に疲れた1日。雨も降ってたし。渋谷の「ディーマルゴ」に寄って、寝酒代りに軽く飲んで26時帰還。
 
Nov.10(Mon.)
■今日夕食を食べた店でアンケートを頼まれた。値段、接客態度など、よくある項目に混じって、こんな欄が。
【印象に残った店員にメッセージを】
何を書けばいいんだ?「豚トロを運んできてくれた香苗さん。猫っぽくてカワイイ〜!」
とか書けっていうのか。ここは何屋だ?あ、しゃぶしゃぶ屋か。

■今日という日。昨夜の酒がやや残っている。企画本の最後の校正紙が届く。赤を入れて返送。これで校了。後は本が完成するのを待つのみである。13時から、赤坂で打ち合わせ。明日の種播く打ち合わせである。15時から渋谷で会議。まあ、NHKなのだが、別番組で一緒に仕事をしているリサーチャーと偶然廊下で会い、「なんでこんな所にいるんですか!」と驚かれる。それは僕も同じです。急いで帰還。本日夕方が締め切りのネタを送り、続いて長い長いナレ書き。送られてきたメモの内容が納得できず、あれこれ考えながら書くので非常に時間がかかる。夜、近所の【温菜や】と安価なしゃぶしゃぶ屋で肉を食う。
 
Nov.9(Sun.)
■今日という日。クレオパトラの資料を読んでいると、当然、カエサルの名が頻繁に出てくる。そして気がつくとこんな鼻歌を歌っていた。
♪ギルガメッシュ尊敬してた カエサルの英雄譚
おお、【ギルガメッシュ/ヤプーズ】ではないか。ということで、CD蔵の中から【ダイヤルYを廻せ!】を探し出して、久々に聞く。何度聞いてもいい曲だなあ、「ギルガメッシュ」 お気に入り戸川純ベスト3に入る。じゃあ、残る2つは何だ?かつて「冗談画報」のライブで見た「セシルカット」(だったと思うが)もよかったが、あれはどのアルバムに入ってるんだろ?もちろん定番だが「パンク蛹虫の女」も捨てがたい。あ、「大天使のように」も名曲ですね。
ヤプーズを聞きながらカントと格闘。
夜、所用あって実家へ。
さらに夜、「bar−closed」でやっていた【大日本生ゲノム】の謎の飲み会へ。例のごとく色々なクリエイターを紹介され、名刺交換するが、かなり酔っていたので再会しても顔と名前がどこまで一致するのか不明。
 
Nov.8(Sat.)
■今日という日。昼近くまで眠り、睡眠時間は十分なはずだが、週末はどうしても体が重くなる。とりあえず近所のカフェまで昼飯を食いに。オーダーしたのと違った料理が来たが、指摘する気力もなし。帰還して、そろそろカントに取り掛からねばいけないのだが、どうにもこうにも集中できず、贈呈して頂いた【テレビ証券】をパラパラ。「日経エンターティメント」に連載中からよく読んでいたが、こうしてまとめて読むと、資料的価値も高い本であることが分かる。それにしても、よくぞ色々な番組の裏事情を掴んでいるもんだ。自分が担当して番組に関する記述を読むと、そう驚く反面、「そこはちょっと事実と違うんだよなあ」という妙な優越感に浸りながら読んでいる。ちなみに僕が担当していた番組で詳しい記述があったのは「スキヤキロンドンブーツ大作戦」と「ウィーケストリンク」 今から思えばどちらも楽しい仕事だった。18時から表参道で打ち合わせ。打ち合わせるほど不安。手の届かない場所で出された結論とはいえ、本当にそれでいいのか?という思いが残る。夜、渋谷の【エルカステリャーノ】で知人と飯。前々から行きたかったスペイン料理店だが、閉店時間が早いのでなかなか叶わなかった。にんにくのスープが美味。
 
Nov.7(Fri.)
■今日という日。早起きしてネタ出し&台本書き。13時から麹町で会議。時間が空いたので珍しく新宿へ。鮫肌文殊御用達の【中本】で蒙古タンメンを食べる。心地よい辛さ。隣の客が最辛の「北極ラーメン」を食べていたが、鮫肌さんはいつもあれを食べているのか。16時半から赤坂で打ち合わせ。妙な頼まれごとを色々する。18時、同じく赤坂で会議。3時間コース。再び時間が空いたのでスターバックスでカントの資料を読むが、疲労困憊で言葉が頭に入ってこない。22時、溜池で特番会議。この時間、予定が重なってしまい、冒頭の30分だけで抜け出て、23時から赤坂でPV。色々あって目が小さくなる。25時半終了。今日は頑張ったので上馬まで出てうどんを食べた後、久々の「bar−closed」へ。前に作ってくれたライムをすり下ろしたギムレットが美味しかったので、以来、最初の一杯は必ず同じ物なのだが、バーテンダーの渡辺さん、さらに新たな試みを考えているとか。話を聞くと・・・確かにそれは面白そう。来週が飲み頃か。その頃、再び来ることを約束する。27時半帰還。
 
Nov.6(Thu.)
■今朝の読売新聞の地域面の記事には笑った。一番目立つのは、
【飢える子に一皿の給食を】
という見出し。飢餓や貧困に苦しむ子供たちのための給食支援活動を紹介する写真展が開かれるという記事である。そこには給食を待って行列を作るアフリカの子供たちの写真が添えられている。そして、この記事の下にはこんな見出しが。
【おわん50杯 おなかいっぱい・わんこそば東京場所】
こちらにも山積みの器を前に、わんこそばを食べる日本人の写真が添えられている。
昔、スネークマンショーの「楽しいテレビ」の中に、「日本の住宅は狭くて自由に夫婦生活が出来ないと訴えるデモ」のニュースの後、高級住宅のCMが流れるというギャグがあったが、まさにあれを地で行くようなレイアウト。まさかこんな小ネタが仕掛けられているとは。

■今日という日。企画本の作業もいよいよ追い込み。残りの校正を終えて送信。校正紙の方もバイク便でピックアップしてもらう。と思ったら、今度は表紙+帯がFAXされてくる。しかし、それを除けば、本日の仕事は夜から。昼飯を食べに出て、午後は少々面倒な台本書き。時間があるので、ゆっくり書く。余裕で終わって送信。あまりに余裕があるので、突如、洗面台の掃除をしたりする。18時から表参道で打ち合わせ。今日送った台本を詰める作業。20時半、赤坂で会議。なんだ、この浮き足立った感じは?23時半、同じく赤坂で会議。長引く。28時半帰還。

Nov.5(Wed.)
■今朝の新聞で「中国でえい児118人売買」という記事を見つけた。その記事中にこんな一文があった。
【生まれた女児の養育を望まない親から、最低五十元で子供を買い取り】
五十元といえば日本円で約750円。いくら望んでいないとはいえ、そんな安い金額で我が子を売り渡すなんて。しかし、例えそう思ったとしても以前なら「五十元」という金額に、実はリアリティを感じていない。そしてそれは、事件その物へのリアリティへと通じる。何と言うか、事件との距離感は「円」で起きた事件よりも、遥かに遠い。
だが、先週末に上海に行ったことでそれが変わった。「元」が俄かにリアリティを帯び始めた。自分も使った「元」。五十元といえばどれくらいだっただろうか。最後の朝食を食べた、日本のファミレス感覚な店で、お粥と点心を2種類頼めば五十元ぐらいではなかったか。そして今、僕の手元には使い残した五十元札がある。この金で子供を売り渡してしまうのか。
こんな所にも旅の効能は現れる。

■今日という日。朝からひたすら企画本の校正。13時から麹町で会議&打ち合わせが3連チャン。その後、他の会議があったのだが・・・昨夜、緊急事態が発生した。今夜が締め切りの再現VTR台本があったのだが、当初10分程度と言われていたものが、急遽30分に変更になったのである。お陰で用意していた時間だけではとても書きあがらない。そこでやむなく会議を休み、事務所で台本に取り掛かる。今回も資料類が爆発。クレオパトラと格闘。5時間近くかかってようやく書き終え送信。22時半から溜池で会議。26時帰還。FAXで届いていた企画本の後書きなどの校正。
Nov.4(Tue.)
■日本青年館で【ジャンプ〜赤井英和物語〜】という芝居を見る。どうしてこんな芝居を見たかというと、友人の声優・金月真実さんが出ていたので。感想は略。普段は決して見ない種類の芝居なので新鮮。ロビーで元・MOTHERの役者(今回のアクション指導を担当)や、アフロ13の制作さん(演出がアフロ13の人なんだそうだ)など意外に人に声をかけられる。が、向こうにしてみれば、僕がここにいることの方が不思議だったに違いない。

■今日という日。13時から↑のごとく観劇。18時から麹町で会議。旅の疲れかにわかに体調が悪くなる。帰還して、旅行中に届いて企画本のゲラチェック。幾つか本文が短いため、書き足さねばならない項目がある。というのも鮫肌さんが400文字という所を、勝手に440文字と字数を増やしたせいである。お陰でちゃんと400文字で書いていたこちらに皺寄せが来た。黙々と赤を入れ、リライトをする。真夜中までかかってようやく半分。もう体がいうこと利きません。とりあえず今夜は終了。
 
Nov.3(Mon.)  【上海紀行最終日】
<朝食>
■ホテル近くの24時間営業の店へ。日本でいうとファミレスの様なものか。写真入りメニューがあるのもファミレス風。お陰で料理を選ぶは簡単なのだが、注文は料理名がズラリと書かれた用紙にチェックして店員に渡す。これが意外な落とし穴。100種類近く料理の中から、頼みたい料理を探すのにひと苦労。
■ 朝食はお粥と点心を2種類ほど。
■ そういえば、今日はこちらに来て初めての平日。食事へ行く道すがら、大量の自転車を見る。それを見て「ああ、やっぱり中国」と実感。

<帰国>
■ 午後の早い時間の飛行機なので、朝食を終えたらもうホテルを発つ時間。
■ 出国の際、SARSがらみの検疫が面倒だと言われていたのだが・・・いざ、空港に行ってみるとそんな事まるでなし。航空会社のカウンターで尋ねると、今回の上海行で見かけた女のコの中で最も可愛い係員に「もう平気です」と半笑いで言われた。
■ こうして2泊3日の上海行は終了。

<補遺>
■上海は通りにすべて名前がつけられているので、地図さえ持っていれば迷子になることはない。ただ、問題は看板が略字体で書かれていること。ガイドブックは普通の漢字で書かれているので、一瞬、分からないこともしばしば。ガイドブックもせめて地図だけは、略字体での表記を添えてもらいたいものである。
■ホテル・観光地を除けば英語・日本語はほとんど通じない。今回、あまりにも中国語に対する準備をしていなかったのは大きな失敗。
■上海のテレビ制作事情を聞いた。上海には公共放送(「中国電視台」や「上海電視台」)しかないわけだが、そこで放送される番組を作る制作会社は存在する。日本の場合、テレビ局が制作会社に制作費を渡して番組が作られる。しかし、上海では違う。番組の企画が通ったら、その制作会社に番組内に〇分のCMチャンスを許可するのである。そこで流すCMは制作会社が自分でとってこいというシステム。制作会社はその金で制作費を賄うのである。これならばテレビ局の懐は傷まない。だから制作会社は広告代理店的な動きもしなければならないのである。

 
Nov.2(Sun.)  【上海紀行2日目】
<朝食>
■午前中、上海を代表する観光地【豫園】に行く。
■古い中国式庭園の周りに、土産物屋が並ぶ。東京でいえば浅草のような場所。
■まずは朝食。小籠包の有名な【南翔饅頭店】へ。六本木ヒルズにも出店しているこの店、こちらでも人気があり、テイクアウト専門の1階は長蛇の列。店は4階建てであり、階が上がるに連れ、1人当たり使わねばいけない最低金額が変わるというシステム。我々が行った最上階は、1人最低150元。
■色々な具の小籠包を貪り食う。日本で食べる小籠包よりも皮が厚い。中のスープを零さぬよう、先端部分を噛み切って少しスープを啜ってから、一気に食べる。こうすると火傷せずに済む。この時期限定の「カニミソ」「マツタケ」の小籠包が美味。
■肉まん大の包子が1つずつ小さな蒸篭に入った不思議な料理があった。これは中のスープだけを飲む。包子の先端にストローが刺さっており、それで中の熱々のスープを飲むのだ。途中まで吸い上げたスープをストローの上から触っても熱いのが分かる。火傷せぬよう注意しながら、おそるおそる飲む。
■その後、1時間ほど「豫園」の周辺を散策。主に土産物屋巡り。ここで買い物をしなければもうチャンスがないにも関わらず、何故か躊躇してなかなか買い物できず。ようやく買ったのは素焼きの小坊主人形。しばらく水の中に漬けておいた後、熱湯をかけるとおしっこが飛び出すというオモチャ。1個1元。

<上海の恋愛>
■午後から一応仕事。上海のテレビでVJをしたり、雑誌でモデルなどをしている謝さんという方にインタビュー。日本のテレビにも出演したことがあるという彼女。かなり日本語が達者。しかし、最初に教えてもらった相手が関西人らしく、妙な関西弁。ノリもコテコテの関西人。モデルなので見た目は美人なのだが、その外見と言葉のギャップに戸惑う。
■インタビューの内容は番組内でどこを使用するか分からないので割愛。
ただ1つだけ面白かった話を記すと・・・。
上海に来て気づいたのは、街中でカップルがかなり堂々とイチャイチャしていることだった。昼間から街角で抱き合うはキスはするは、東京以上に大胆である。どうして、あんな風に人前でイチャつくのか尋ねると。
「ラブホがないから」
中国ではどこの家でも子供は一人である。結婚するまでに親と同居であること多い。もちろんラブホテルなんて物もない。だから2人でイチャつく所がないので、街中でイチャつくのだという。
「私の友達なんて昼間の人民公園でヤッたよ」
おいおい、どんな奴に日本語を教わったんだ!

<散策・街角素描>
■夕食まで自由時間。どうするか考えて単独行動。地図を頼りに街中をさまようことにした。特に当てもなくさまよう。意外とその方がその街の表情が楽しめる。国内でも外国でも。
■街のあちこちに残る3階建ての長屋。あれは租界時代に、中国人をそこに住まわせるため、イギリスだかフランスだかが作ったものらしい。つまりどれも築60年以上。長屋と長屋の間には洗濯物が万国旗のように吊るされている。通りには椅子を出して座る人がいる。窓が開いた長屋の中を覗くと非常に薄暗い。採光が悪いのだ。だからといって彼らが低所得層というわけでもないそうだ。その証拠に、長屋も含めて上海のテレビ普及率は90%以上。古くから上海に住む人が、あの長屋に暮しているのだという。また最近は若者がひと部屋だけ間借りして暮すというケースも増えているらしい。
■街中を歩いていて気づくのは、飲食店の多さである。様々なランクの飲食店が混在している。中には店の前の路上で練炭を使って調理している店もあった。話のタネに入ってみようかとも思ったが、さすがに勇気が出ない。屋台も多く、それなりに美味しい屋台もあるそうだが、肝炎になる危険があるので止めた方がいいと言われた。
■同種の店が軒を並べているのもこの街の特徴。数軒、またある時は十数軒。ウェディングドレス店が並ぶ。自動車の部品屋が並ぶ。どうしてそんな風にしているのだろうか。

<散策・道路事情>
■上海の街で一番驚くのは、道路の様子である。車は市街でもかなり飛ばす。そして人は信号を守らない。信号がない場所でもどんどん渡る。とりあえず道の真ん中まで渡り、それから反対車線の様子を見て渡るなんてことを平気でする。一方、車も前方で人が横断中だからといって、スピードを落とすことはない。バスでも人のすぐ横を普通に通過して行く。
■信号のある交差点ならとりあえず車は赤信号で停まる。だからといって油断してはいけない。右折左折する車が突っ込んでくる。普通、日本なら歩行者が渡り終えてから車が曲がってくるが、上海では関係ない。横断中でも平気で突っ込んでくる。しかも交差点でスピードを緩めることはない。これが一番危険だと言われた。
■実際、歩行者の事故は多い。特に日本人観光客の事故が多いと言う。
■広い通りに差し掛かると緊張する。中には四車線道路であるにも関わらず、信号がない所もある。お陰で通りを渡る時に小走りになる癖がついてしまった。しかし、地元の人でそんな風に走る人はいない。どんなに交通量の多い道でもゆっくりと歩いて渡る。
■広い道路を渡るコツは、地元のカップルにピッタリとついて行くことだと教えてもらった。確かに慣れた人について歩くのが安全である。

<夕食>
■本日の夕食は【〇(ニンベンに肖)江南】という四川料理の店。
■最近オープンしたというこの店。ガラス張りの店内は、西麻布あたりにあってもおかしくない佇まい。
■四川料理なのでどの料理も辛い辛い。唐辛子の辛さもさることながら、山椒の辛さが強く、それが喉にくる。
■特に美味かったのは「油鍋」とも呼びたい料理。ガラスの鍋に熱々の油が入っており、そこに牛肉と野菜、それから山のように唐辛子を入れる。入れた途端、油が周囲に飛び散る。そして肉と野菜だけをすくって食べるという料理。油で茹でた割りにはあっさりして美味。
■どういうわけか店内のBGMがずっと「ホテルカリフォルニア」 最初は他の曲もかかっていたが、途中から「ホテルカリフォルニア」しかかからなくなった。しかもラストのギターソロまでは行かず、延々、歌部分のみ流れている。店員は不思議に思わないのか?

<最新スポット>
■食事の後、今、上海でイチ押しのスポット【新天地】
■古い建物の外側だけ残し、中を店舗にしている。一番多いのはオープンテラスのカフェ。確かに上海の人にとって最先端のスポットかもしれないが、日本から来た身としては、わざわざこんな所に来なくても・・・という気分にさせられる場所。こんな所に来るよりも、住宅街を歩いている方が刺激的である。

<夜とカラオケ>
■一緒に行ったのが飲料関係を担当する代理店の人間だったので、色々な業態を見たいということで、【復興公園】近くのカラオケボックスに行く。台湾資本というこのカラオケボックス、日本でもなかなかお目にかからないほど巨大な物。日本の曲もかなり充実している。しかし、部屋に入ってしまえば、もはや東京にいるのと同じ。東京にいてもよほどのことがない限りカラオケなんて行かないのに、何故、こんな所まで来てカラオケに行かなくちゃいけないんだと、仕方ないとはいえ非常に空しくなる。

<夜道>
■ホテルまでタクシーで戻ろうという話になったが、大した距離ではないので歩いて帰ることにする。
■これも来てみて意外なことだったのだが、上海はかなり安全な街。日本並みである。夜、一人で外を歩いても大丈夫。街灯が少ないので街は暗く、時々、物乞いに声をかけられるが、それを除けば、何の問題もない。あちらに住むコーディネーターの女性がそう言っていたのだから確かだろう。唯一、物騒な場所といえば、上海駅の北側付近。中国全土から人が集まるため、やや物騒な感じになっているらしい。といっても東京にだって物騒な場所はある。都会に物騒な場所は付き物。上海というと映画や小説の影響で「魔都」というイメージがあったが、今やそんなことはまるでない。
■締めの1杯ということで、ホテルの前のつまらないバーで飲んで帰還。26時。
 
Nov.1(Sat.)  【上海紀行初日】
<出発>
■本日から2泊3日の上海行。もちろん、仕事である。
■わずか3日、しかも現地ではコーディネーターが付くので緊張感はゼロ。家を荷造りする直前まで向こうの気温も知らず。ネットで調べると24℃。東京よりやや暖かい程度。荷造りといっても荷物はいつも仕事の時に持ち歩くリュックのみ。空港へ向かう途中で、とりあえずガイドブックを購入。
■成田〜上海はANAで行く空の旅(ANAのタイアップで行ったので一応書いておきました)所用時間は約3時間。

<到着>
■上海着は現地時間の16時。時差は1時間。
■上海浦東国際空港から市街までは車で1時間弱。そこでまずタクシーに乗らないといけないのだが・・・空港の前にタクシーの姿はない。国際空港なのに・・・。タクシーを捜して5人でうろうろしていると、
「タクシー?」 明らかに白タクの運転手である。しかし、一緒にいた上海には出張で何回も来ているという代理店マンが、大丈夫だと言うので、その男に着いて行く。実は我々にはもう1つ不安があった。空港で両替しようと思ったのが、あまりにも混雑していたので、手持ちの「元」だけでとりあえずホテルまで行き、そこで両替しようと考えていたのだ。そんな方法を白タクが許してくれるのか。連れて行かれたのは、薄暗い立体駐車場。そこにもう1人運転手が待ち構えていて、2台に分乗しろと言う。そして金額の交渉。向こうが提示した金額は「1台400元」 日本円にすると5000円ぐらい。だが、正規の値段なら150元。つまり2倍以上の金額をふっかけられていることになる。ただ入国審査に手間取り、先発隊との合流時間が迫っていた我々としては、どうするか非常に悩むところ。そこで出した結論は・・・。
「やっぱりいいです」 引き止めようとする白タク男たちを振り切り、再び空港へ。
と、その時、運よく空車が来た。急いでそれを捕まえ、乗り込んでいると、またしても空車が。こうしてどうにかこうにか空港を後にしたのだった。
■このタクシーがまたスリリングだった。高速道路とはいえずっと時速120キロで飛ばし続ける。こちらには車間距離という考えがないらしく、平気で無茶な追い抜きをする。窓のすぐ横にバスの車体があってハラハラ。クラクションは鳴らしっぱなし。パッシングもやり放題。しかも車のサスペンションはボロボロで車は激しく揺れる。
■宿泊は【新錦江大酒店】 上海でも高級な部類に入る高層ホテル。僕の部屋は26階。広々としたダブル。部屋の設備も調度品も日本のホテルと変わりない。

<夕食>
■そして、本日のメインイベントの夕食へ。【上海東駿燕窩魚翅海鮮酒家】
■生きた食材が並ぶ中から自分たちで選んで料理してもらうスタイルの店。そのラインナップはさすが中国。魚・エビ・カニに並んでスッポン、カエル。さらにはゲンゴウロウ。面白かったのは貝類。ミル貝(だと思うが)は殻の部分だけで15センチはあり、そこから身が30センチほど伸びている。中国名にも「象」の文字が使われていたが、確かに象の鼻のようである。
さらにマテ貝という細身の貝が十数本束ねられて縦に置かれていたのだが、貝殻からニョキっと伸びたその身の見た目は、どう見てもペニス。肌色したそれが蠢き、ご丁寧にも先からピュッと潮を吹くのだ。当然、注文する。
■大頭魚というのもスゴかった。おそらくソウギョやレンギョといった淡水魚だと思うのだが、その40センチはあろうか大きな頭が血まみれで並べられている。しかもまだエラがひくひく動いているのだ。
■金を基調としたきらびやかな店内にならぶグロテスクな食材。血まみれの魚の頭。そのBGMにはピアノ生演奏で「スケーターズワルツ」。まるで悪夢のワンシーンのようで、とても素敵な光景だった。
■そして食事。何を食べたか忘れるほど色々食べた。エビを2種類食いスッポンを食いフカヒレを食いホタテを食い、先ほどのマテ貝は炒めてなお萎びたペニスのようであり共食い感覚で食い、もちろん今が旬の上海ガニもむさぼり食った。実はカニミソは苦手なのだが、これは別物。濃厚な味に感動。腹がちぎれんばかりに食べ飲んでお勘定は一人あたり5000円弱。
■上海の領収書は面白い。日本のように書き込むのではなく、予め金額が印刷された領収書がある。金額の種類は何種類もあり、ようするに紙幣のような感覚で領収書が渡される。しかもその領収書はスクラッチカードになっており、当たれば最高5000元の賞金が貰えるのだ。

<夜景>
■食事を終えて、【外灘】へ。租界のあった黄浦江沿いのこの辺りには、かつてバンドと呼ばれていた。今でも当時の建物が沢山残っており、夜になるとライトアップされ、夜景の名所となっている。ただ川の向こうには巨大な看板がいくつも光り輝いている。ガイドブックにはそちら側の写真は載っていないので、いざ行ってみたら「なんだよ、あれ」とガッカリする人も多いのではないか。
■週末ということもあって、夜10時過ぎだというのに、とにかくすごい数の人。そうすると現れるのは物売り。「ロレックスいかがですか。安いよ、100元」 確かに安い。そんな1200円のロレックスがあるものか。
■上海にも物乞いがいる。道にうつ伏して倒れたまま、時折、皿をカンカンと鳴らす謎のパフォーマンスをしている者もいれば、幼い子供を連れて来る者もいる。幼い子供に親らしい女性がしきりに何か言っているので、コーディネーターの女性に尋ねたら、「もっと泣きなさい!」と言っているとのこと。なるほど。

<夜とジャズ>
■続いて同じく外灘にある【和平飯店】へ。1929年に建てられた租界時代の建物。その1階に何でも「上海バンスキング」のモデルになったという古いジャズクラブがあるというので覗きに行く。ステージでは年配のジャズマンたちがスタンダードなナンバーを演奏していた。一緒に行ったジャズ好きに言わせれば、かなり「イケてない」演奏だそうである。テクニックもさることながら、演奏のスタイルが50年以上前のスタイルだとか。でも、それもまた雰囲気と思えてしまうのが歴史のなせる技か、それとも旅ならではの気の迷いか。
■スタンダードなジャズが続く中、いきなり耳慣れた曲が。「昴」である。確かに中国でも人気のある曲だが、ジャズクラブで「昴」とは・・・。すると、この曲が流れた途端、いきなり白人の中年カップル数組がフロアに出て、踊り始めた。どうやら「昴」を中国のムーディなナンバーとでもカン違いしたらしい。「昴」で踊る白人カップルを上海で見る。不思議な光景。
■しばらくしてまたもや日本の曲。今度は「知床旅情」 上海で知床って。この曲でまたもや白人カップルが踊る。もう何がなんだか分からない。

<夜とテクノ>
■さらにもう1軒、最後に行った店は、今、上海で最先端のクラブ(DJがいる方の)。店内には大音量でテクノが流れる。客層を見て驚いた。女のコがみんなスゴくかわいい!服のセンスもいいし、スタイルも抜群。東京でもこれだけ質の高い女のコばかり集まるクラブなんてなかなかないのではないか。
■それもそのはず。この店に来ることができるのは上海の人でも限られた人たちだけである。多くは台湾や香港から来て上海で一発当てた人たち。つまり金持ちの集う店なのだ。言われてみれば、この店にはバブル華やかりし頃の東京によく似た空気が漂っている。
■この店にやって来る女のコたちと、例えば食事に行った店で働く女のコではまったく雰囲気が違う。飲食店で働く女のコたちのほとんどが、上海近郊の貧しい田舎(一番多いのは安徽省)から出稼ぎに来ているのだという。
■急成長する上海。しかし、街を見渡せば、最新の高層ビルが立ち並ぶ合間に、今なお戦前に立てられた3階建ての古い長屋が並ぶ。住民の収入格差もかなり開きがあるそうだ。まあ、この辺りの街や住民の点描は明日の分で。
26時半ホテル帰還。死んだように眠る。