「空からたくさんのオタマジャクシが降ってくる『珍事』が今月石川県で相次いでいる」
6月、新聞は大真面目にこのニュースを伝えた。
「4日午後4時半ごろ、七尾市中島町の市中島市民センターによると、センターの駐車場にいた男性職員が『ポタッ、ポタッ』という鈍い音を聞いた。振り返ると、車の上や地面に体長2〜3センチのオタマジャクシが大量に落ちていた」
(ウーム、なんとシュールな光景!)
その数100匹以上。高いところからオタマジャクシをばら撒けるような場所はなく、空から落ちてきたとしか思えないという。
さらにそこから80キロ離れた白山市でも6日午前7時半に大量のオタマジャクシが落ちてきた。
その後この現象は日本全土に広がり各地でオタマジャクシの落下が報告された。
そして、その原因が解明されないままにオタマジャクシの季節は終った。
カエルの季節も終りかけているが、カエルが大量に降ってきたという報告は映画『マグノリア』以外にはまだされていない。
このオタマジャクシ落下現象のさなかに言われていた原因。
一つは竜巻説。日本ではアメリカほど大型の竜巻はあまり見られないが、今年はいくつか報告されているらしい。アメリカでは一つの町が丸ごと吹き飛ばされてしまうこともあるのだから、一つの田んぼの水がオタマジャクシもろとも丸ごと吸い上げられたとしても不思議はない。が、そんな報告はなかった。
次なる説がトキやコウノトリなどの鳥吐き出し説。鳥が田んぼの水を飲みついでにオタマジャクシを飲み込み飛行中にゲボしたのではないかという説。こういうことはあるらしいが、いっぺんに100匹以上というのは異常ではないか。農薬まみれのオタマジャクシに辟易したというのは警鐘を鳴らす意味でも面白いが。
また、これまでオタマジャクシなどを口にすることのなかったカラスが集団でオタマジャクシを飲み込み、胃潰瘍の一羽がゲロ吐いた説。
もうなんでもありである。
今年は異常なことがあらゆる局面で普通に起こっているので、考えられないこともない。
清純派のりぴーがラリピーだったという驚天動地も起こっているのである。
何が起きても不思議はないのである。
各地を襲った集中豪雨もそのひとつだろう。これまでの経験では予想できないほどの雨量の雨が突然短時間に集中的に降り、山を崩し、土石流を発生させ村や町を襲う。
散々ニュースになった現象だ。
オタマジャクシ現象はこれまでのデータや常識が役に立たなくなっていることの証左かもしれない。
石川県ではしばらくの間“今日の天気は曇り時々オタマジャクシ"などと言われていたという。
これまでの経験則が成り立たないのであった。
私たちの経験や先入観、既成概念、そのすべてが崩壊の瀬戸際にある。
石川県では森喜朗という人が、これまでの経験にない恐怖にさいなまれているらしい。オタマジャクシ落下事件がその予兆だったのではとも噂されている。
「こりゃオタマジャクシのタタリだ、あの時気づいていれば、こんなことなかったろうに」
「いや、サメの脳みそじゃそこまで考えつかない」
とにかく予想のつかないことばかりなのだ。
私たちは自分たちの持っている常識や固定観念を一度疑って見なくてはならないのかもしれない。
オタマジャクシ落下現象の中で一番説得力がなかった、それゆえに一番魅力的な原因説が、北朝鮮核実験説である。
北朝鮮が核実験したからオタマジャクシが空から降ってきた。
「核実験」と「オタマジャクシ」。このどうやっても結びつかない奇想天外な発想。
この荒唐無稽な因果関係の中にもおそらく何かの答えがある。
そこには北朝鮮は本当に核実験したのだろうか、とかも含まれる。
なにしろ、今は予想もつかない常識破りの物語が地球を覆っているのだから。
拉致をし、核実験をし、ミサイル発射実験をし、6カ国協議から脱退し、世界の嫌われ者になっている国が、あの反米の国が、元大統領が来ると満面の笑みを浮かべて「ウエルカム」と握手する。せっかくの人質を意図も簡単に恩赦で解放する。
何が狂ったのか。北朝鮮は本当に反米なのかどうか。本当はこれまで、何回もラブコールを送ってきたのではないか、という想像。
ひょっとして年内にもマグドナルド平壌1号店が現れるという想像。
何しろオタマジャクシが空から降る時代、予想のつかないことは何だって起こるのだ。
日本にだって、去年の9月に北朝鮮との間に拉致問題調査委員会を設立する計画があったことが判明した。福田内閣が内々に進めてきたプロジェクトだったのだろう。それが、福田さんが職を投げ出したために、流れてしまった。麻生内閣には引き継がれなかったのかどうか。信じられないような政府の内情が透けて見える。
これを北朝鮮側から見てみると、「拉致問題解決が最優先」と言っている日本側が先に約束を反故にしているということにならないだろうか。
少なくともアメリカがとった対応とははっきりと違っている。外交における信念とか粘り強さとかの微塵もない。
ひょっとしてこれまでもそんなことがあったんじゃないだろうか。
たとえば、蓮池さんたちがはじめに帰ってきた時は、本当に一時帰国という約束だったんじゃないか。それを日本側が反故にし、その謝罪はしていないんじゃないか、とか。
北朝鮮は誰もが言うようにおそらくは信頼できない国かもしれない。
しかし、せっかく調査委員会を立ち上げようとしたその時、総理大臣が仕事を投げ出し、その受け継ぎもしていない国が、北朝鮮よりも信頼できる国かどうかははなはだ疑問だ。
そういう国はどこの国でも大人扱いされないんじゃなかろうか。
果たしてそういう国のこれまでの政策は正しかったのだろうか。
小泉訪朝の2002年、2003年から一歩も進展がないのはなぜだろう。
そういう国にオタマジャクシが降る意味はいったいなんだろう。
そう考えると、「核実験」と「オタマジャクシ」のシュールな結びつきは、この国の不条理ともう一度私たちが思っていることの正当性を疑ってみるべきではないかという、発想転換を示唆する暗号のように思えてくるのである。
それは北朝鮮問題だけじゃない。
イラクは。アフガンは。ソマリアは。果たしてあれはよかったのだろうか、と。
オタマジャクシの降る夜に、虚妄が一つずつ解けていく音を聴く。
もしそれが空から降ってきた音符ならば、そこにどんな鎮魂歌が流れているのだろうか。
葬り去るべきものは朧げながらもそこにある。
了 |