『神も退屈する─ガザから遠く離れて』

世界中の祝福を受けバラク・オバマが第44代アメリカ合衆国大統領に就任した。
200万人の人がその就任式に集まった。
オバマが放った言葉は、CHANGE でも YES、WE CANでもなく、「責任」だった。

『今私たちに求められているのは、新たな責任の時代だ』

ワシントンに集まった200万人だけでなく、全米の人々がオバマの言葉に酔った。
能天気なものだ。懲りない国だ。
ほんの6年前、アメリカ人の90%は、戦争好きの大統領に絶大な支持を送り、今は70%のアメリカ人がその戦争から撤退する大統領を支持する。
いい加減にしてほしい。

『一人ひとりの米国人が、私たち自身やわが国、世界に対する責務があると認識することだ』

もし本当にそう思うのならば、アメリカよ。
新たな責任の前に過去の責任を取ってほしい。
広島・長崎の被爆者に深い謝罪と哀悼の意を示してほしい。
ベトナムのジャングルから枯葉剤の汚染を駆除してほしい。
イラクにばら撒いた劣化ウラン弾の後始末をやってほしい。
世界中にばら撒いたクラスター爆弾という地雷を片付けてほしい。
「責任」を取るということはそういうことではないか。
町の愛犬家でも、愛犬が落とした糞をしっかりと責任を持ってレジ袋に拾っている。

アメリカよ、希望と美徳を持っているなら、責任の時代というなら、それぐらいのことはしようよ。
勤勉と誠実、勇気と公正さ、寛容と好奇心、忠誠と愛国心とレトリックを並べる前に、アメリカよ、自分の糞ぐらい拾って帰れよ。

そして本当に「責任」を感じる崇高な精神があるなら、アメリカよ、イスラエルという国の建国をどこよりも早く熱烈に支持した責任を取って欲しい。
あなたたちが、不平等な分割の中で、多くのアラブ人が追放の憂き目に会うことを知っていながら、ユダヤ人国家イスラエル建国を認めたのはなぜか。
そのイスラエルが、アメリカがリーダーシップをとって作り上げた国際連合、安保理決議を次々と無視する現状。その責任をアメリカはどう取るのか。

イスラエルこそは、アメリカよ、出来の悪い君の弟だ。
その出来の悪い弟が、年をまたいで、パレスチナ・ガザで虐殺を繰り返した。
人権とか人道とか、正義とか、神の加護とかのたまう前に、この殺し屋を何とかしてほしい。アメリカよ、君はこの弟が殺し屋であることを知って中東のオリーブ畑に解き放ったのか。なぜ?
アメリカよ、なぜ君は国連加盟国が即時停戦を決議しているのに棄権したりするのか。
過去35年間、イスラエルに批判的な42の国連安保理決議に対してことごとく拒否権を発動したのはなぜなのか。

なぜ、私たちのよく知っているユダヤ人、あの宇宙人との友好を謳ってならないスピルバーグは同じユダヤ人に対して「虐殺をやめろ」と言わないのだろう。ウディ・アレンは?ポール・オースターは?ボブ・ディランは?ポール・サイモンは?ノーベル賞を受賞した多くのユダヤ人は? あなたたちはユダヤ人ではあるが、イスラエル人ではないというのだろうか。

なぜ?

今回のガザにおけるイスラエルの大虐殺に限らず、イスラエルのパレスチナ占領・抑圧・虐殺には「なぜ」が付きまとう。
あのホロコースト体験をしたユダヤ人が、なぜ同じようにパレスチナ人をゲットーに閉じ込め、自由を奪い、情け容赦なく殺害するのだろうか。
何度かイスラエルおよびパレスチナの地を踏んだことのある私に対して多くの人がその質問をぶつけてきた。

なぜ?

悪い冗談をひとつ。
「イスラエル人よ、何人パレスチナ人を殺害したら気がすむんだ」
「600万人にはまだ遠い」

ナチによって600万人の命を奪われたユダヤ人。そのユダヤ人の悲劇に世界は同情した。2000年間の夢だったホームランドがパレスチナの地に約束された。
しかし、そこにはすでにパレスチナ人が住んでいた。
世界はアラブ人の嘆きをよそに不平等な土地の分割を支持した。
戦争が起きた。アラブ人は敗北した。ユダヤ人国家が誕生した。
だが世界各地で財をなしていたユダヤ人たちはイスラエル人とはならなかった。
ヨーロッパで、アメリカで、アフリカで、ロシアで東欧で、差別されてきた貧しいユダヤ人たちや、ゲットーを生き延びた一文無しのユダヤ人たちが建国のためにパレスチナに移り住んだ。
帰るところのないユダヤ人たちは、イスラエル人となり、2度と祖国を失いたくないと必死に戦った。だがその戦いの後にやったことは、自分たちが受けた苦難を占領下のパレスチナ人に与えることだった。すなわち差別、抑圧、時に虐殺。

なぜ?

もうひとつ悪い冗談。
ナチの強制収容所を生き延びた『夜と霧』のフランクルは書いている。
「わたしたちはためらわずに言うことができる。いい人は帰ってこなかった、と」
それじゃあ、イスラエルという国は「絶滅収容所」を生存競争の中で良心を失って生き延びた者たちが作った国家なのか。すなわち「いい人じゃない人」が作った国家なのか。

イスラエル人はひょっとして、世界のユダヤ人から見捨てられたユダヤ人ではないだろうか、と思うことがある。イスラエルとはユダヤ人によるユダヤ人ゲットーではないかという仮説。中東の片隅に追いやられたユダヤ人内ユダヤ人。
「いい人」は皆収容所で死んだ。民族の悲願といいながら、ヨーロッパやアメリカで成功したユダヤ人は決してイスラエル人とはならなかった。「俺たちはここで稼ぐから、お前たちは二度と流浪の民にならないようにユダヤ人の祖国を守れ」
「いい人」はいなくなったが、ずるがしこいユダヤ人は世界各地で生き延びた。
そのずるがしこいユダヤ人は貧しいユダヤ人をおだて、最前線に立たせた。

パレスチナの各地に「ユダヤ人入植地」というやつがある。たとえばヨルダン川西岸地区。多くのパレスチナ人が住む地域に塀に囲まれた小さな団地のような一角がある。パレスチナ人の住居に比べれば、数段モダンなアパートメント、子供を遊ばせる公園、ショッピングセンター。その一角の入り口はイスラエル国防軍によって厳重に警備され、入植地に住むイスラエル人はそのゲートを通って出入りする。
入植地を囲む塀は常に国防軍によって監視されている。パレスチナ人が入り込んでくるのを警戒している。入植地に住むユダヤ人には優遇政策がある。家賃が安いのだ。だが、その団地を俯瞰で見てみると、それはまさにゲットーなのである。子供たちのスクールバスは毎日軍のジープに守られながら、ゲートを出て外にある学校に行き、また帰って来る。子供たちは金網の中で遊ぶ。金網の塀の外はパレス地自治区で時々子供が投げる石が飛んでくる。それはパレスチナ自治区に不当に入り込んだ占領を誇示する砦だからだ。不安にかられた親は常に銃を離すことができない。ロシアから全財産をなげうって祖国へとやってきたユダヤ人はそこが希望に満ちた約束の地ではないことを知る。しかし帰る土地はもはやない。自分たちの生存を脅かすものは何だ。それは、目の前にいるパレスチナ人だ。だから、このパレスチナ人たちにはできるだけ早く消えてほしい。彼らはユダヤ人を絶滅させようとする敵だ。テロリストだ。

イスラエルは建国とともに歴史も変えた。このパレスチナの土地には誰も住んでいなかった。第二次大戦後、誰も住んでいない土地にユダヤ人が入植し、国を作った。しかし、アラブ人たちはユダヤ教の国ができることを嫌悪し攻めてきた。野蛮なのは奴らだ。奴らは居座り、時々攻撃を仕掛けてくる。われわれは国家の存亡をかけた戦いをしなくてはならない。国民皆兵だ。
そう教えられた若者が、ガザに攻め込む。テロリスト集団ハマスは殲滅すべき邪悪な敵だ。
信じられないがそんな教育がまかり通っている。それでいてイスラエルは民主国家だという。

イスラエルがパレスチナを1967年の第3次中東戦争から不当に占領し、国連決議も占領地からの撤退を勧告しているのにそれを無視し続けていること、それを伝える者も少なくなった。1987年、イスラエルの占領に対してパレスチナの独立のめざし「イスラム抵抗運動」組織としてハマスが誕生し、2006年には民主的な総選挙でパレスチナ第一党となった政党であることに触れるメディアも少ない。おそらくこの二つの事実さえ、イスラエル国内では隠蔽されているのではないかと思われる。この情報化の時代にあってである。だから、イスラエル人の90%がガザ攻撃を支持するのである。
私の知っているイスラエルの若者はそれを嘆く。イスラエル人であることからエクソダスしたいと思っている。そういう若者が増えている。それをまた、イスラエル人は恐れている。ユダヤ人国家が不安定になるのを恐れている。だから、イスラエル国民でない無責任ユダヤ人は金をどんどん注ぎ込みイスラエル人にパレスチナ人を殲滅させようとする。

イスラエルはユダヤ人の中の鬼っ子なのかも知れない。
イスラエル人は二重に迫害されたユダヤ人なのかもしれない、とさえ思う。

ユダヤ人。信仰心厚いユダヤ人。
イスラエル人というユダヤ人が行っている蛮行、それは神に許された行為なのだろうか。
それとも、ユダヤ人とは決して神に許されることのない宗教民族なのだろうか。
600万人がナチによって虐殺されたのはユダヤ人が罪深いからなのか。
それとも、ユダヤ人はホロコーストさえ人間に許し、ユダヤ人を塗炭の苦しみに追い込んだ神を呪っているのだろうか。
神は、いつになったらユダヤ人の原罪を許すのだろうか。
それともまた、決して許されることのない倒錯した信仰を求めるがゆえに、ユダヤの民は罪を犯し続けるのだろうか。
もしそうならば、神よ、いい加減にしてほしい。いい加減に人間の心をもてあそぶのはやめて欲しい。

ユダヤもイスラムも、どちらもたった一つの神を信じあがめている。
パレスチナ自治区ヘブロンではひとつの洞窟に眠る始祖をめぐって両者が争っている。
ユダヤ人入植者の子供がパレスチナ人の老婦人の髪を引っ張っている。

一神教の神は、ユダヤを作り、キリストを作り、イスラムを作った。
ひとつの神を信じる三つの宗教が、殺し合いをしている。

オバマ新大統領は言った。

聖書の言葉を借りれば、子供じみたことはやめる時が来た。不朽の魂を再確認し、よりよい歴史を選び、世代から世代へ受け継がれてきた貴い贈り物と気高い理念を前進させる時が来たのだ。それは、すべての人は平等かつ自由で幸福を最大限に追求する機会に値するという、神から与えられた約束だ。

アメリカよ、無邪気なアメリカよ。まだ神から与えられた約束なんかを信じているのか。
神と契約を結んだユダヤ人の国が罪もない子供たちを数百人も殺したのだ。
それを、神を信じる国アメリカが臆面もなく支援しているのだ。
厄介な貧乏なユダヤ人を追い出した自責の念からなのか、アメリカは神の名において殺戮を不朽の魂として再確認しているのだ。
神よ。罪深い神よ。あんたは人間に何をやらせたいのだ。
平穏で安穏とした地上は退屈か。せっかく人間というどうしようもなく欠陥だらけの創造物を生み出したなら、とことん争いをさせてみようというのか。
神の退屈しのぎで人間たちは殺し合い、憎み合っているのか。

2000年にもガザでは同じようにイスラエルの攻撃が連日のようにあり、街は破壊されていた。私は瓦礫の中にいた子供たちに聞いた。
「今欲しいものは何だ?」
「薬も食料もいらない。武器をよこせ」

アメリカは大英帝国の占領・抑圧から武器によって独立を勝ち取った。
それをオバマ大統領は高らかに謳い上げた。
パレスチナがイスラエルの占領から開放されるために戦うことを否定できるわけがない。
結局、イスラエルとアメリカがやっていることは、多くの反米戦士を作り出していることに他ならない。
これが、神のご意思というやつなのか。