防弾を施されたガラスの箱の中で被告人は検察官の質問に答えた。
「私は上に従う道具に過ぎなかった。忠誠を誓った以上従わざるを得ないのです。良心は別として」
「絶滅計画の実行者として、良心の呵責はなかったのですか?」
「戦時中だったのです。犯罪が国家によって合法化されていたのです。個人を捨てるしかなかった。自分の意思に反したことだったかもしれないが、命令だったのです。責任は命令を出した者にあるのです。私自身の責任ではないとあきらめたのです」
「あなたは600万人のユダヤ人を殺害した共犯の罪を認めますか?」
「人道的には認めます。しかし、悔恨は無意味です。私は任務に忠実だっただけなのです」
1960年。ユダヤ人問題のスペシャリスト、アドルフ・アイヒマン(ADOLF・EICHMANN)は逃亡先のアルゼンチンで捕まり、イスラエルに送致されエルサレムで裁判にかけられた。アイヒマンは外国人移送のスペシャリストで、その能力を買われ、ユダヤ人の絶滅強制収容所への移送を職務とした。ドイツだけではなく占領下のポーランド、スロヴェニア、フランスなどの国のユダヤ人移送計画も担当。600万人のユダヤ人を死へ旅立たせた張本人であった。
1961年、アイヒマンは死刑宣告を受け、翌年絞首されその骨は地中海に撒かれた。
裁判中、アイヒマンはどこまでも冷静沈着だった。時折ペンを走らせ「将来本で述べるが、その前にここで語るのが義務だ」と嘯いた。将来があると思っていた、その傲岸さにあきれるが、裁判中、時折カメラを意識したその男は「皆さんだってそうでしょう、国家に、会社に、上司に、忠実に従う者こそ優秀な部下なのではないですか。私はそうだったのに過ぎないのですよ」と開き直っているようでもあった。
絶滅計画は知っていた。個人的には人道に反する罪だと思っていた。しかし、その前に自分は国家に、その指導者に忠実な官吏だった。親衛隊中佐として与えられた任務を忠実に遂行する優秀な軍人だった。軍人にとって命令は絶対だった。「自分は上に従う道具に過ぎなかった」
一貫してアイヒマンはゆるぎなくそう言い放った。そこにはアイヒマンという人間自身の悔恨の言葉はなかった。肉声はなかった。平凡な人間が国家の道具となったときに持ちうる「使い古された」「個性のない」役人の常套句しかなかった。
裁判を傍聴したユダヤ人思想史家ハンナ・アーレントは、裁判で証明されたのは「悪の陳腐さ」だったと評した。全体主義が生む人間のありようを言い当てているようでもあった。
この裁判を一人の日本人作家も傍聴していた。
作家開高健は、その傍聴記『裁きは終わらぬ』を次のように締めくくった。
「アイヒマンは釈放すべきであった。ぜったい、生かしておかねばならなかった。生かして、釈放し、彼自身の手で彼自身の運命を選ばせなければならなかった。焼鏝を用意し、彼の額に鉤十字を烙印して追放すべきだった」
600万人のユダヤ人を死に追いやったアイヒマンが死刑の判決を受けたことに対して、開高健は、結局は「どの民族でも下せる常識に屈服しただけではないか」と嘆き、やがてアイヒマンも忘却の彼方に消えてしまうであろうことに苛立ちを隠さなかった。
開高健は書いた。「アイヒマンが死刑にされたと聞いて誰が不安がるだろう。誰が衝撃を受け、誰が疑いに沈み、誰が議論を始めるだろう」
アイヒマン裁判の記録映画『スペシャリスト』は開高健が望んだ「議論」を私達に強いる。
亡霊のように生き続ける、多くのアドルフ・Eに対して。
私達はいつでも誰でもアイヒマンになりうる。『悪の陳腐さ』は今も転がっている。
この9月11日、私はこの日本で多くのアドルフ・Eを見た気がする。
自身の思慮もなく言葉もなく、ただ忠誠を誓って「刺客」または「比例区名簿者」となったアドルフ・Eたちがいた。それを支持する人々がいた。
彼らはすぐにでも「自分は上に従う道具に過ぎなかった」と言いそうだ。
権力に忠実なしもべはいつだっている。思考を停止し「上に従うことが美徳だ」とする者はいつだっている。
それらを支えるこれまた思考停止に陥った国民の熱狂がヒトラーを生んだ。
象徴的な光景を見た。今は優秀な忠誠者となった元経済学者。彼は「刺客」の応援演説で郵政法案反対者をののしった。
「彼らは裏切り者です。彼らにはもう戻るところはないのです。もし当選しても絶対に戻る事はできない。戻る事は許さない。許なさいんだから!!」
童顔の穏やかな経済学者だった竹中平蔵は、ヒトラーに追従する醜悪なヒムラーを思わせた。アドルフ・Eにならない者は、国家への反逆者として追放するという宣言にも似ていた。ただの平凡で優秀な経済学者が、顔をゆがませ独裁を鼓舞する醜い扇動者に変身していた。
アドルフ・Eは生きている。思考を停止し、ただ時の権力者に忠実に従うことに安息を見出す者たちは生きている。
かくて小泉チルドレンならぬ、小泉ユーゲントたちが大量に発生した。
この熱狂を操作したのは誰か。
ヒトラー政権下の優秀な宣伝相ゲッペルスはどこにいたか。
それは飯島秘書官だったのだろうか。
いや違う。ゲッペルスの役割はわれわれマスコミが立派に果たしたのだった。
ドイツの作家ブレヒトの詩
おお、ドイツよ、青ざめた母よ!
お前の家の中では
真っ赤な嘘が大声でどなりたてられ
真実は黙らねばならぬ
そうなのか?
了 |