毎日、蝉の鳴き声を聴きながら、「やすらぎの小道」と名づけられた遊歩道を歩いている。マンションや一戸建ての家を左右に見ながら駅に着くまでびっしりと汗をかく。
夏が暑い。そのことにほっとする。よかった。まだ夏が暑い。
人工的な街にも木々はあり、蝉がいる。
その当たり前の情景にあらためて気づく自分がいる。
ロンドンで地下鉄テロがあろうが、イラクで自爆テロがあろうが、衆議院が解散しようが、平凡な日本の夏が路上を照らしている。
夏だから汗をかく。
渋谷の路上にも日本の夏があり、朝から映画館は満員だった。
4人の女子高校生のありきたりの文化祭を描いた映画『リンダリンダリンダ』は盛況だった。
あまりにも平凡な、誰もが経験しているような高校時代の淡い記憶。
際立たせることなく、大げさに賛美するでもなく、どこにでも転がっている記憶としての少女たちの日常。開き直った「退屈」。
17歳や18歳が経験するちょっぴり輝いていた日々。誰にでもあったであろう日々。
ことさらの感動もなく悲嘆もない、何か以上でもなく何か以下でもない「平和」。
わくわくもどきどきもしないけれど、なんとなく愛おしい「退屈な平和」。
なんとなく引きずってきた、ことさら大事でもなく、当然のように転がっていた「無意識の平和」。
日本の今ある姿。
正直で好感の持てる映画だった。
韓国から留学している設定のペ・ドゥナが天才振りを発揮している以外は、どこにでも転がっている「青春」が微笑ましかった。
しかも夏はいつものように暑い。汗が自然に流れる。
こんなもんさ、と青空が笑っている。
ロンドンから突然手紙が届いた。
差出人はイブラヒム。パレスチナのガザで時々コーディネータ―をしてくれていた青年だった。
「僕は今ロンドンにいる。ついにガザを出たんだ。イギリスが奨学生として招待してくれたんだ。」
パレスチナのガザ。南北に45キロ、東西は5キロから10キロの幅しかないイスラエル占領地。彼はそこで生まれ、そこで育った。そしてその東京都23区より狭いガザから一歩も外へ出たことがなかった。
イスラエルとガザを隔てるチェックポイントで僕らはいつも出会った。そして別れた。
最初の出会いは投石と銃撃のさなかだった。ガザの子供たちが戦車に向かって石を投げ、撃ち返される銃弾に倒れていた。僕らは病院に走り、息を引き取る少年を見守った。
ユダヤ人入植地から見境なく銃撃が加えられる難民キャンプの壁に身を隠し、空を飛ぶアパッチヘリコプターに呪いをかけた。瓦礫につまづき、砂埃を吸った。
葬儀のデモを走りながら追いかけ、深夜の安ホテルで激論を交わした。
どこよりも不幸な地中海の砂浜でスイカを分け合い、彼は「平和」を求めた。
「あなたは自由にエルサレムにいけるのに、パレスチナ人の僕は一度もエルサレムに行ったことがないんだ」と彼はわが身を嘆いた。
数日間の滞在でガザを後にする私をイスラエルの戦車の向こうから見送った。
彼には退屈な日常なんかなかった。毎日が自由への脱出を夢見る日常だった。
この牢獄から一歩外に出たいという希望を抱いていた。
「後藤さん。とにかくガザから出るのが本当に大変だったんだ。イスラエル側はOKだったけれど、エジプト側がうるさくて、なかなか僕を入れてくれなかったんだ。少しの時間も滞在することを認めてくれず、国境から空港に移送されたんだ。同じアラブ人なのに彼らはパレスチナ人を嫌っているんだ。
でも信じられないことに、なんとか、ロンドンに着いたよ。
本当に夢みたいだ。僕のガザでの生活を考えると、すべてがびっくりすることばかりなんだ。一番びっくりしたのは学校にプールがあってそこで泳いだことだ。ガザでの生活と較べると、まるで僕は王子様になったみたいだよ。
ロンドンの郊外にも行ったよ。車に乗せてもらって、森や湖を走ったんだ。
きのう28歳になった。インターナショナルスクールのみんなが祝ってくれた。昨日みたいに楽しかった事は生まれて初めてだった。だって僕はこんなに楽しい生活があることを知らなかったんだからね。
僕は一年間ここで勉強する。時々ガザから悲しいニュースが届くけれど、今の生活を楽しむつもりだ。僕は今幸せだ。」
今年28歳になった彼のロンドンでの希望に満ちた顔が浮かぶ。
自宅から行動範囲が45キロしかない28年間を生きてきた彼にとって世界はとてつもなく広く開かれていることだろう。
彼の毎日のすべては驚きと発見に満ち、輝かしい青春の時間が待っているだろう。
イスラエル軍の銃撃に脅え、戦車やアパッチの轟音に震えた日々。友人を銃弾で失った日々。彼には楽しむ資格がある。彼には「平和」を語る資格があり、「平和」を享受する資格がある。私は友に冗談めかした返事を書いた。
「Dear Ibrahim
ロンドンの地下鉄でテロがあったのは知っているだろう? 気をつけろよ。何しろ君は自爆テロリストの本家からの訪問者なのだから。君の幸せを祈る。」
今日も蝉が鳴いている。
今日も汗をかいている。
私にとって53年目の日本の夏。
戦後60年目の夏。
退屈な平和が意味もなく汗をかいている。
たまに涼風が吹くと、この汗にどんな意味があるのかなと立ち止まってみる。
意味なんかないさ、とまた蝉が鳴く。
ペ・ドゥナが唄っている。
僕の右手を知りませんか?
行方不明になりました
指名手配のモンタージュ 町中に配るよ
今すぐ探しに行かないと
さあ早く見つけないと
夢に飢えた野良犬 今夜吠えている
いまにも目からこぼれそうな
涙の理由が言えません
今日も 明日も あさっても 何かを探すでしょう
了 |