『パリの天才ドライバー』

昨年12月。映画『キル・ビル』の看板がやけに目立つパリ市内で、私はハンドルを握っていた。パリではいつも運転する。妻と二人の娘を乗せ、久しぶりのマニュアル車のギアーを必死でチェンジさせていた。クリスマスのイルミネーションのシャンゼリゼ通りを、怪しい娼婦たちが木々の陰にたたずむブローニュの森を、私はガイドよろしく走り回った。
「何でいまどきマニュアル車?」
「何でも便利になったけど、車ぐらいは自分で運転しているという感じでいたい。フランス人の頑固さ、かな。」
パリの駐車の仕方も大好きだ。安ホテルには駐車場なんかない。狭い道に車がひしめき合って止まっている。わずかなスペースを見つける。無理やり縦列駐車を決める。前後の車のバンパーにゴリゴリと車体をぶつけ押し込む。
「こんなにぶつけても怒られないの?」
「バンパーはぶつけるためにあるんだ。パリでは当たり前」
「素敵だね」
そう、素敵だ。パリは素敵だ。
私はパリではいつも天才ドライバーだ。気狂いじみた車のラッシュ、ひとたび躊躇したら抜け出すことのはなはだ困難な凱旋門をぐるっと周り、さっと目的の通りに抜け出すのもお手のモノ。「見たか天才ドライバーの技を!」
独り悦に入っている私を家族が笑う。邪魔をする車には「キルビル!!」と叫ぶ。
「フランスにはコンビ二ないの?」
「ない。パンはパン屋。ワインはワイン屋。ケーキはケーキ屋。個人の店がそれぞれの個性でやっている。近所の人はそこで買う。画一化されたコンビニで買うなんてフランス人の魂が許さない」
「素敵だね」とまた娘が言う。
埼玉の実家でもこんな話をした。亡き父はいつも御用聞きに来る酒屋から酒を取っていた。
娘「スーパーのほうが安いのにね」
母「地元の酒屋さんから多少高くても買ってあげる、それがその地域に住む人の務めなんだ、といつもじいちゃんは言っていたよ」
娘「素敵だね」
そんな酒屋も安売り酒屋チェーンの進出でつぶれて久しい。近所の酒屋や豆腐屋でその日必要なものを買うなんていう光景はもはや日本ではなくなった。ヨーロッパにはまだそれが生きている。
そう。フランスに来ていつも感じるのは、同じ大都市であっても東京とは違う空気を感じることだ。マックに吉野家に、セブンイレブンにファミマー。どこに行っても、それが地方であっても、なんとも画一されたミニ東京化された日本にうんざりしている自分が、ひと時解放された気になるのだ。ノルマンディー。ディジョン。ロワール。地方に行けば地方の顔がちゃんとあり、そこにはそこの文化とそれを愛する人がいる。たとえそれが異邦人の見た幻想だとしても。少なくとも日本の地域性とは異質なものがそこにある。
安っぽい利便性に支配された時間と空間、逃れられない繁栄という名の幻影の住人であることからのひと時の開放感。それが、「見たか天才ドライバーの技を!」の雄叫びとなる。
デジタルからアナログに変換された快楽というものがある。
それに快感を覚えている自分の変態性をかすかに自覚しつつ。

パリを中心とした数日間の家族旅行。しばらくはできないだろうなあ、と私は考えていた。

今年からは違った生活になる。もうここ数年過ごしたことのない時間を送ることになる。

3年前に私はフリーランスのテレビディレクターになった。2ヶ月とあけずパレスチナに行き、アフガンや北朝鮮やカンボジア、時間があればNGOピースボートに講師として乗り世界の港を見て回った。お気楽な生活。いやほとんど生活していないような生活を送ってきた。家族の顰蹙も限界を超えていた。「素敵だね」とは時たま言ってもらえたが、「いい加減にしろ」とのべつ言われた。二人の娘は自分たちも含めて「うちにはフリーターが3人もいる」と言っていた。私はフリーターにはやや自尊心を持ってはいたのだが。

4月から久米宏さんが抜けるテレビ朝日の『ニュースステーション』が古舘伊知郎で新スタートする。フリーになってから私は古舘プロジェクトに所属させていただいている。その縁もあって、プロデューサーの一人として参加を乞われた。そして私も積極的に参加の意志を示した。
この通信で何度も私はメディアのあり方を批判してきた。テレビで仕事をしながら今のテレビに不満をぶつけてきた。
私が生活の場として選んできたテレビ。私の中にあるテレビ。
実際、テレビは瀕死の状態だ。
だが、テレビよ、「死ぬには早すぎる」。
私もまた「逃げるには早すぎる」のだった。だから再び内側に。

たとえば、爆笑問題の太田光『パラレルな世紀への跳躍』の中の一文。
「現代の社会を否定的に話す人に私が嫌悪感を持つのは、その態度に自分が属している世界への無責任さを感じるからだろう」「漠然とした“社会”という言葉に責任を押しつけている限り進歩はない」
たとえば、久米宏降板に寄せた永六輔の談話。
「ニュースを分かりやすく伝えた功績は大きいと僕も思う。でも『主張する司会者』と評する一部の見方には賛同しません。ひげを生やしたことやファッションについては確かに主張を見せたかもしれないけれど、番組で語っていたのは基本的に、主張でなく感想です。
主張と感想の違いですか? 感想は…あまり責任を負わなくていいでしょう」

内側から何ができるか。おそらく何もできないだろう。
かつて私が作った番組の中でテレビマンユニオンの萩本晴彦は言った。
「テレビには何もできない。できるのは人間だ」
内側の人間でいること。そこで何ができるか考えること。何ができないか考えること。自己責任をメディアは放棄したのかどうかを考えること。デジタル化した機構の中でマニュアル車を運転できるかどうかの挑戦と冒険。
そしてまた私は思う。外側から何かできただろうか。21世紀になって論壇や知識人に何
かができただろうかと。

たとえば国際政治学者 藤原帰一の時評。
「ポピュリズム批判には、『愚かな国民』に対するエリートの優越感を感じさせるものも少なくない。そのエリートたちが国民から信用を失ったという現実にとりくまなければ、現状破壊を訴えるだけで支持を集めるようなポピュリズムがなくなることは期待できないだろう」

たとえばパレスチナの映画監督エリア・スレイマンがエドワード・サイードの死に寄せた一文。
「サイードは映画というものにあまり興味がなかった。彼には、あまりに大衆的な芸術でありすぎた。それほどよくあることではなかったが、彼はパレスチナの大義を推進するとされる映画を観たときには、みずから積極的にその映画を売り込んだ。だが愛はときに盲目となることがあり、パレスチナについても同じことが言えた。(中略)
映画は不向きでもある。時間の価値の切り下げや空間の縮小についていくことができない
ためだ。映画の勃興を招いた産業革命そのものが、両者を破壊しているのだ。カメラは戦
争の道具として生まれたが、革命家が意図したような方法で銃として用いられることはな
かった。詩的な抵抗、前進しても輪を描くだけで、『現在』とは同調しておらず、即時性
はない。映画が『わたしたち』とともにあるという信念は動かないが、それは長い目で見
ればのはなしだ」

勿論「映画は娯楽。テレビは堕落」だ。あまりに大衆的な芸術として映画に興味を持たなかったサイードは、テレビをあまりに堕落したメディアとして唾棄していたかもしれない。
私は、ずっと堕落の世界とつかず離れず生きてきた。
テレビ報道は「欠陥商品」だし、時には「権力の補完装置」であったり、「政府の広報」であったりもした。これからますますそうなる危険性があるし、そうなった時には絶望的なまでの力を潜在させている。憲法21条も風前の灯だ。

しかし一方でエリートは衰退した。『世界』や『週間金曜日』が『フライデー』より売れるということはないだろう。
『愚かな国民』はテレビの垂れ流しに胡散臭さを感じながらも付き合わざるを得ない。
しかしそこには『現在』と『即時性』だけは特性として確保されている。
まさに『テレビよ、お前は現在に過ぎない』のだ。そして嫌になるほどの影響力を持ってしまった怪物君なのだ。
だからこそ『テレビよ、死ぬには早すぎる』と言いたい。
怪物は自らを解体しなくてはならない。その肥大化に自らが身動き取れなくなっているのだから。
決して楽ではないが、『諸刃の剣』の片側だけを錆びさせるわけには行かないじゃないか。
その可能性はまだある、とかすかに信じたい。

「パリの天才ドライバー」は、ガタゴトと石畳から身体にじかに伝わる振動に興奮しながら、ひそかな決心をしたのだった。マニュアルで行こう、と。

というわけで、今年の4月からは『新ニュースステーション』のプロデューサーの一員として仕事をします。でも通信は続けます。
今、世界は多種多様な価値観がひしめき合い、ますます無秩序な様相を見せ始めています。
無秩序ならば、なんとかなる。そう思っているのです。
太田光も言っています。
「どうせそうならざるを得ない運命ならば、せめて、しなやかに崩壊する道を歩みたい」。