『何がしたいのか』
皆様お元気のことと思います。

明日9日に北朝鮮の万景峰号が新潟に来ることになって(おそらく来ないと思うけど)、9日のラテ欄を見ると、各局各ニュースショーはすべて「疑惑の船」「謎の船」一色であります。
2000年に、この船に乗って北朝鮮に行った僕のところにも、映像の2次使用について依頼がありました。何しろ内部の映像は限られているのです。僕とてその頃、これほど万景峰号が注目されるとは思っていなかったので、「ああ北朝鮮らしい船だな」と思ったくらいで、「疑惑の解明」を狙った映像など撮っていません。金日成、金正日の写真が掲げられいるぐらいが特徴で、それを撮影したぐらいです。
第一、日本人の訪問団を受け入れた時点で、やれ秘密文書だ、麻薬だ、ミサイル部品だと、そんなもん乗せてるわけがない。そんなに馬鹿な国があるでしょうか。こういうものを運ぶときは極秘に、というのが北朝鮮に限らず世界の常識というものでしょう。
今回だって、これほど悪感情が盛り上がっていて、国土交通省が10年ぶりに船内検査するって言ってるのに「疑惑」を乗せてくるわけないじゃん。これ常識でしょ。
まず敵視。このムードは昨年9月以来一向に変わっていません。
何なんでしょう、この騒ぎぶりは? 何か見つかるとでも思っているのでしょうか?
何なんでしょう、この一貫した敵視ぶりは? それが一体何を生み出すというのでしょう。
万景峰号の疑惑を心待ちにしている方には、僕の撮った「何の変哲もない貨客船の内部映像」で、ぜひ拍子抜けしていただきたいと思います。

万景峰に乗ったときに印象的だったのは、在日朝鮮人のおばちゃんたち祖国訪問団との出会いでした。夫が、叔父が、親戚が60年代の帰国運動で北に帰った。あれから数十年、やっと再会できる。どうしてるだろう。元気にやっているだろうか。北は怖い国かもしれない。
期待と不安を胸に、在日の人たちは数十年たってやっと訪問できる感慨に浸っていました。「こんなの付けろといわれたのよ」と金日成バッジに戸惑っている人もいました。「私も帰国運動で息子を還したが今は後悔している」とそっと耳打ちしてくれた元幹部の人もいました。
そうした複雑な思いを乗せた在日の人々にとって、この船は、祖国を結ぶ唯一の交通手段といってもいいかもしれません。それでも誰でもいつでも乗れるという自由はありません。

なぜこんなにも祖国訪問が困難なのか。
そこには国交のない両国の悲劇があり、必死の思いで訪問する人々は紛れもなく二つの国家の犠牲者なのでした。

昨年来の「拉致報道」のあおりで、万景峰号の入港を阻止せよという声もあります。
「疑惑」があるからです。
しかし、もし「拉致問題」を人道の問題と考えるなら、この国家の犠牲者である在日朝鮮人の祖国訪問という願いは「人道上」どう考えればいいのでしょうか。国家によって引き裂かれた人々の往来を阻止せよ、と言うのなら、今現在引き裂かれている「拉致被害者」の往来はどうなるのでしょう。
こぞって言うように「悪魔の国」ですから、「そっちがそう出るなら判った。拉致被害者の残された家族とも二度と会えないぞ」と逆切れされたらどうなるのでしょう。
「拉致報道」の不思議がここにあります。一体、拉致被害者の人道的問題をどうしたいのか。
家族が再び会えて、一緒に住む可能性を話し合いたい。
死亡が伝えられた拉致被害者の真相を解明したい。
これが大命題のはずです。

その大命題に向かって少しでも前進する手立てを誰がやったのか。
政府もマスコミも「悪魔の国」を「敵視」するばかりで、「拉致被害者の人権」はほったらかしです。回路は閉ざされる一方です。
それが一体何を生んだのか。
それは明らかです。

北朝鮮=「悪魔の国」報道が生んだのは、核疑惑とイラクを上乗せさせた「北の脅威」でした。
そして、昨年の国会では見送りになったはずの「有事法制」のいとも簡単な成立です。
「北の脅威」を煽ることが「戦争の出来る国」を作り出してしまった。これは明白なことでしょう。
その自覚が果たしてマスコミにあるでしょうか。
残念ながらそれはなさそうです。
だから、無目的に、それこそ妄動的に「万景峰号」です。
一体「何がしたいのか?」

何もしたくはないのです。面白いことないかな、なのです。
オウムも面白い。沙知代も面白い。イラク戦争も面白い。拉致被害者も面白い。出来れば賞味期限が出来るだけ長く続きますように。
人道もへったくれもありません。

が、その面白がり方が、国家の暴走を許し、マスコミ自身もその奴隷となる「有事法制」を後押しし、成立を許してしまったことはとてつもない犯罪だと思います。

この面白がり方が、冷静にして客観的な事実報道に転じることを願ってはいます。その可能性はどこにあるのか?

昔聞いたことがあるような放送局での会話。
「おい、放送って言う字をよく見ろ。送りっぱなしって書くんだぞ」

どうもこの体たらくは今に始まったことではないようです。半藤一利さんの『日本国憲法の200日』を読んでよくわかりました。戦争に負けた翌日からマスコミは権力の奴隷でした。それ以前は大日本帝国の、それ以後はアメリカの。だから驚くことではないのかもしれません。

でもそんなマスコミの中にも反逆児はいたでしょうし、今もいると信じたい。
その姿が最近見えなくなっているのは自分の怠慢なのか、それとも…。
今のマスコミの元気のなさには僕もかなり落胆しています。

山田風太郎日記(昭和21年2月4日・GHQが自らで日本国憲法起草を決めた日)
「とにかく世間がどう騒いで廻ろうと、俺は、はっきりという。日本は決して『自由』も『平和』も獲得していない。客観的情勢は冷酷に、日本のゆくてに暗く寒ざむとした墓場を示している。このことを、日本人が明確に、徹底的に知ったときでなければ、日本は再起できないだろう。自由と平和は自分で?むものであって、決して与えられて享楽できるしろものではないのだ」

『敵』を作って、それを打破したら『自由』と『平和』が得られるという妄想。
それも『対話』でなく『武力』でという短絡。

これは57年間の『退屈』が生み出した結果なのでしょうか?