| 『世界でいちばん憂鬱な場所』 |
もう7月のことになるが、私は今年何回目かのパレスチナ取材を終えて、イスラエルのベン・グリオン空港にいた。私のフライトは朝5時半。しかし、イスラエルでは3時間前には空港に着いていなくてはならない。定宿はエルサレム。夜中の1時にホテルを出、2時少し前に着いた。
毎回帰国日になると「ああ、またうんざりするぐらいのインタビューだな」と憂鬱になる。
「どこへ行った?」「誰と会った?」「預かったものはないか?」執拗な質問の繰り返し。きちんと詰め込んだ荷物の一つ一つを引きずり出し、書類の1ページ、1ページに粉末の爆薬が塗られてないかと検査。また同じような質問の繰り返し。立ったままのインタビュー、そして荷物検査。たっぷりと3時間はかかるのである。
特に私のように、イスラエルの都市ではなく、ヨルダン川西岸、ガザ地区などパレスチナの街に行ってきた者には、まるで犯罪者を見るような視線で、尋問とも言うべき口調で繰り返し繰り返し質問をぶつけてくる。この経験についてはすでに詳しく書いた。(vol.9『パレスチナ 投石の構図』)
何度経験してもうんざりとする。ここは世界でもっとも憂鬱な場所だ、といつも思う。
だがその日は私の乗るはずだったKLM航空便がなぜかキャンセル。それにのってアムステルダム経由で日本に帰るはずだったのだが、振り替え便が出るのかどうかも分からない。
私以外の乗客も徐々に集まってきて、空港関係者を問い詰めている。多くが、アムステルダム経由でほかの国に行くのである。乗り継ぎとの関係がある。このまま別な日になるのか、それとも臨時便が出るのか。客たちは職員に聞くためにカウンター前に集まり、騒然となっていた。
やがて、臨時のエル・アル・イスラエル航空便が出ることになった。私たち乗客は荷物を手にカウンターを移動した。
ベン・グリオン空港では、各飛行機会社のチェックインカウンターに行く前にセキュリティから長いインタビューがあり、その後に荷物検査があり、それを終えてやっとチェックインという過程なのだが、この時はそれ以前にカウンターに押し寄せていたために、なんと荷物チェックもX線を通すだけ、しつこいインタビューもなかった。
私は、ラッキーだと思った。「ああ、あのうんざりする質問の繰り返しがなくてよかった」
そう思うと同時に、結局、あのインタビューというのは何なんだ、と杓子定規なセキュリティの仕事のあほさ加減を思った。
私たちがチェックインしていると、荷物チェックのために長い行列を作っているイスラエル人のご婦人が叫んだ。「なんてことなの! その人たちは荷物チェックしていないのよ? 信じられない!」必死に叫んでいた。
おそらく、ごく一般のイスラエル人のご婦人だったろう。パレスチナの自爆テロにおびえ、爆弾におびえる市民であったのだろう。自分たちイスラエル人も厳重なチェック、質問を受けるのに、便を急遽変更された乗客はそれなしでチェックインしていることに、恐怖や不安を感じたのだろう。しかし、その声は無視された。「イスラエルも甘いな」と私は思うと同時に、このご婦人が抱く不安、恐怖はいったい誰が作ったのだろうと考えていた。
チェックインを済ませ空港待合室にいると、私と同じように振り替え便に乗ることになった紳士が話しかけてきた。「どこに行ってきた?」
パレスチナ自治区と言うのを少しためらったが、先ほどまで一緒に空港職員を問い詰めていた仲、ごく普通の市民に見えたので、「エルサレムや西岸地区です」と気軽に応えた。
するとその紳士は信じられない、という顔つきで「なに? 西岸地区だって、何だってあんなところに行ったんだ?」と聞いてきた。
ああ、イスラエル人だな、と思ったので、「私はジャーナリストなので、情況を取材してきたんですよ」と簡単に答えた。
すると「そうか。でもよく無事でいたな。でも君は西岸地区を本当に知っているのか。あそこにすむアラブ人どもは全員テロリストなんだぞ。もし私たちが行ったら、間違いなく殺される。そんな野蛮人ばかりなんだぞ。おそらく日本人だから助かったんだろうな。でも気をつけろよ。あいつらを信じちゃダメだ。あいつらは人間じゃない。イスラム教徒というのはな、自分たち以外の人間を抹殺しようとしているんだ。その証拠にベツレヘムを見ろ。あそこは大半がクリスチャンだったんだぞ。そこにいまイスラム教徒がのさばって、キリスト教徒を迫害してるんだ。本当だぞ。奴らは危険だ。野獣だ。もう行かないほうがいいぞ。今度は殺される」
とご丁寧に、手で首を切って見せる真似までした。
彼はごく普通のイスラエル人だった。特別な思想の持ち主にも思えなかった。ベン・グリオン空港の手際の悪さに怒るごく一般的な乗客の一人だった。聞けば、エルサレムの旧市街で商店を営んでいると言う。ならば近くに同じように商売をするパレスチナ人を知っているはずだ。旧市街はイスラエルが建国される前からユダヤ人とパレスチナ人が共存していたのだから。
私は言ってやりたかった。「あなたはそう言うが、私はもう何回も西岸やガザを訪れているんですよ、そこにはあなたと同じ商売をしている人たちがいるし、不景気を嘆く人がいるし、政府の政策に批判的な人がいるし、あなたがアメリカの友人に土産を買うように、離れている友人の安否を気遣うごく普通の人間がいるんですよ。政治や国家や宗教に関係なく、ささやかな平和と幸せを求める人がいるんですよ」と。
しかし、この善良に見える紳士は根拠もなく、かたくなにパレスチナ人への悪意と憎悪を語り続けた。
何がそうさせるのか。何が和解への道をこれほどまで閉ざすのか。
やはり、イスラエル、ベン・グリオン空港は私にとって「世界でいちばん憂鬱な場所」だった。イスラエルという国が占領と抑圧、国連決議を無視して軍事侵攻をしていることを知ってか知らずか、いずれにせよ、その実態を知らないで、偏見、悪意、憎悪、その感情から縛られた「善良な」市民がいることが、私を憂鬱にさせるのだった。
この9月にもパレスチナに行った。似たような経験をした。そして日本に帰ってきた。
以下は私が帰ってきてから友人に当てたメールだ。
皆様お元気ですか?
9月の10日から日本を留守にしていて2日に帰ってきました。
メモリーオブ9・11も小泉訪朝もピースボートの船の上で知りました。
その間に育ててもらったテレビ朝日の「ザ・スクープ」も終わりました。
船上では私が担当した「ザ・スクープ」のいくつかの番組を見せ、乗船者の皆さんと討論をしたり、意見を交わしました。
その中に、1998年に作った「愛国心は今」がありました。私たちにとって愛国心とは何か、活発な議論が繰り広げられたのですが、聞いていた一人の在日3世が発言しました。大阪で生まれ、大阪で育った朝鮮人の彼女は、「聞いていてとても哀しくなった。私にとって愛する国とはどこなのか、生まれ育った大好きな大阪なのか、それとも朝鮮民族としての祖国なのか、私には語るべき愛国がないのか、半島の人間でもなく、日本にいて日本人でもなく」といった内容だったと思います。
日本に帰化すれば朝鮮人としての本名を変えなくてはならない、オリジナリティを失わなくてはならない。それがどうしても出来ない。彼女はそうも言いました。
それを聞いていたセルビアから来た青年は「日本は豊かで自由な民主主義の国だと思っていたのに幻滅だ」と、在日の置かれた立場に怒っていました。彼らの国もまた民族をめぐってむごい殺し合いを経験した国でした。
国家の指導者に翻弄され、それはもう2度とごめんだと、切実に語れる青年でした。
彼女の哀しみや無念さに私たちはどう答えればいいのか。
彼女は間違いなく国家というものが犯した罪の被害者です。
帰国するまでもなく北朝鮮の拉致問題が日本の最大関心事になっています。心無い朝鮮人バッシングも伝えられました。
存命が確認された家族も、死を告げられた家族も、怒りや哀しみ、北朝鮮に対する不信、反感を表明しています。それは誰でも理解できる深い哀しみですし、怒りです。
帰国してから親族の会見を見るたびにいたたまれなくなります。
だが、それは同時に日本という国家が犯した罪でもないでしょうか。今日まで放っておいた罪であると同時に、戦争責任を果たしてこなかった罪ではないでしょうか。
戦後、自分たちの国が犯した罪を真摯に謙虚に反省・検証せず、アメリカの支配と教育下でもうこれ以上考える必要はないんだと勝手に納得してきたつけが、もうとっくに「戦後は終わった」と思っていたころに降ってわいたのではないでしょうか。2度ほど北朝鮮に行った経験から言うと、あの国では「戦後は終わっていなかった」のです。
もちろん金日成、金正日親子の独裁体制は憎むべき醜悪なものです。
しかし国家というものはいつでも醜悪なものではないでしょうか。
現在新聞に踊る記事の、「日本」を「北朝鮮」に、「北朝鮮」を「日本」に、「拉致」を「強制連行」に置き換えて見てみました。
私たちは数十万という肉親を失った朝鮮人一人一人の哀しみと、今回拉致が判明した日本人家族の哀しみを、同じように同情できるでしょうか。
そして国家が犯す罪を冷静に批判できるでしょうか。
現在のマスコミの論調には、そのあたりの冷静さ批判力が欠如している気がしてなりません。感情論が先行することに危険を感じます。
北朝鮮の悪行は告発・批判して尽きることはないでしょう。
しかし国家が犯す罪を冷静に検証せず、感情論だけで論じてはジャーナリズムとは言えません。感情論だけが突っ走ると、やられたらやり返す、それが正義だというあほブッシュの論理と同じことになってしまいます。
残された家族の方の中には「二度とこのような悲劇が起こらないようにきちんと検証してもらいたい」と思っている方もきっといると思います。それに応えるのがジャーナリズムなのではないかと思います。その声が封印されているような気がするのは気のせいでしょうか。
今年の8月、11年ぶりにサハリンに行きましたが、そこでは57回解放記念日が行われて、残留朝鮮人たちがお祭りをしていました。もう3世になるロシア語しか出来ない子供たちが民族衣装で踊っていました。
あの子達を生んだのは誰でしょう。横田めぐみさんの娘を生んだのは誰でしょう。
こう考える私は非国民でしょうか。そうならば私には愛国心なんかありません。
そんなことを船の上で考えていました。下船後、インティファーダ2年目を迎えるパレスチナに行っていました。
外出禁止令下の中、子供たちが石を投げていました。イスラエル軍が催涙弾を撃ち込んでいました。
アラファト議長府は見るも無残な瓦礫となっていました。
10日ぶりに包囲が解け、イスラエルの戦車が撤退していきました。
元気なアラファトが「俺を誰だと思っている! ジェネラル・アラファトだぞ」と叫んでいました。
ああ、ここにも国家を目指している人々がいる。
国家なんか、国家なんかと空しくつぶやくだけの私でした。
急遽帰国したのは父の病の報でした。
私は今、やや元気がないのです。
皆様お元気ですか
連日、北朝鮮拉致被害者の動向が新聞・テレビを賑わせています。
「被害者は可哀想。北朝鮮は許すことの出来ない非道な国」
「許すな。やっつけろ」の大合唱が連日聞こえてきます。
永六輔さんが「小泉さんも『昔日本も申し訳ないことをした』と謝るべきだった」と発言したら、けしからんの大反響だったとか。
9・11の後、もしブッシュが「自分たちの国がどれほど世界の貧しい人々を苦しめてきたのか、自分たちの国が初めて攻撃されて、人々の苦しみが分かった。もう止めよう、私たちが20世紀に世界でやってきたことは、こうした悲しみを振りまくことだったのだ。深く反省しよう」と言ったらどんなによかっただろうと、僕は思いましたが、現実はそうはなりませんでした。
むしろ報復戦争反対の言論は見事に統制されました。
今この国でもそれが起こっているような気がします。冷静に考える、日本を批判的に見てみる、そういったことが一切許されない雰囲気が出来上がりつつあります。激情的に北朝鮮をやっつけろ、そう思わない奴は非国民だ、というわけです。
もしメディアが事件の意味を探るものだとしたら、『なぜ北朝鮮は拉致をやったのか』の検証がないのはどうしたことでしょう。
なぜ北朝鮮は『過去の清算』と言うのでしょうか?
『過去』って何? という素朴な疑問を持っている人は多いと思います。
どのメディアもこれに応えない。なぜでしょう。
北朝鮮側が言う『日本の国家的犯罪』はあったのかなかったのか、これを検証するのもメディアの役割ではないのでしょうか。
今日のニュースステーションでも、北朝鮮外務省高官の発言の欺瞞的な箇所は引用していましたが、「日本がわが国の人民に行った国家的犯罪について振り返るのが当然の道理だと思う」という箇所は引用していません。これってどういう意味?という言及もありません。
メディアの大好きなPRO&CON(賛否双方)もありません。どうしたのでしょう。
また、どうして政府は北朝鮮問題を小出しにするのでしょうか。
日朝会談前に分かっていた核開発の継続、横田めぐみさんの娘さんの写真の発表。いつまでもどこまでも北朝鮮への憎悪が続くように。いつまでのメディアがこの話題ばかりに奔走するように、少しずつ新しいニュースを出す。
こうしたムードが世間を覆う隙に、突然『有事法制』が成立するということはないのでしょうか。
そのときメディアは『住基ネット』に反対したときのように、批判することが出来るのでしょうか。むしろ、成立に向けて権力を補完しているようにさえ思えるのです。
逆らえないムードを作ることによって。
どの紙面、どの画面からも『有事法制』問題は聞こえてきません。
成立への下準備を誰かが狡猾に仕掛けているとは思えませんか。
チョムスキーは言っています。『メディアは国家権力に従属しており、国家権力自身は民間の利益と緊密に結びついている』
不吉な予感がします。誰かがどこかで着々と準備しているようです。
拉致被害者の人たちもそれに利用されているような気がしてなりません。
政治家なんていう糞バエが、拉致被害者の人権を本気で考えているとは決して思えません。メディアもまた糞バエなのか。
思い過ごしでしょうか。
皆様
「テロリストの側につくのか、我々の側につくのか」
2001年9・11 火曜日の後、世界は敵か味方かの2分法を強いられた。
「拉致被害者の側につくのか、北朝鮮側につくのか」
2002年9・17 火曜日の後、日本人は2分法を強いられつつある。
オサマ・ビンラディンへの憎悪がイスラム教徒全体への蔑視を生んだ。
金正日への憎悪が朝鮮人全体への蔑視を生もうとしていないか。
単純な2分法を超えて、紛争ではなく和解への道をどう模索すればいいのか。
友人から質問が来た。僕なりの答えです。
> しかし、週間金曜日が抜きましたね。賛否両輪いろいろありますが、どうなんでしょうか?
みんなが知りたいことがある。だから人を出す。取材する。これはメディアの原則です。気になっていたのは、拉致被害者の北朝鮮に置いてきた家族のこと。無事か?当局に監禁されているのではないか?生きているのか?
たとえ、彼らが、取材陣の前で本当のことを言えないとしても、カメラの前に引きずり出すことは大切だと思います。繰り返し、取材を申し込む。私たちは、見ているぞ、関心を持っているぞ、めったなことをしたら許されないぞ、と無言の圧力となります。
曽我さんが「週金」の記事でショックを受けたと、家族会や救う会は非難しますが、ご主人や娘さんの発言はともかく、無事に生きていて元気そうだった、と確認できただけでも、曽我さんはほっとしているのではないでしょうか。蓮池さんや地村さんだって、子供たちが元気でいることだけでも知りたいはずです。それを知らせただけでも価値はあったと思う。
ほかのマスコミの「週金」バッシングはただのひがみです。自分たちが、ジャーナリズムとしてきちんとやってない証拠です。そのひがみが、「曽我さんの気持ちを考えたのか?」などという「にわか人権派」を装った糾弾となる。まったく卑怯にして下劣な大マスコミです。
なんだかんだ言っても、多くの人が知りたいのです。だから完売です。
彼らは、互いに国家の犠牲者です。基本的人権や、言論の自由のない国に暮らす人の発言がすべて信じられるかどうかなんか、もうみんな知っている。そのうえで少しでも安全に暮らしていてもらいたい。繰り返し、取材を申し込むべきなのです。隠蔽させないようにするべきなのです。
たとえそれが北側の作戦だとしても、乗った振りをして、いくばくかの真実を報道すべきです。
どうしてみんな行かないのか。総連に断られたら、「仕方がない」とあきらめムードです。新聞やテレビは北京に支局を持っています。北の取材の許可は総連なんかより、北京です。その努力をしていないで、どこかが抜くと、ひがみのバッシング。一度も行った事のない識者がコメンテーターとして憶測や伝聞で「酷い国」の大合唱。
悪意が、憎悪を生み、その底流に「民族差別・民族蔑視」を作り出していることに気づかない鈍感性、そのくせ「拉致被害者の人権」だけを叫ぶ欺瞞性。
今必要なのは北を糾弾し続けて硬化させることではないと思います。北朝鮮を懐柔すべきなのです。報道にもその力はあるはずです。
またNGO活動にもその力はあるはずです。
もっとも大切にして必要なことは、拉致された家族(子供たちを含めて)の安全と、死亡したと報告される人々の真相解明、またはひょっとして生きているのだから、その安全な帰還です。
誘拐犯から無事子供を奪い返すのに必要なのは、「嘘つき」「人非人」と誹謗し、「本当のことを言え!」と脅すことではありません。「嘘つき」と言っておいて、「本当のことを言え!」って、これじゃ誘拐犯は逆ギレをおこしてしまいます。
北朝鮮にも人権はあった。もう政治のカードにするのはやめてください。あなたたちは、「人非人」じゃないのだから。今からでも遅くはない、もう一度拉致について謝罪して本当の善意を見せてください。その上で、和解しましょう。あなただって、子を持つ人間なんだから、と言うべきなのです。
だってもっとも大切なのは、被害者の救済なのだから。
そして両国民の和解なのだから。
しかし「和解」したくない、北をぶっ潰したい、あくまで拉致被害者を政治のカードに使いたい、そう思っている勢力があります。拉致被害者も家族の会も、その勢力に「洗脳」されているような気がします。新聞やテレビ、大マスコミもそちらのほうに組している。閉ざされた国を、遠くから罵詈雑言で誹謗して、果たしてその国が胸襟を開くと思っているのでしょうか。悪意と憎悪で、いったい拉致被害者の救済に結びつくと思っているのでしょうか。あまりに無責任な反北朝鮮姿勢は、拉致被害者の救済にはならないと思うのです。
「テロ国家」は絶対にぶっ潰す。そのためには多少の被害も仕方がない。家族の人にも泣いてもらう。これは国家と国家の戦いなのだから。まるでブッシュです。この国の悲劇は、ブッシュがいないのに、善良な国民が、善良を装うマスコミが、みんな、無意識のうちにブッシュになってしまっていることにあると思います。
これを、辺見庸さんが「善魔」と呼んでいます。「善魔」は時として「悪魔」よりたちが悪い。
私はこれまで以上のような文章を時々に送ってきた。
11月22日。参議院会館の会議室で、在日朝鮮人の有志と日本人ジャーナリストの有志による記者会見があった。「北朝鮮政権による拉致犯罪を糾弾し、真相究明を求め、在日への嫌がらせ・暴力・脅迫に抗議する」と「これでいいのか!?北朝鮮報道」の題目で4時間にも及ぶ会見だった。
多くのマスコミが集まっていた。在日ジャーナリストたちは、現在のマスコミ報道の陰で被害を受けている在日朝鮮人たちの苦しみを訴えた。
家を出ることさえ恐れている在日。学校に行くのも集団では行けなくなっている民族学校の生徒、脅迫や暴力におびえる日々。
今の日本にいることが耐えられなくなっている在日の人々の悲痛な叫びが聞こえた。
祖国から引き裂かれた在日という存在を作ったのは誰なのか。
差別と戦いながら、自分が生まれた場所としての日本を愛し、北でもなく南でもなく、在日コリアンとして、ごく普通に生きていこうとする人々を恐怖に陥れているもの何なのか。
北朝鮮と日本の関係を見てこなかった日本人が、ここでもまた、いることを知っていながら見ようとしてこなかった在日の存在を突きつけられた。
一人の在日が叫んだ。
「私たちは聞きたい。あなた方日本人にとって在日とは何なのか?」
会場からその問いに答える日本人は現れなかった。それに応えようとしたマスコミはなかった。この日の会見にはたくさんのテレビカメラがあったが、正しく報道したものはなかった。
いま私の中にこの問いが重くのしかかっている。
「世界でいちばん憂鬱な場所」はベン・グリオン空港なんかじゃなかった。
私の住んでいる、ここ日本であることに間違いなかった。
了
|
|
|