『平壌でボッタクリ―崩壊か開放か』
友人がやっているインターネットマガジン『スロウトレイン』に掲載したものです。
今年の南北朝鮮訪問記は『北を目指すな』でも報告しましたが、また違ったテイストで。
『スロウトレイン』には小生のみっともない写真も載っています。
http://channel.slowtrain.org/column-report/index.html

-------


「何か監視されてません?」
「ええっ、何が?」
「あのビデオカメラマン、妙に我々だけ撮っているような」
「そう言えばそうだね」
「でしょ、朝鮮のテレビ局なら、全体行動を記録すればいいはずなのに、個人をアップで撮るなんて、我々はマークされてるのかな?」
「うーむ、何か気になる報道したっけ? だったらなぜ今回入国許されたのよ」
「そうですよね、でもあれは個人の記録ですよ絶対」
「うん、そうだね、逸脱した行動したら当局に報告するための記録かな」

この8月から9月にかけて、昨年に続き、二度目の北朝鮮だった。昨年同様、民間交流団体「ピースボート」の訪朝団に加わって平壌や板門店を訪れた。
前回は新潟から元山に上陸したが、今回は西回りで南浦という港から上陸した。こちらのほうが平壌には近いコースだ。
昨年は港に大勢の人が手に手に花で出迎えてくれたが、今年は税関と入国管理局の人間と港を守る兵士、それに受け入れの「対外文化連絡協会」と「朝鮮国際旅行社」の人間だけ。殺風景な入港だった。港の撮影は禁止と、物々しさもあった。
それもそのはず、あの小泉首相の靖国参拝問題や、新しい歴史教科書の採択問題で朝鮮半島には、反日ムードが漂っていたのだった。議員団訪朝のキャンセルだけでなく、多くの民間交流も中止になっていたさなかの訪朝団。聞くところによると、ピースボートの受け入れも一時中止になりそうだったとか。
それでも500人からの団体を受け入れたのは、この団体が、戦争反対、新しい教科書反対、靖国参拝反対、戦争責任を考える、従軍慰安婦問題を考えるなど、かずかずの市民レベルの活動をしてきたからだと考えられる。
それにちゃっかり便乗して、北朝鮮の変化を探る、それが俺の目的だったし、ほかのメディアの面々もそうだったと思う。テレビはそれぞれの目的を持って4社いた。それぞれの目的といっても、取材はあくまでピースボートの行動に沿ったものなので、各社、参加した民間人にスポットをあてて、なんとか、団体行動の中でその人物を通して北朝鮮の今を捕らえたいと思っていた。
どのテレビ局からのオファーもなく、仕事になるめどもなくカメラ片手に参加しているのは俺ぐらいだった。第一同じ狙いで去年俺は番組を作っていたので、同じことはもうできなかったし、やる気もなかった。なにか新しい発見はないか? 迷いながらの参加だった。
しかし、何しろまだまだ取材の自由は許されない北朝鮮だから、逸脱した行動は許されないのである。そんなことをしたら、平和的友好を深めようというこの団体に迷惑がかかる。迷惑かからない程度に逸脱したい、というのが俺の狙いだった。
こうした魂胆は、北側もとっくに見抜いているはずだから、随行員は当然マスコミには目を光らせる。
特に去年も来ている奴には気をつけろ! ということになる。
で、冒頭の会話である。
これは去年も来ていたある通信社のO氏と俺の会話。彼も俺も去年の取材で、北のイメージを悪くするような(これ以上)報道はしていないはずなのだが。
実際、南浦港に着いたときから気になってはいた。到着シーンだから、初めは北のテレビ局が取材に来たのだろうと思っていたが、分乗したバスの中でもカメラを回していた。確かにアップも撮られた。俺もプロの端くれだからそれぐらい分かる。
マークされている。うーん、やりにくいな今回は。これも反日ムードのせいか?

南浦上陸後、映画村や万景台少年宮殿などお決まりのコースを回った。
まだいる。しつこくカメラを回している。もうあれは平壌テレビではない。明らかに我々を狙っている。公安当局か? 何でだ!

で、羊角島ホテルに投宿。北のカメラマンはまだ回している。
ここは平壌ではかなり立派なホテル。去年地下のカジノを探訪したホテルだ。今年はカラオケルームもできていて、メニューにはなぜか、マッサージ1万数千円と明記してあったとか。行ってないので定かではないが。
本日解散、飯食って寝ろ、であるが、ここからが取材人の腕の見せ所。何とか外に出たい。
同行の当局通訳を口説く。
「夜の平壌を見たいんですがね、何とか出れませんかね」
で、当局のお偉方風な、これは差支えがあるので仮にSさんとしておくが、
「後藤さん、今回はピースボートの同行取材でしょ、逸脱した行動はちょっと無理ですよ」
とお決まりの返事。
「そこを何とか」と言うと、
「そうですか? それじゃマスコミ懇談会と行きますか、私たちも日本のマスコミには言いたいことありますので」
日本のマスコミがどういわれようとかまわない。少しでもいいから平壌の実態を見たい。
で、新聞社のF氏、前述のO氏と俺の三人は当局のSさんとタクシーで出かけることにした。
「駅行きたいんですけど」
「駅はちょっとね」
「じゃあデパートは?」
「デパート閉まってますよ、また明日もありますから」
本当に明日行けるのかよ、明日は板門店や革命博物館、主体思想塔、地下鉄ってコースじゃないの、とまったく信じてない俺ら。
「とにかく今夜は友好を深めるということで」
と着いたのが、ほかのホテル。これまた立派なホテルで、おそらく外国人用。
でその中に、カラオケ屋。聞こえてくるは日本の演歌。入ってみると、帰国同胞なのか、どこから見ても日本人然とした客がマイク片手にうなっていた。
一見銀座の三流クラブ。チマチョゴリを着たお姉さんが、にっこり笑っておしぼりを手渡してくれる。
「何します。とりあえずビールでいいですよね、じゃあ私が早速」
と頼んでもいないのに、Sさんさっさと選曲、歌い出したのはなつかしの石原裕次郎、見ると画面には、若き頃の浅丘ルリ子と裕次郎の映画の1シーン。
あのさ、話しに来たんじゃないの、うるさくって話しどころじゃないよ。
しかし、これも平壌の実体か。俺たち3人はビール1本ずつ空けながら、明日からどんな取材ができるか思案する。
「後藤さんも1曲」って、いいよここまできて。うるさいし、疲れてもいたので「もうここ出ましょう」と言うと「そうですか、そうしましょう」とあっけない返事。おいおい、マスコミ懇談会じゃなかったのかよ。
「じゃあお勘定してください」
「はーい」
とこれまたチーママ風が小さな紙をすっと差し出す。
で見ると、ビール3本が1万4千円! ドルやウォンじゃなくて、はっきり円。
「ぬあんだと!!」
どう考えても歌舞伎町以上のボッタクリ。
当局お偉方Sさん、あっち向いちゃってる。
分かった、分かったよ、君たち、どこで学んだか知らないが、そうした資本主義は堕落だぜ。あの偉大なる総書記にチクッちゃうぞ、この、いいのかそれで、崇高なる人民共和国が。ええ、平壌市民の月収は夫婦で300ウォン、約1万8千円が平均だといったじゃないか。
ここに来て我々は確信した。もうすぐこの国の、この世界でも類まれなる社会主義体制の崩壊も近いと。やはり世界は金か、今のうちに円を稼いでおきたいんだな、もうすぐ市場経済が来ることを知っているんだな、あのね、言っておくけど、市場経済なんていいもんじゃないぜ、この国にはいないホームレスも生むんだぜ、リストラ、失業、一家心中なんてのもあるんだぜ。何、それより悲惨なことがここにはあるって? まあそれは想像できなくもないが。
分かりました、そう来るならこちらもせいぜい逸脱させてもらいます。覚悟してご協力ください。
  
という初日の経験を生かし、俺たちは、当局との駆け引きの毎日を送った。
次の日の板門店には行った。昨年の雪解けムードはどこにもなかった。元の冷戦状態に戻ったようにしらけていた。しかし、あのビデオカメラマンはしっかりいた。
「おい、昨日はどうしたんだよ、俺らはあれから、資本主義的堕落を体験したのよ、君たちの高級官僚と一緒に、そこ撮ってくれなきゃ困るじゃない」と言いたかったが言わなかった。それよりSさんを誘導して、まいてしまうほうが手っ取り早かった。
で午後の予定はいきなりわがまま言ってすべてキャンセル。タクシーに乗って、「珍しいところ連れてってよ」と脅迫。市民が食べるというアヒルの焼肉食堂、5人で2万2千円!! おい、本当に市民が食べるのかよ、俺らだけ別室だったじゃない。その代わりというか町をそぞろ歩いて、アイスクリーム屋のおばちゃんに直撃インタビュー、もちろん撮影。いきなりの日本人の取材にも物怖じせずおばちゃんにこやかに応対。
次の日も団体行動をいきなり逸脱して「どこか連れてって」とおねだり。なんとSさんはゴルフの打ちっぱなし見学に連れて行ってくれた。そこでは女子プロゴルファーが鮮やかなショットを見せてくれた。もちろんアポなし、社長という人がいて、彼は帰国同胞。10歳のときに帰国して金日正大学で学び今日の地位についたという。日本から帰国した人はつらい生活をしているという話を何度も聞いたがこういう人もいるのだと思った。
さらに、射撃場にまで連れて行かれて、実弾使って射撃練習。普通の市民もできると言っていたが、ほかに客はいなかった。だが、これもアポなし。その夜のカラオケ屋が2万5千円だったのも許そう。すべてカメラに収めた。インタビューもばっちりとやった。
かくて、3泊4日の平壌滞在では、予想外の出費もあったが、これまで見ることのできなかったピョンヤンの表情を俺は垣間見た。
それはこの国が確実に緩んでいるという確信を俺に与えた。
それがいい事なのかどうか、それはよく分からない。だが、決められたコースを突然キャンセルして取材した平壌市民の表情は穏やかで友好的で、これまで訪れたほかの国の人間となんら変わらなかった。好感が持てた。何だよ普通の人間じゃないか、何でこれまでそれをマスコミに見せなかったんだよ、それが誤解の元だぜ、とまで思った。
もうこれまでの体制のままじゃ、この先立ち行かない、それを予感しているのか、持てるものからはがっちりいただき、来るべき市場経済に備えるといったたくましささえ感じた。
それを開放と呼ぶか、崩壊と呼ぶか、今しばらく見つめてみたい。
平壌以外の場所は知らないので、ひょっとしたら俺は踊らされたのかもしれない。
しかしすべてが、仕組まれたものとは思えなかった。世界から孤立しているように見えても、そこには確かに日々を生きる人間の姿があったからだ。人間に罪はない、体制に罪があると思った。だから、おそらくバックマージンをもらっているSさんを俺は許すし、微笑ましくさえ思う。  
こんなに面白い取材をしたのに、帰国後すぐの9月11日にアメリカで同時テロが起こり、俺はすぐさまパレスチナとかに行って、北朝鮮リポートは売り先を失った。
残念。どこか今からでも買ってくれるとこないかしら?

ところで、あの怪しいビデオカメラマンはどうしたかって? 確かにこやつはピースボートに密着していたのだった。さすがに逸脱行動には付いて来れなかったのだが。
帰国する日、港までのバスの中、ガイドが言った。
「今日までの皆さんの北朝鮮旅行を納めたビデオがあります。皆さん一人一人が写っていますよ、音楽も入った旅の思い出、1本4千円です」
なんだと! おいおい、それじゃ、そこらの安っぽい観光業者と変わらんじゃないの!
なんだ、マークされてたんじゃなかったのか! 
俺はおのぼりさんよろしくそれを買った。帰って見てみると、嬉しそうに観光している俺のアップもしっかりと写っていた。
どこが社会主義やねん!! 脱帽!

2001年11月6日

ご存知のとおり、アメリカ同時テロ後、世は戦争戦争の大安売り。もっと早く報告したかったのですが、9月以来2度にわたるパレスチナ行きで忙しく遅れました。パレスチナ報告もいずれまた。

後藤和夫