『いつもと変らぬ青い空』
エルサレムからベン・グリオン空港に向かう途中、私たちは『ABU・GOSH』というアラビアンフードのレストランで食事をした。短い滞在だったが、私たちはすっかりアラビアンフードが好きになっていた。メインの前に出てくるサラダ類は8種類にも及ぶだろうか。ゴマや、ヒヨコ豆をペーストにし、タヒーナ・ソースやオリーブオイルを加えたもの、チリやピーマンを細かく刻んだスパイシーなサラダ、これがナス?と思うほどすりつぶされたナスサラダ、みんなうまいうまいと舌鼓を打った。
食が文化だとしたら、そこにはまぎれもなく数千年の間に培われた、青い空の下で育った食材と人間が作り出した文化があった。恐らくそれは、国家なんかが出来る前から、テーブルを囲む全ての人間を楽しませてきたにちがいない。

「そうだろ、こっちのビールはゴラン高原の水を使ったものだぜ」とユダヤ人のガイドが勧める。
「ゴラン高原のワインも絶品だよ」とパレスチナ人のドライバーが付け加える。
私たちは、今現在、敵対しあっていると言われているイスラエル人とパレスチナ人を囲んで出国前の食事を楽しんでいる。その二人は仕事仲間で仲良しだった。
私にとっても二人は友人だった。

小高い丘の上のレストランがあるそのあたりは、昔から、パレスチナ人とユダヤ人が共存してきた村だった。青い空と、オリーブの木とフルーツと、そこには人間を憎しみ合わせるものは何もなかった。今もテーブルの前の二人のように仲良く談話している事だろう。
全ての人が敵対しているわけではない。

丘の上のレストランからはるか遠くに、アメリカ製の最新鋭ヘリコプターアパッチが飛び去るのを見た。今日はどこのパレスチナ人自治区にミサイルを撃ち込むのか。

平和な昼食のすぐ横で、無残な殺戮が起こっている。
それがパレスチナの日常だ。
およそ6ヶ月ぶりのパレスチナだったが、いつもと変らぬ青い空が広がっていた。

平和さえ見ていたければ、エルサレムから一歩も出なければいい。ニューヨークの同時多発テロのすぐ後なのに、ユダヤ人観光客は大挙して嘆きの壁ツアーにはせ参じている。
ホテルのプールで優雅に泳ぐ。死海でエステを楽しむご婦人もいる。たった今もいる。
日本で心配する事もない能天気な観光地としてのパレスチナもある。今もある。

その一方で。
ガザやジェニン、ジェリコでは、アメリカのテロの後すぐにイスラエル戦車部隊が侵入し再占領した。ラマラのイスラエル入植地の手前では、今日も少年たちが投石を繰り返し、イスラエル兵の銃弾に倒れている。つい2日前私たちはそれを目撃した。
エルサレムとラマラを結ぶ幹線道路、カランディアというパレスチナ人自治区では、投石に対し、民衆にも容赦なくイスラエル兵の銃が火を吹いている。
同じ2日前、長野智子キャスターが、やる気のなさそうなイスラエル治安部隊の若者に話しかけた同じ場所だ。日にちがずれていたら、銃弾の中を逃げなければならなかったかもしれない。美味しいサラダなんか食べられなかったかもしれない。

西エルサレムの有名な通りでは、ユダヤ人の婦人が「いつパレスチナ人のテロがあるか分からないのよ、怖くて街にも出られない」と嘆きながら、御主人と小さなお嬢ちゃんを連れ、レストランを探していた。
数ヶ月前、その近くで自爆テロがあったのを知っていながら。

これが、どこまでも青い空のパレスチナの日常だ。
戦禍が隣り合わせの日常だ。

ベツレヘムはエルサレムと並ぶ聖地だ。車でたった20分。
だが、その道はイスラエル兵によって封鎖されている。メディアの私たちに対しても通行を許さない。ドライバーがパレスチナ人だからだ。嫌がらせである。
私が「なぜだ?」と叫ぶと、「この先が危ない」と言う。
おいおい、嘘を言うなよ。君たちが戦車やミサイルで攻撃さえしなければ危ないなんてことはない。私は知っている。この先の街に平和で人懐こい人間が住んでいることを。昨日も電話したばかりだ。「懐かしいね、明日会う事を楽しみしてるぜ」

仕方なく迂回した。1時間かかった。
ヨルダン川西岸に散らばるパレスチナ人自治区は、イスラエル治安部隊によって分断されている。職が奪われるだけでなくあらゆる経済封鎖が続いている。妊婦がエルサレムの病院に行く事もままならない。医薬品は届かず、水道や電気も時に遮断され、国連の支援物資を人々は待つ。険しい斜面にやっとの思いで家を建て、もう50年近く劣悪な生活を強いられている難民達は、必死で迂回路を作って自分たちの手で細々と物資を運んでいる。
その山間の道が、イスラエルのブルドーザーで土砂封鎖されている。悪質な嫌がらせだ。
その嫌がらせの封鎖をまた迂回するように道が作られている。
ドライバーは苦笑いでそこを通る。

これが日常だ。50年間続いたイスラエルの支配と抑圧の日常だ。
今となっては平凡な日常だ。

やっと、懐かしい難民キャンプに着く。
よくきたね、と人々が迎えてくれる。もう1年も仕事にあぶれている友人がアラビアンコーヒーで歓待してくれる。
午前中の学校を終えた子供達が通る。滅多に見かけない日本のテレビキャスターやディレクターに興味を持って集まってくる。
「アメリカのテロを知ってる?」
「ああ知ってる、最高だね、アメリカはイスラエルを助けている敵だからね」
「罪もない人がたくさん死んだのよ」
「ここでも罪のない人が毎日死んでる。もう50年間も毎日死んでる」

毎日、イスラエル兵の銃弾に倒れる人間がいる日常。あっちは滅多になかった非日常に慌てふためいて、全面戦争だといきり立っている。

「あらゆるテロ国家と戦う」だって?
パレスチナの若者にきいてみるといい。
「一番のテロ国家ってどこ?」

毎日のように、アメリカ製のミサイルに怯えるガザの人々、チェックポイントの兵隊が構えるアメリカ製M16の実弾。F16やアパッチが頭上を通過するだけで授業を中断しなければならない日常。
投石という報復。自爆テロという報復。
それに対しての封鎖、ミサイル攻撃の報復。武器を使わずとも、孤立させるだけで何人が死に至るのか。

マンハッタンで巨大な文明の象徴が崩れ、罪なき多くの生命が奪われたその瞬間にも、パレスチナでも墓石はひとつずつ増えていた。
どちらの街の上にも、変らない青い空が広がっていたことだろう。

CNNは連日『アメリカン・ニューウォー』と新しい戦争を鼓舞している。
どこが新しい戦争なのか。
『インフィニット・ジャスティス』=限りなき正義だって?
アメリカの正義が一体何をしてきたというのだろうか。
ベトナム? 湾岸? コソボ空爆? そして今度はアフガン侵攻か? あれ、ソ連がやった時オリンピックをボイコットしたのはどこの国?

『新しい戦争』と言うなら、それを世界の貧しい人々に仕掛けてきたのは冷戦後のアメリカだったのではないか。一国一強主義、マクドナルドと、コカコーラ、ITと二酸化炭素、ミサイル防衛構想と国連決議無視のイスラエル支援。こうした、アメリカの傍若無人な『新しい世界支配戦争』に対して今反旗が翻ったのではないか。
武力による報復が、さらなる暴力の連鎖を生むことは、パレスチナの日常が証明済みじゃないのか。
『いつ死んでもいい』と叫ぶ無垢な子供達を数多く育てた責任は誰にあるのか。
銃を持ち、人を撃つことが日常だという少年兵を育てた責任は誰にあるのか。
その罪は、テロリストの罪より軽いとでもいうのか。

この憎しみの連鎖に終止符を打つのは簡単である。
世界の警察であるアメリカが、イスラエル政府に介入し、今すぐ、パレスチナ自治区から、全ての入植地とイスラエル治安部隊を撤退させればいいのだ。
アメリカの涙は、これまで世界が味わってきた涙だったのだと謙虚に反省すればいいのだ。
その涙を、アメリカ人にも、世界のどの国の人にも二度と味あわせないように努力しますと言えばいいのだ。
そうすればブッシュはノーベル平和賞をもらえるにちがいない。

パレスチナ難民キャンプで武装組織タンジームの兵士と会った。
彼は日本人の私たちに対して「尊敬している」と言った。
なぜか。
「あなた達は、神風でアメリカに自爆攻撃をした。私たちはそんな日本人を尊敬している」

特攻隊に限りなき哀悼の意を示したわが国の総理大臣は、アメリカに全面協力をすると、パレスチナのパの字も知らずに宣言した。
あなたの愛する「神風」は「聖戦」を遂行する人々にも愛されているのです。構造改革の複雑さより、戦争の方が単純で分かりやすい。
でもこのままでは、日本は『神風』をやっつける側についた『神風発明国』として、イスラムの国々からうらまれる事間違いなしだ。

不思議なことにどの国も『ストップ・ザ・ウォー』と叫ばない。
G8という名のこよなく戦争を愛する国家たちには、殺戮の中で友情を確かめ合う人種の違う人々や、偶然にその地に生まれ戦乱に巻き込まれてしまうごく普通の人々の痛みなどは理解できないにちがいない。
そうした、人間の哀しみに理解の行かない人々を等しくテロリストと呼びたい。
あなた達は『爆弾』の代わりに『国家の威信』という武器で人類に対してテロを敢行しようとしているのですよ、と。

パレスチナロケの帰りにパリに寄った。
今パリではコーランが飛ぶように売れているそうだ。イスラムとは何か。人々は知ろうとしている。
パリで出会ったワイドショーのスタッフ。中村江里子の結婚式の取材を終えてきたばかりだと言う。明るい取材でよかったね。

オリーブの木の下で、青い空を見ていた。またまた清志郎が流れてきた。

感じねえかよ この嫌な感じを
一度ぐらいは テレビで見ただろ
ボタンが押されりゃ それで終わりさ
逃げ出す暇もありゃしねえ
見ろよ そこの若いのよく見てみろよ
びくびくするのも当たり前さ

でもよォー 何度でも何度でも
おいらに言ってくれよ
世界が破滅するなんて嘘だろ
嘘だろ

【お礼】今回の取材では時期が時期なので皆様からご心配のお便りいただきました。ありがとうございました。でも大丈夫です、無事です。元気です。
番組はテレビ朝日長野智子キャスター、江野ディレクターのもと無事9月16日『スクープ21』で生放送しました。僕はと言えば「ガザに行きてえな、ミサイル直撃撮影してえな」と不埒な事を考えていました。このハイエナ野郎! です。
でも我が家も心配していたらしいので、局の指示どおり放送後脱出しまして、パリで2日ほど過ごしました。シャンパーニュでシャンペン工場を見学してたら、グループの中の御老人が我慢できずに、高級なシャンパンが並ぶ蔵の中で立ちションするという珍事がありました。
うーん、この老人『嘆きの壁』の前でもするだろうか、とヒンシュクものの想像をしてしまいました。是非して欲しい。宗教で争うなんて立ちしょんべんよりくだらねえ!