| 『夏の陽炎『た。』の効用』 |
♪風の中のすばる 砂の中の銀河 みんなどこへ行った 見送られることもなく
中島みゆきの曲が流れている。「特攻隊」を追悼した曲ではない。
今NHKで絶大な人気を誇る番組『プロジェクトX』の主題歌だ。
中島みゆきの『時代』は私の十八番で、この『地上の星』も好きな曲なのだが、どうも気にかかる。
『プロジェクトX』のうたい文句は「思いはかなう。これが日本人の底力だ。この国には不可能を可能にした無名の男達がいた」である。
その主題にかぶさるように、中島みゆきが流れる。バブルがはじけ、不景気風が吹き、閉塞感にさいなまれたおじさんたちは、なんだか勇気が湧いてくる。
「俺達日本人はできるんだ。優秀なんだ。負けないんだ。」と番組は鼓舞する。
この番組がお父さんに人気のある所以だろう。
いやーな感じだ。
この夏は「靖国」だったし、「特攻隊」だった。それと「地上の星」と「プロジェクトX」が重なると、なんともいやーな感じだ。
この夏、優れた歴史探偵、半藤一利さんの『真珠湾の日』を読んだ。私は、半藤氏の『日本のいちばん長い日』『ノモンハンの夏』『ソ連が満州に侵攻した夏』『原爆が落とされた日』を読めば、太平洋戦争の実相は全て分かると信頼している。
で『真珠湾の日』だ。
若い頃アメリカに駐在していた山本五十六は、戦争になれば、その国力の差から絶対アメリカには勝てないと客観的に判断していた。もし勝てる、いや早めに和平条約を結べるとしたら、奇襲しかない。奇襲して、まず勝っておいて、すぐさま外交的手段で、終戦的条約を結ぶ。
「やれっていうなら、おいらは軍人ですからやりますけど、長引いたら負けですぜ」と言って、真珠湾攻撃を計画したのだった。
そして、真珠湾は、物の見事に成功してしまった。
なんだ「思いはかなう。これが日本人の底力だ。この国には不可能を可能にした無名の男達がいた」ということになってしまった。イケイケドンドンになってしまった。
真珠湾攻撃の成功は、日中戦争に疲れうんざりしていた日本人に活を与えてしまった。
あの高村光太郎は「胸がこみ上げてきて我にもあらず涙が流れた」と気持ちを高揚させたし、戦後、原爆慰霊碑に「安らかに眠って下さい過ちは繰返しませんから」の文句を考えた雑賀忠義教授は、授業中なのに「万歳」を叫んだ。
ジャーナリストの安部真之助は「私の感動も意識的になるにつけ、先ず私の心を揺り動かしたものは街の人々と同じような、矢張り、国民的な感情だった。(中略)これは負けてたまるかの、国民感情がさせているので、願わくばこの沈静な心持だけは永久に持ちつづけたいものと念じている。」とペンを走らせた。
愛すべき詩人金子光晴は「僕は蒲団をかぶってねてしまった」のだったが、多くの詩人、作家,大学教授、ジャーナリストまでが、真珠湾攻撃成功に酔い熱狂した。ほとんどの国民が,新しい刺激に興奮し,「日本は強いんだ」という高揚感の中にいたのだ。
日中戦争で国力を使い果たしていたのに,これをきっかけに3年半以上もの泥沼の戦争を続けたのは,結局において,日本人がこれを支持したからだ,と半藤氏はあとがきに書く。
そこにあったのは, 「思いはかなう。これが日本人の底力だ。」という紛れもない国民的熱狂であっただろう。
だから「プロジェクトX」は嫌な感じがする。誰かの陰謀のような気がする。
作為がありそうな気がする。何で今,日本人の優等性を鼓舞しなくてはいけないのか。
そこまで勘ぐらなくても、それが成り立つ裏には、国民の熱狂が見え隠れする。
それを知ってか知らぬか,小泉君が「戦いに散った人たち」に哀悼の意を示す。日の丸持った若者が「純ちゃん」と応援をする。
真夏の「靖国」に不気味な陽炎が立つ。全体主義の陽炎が立つ。
もうひとつ。「プロジェクトX」に気になるところがある。
田口トモロウのナレーションである。「―た。」「―た。」の繰り返し。
田口の特徴は,「た。」が一瞬、間を置いて発せられるところだが,なぜゆえに,こうも「た。」攻めなのだろうか。
「それは夏だった。男達は焦っていた。時間がなかった。アメリカはすでに成功していた。予算は少なかった。人数は限られていた。一人が言った。うなずくものがあった。反対するものもいた。『た。』ばかりだった。」
民放で,いや民放だけでなく,この手のナレーションは嫌われてきた。よく,出来の悪い局のプロデューサーがやってきて,「ナレーション原稿見せてよ」「これ,『た。』が多すぎんじゃない」と中身よりも『た。』の多用にだけ難癖をつける奴がいて,私もうんざりしたことがあった。
私は腹の中で,「それしか言う事ないのかヨ,この無能め,番組の主題を考えろよ,俺はわざとハードボイルド調で書いてんだよ」と思ったものだった。
そう。「た。」を多用するのはハードボイルドの文体である。
装飾を排し,客観描写に徹する。「であろう。」とか「かもしれない。」とかの曖昧性を排し,「なのである。」とか「ちがいない。」とかの恣意性も排する。あくまでクールに,感情を排し,事実だけを並べる。冷静な事実の列挙。それが特徴だ。
「プロジェクトX」の場合もそれが成功している。田口トモロウのクールなナレーションの後に,若く可愛い,理解ある娘のような久保純子がにこりと笑い「おじさんたちって凄いんだ,私尊敬しちゃう」という後フォローで出てくる仕掛けになっている。「た。」の冷たさから「久保純」の暖かさのアンサンブル。
うまい。見事に騙される。「た。」は事実だと思い知らされる。おそらく事実だろう。
しかし,事実は真実だろうか。「日本人は凄い」は真実だろうか。
例えば,カンボジアのメコン川に「日本人橋」を建てたのは,日本人達の努力としての事実だろう。
それに従事した人たちは内戦下のカンボジアで,命を賭けて設計や工事に取り組んだのだろう。全てのODAのインフラはそうした日本人の努力によって成されているのだろう。
だが,その技術やそこに投資された巨額の資金は,カンボジア人たちに等しく分配されたのだろうか。カンボジア人でその技術を習得した人間は何人いたのだろうか。
第一あの時必要だったのは、コンクリートの橋だったのだろうか、アスファルトの道だったのだろうか。もっと必要なものがあったのではないか、例えば子供達の教科書とか、木造でいいから学校とか。
不必要なものもあった。今もある多くの地雷だ。橋を作りより、地雷を、それこそ日本人の底力で撤去してあげた方が、カンボジア人は喜んだかもしれない。何よりも彼らは、大地を必要とする農民だったのだから。PKOで日本人の自衛隊が駐屯した場所に行ってみるといい。カマボコ兵舎や、急増のアスファルトの道路が、彼らの素朴な生活を妨害している。
夕暮れに水牛の背中に乗り、畑仕事から帰る少年達の姿は、なんともカンボジアらしい風景なのだが、誰かが余計なおせっかいで作ったアスファルトのコールタールは溶け、水牛が難儀している。
タイのバンコック。おそろしいまでのODA都市。高層ビルは全てODA予算で建ったのだろう。でもそれを請け負ったのは,全て日本のゼネコンだ。日本の援助金が,日本の企業にタイを経由して渡っているにすぎない。その間に日本とタイ政府の高官の懐を膨らませて。
タイ人は肉体労働者として雇われるにすぎない。地方の農村から,都市労働者として大量の人間が流れこみ,彼らは一時の建設労働者として金を稼ぐ。出稼ぎによって地方の農村は疲弊し,残された女や老人は,送金を待つだけの生活。出て行ったオトッチャンは,都会で女と酒とギャンブルを覚え,エイズになったりして、ホームレス状態。思い余ったカアチャンが子連れで出てきて,物乞いして、路上をさまようということとなる。
都市にはビルや橋や道路が出来て,日本のゼネコンはたんまり儲けて「ハイさよなら」。
技術学校を建てたのでもない。その国の人が独力でできるように施設を作ったのでもない。
やがて,アメリカや日本の製品を消費できるような,近代資本主義社会を作って来たにすぎない。「ハイ皆さん,これからは自給自足なんか辞めて,カードを持ってお買い物の時代ですよ。日本製品,安い,優れてる,どんどん買いましょう。その為にあなたの国を近代化してあげたんだから」
真珠湾攻撃よりましかもしれないが,これもまた侵略と考えられないこともない。
「長引いたら負けですぜ」の通り負けた日本が学んだのは、アメリカの追従者になる道だった。銃弾の変わりに、札束で侵略する「正義」だった。
これもまた事実の裏にある真実の一面ではないのだろうか。
「プロジェクトX」はこのあたりは狙いと違うから一切描かない。
描くのは「た。」に彩られた,「負けない,強い日本人の姿」だけである。
いやーな感じだ。「強いことを鼓舞」しなくちゃならないのは、弱虫の証拠ではないのか。
戦前、戦後、そしてこれだけ経済大国として失敗をしても、まだ「弱虫」を認められないのだろうか。
「思いはかなう。これが日本人の底力だ。この国には不可能を可能にした無名の男達がいた」
ゼロ戦か? ゼロ戦はまさに「不可能を可能にした無名の男たち」が作り上げたものだ。真珠湾攻撃の生き残りだった山川新作さんという人が映画『パール・ハーバー』を見てこう言っている。
「細かい事実がどうとか,そういうのはどうでもいいんです。それより悲しかったことは,私が『懐かしい』と思ってしまったことです。戦争をいいと思ったことなどないのに,あんな映画を見ても,やっぱり,懐かしいと思ってしまう」
なんて正直な人なのだろう。誰もこの人を責められない。
人は抗うことのできない時代の流れに翻弄されることがある。
それを責めることは出来ない。
もう二度と繰返さないという言葉が,この夏、陽炎の中で揺れた。
戦争なんて起こらないだろう。
でも、全体主義はいつでも起こる。人間たちが、人間たちよりもずっと後に出来た「国家」に寄り添おうとする時、全体主義は心地よいメロディーと共にやってくる。
♪もう二度と笑顔にはなれそうもないけど、
とならないように、私は、「私」だけの愛唱歌として「地上の星」を歌いたい。。
♪名立たるものを追って 輝くものを追って 人は氷ばかり掴む
2001年8月16日
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