『号外』
皆様お元気ですか。
『コンセント』『アンテナ』と来て、次は『リモコン』かな?と思っていたら、『モザイク』でした。傑作でした田口ランディ。。
14歳や17歳が正気と狂気の境界線を純粋にさ迷っている姿は、例えそれが殺人に結びついても何か考えさせられるものがあり、希望を探してあげたくなったものです。そこには「あ、俺と同じ奴がいる」と思った無数の14歳や17歳の存在を感じます。
「君は狂っていない。この世が狂っている」と言ってあげたいような、そんな気にもなりました。
しかし、37歳の世俗にまみれた男が狂気と正気の境界線から逸脱し殺しに走った今回の事件をどう考えればいいのでしょう。
『最悪』や『邪魔』の登場人物のように、仕事や、家庭や、市民生活や借金や愛憎など、嫌になるほどの平凡な日常生活からの逃亡が、無差別殺人であった場合、もう優しい言葉のかけようもないじゃないですか。
でも、宅間のような劣等感や無力感にさいなまれ、持って行きようのない暴力衝動を溜め込んでいる「純粋な頃に狂えなかった」人間の方が、「渋谷の底が抜ける」というモザイク状の錯綜の只中にいる若者より、圧倒的に多いと思います。毎日、どこかで目撃します。
この腐りきった日常にうんざりしている、もう純粋さとは無縁の30代や40代が、「あ、俺と同じ奴がいる」と感じたとしたら。
濁った狂気の連鎖反応を心配します。こっちの連鎖反応のほうが可能性が高いからです。
そして、被害にあった子供の絵や作文、実名を出して、決して被害者たちの気持ちには届かないポーズだけの報道には反吐が出そうになりました。どっかの出版社やテレビ局が親たちに執筆依頼や取材に駆けずり回っている姿が目に浮かびます。その中の何人が自分は『狂っていない』といえるのか。

『小学生下さい』
『?…』
『あっ間違えた。包丁ください』

オヤジ狩りがあるぐらいだ。小学生狩りだって、あっておかしくない。
親が子供を虐待して殺すぐらいだ、他人が子供を殺す事ぐらいあるだろう。何を珍しがってんだ。
学校は毎日子供をじわじわ殺してるじゃないか。
マクドナルドは毎日毒をばら撒いているじゃないか。
なんだって起こる。
珍しがって特殊な事件にするな。
これが私たちが到達した、豊かな社会の真実かもしれないじゃないか。
経済が悪化しただって?もうとっくに人間は悪化しているのだ。
どんなに同情の姿勢を見せても、子を失った親の悲しみには到達しない。
ポーズはやめろ。被害者に触れるな。お前らに被害者を語る資格はない。
宅間を生んだのは自分たちじゃないと誰が言えるんだ。
己が宅間の加担者じゃないかどうか、深く内省せよ。

てな事を考えながら『夜のフロスト』(やっと出た。やっぱり面白い)並みに昼夜を問わず編集に埋没していました。インドネシアの痒みを掻き毟りながら。