『戦争ほど素敵な商売はない』
先日、NHKスペシャルでボスニア戦争の『民族浄化』について検証していました。
民族浄化=ETHNIC CLEANSINGはボスニア内戦で初めて使われた言葉です。
ある民族が他の民族を迫害、虐殺などで抹殺してしまおうとする行為。
ボスニア戦争では、ムスリム系の人々に対してセルビア人達が、攻撃、焼き討ち、レイプ、強制収容所、虐殺などをしたとして、「民族浄化」と非難されました。
ミロシェビッチ元大統領は、その指導者として、今もハーグの『旧ユーゴ国際戦争犯罪法廷』から告訴されています。
先ごろ新ユーゴは国連に復帰しましたが、ボスニア戦争の『民族浄化』のため1992年の9月に国連を追放されました。
番組は、この「民族浄化」という言葉で、セルビアが国際的非難を浴びるに至った背景を検証しました。
その裏には、アメリカの情報コンサルタント会社ルーダー・フィン社の情報操作があったのです。
ボスニア内戦は、旧ユーゴスラヴィア連邦共和国を構成するボスニア・ヘルツェゴビナ共和国の独立に端を発します。スロベニア、クロアチアと共和国が次々と旧ユーゴから独立し、ボスニアもそれに倣って独立を宣言しましたが、ボスニアは、クロアチア人とムスリム系とセルビア人が似たような人口分布で構成されている共和国でした。
クロアチアとムスリムは独立派、セルビア人は反対。クロアチアの独立の時に、クロアチア内のセルビア人は迫害されたので、ボスニア独立には激しく反対し、内戦となったのです。
ボスニア内のセルビア人を助けるために、セルビア共和国は軍事支援をしたとされています。その真偽は僕にはよく分かりませんが、ボスニアの首都サラエボが、セルビア軍に包囲され、攻撃を受けている光景は何度も映像で見ました。
そのさなか、ボスニア独立派の外相シライジッチはアメリカに渡り支援を求めます。
そのときベーカー米国務長官が彼にアドバイスするのです。『欧州メディアを利用しろ』『世論を味方につけろ』
そして、国際世論を味方につけるためにシライジッチは、情報コンサルタント会社フィン社に接触するのです。フィン社の国際局長ハーフは、シライジッチから聞いたサラエボの現状、イスラム系住民(ムスリム)の難民化などから『民族浄化』という言葉を思いつきます。
この言葉は、クロアチア独立の時にクロアチア側が、クロアチア内セルビア人に対して行った迫害の時にも使われたのですが、簡単に言えばCM会社が、新商品のキャッチフレーズを作り出すように、この時も一大キャンペーンのために持ち出されたのです。
そしてアメリカ3大新聞の論説委員の懇談会に、シライジッチを送り込み、セルビアの犯罪的民族浄化の現状を報告させます。
次はテレビ。シライジッチはテレビやラジオでどう話せばいいかのレッスンも受け、サラエボでどんなに自分達が悲惨な目に会っているかを、「アメリカは民主主義の国」という言葉を巧みに入れ込みながら声明と共に訴えます。
そして見事に、ボスニアの戦争の責任はセルビアにあるというイメージが出来上がったのです。
それはまるで、商品開発のプロセスを見ているかのようでした。
そのためセルビア悪人像ができ、ホワイトハウスは動かされ、アメリカのユーゴに対する経済制裁が決まりました。
ボスニア内に強制収容所があるのではという情報は、セルビア人が作り、ムスリム系住民が虐殺されていると形で世界に報じられました。
国連軍の司令官が、「双方が収容所を非難しあっているが、その判断材料となる収容所はなかった」と言っても、世論は見向きもしませんでした。
フィン社のハーフは、元収容所にいたという親子を見つけてテレビ出演させます。
「これはちょっとした思い付きでした。難民親子って、テレビ向きですからね」
それはまるで、いいテレビコマーシャルを作ったプランナーの発言のようでした。
かくて、セルビア共和国が中心のユーゴは国連から追放されたのでした。
フィン社は、このメディア戦略で9万ドルの報酬をボスニア政府から受け取りました。

戦争は醜い。どちらも正義を主張して譲らない。セルビアが悪いのか、クロアチアなのか、ムスリムなのか。おそらく指導者はみんな醜い。はっきりばか者!と言っていい。
だが、なんとも嫌なのは、人の国の戦争を、まるでCM制作をするように、片側に荷担して商売にしている会社があることと、その情報操作に簡単に乗っかってしまうメディアの存在です。
「これからも民族戦争は起こる。私たちのようなプロが必要になっているのです」とフィン社のハーフは言う。これはこういうことだ。
「これからも民族戦争は、どこかで起こってくれないとね。それじゃなければ私たちはおまんまの食いあげだ。勿論それはアメリカじゃなくて、中東とかアフリカとか、アジアとか、どこかそんな国でね」
当たり前のことだったのだけど、「戦争ほど素敵な商売」はないのです。
だから、西欧社会は、有史以来戦争をやめないのだと、僕は改めて思ったのです。
アメリカのビジネスマンはタフです。戦争がどっちが悪かろうが関係ない。金儲けになればそれでいい。戦争はいつもゲームです。繰り返されるマネーゲームです。
戦争に倫理や人権などはありません。国家にそれがないのと同様、そこには利益しかないのです。しかもたちが悪いことに、いまや近代化を成し遂げた経済大国は、人の国の戦争で、人の国の人間の命で金儲けをしようとしているのです。
そんな国々を先進国として追いかける必要があるのかな?
そんな事を産業としている国に「人権尊重」なんてあるのかな。
そんなDNAを持っている人種と僕らは付き合う必要があるのかな?

また僕自身も仕事をしているメディアはどうなのでしょう。
ベオグラードに行って、若者たちが根強くNATOやアメリカに反感を持っているのを感じましたが、こんな背景も一つの要因になっていると思います。
それはかなり正解だと思うのだけど、メディアの中立性とは何だと考えざるをえないのです。私たちはどこまで中立でいられるのか。ひょっとして中立なんてのは幻想じゃないのか。情報コンサルタントに操作されている危険性はないのか。
そんな事を考えさせられた特集でした。
しかし、NHKだけだな、ユーゴの問題に関心を持ってるのは。そこに普遍性を持たせようとしているのは。
民放に言ったら、「そんなのは視聴率取れない」と言われちゃいました。
今世紀は戦争で始まり、戦争で終わりそうです。21世紀に持ちこしそうです。
これは人類の今もっとも重大な課題です。
視聴率という金儲けのバロメーターのほうが大切だという日本のテレビメディアに世界を相手にする未来の可能性はあるのでしょうか。
ウーム。それとも、世界のことなんて知らんもんね。森の悪口言ってれば、俺ら幸せだもんね、というところかな。
国際的にならないことも日本の選択として、ありかな?って思っちゃいます。
やっぱり鎖国ってよかったのかも。