| 『ベオグラードへ行く前に』 |
時々思いついたことをメイルしていたら、ある人が「タイトルつければ」とおっ
しゃったので『COOL HAND通信』。COOL HANDとは、ハッタリの事ですが。
最近、『セロニアスモンクの鐘』なる本を読みました。
「かつてテレビはあれもできる、これもできる、そんな途方もない夢を青白きテレビ
制作者に抱かせるメディアであった。それがどうだろう。今では一握りの虚勢をはっ
たニュース番組と、安っぽい娯楽を追い求めるだけの、営々と利益を探し求める守銭
奴のようなメディアに成り下がってしまった。果たしてそこに夢はあるのだろう
か。」著者は竹田賢一という人。
でも僕はテレビが好きです。映像が好きです。
「映像作りというのは青春の再発見だと思う。確実さなんか知らなかった年頃の心情
を、臆面もなく再発見することだろう。つまり幸福に向かって駆け抜けることだろう」
アニエス・ヴァルダというフランスの映像作家の言葉です。
で、10月。ちょっとオリンピックの見すぎで遅れてしまったけど、ぶらり、ベオグ
ラードにでも行って来ようかと。
97年1月。僕はベオグラードで、高校生や大学生が毎日1万人以上のデモをしていると
ころに遭遇しました。今回のミロシェビッチ引き降ろしは、こうした若い力の成果で
す。その事に着眼したニュースはなかった。
ニュースはいつも、人々の上に立つ政治家についてしか触れません。政治家が国を動
かす、その愚かな固定観念からメディアは一歩も脱していない。メディアが、政治家
という輩を傲慢にさせている。
若者たちは言った。「民衆が政治を変える。民衆が政治を監視する。どんな指導者に変わ
ろうとも、それを真実としたい」
民主主義とは? 政変が問題なのか。政治を変える自由が民衆にあることが大事なの
か。
97年に出会った若者たちに会いに行こうと思いました。
ですから10月の11日から21日までは不在です。バルカンの憂鬱が、バルカンの希望と
なっているか。
『ユリシーズの瞳』のハーヴェイ・カイテルを気取っています。
勿論デジカム片手の映像の旅です。帰ってきたらまたご報告。
最近ちっとも仕事をしていない僕であります。 |
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