| 2001年 夏。 |
|
これは私ミタサヨコの極ワタクシ的旅日記です。東京で仕事をするよう になって5年、初めての夏休みでした。とにかくのんびりしたかったので、それほど 冒険したワケじゃありません。なので、旅案内としてはあまり有能じゃないかもしれ ませんし、そうかといってそれほど詩的でもないと思います。でも、何か形にして残 したい、そんな素敵なお休みでした。 今回、私が選んだ行き先は、ベトナム です。今、ベトナム旅行は特に女性の間では大ブーム。食べ物が美味しくて、雑貨が 可愛くて、女の子にとっては楽しいことだらけの国だと雑誌でもよく特集しています。 まあ私もそんな女性誌から情報を得た1人でもあるんですが、まずはリゾート地でゆっ たり過ごして、それからホーチミンで買い物をしようというもくろみです。相方は最 初、アメリカあたりに行きたかったらしいのですが、私が熱烈にベトナムを主張した のですっかり洗脳されてしまいました。 そもそも男性は、女性に比べてあまり旅の前に予習をする、ということ は少ないようですね、一般 的に。私なんぞは旅行の前にまずその国に関する本やらガイドやらを何冊 も読んだりするのが楽しいんですけど。 ともかく、お互い仕事先には多大な迷惑をかけまくりながら、半ば強引 に日本を出発しました。8月31日〜9月8日まで、8泊9日のバカンスです。 |
| 2001年 8月31日(金) 羽田〜関西〜ホーチミ ン |
|
結局、旅の準備とやっつけ仕事(!)で一睡も出来ないまま、空港へ。 旅行を決めたのがわずか2週間前だったので、成田からの直行便が取れず、羽田から 関西国際空港を経由してベトナム・ホーチミンへ行くことに。
朝の7時に家を出て、ホーチミンに到着したのは14:30過ぎ。タン ソンニャット空港が近づくにつれ、機内から見下ろす景色にはたっぷりと水をたたえ た赤い河が。これが肥沃な大地の命の源、メコン河 なのね。 さて、他の日本人旅行者(ほとんどが女性2人連れ)と一緒に、現地ガ イドさんの案内でマイクロバスに乗り込み、市内のホテルへ。そこで目に、そして耳 にしたのは想像を遙かに超えたバイクの量 ! 誰かが「町中が暴走族の集会みたいなもんです」と書いていたが、そ れは本当です。 殆どが50ccのカブ。みなノーヘルで、2人乗りなんて当たり前、家族4人 (お父さんとお母さんと子供2人)乗りもザラ。しかも四六時中クラクションを鳴ら しまくる。信号も滅多になく、歩いている人もあまりいない。50ccまでは免許も要ら ないそうで、中学生くらいから乗っているように見えます。16時過ぎでちょうど帰 宅時だったから特に混んでいたそうなのですが、それにしてもあ然とするほどの騒々 しさ。 呆気に取られているうちに今宵の宿、サイゴン・プ リンスホテルに到着(日本のプリンスとは関係ないです)。ホーチミン の目抜き通 り、グエンフエ通りに面したシティホテル。どうやら日本人ツアー客の御 用達ホテルのようです。 ここ数日の多忙と今日の移動ですっかりバテていたので、早めに夕食を 取って休むことに。ホテルからグエンフエ通 りを渡ってすぐ、ラッキープラザ内の「NAM AN(ナ ムアン)」というベトナム料理屋さんへ行く。雑誌によると「緑の生い 茂る木々と蓮池に囲まれて雰囲気もグッド」ということだったのだが、ほんとにオー プンエアで気持ちいいです。要予約、と書いてあったのだが予約なしでもすんなり入 れました。もちろんベトナムビールの「333(バババ、 と読む)」を飲んで、まずは定 番の生春巻きから。メニューも写 真付き、英語解説付きなので安心。エビのすり身焼き、貝の蒸し物、 鶏 肉とアスパラの土鍋御飯などどれも美味しかったです。もうお腹いっぱい食べて、ビー ルを飲んで、2人で270.000ドン(2.250円)。伝票を見て「え?」と信じられなかっ たのですが、ホントです。いやあびっくり。(でもさりげなくチップは要求される) 夕食後、ホーチミンシティを散歩。ガイドブックでは治安面で相当に注 意を呼びかけていたので、私もかなり警戒していたのですが、それほど危険な感じは しないです、私の歩いた範囲では。ただシクロの呼び込みはそこら中でしつ こい。また、町中がバイク大暴走状態なので、道路の横断には相応の覚悟が必要です が、待ってたらいつまでたっても渡れない(だってバイクは永遠に途切れない)ので、 悠然と歩き出してしまった方が良い。クラクションはうるさいですが、気をつけてお 互いよければ滅多なことではぶつからないです、たぶん。
子供が夜でも路上で遊んでます。小さな子も、平気で。かなりの数の子 達は裸足。横道に入ったら市場。夜でも新鮮な野菜を積み上げて売っています。甘い モノばかり売っているお店が何軒も並んでいる界隈も。巨大月餅(満月が近かった)、 巨大バースデイケーキなど。フランスパンも積み上げて売ってます。路上ではバゲッ トのサンドイッチを売る屋台も多い。ちなみにコンビニはありません。 サイゴン川の河口は、例のバイクの若者達が集う場所になっていました。 もうそりゃ賑やか。でもそもそも、バイクで町中を疾走している彼らは、何処かに行 こうとしているのか、それともただ走ること自体が楽しくて走り回っているのか、ど ちらかはわからないんだけど。 河口近くにあった「SPACE SHIP」なる巨大ディスコらしき施設に、行っ てみようか迷ったんだけど結局入れなかった。ちょっと二の足踏んじゃいましたね。 もったいなかったかな? そんなわけで1日目はおしまい。って初日からこんなに長くてどうする。 でも大丈夫、明日からはのんびり、ぼんやりの日々が待っています。 |
| 2001年 9月1日(土曜日) ホーチミン〜ファンティエッ ト |
|
朝、ホーチミンを出てファンティエッ トへ。ファンティエットはベトナム中部の海沿いのリゾート地で、ホー チミンから北東に250キロ行った町です。交通 は国道1号を車で行くしかなく、ちょっと不安もあったのですが、実はこ のドライブがとても面 白かった。 まずベトナムの道路は車もバイクもどんどん追い越しをかけます。日本 とは違う右側通 行なんですが、国道1号といっても中央分離帯があるわけじゃなく、車線 もほとんどないも同然。内側からクラクションを鳴らしまくって追い越すのですが、 対向車とぶつかりそうになるのが当たり前。2列に並んで追い越していくこともあり ますし、そんな車の脇を荷物を大量 に積んだバイクがすり抜けていきます。 ホーチミン市内を抜けて、徐々に郊外へ向かうと、路上に様々なお店が 見えて来ます。多いのは、「COM(御飯、食堂の意味)」「HONDA(文 字通 りホンダ。バイク屋さん)」「PHO(フォー。ベトナム名物の麺類) 」「HOT TOC(床屋さん)」など。どのお店も扉はなく、オープンエアにその まま椅子を並べてます。ドラゴンフルーツなど果 物屋ばかりの地域もあるし、バイクの部品を扱っている辺りも。 路肩では牛もよく見かけました。日本とは違う、茶色の大きな牛。どれ も毛並みがきれいで、のんびりと草をはんでいます。あまり誰かが見張っている感じ はないのですが、道路に飛び出したりはしないみたい。 私たちをファンティエットへ送り届けてくれたのは、笑顔が可愛い現地 ガイドのビンさん。メコンデルタ出身の24歳の男性で、大学で4年間日本語を勉強 したそうです。たぶんベトナムではエリートなんでしょうね。「日本で一番、有名な 歌手は誰ですか?」と聞かれたので、浜崎あゆみ、宇多田ヒカル、SMAPあたりを挙げ てみたのですが、知っているのは酒井法子だった! やっぱりアジアでは今 でも酒井法子人気は凄いのでしょうか。(この後ホーチミンのCD屋さんではやはり酒 井法子のポスターが) 3時間少しのドライブでファンティエットへ到着。これから5日間私た ちが過ごすのは「ヴィクトリア・ファンティエット・リゾート」 というリゾートホテル。茅葺き屋根のコテージが、海沿いに点々と並ん でいます。まだハイシーズンだったので残念ながらシービューの部屋は取れなかった のですが、それでも窓からは木々の間に海が見えます。
ヴィクトリアで感じたのは、建物の輪郭がとてもはっきり見えること。 太陽が眩しいのと、空気が澄んでいるせいなんでしょうか。 ファンティエットの海は、砂浜は真っ白で綺麗なんですが、正直、海の 透明度はそれほど高くないです。遠目から見る分には美しいのですが、波打ち際は砂 が舞い上がるせいか不透明な感じ。 まずビーチにあるバーに行ってみました。ここの営業時間がしゃ れていて、「朝6時半から夕暮れまで」。潮風に吹かれながら「333」を 飲むのは最高です。 さあ、とにかくここでは何も予定を決めず、ちゃんと朝起きて夜には眠 る。心身共に健やかに過ごすつもりです。 |
| 2001年 9月2日(日曜日) ファンティエッ ト |
|
午前、ヴィクトリアを出て散歩。と言ってもそんなのんびりしたモノで はなく、かなり大冒険になってしまいました。 このあたりはリゾートホテルがいくつか点々としている以外には何もな いところなのですが、隣のホテルまでが実は結構距離がある。まあ2,3キロなら歩 いても大したことないだろうと思っていたのですが、道路に出ると例のまたバイクの 集団なんです。しかもこのあたりを歩いている人間なんて相当珍しいみたいで、クラ クションを鳴らして珍しそうに見て通 り過ぎていく。何台も「乗っていかないか?」と声をかけてくれ たのですが、お断りしました。乗ってたらどうなってただろ。 あまりに賑やかなので砂浜に下りて歩いたり、岩だらけになってまた道 路に戻ったりの繰り返しで、かなりの強行軍。途中、いわゆる海の家が何軒かあり、 地元の人たちが海水浴を楽しんでいました。 もうほとんど遭難状態でようやく、「パルミラ・リゾート」とい うホテルにたどり着きました。何でこんな思いまでして散歩していたのかというと、 5日間も同じホテルで食事をするのは飽きるんじゃないかと思い、視察に出かけたつ もりだったんです。でも断念。とても夜に出かけられる距離じゃないっす。 「パルミラ」は「ヴィクトリア」より規模は小さいですが、カラフルな コテージが並んで可愛い感じ。プールサイドのバーで渇きを癒しました。
またよろよろしながらヴィクトリアに戻り、ランチ。実は昨夜の夕食が 洋食のビュッフェで、ひたすらベトナム料理を食べたかった私はかなりがっくりして いたので、今日は昼をしっかり頂くことにしました。 注文したのはトムヤムクンスープで頂くしゃぶしゃぶ、のような モノ。新鮮な魚介類に鶏・牛、野菜類に麺が2種類で、量 もかなりたっぷり。これで2人で20ドル!(2.400円)。 さあて、お昼食べたら何しようか、とぼんやり考える贅沢さ。何も強い られず、何も決めず。 プールには、何と中にバーがあります。最初写真で見た時はバカ バカしいかな、と思っていたのですが、これがなかなか気持ちいい。もちろん泳いで 行かなきゃ行けないわけで、いったい飲み過ぎておぼれたらどうするんだよと思いつ つ、水の中の椅子に腰掛けてビール飲んだりします。
昼ご飯を食べ過ぎたのに、この日の夕食はベトナム料理ビュッフェだっ た! 残念、あまり食べられなくて悔しかったです。 この旅行中、私はやたらとすぐお腹が空くのです。健康的(なのか?) な生活だからかな。たぶん太って帰ることになるでしょうね。 |
| 2001年 9月3日(月曜日) ファンティエッ ト |
|
プールで泳いでいたら、いきなり白人の女の子に話しかけられました。 彼女の名前はアスリー。オーストラリアのダーウィンから来た、4歳の女の 子です。一緒に来ている1歳の妹エミリーのこと、ダーウィンに残って仕事をしてい るお父さんのこと、友達のことなどいろいろお喋りして楽しかった。とはいっても4 歳の子と私の英語力じゃ、話せることは限られてるんだけど。 このヴィクトリアには予想していたほど日本人は多くなく、欧米系の人 が多いです。それも年輩の夫婦。主にフランス人みたい。昨日までは子供が随分多かっ たんですが、急に人が少なくなりました。もう夏休みが終わったんでしょうか。アス リーはまだお休みだったみたいで、もうしばらく滞在していました。
ホテルの売店には絵はがき、お土産物に加えて、何故かサッカーボー ルが売ってました。相方がそのボールを買うと言い出し、空気が全く抜けてしまっ ていたので苦労して会話して空気を入れてもらい、ビーチで蹴ってみました。裸足で 空 気がパンパンに入ったボールを蹴るのは痛い。 そういえばホーチミンの路上で、裸足でボールを蹴っていた子供たちは 本当に巧かった。ちょうどW杯のアジア予選をテレビでやっていて、我がベトナムチー ムの試合も当然放送されています。相方によると、ナショナルチームより路上の子供 たちの方が巧かったというのだけど。 ヴィクトリアには本当にたくさんの人が働いています。いつも草木に水 をやっていたり、何かを直していたり。面 白かったのは、相方が持っているライターがやたらに褒められること。レ ストランで食事をしていると、「わあ、素敵なライターだね。どこのお土産?」と何 度も聞かれるんですが、何のことはない、日本のコンビニで買った細身のライターな んですがね。 この日はたぶん満月。夜になっても空があまりに明るくて、影が 砂浜にくっきり映ります。で、びっくりしたのがホタル! 夜、ぼんやりビー チで海を見ていたら、ふうわりと飛んでいました。日本で子供の頃に見たホタルより 随分大きくて、はっきり光っていました。それにしても海でホタル? |
| 2001年 9月4日(火曜日) ファンティエッ ト |
|
ビーチでボディボードを借りてみる。 白い砂浜が綺麗なビーチ ですが、ところどころ岩があるので足元注意。しかしそれさえ気をつければかなり遠 浅です。 泳いでも泳いでもまだ足がつく。でもよく見回してみたら、泳いでいるの は自分たちくらいのものでした。こんなと ころまで来て一心不乱に泳ぐ人はあまりいないらしい。間断なく、適度に 大きな波がやって来ます。ボディボードの出 来? まあまあってことにしておきましょう。大真面目に取り組んだので、 翌日筋肉痛になる羽目に。 お昼にはよく、フォーというベトナム 麺を食べました。米で作られた平たい麺に、鶏肉や牛肉、野菜がのっています。スー プが美味しくて、毎日食べても飽きない。朝のビュッフェに出されるお粥も美味しかっ たな。 午後はプールへ。本当に人が少なくなった。欧米人の熟年夫婦2組と、 私たちと、あとたぶん日本人と思われる男性 が1人。リゾート地に男性1人? しっかりと身体の表裏を焼いて、クロー ルでプールで泳いでいたので(あまりいない)、私たちは勝手に彼のことを「ターザ ン」と呼んでいました。雑誌「ターザン」をいかにも愛読してそう だったので。 プールサイドにはデッキチェアがあって、本を読んだり、うとうとした り。今回私は、ガイド本以外に3冊、本を持っていきました。川上弘美の「センセイ の鞄」「なんとなくな日々」、田口ランディの「忘れないよベトナム」というライン ナップだったのですが、超高速で本を読んでしまう私はあっという間に読むモノがな くなってしまいました。で、後は相方が持ってきた本を借りて読んでました。
旅に持っていくのは短編とかエッセイがいいですね。いつ読み始めても、 読み終えてもいいし、悪い夢も見そうにないので。 日が暮れたらプール横のジャグジーにつかってぼんやりしよう、 と思っていたのに、他に誰も人がいなくなって追い 出されてしまいました。 日本みたいに人が多すぎる夏休みもうんざりす るけれど、人が少なすぎるのもちょっと寂しい。私たちは長逗留の方 らしく、レストランのお兄さん、お姉さんともかなり顔見知りに。 残りの日を数えるようになると、お休みも5日目 、もう折り返し。 |
| 2001年 9月5日(水) ファンティエッ ト |
|
そういえば浮き輪を持ってきたことを思い出して(そんなもの誰 1人使ってはいないのだけど)、頑張って膨らます。相方はそれだけでぐったり疲れ てしまいました。 勇んでプールに持っていったら、熟年夫婦に「素敵な浮き輪ね!」と誉め られる。たぶん私が子供みたいに見えたんでしょう。 そういえば随分日に焼けました。腕の黒さと来たら、ほんとに夏休みの 子供みたい。 プールには何故かドッジボールとバレーボールが浮いていて、アシカのよ うにそんな球とたわむれてみたりします。プ ールサイドには卓球台があって、風にあおられながら水着姿のまま卓球も 出来ます。 ちなみにロビーにはビリヤードが あって、私はこの旅行で15年ぶりく らいに球を突きました。ものすごく下手だったです。 ファンティエット最後の夜なので、夕暮れには初日に行ったビーチ のバーに行こうと思ったのに、もう誰もいなかった。誰もいない中で腰掛けて、 ちょっと名残惜しい気分に。 レストランのお姉さんに「もう明日は帰っちゃうのね」と言われながら、 美味しかったトムヤムクンしゃぶしゃぶで 名残を惜しむはずだったのに、何故か相方と大激論になってしまう。それ も犬も食わないような喧嘩じゃなく、「日本における投票率の低下の原因につい て」。誰が好きこのんでこんな美しい星空の下で、潮騒の中で、そんなお堅い議 論をするもんでしょうか。しかしお互い超意地張りで頑固なので話は全く 平行線のまま。非常に疲れてしまいました 。 どうやって仲直りしたかって? レストランの営業が終わってしまうの で席を立たざるを得なかったんです。やれやれ、旅行で喧嘩はつきものだと聞いては いましたが、こんな些細な(いや重大な)ことでモメるとは思いませんでした。 |
| 2001年 9月6日(木) ファンティエット〜ホーチミ ン |
|
早起きしてプールでひと泳ぎしてから、チェックアウトするこ とに。5日間もファンティエットにいるのは 長すぎるかな、と思ったけれど、過ぎてしまえばあっと言う間。自分に何 も課さない、贅沢で健やかな時間でした。 読んでしまった本の中から、相方が持ってきた村上春樹のエッセーと、 雑誌ターザン(ちなみに相方は全然ターザン的人間ではないです、念のため)を置い ていくことに。このホテルには小さな図書館があって、フランス語や英 語、ドイツ語の本に混じって日本語の本も少しだけ置いてありました。そ んな中に並べられて、いつかまた誰かに読んでもらえたらいいなあと。 この5日間の昼・夜の食事代、私が昼間から飲みまくっていたビール代 などを全て清算してもらうと、2人で300ドルに。ってことは1人1日3.600円程 度ってことになります。リゾートホ テルですらこの物価。日本で同じだけ食べたり飲んだりしたら、この倍は かかるでしょうね。 ホーチミンから迎えに来るビンさんを待っている間に、何故かウェディ ングドレス姿の花嫁さんと花婿さんが、ヴィ クトリアの庭で記念写真を撮っている模様。このホテルで結婚式を挙げた わけじゃないそうですが、よくあることなんだそうです。のんびりしたものです。暑 そうでしたけどね。 さて、またあのガイドのビンさんのお出迎えで、ホーチミンに。ファン ティエットに向かう車中でも随分面 白いモノをたくさん見ましたが、また新しい発見が。 そこここに、木陰 にハンモックと長椅子を並べた「休憩所」があります。5分も走ると他の建 物に比べて遥かに立派 で大きな教会が目立ちます。ビンさんによると、このあたり(ファ ンティエットとホーチミンの間の地域)は熱心 なキリスト教徒が多いんだそうです。 また3時間と少しのドライブで、ホーチミンへ。さあ、あと残り2日 は買い物三昧だ! サイゴンプリンスにチェックインして、一休みしたそうな相方を無理や り引きつれて真っ先に向かったのは「ZAKKA」。 日本の女性誌でもお馴染みの、オーダーメイド屋さんです。 バイクだらけの道路もかなり慣れて堂々と渡れるようになりました。たど り着いたパスター通 りのZAKKAは思いのほか小さなお店。ところがびっくり、入ってみた ら日本の女の子でぎっしり! しかも店員さんもみな日本語が喋れるの で、店の中は普通に日本語が飛び交っています。オーナーは音楽家のよう な雰囲気を持った、物腰柔らかな日本人の男性です。 私はここで何が何でも洋服を作ってもらいたかったのだ。日本でオーダー メイドで服を作るなんてないでしょ? ハ ンガーにかかっているワンピース、スカート、ブラウスなどから気に入っ たものを選び、自分のサイズを細かく測ってもらい、生地を選んで仕立ててもらいま す。ベトナムの伝統衣装、アオザイにもかなり魅かれたのですが、どう考えて も着る機会がなさそうだったのでやめておきました。 で、チャイナカラーのワンピースと、スカートがふんわり広がったノー スリーブのワンピースの2つで迷ったのです が、ここは大盤振る舞い、両方作ることに! サイズを測ってもらい、 「襟はもう少し詰まりめに」などアレンジをして、生地を選びます。どっちの色にし ようか 、店に入ってからずっと所在無さげだった相方に聞こうと思ったら、遠く で何故かピーター・バラカンばりのマオカラ ーシャツを着せられている! どうしちゃったんだ! 結局相方はシルクのピーター・バラカンにはならずじまいだったのです が、「そっちの色じゃこの先着られないよ」などと私の生地選びには貴重な意見を述 べてくれ、無事2着のワンピースの注文終了。明日の夕方には出来ているんだ そうです。超楽しみ! これでひと安心、あとはお土産と可愛い雑貨を見 に行こう。 レタイトン通りの「バタフライ26」というお店でビーズの腕輪 や水牛の角で作られたお箸などを買い、ドンコイ通 りの「キト」でキッチュなグラスやお茶を買う。お土産は早めに 買わないと後で大変ですもんね。 私の買い物に付き合わされてすっかりくたびれてしまった相方と一緒に、 グエンフエ通 りのカフェに入る。コーヒーは何処で飲んでも濃く、美味しいで す。アイスクリームも美味しかった。 不思議なのは、店で流れているBGMがずっとクリスマスミュージッ クだったこと。ぼんやりした毎日のせいで今が何月何日で何曜日なのかにわかに は思い出せなくなっていたのですが、それにしたって何故? しかもこのクリスマス ムードはこのカフェだけじゃなく、その後出かけた本屋や翌日のバーでもそうだった のです。ベトナムではもう9月はクリスマスシーズンなのでしょうか。 本屋も面白いです。ホーチミンの大きな本屋さんは、たいてい文房具も おもちゃも絵はがきもCDも売っています。教科書と並んで、道徳本のようなモノもた くさん並んでいます。漫画の棚にはありました! ドラえもんが! 日本の 漫画ではキャンディキャンディもありました。そういえば町なかの幼稚園の 壁には、ちょっと不格好なポケモンの絵もありました。
夕食はドンコイ通り沿いの、「観光客にも評判の」ベトナム料理屋さん に入ったのですが、サービスが今ひとつでちょっとblueに。 ガイド本に載っているお店は、日本語が通じるお店も多く便利なんです が、時にそれがアダに感じる時もあります。まあ勝手な言い分ですけどね。 |
| 2001年 9月7日(金) ホーチミ ン |
|
今日は市場へ出かけます。気合い入れて行かなくちゃ! ベンタイン市場は市民の生活の場でも あるそうですが、かなり観光客目当て(それも日本人女性)のお店が多いように思い ます。洋服、食器、かなもの、乾物に野菜に肉に食堂とたくさんのお店が並んでいる のですが、日本の女の子達が集まっているのは靴・バッグのお店。 海産物の乾物の匂いが立ちこめる中、うず高く積まれたサンダルや吊り 下げられたバッグの中から、お目当てのモノを探して、値段交渉。ここでも お店の女の子達はほとんど日本語を喋ります。英語で話しかけて日本語で返されると、 ちょっと恥ずかしい気分。 だいたいビーズや刺繍のサンダルが15万ドン(1.200円)くらい、布製 のバッグは3万5千ドン(300円!)くらいからあります。 値切るのは全く慣れていないので面倒で億劫だったのですが、慣れてく ると面 白い。いろいろあれやこれや商品を出して来ますが、たくさんある中から 自分の欲しいモノをじっくり選んで、いろいろ比べてみるのがいいと思います。サイ ズもちゃんと出してくれます。 市場の匂いと私の右往左往でまたもくたびれてしまった相方を連れて、 いったん市場を出て町を歩いてみることに。 ベトナムで老舗のツアーオフィスであるという「シンカフェ」を 探しに出かけたのですが、小ぎれいなオフィスで拍子抜け。もっと欧米のバックパッ カー達やら客引きやらでごちゃごちゃしてるのかと思ってましたが。 デタム通り沿いのカフェで休んでいると、カフェの中まで物売りがたく さんやって来ます。ライター売り、本(日本の文庫本)売り、そして何故か多いの がハンモック売り。ハンモックは日本じゃちょっとなあ。
夕方、ZAKKAにオーダーメイドの受け取りに。ちょっとドキドキ していたのですが、見事に出来上がってました! すばらしー! わずか1 日なのに、あずき色のチェックのチャイナカラーのワンピースにはきちんと裏地もつ いて、ふんわりスカートのシルクのワンピースはぴたりと私の身体に合って、私の手 元にやって来ました。この2着で180ドル(20.000円)。1着がシルクであること を思えばやはり安いでしょう。どうしよう、何処で着ようかなあ。パーティでもたく さん開かないとお披露目出来ませんね。こんなことならバッグと靴もオーダーしてお けば良かった。相方に言ったら相当に呆れられましたが、まこと女性の欲はキリない ものです。
ベトナム最後の晩餐は、最初の夜に出かけたお店「NAM AN(ナムアン)」 へ再び。いろいろ冒険しても良かったんですが、外してがっくりくるのも怖かったの で守りに入りました(笑)。ここはまあ、観光客だらけですけれど、雰囲気もいいし、 安くて美味しいです。 サイゴン川には今夜もネオンが眩しく光り、通りではバイクがクラクショ ンを鳴らしまくって疾走しています。明日はもう日本に帰らなきゃいけない。最後の 夜をたっぷり楽しみたかったのですが、すっかり歩き疲れてホテルに帰り、即・寝て しまいました。あーあ。
|
| 2001年 9月8日(金) ホーチミン〜香港〜成 田 |
|
朝6時起き。帰りの便が日本直行便が取れなかった為、香港経由で帰る ことに。そういう日本人観光客はけっこう多かったです。
ファンティエットで買ったサッカーボールを、ホーチミンの路上 でサッカーをしている子供達にあげることにしました。ホテルの前、グエンフエ通 りで小さなボールを蹴っていた12歳くらいの男の子達に、「私たちはこ のボールをベトナムで買った。旅行中充分楽しんだので、あとは君たちが使って欲し い」というニュアンスを、英語が多少わかるという男の子に一生懸命伝えると、喜ん で受け取ってくれました。「何処から来たの?」「日本から」「ベトナムはどうだっ た?」「とても楽しかった。とてもいい旅行だった」と伝え、差し出してきたたくさ んの手と握手をして別 れました。みんないい笑顔だった。何だかとても嬉しかったです。(勝手 だけど)
タンソンニャット空港ではコンピューターの調子が悪かったらしくアオ ザイ姿の係員のお姉さん達が眉間にしわを寄せまくって事務処理にあたっていたり、 トランジットの香港空港があまりに巨大で乗り換えに戸惑ったりしながら、無事20 時過ぎ、日本に戻って来ました。成田で久々に飲んだ日本のビールは、「333」に 比べてずいぶん濃く感じました(結局最初から最後までビールばかり飲んでる)。 ホーチミンの喧噪、ファンティエットの海、市場の匂い、車の窓から見 た路上の食堂、プールサイドのまどろみ、思い出すことはいろいろあります。たくさ んの買い物と、日焼けして健康的になった身体が旅の名残。本も読んだし、相方と大 激論になったりもしました。アスリーはもうオーストラリアに帰って、お父さんや友 達のエリザベスに会っているかな。 そして思い出すのは、持ち帰ったもの達だけじゃなく、置いてきたもの。 あの「うずまき猫」のエッセーは、ファンティエットのホテルの本棚に静かに並んで いるだろうか。ホーチミンでは今日の朝も、子供達があのボールを蹴っているだろう か。 いつかまたベトナムへ行くことが出来たなら、探してみよう。そして今 度は何を得て、何を残してくることが出来るでしょうか。 |